A Project Sponsored by the “Initiatives for Attractive Education in Graduate Schools” Grant of the Japanese Ministry of Education and Science


International Training Workshop for Psychotherapy (ITWP)
Basics of Psychodynamic Understanding

2006年3月11-12日、第1回ワークショップがハワイにて行われた。その成果報告の第二報をお届けする。



成果と今後の展望   国際基督教大学高等臨床心理学研究所 西川 昌弘

第1回ITWPを振り返って   国際基督教大学高等臨床心理学研究所 西村 馨

成果と今後の課題—太平洋上の土俵で—   苫米地憲昭






成果と今後の展望

国際基督教大学高等臨床心理学研究所 西川 昌弘

成  果

自己体験グループ

1. 自己経験グループにおいて,優秀なセラピストであり訓練者であるリーダーの下で,基本的には非常に有益な体験を参加者たちは持てたという意見で一致をみた。

2. 後のケース理解グループセッションの基礎作業としての意味がある。つまり,心理力動への馴染みとそれの体験的理解という基盤を提供した。

システムズケース検討グループ

1. Cl個人であることは,同時に外的,内的な集団の成員である。そのような特性を持ったClの心理力動が,2者一対の個人精神療法場面に圧縮して反映されている。この圧縮された反映物を解きほぐし,中核葛藤主題を明らかにするための検討方法として,このシステムズメソッドが非常に有益であることに一致した。

2.自己経験グループ,大グループと小グループのマルチコンバインド法,システムズ検討法といった手法は,トレイナーとトレイニーの間に反映されがちな権威に関わる諸転移から,全員を自由にする機会を提供してくれた。したがって,その分,トレイナーたちは,個々人,基地となるトレイナーグループ,そしてトレイナー全員での学習の共有機会が次第に意味を持ってくると推測される。(成果と展望の両方)



展  望

自己体験グループ

1.  大グループリーダーが,目的を明瞭にし,技量も高く,熱意もあったことが,大いなる安全空間の提供と,作業動機を高めた。これはシステムズケース検討グループを含めた全体リーダーがはっきりしていたことと同義である。

2.  多様な学問的,臨床的,訓練の場,より大きな文化的な相違のあるメンバーたちから成る大グループにおいて,それらを反映する主題が数多く出てきた。それらについて,「臨床家としての自己体験を進める」という文脈にある小グループでも,「今,ここで」の葛藤内容として取り組まれることがあった。そこでモザイクメイトリックス技法を徹底的に用いることで個人バウンダリーを護りながら自己体験を促進することが重要であるが,それはそれとして,このような組み合わせでセッションを積み重ねることで,上記の様々な主題に全員でよりたくさん取り組むことができる可能性もあるという意見で一致を見た。

システムズケース検討グループ

1.  心理力動的な精神療法をより自覚的,独立的に行っているセラピストがプレゼンターであったことが非常に大きな要因として働いたと思われる。今後も,一定以上の技量と学問を持つプレゼンターを確保していく必要があろう。

2.  プレゼンターの特性とも関係しているだろうが,参加者が大学院生という意味で,青年期事例,早期成人期事例は,非常に関心と関与を引き出したように見えた。

3.  時間が短かったという意見もあったが,この点は検討の余地があると思う。つまり,私個人としては適切な時間配分ではなかったかとも思われるからである。集中してケース理解に取り組むために,時間をとり過ぎることで冗長になったり,検討者の間の抵抗が固定してしまう危険性もあると考えるからである。一方で,「時間の流れ」それ自体を主題とした検討は,短い時間では難しいかもしれない。その意味で,余裕があれば,また実験的に,ゆったりした時間をとったケース検討と,短い時間のそれとを組み合わせたり,またそのいずれかに徹底して,年度ごとに違った組み合わせをしてみてその長短を皆で検討していくという考えが,今後の展望としてはある。

4. 基本文献については,事前に共有しておくと,検討の時間を節約することができ,また冒頭から共通言語を持って共同討議を始められるという長所があるだろう。その際に,1事例について,5文献くらいが上限だろうか。





第1回ITWPを振り返って

国際基督教大学高等臨床心理学研究所 西村 馨

 何事でも,訓練なるものは容易なことではない。心理療法においても然りである。今回のITWPとそのフィードバックに目を通し,思い浮かぶは,筆者自身の訓練体験である。よかったこともあればそうでなかったものもあるが,ありがたかったのは尊重感を土台にして,対等に話しかけてくれる情熱的なトレイナー,競い合う先輩,仲間,後輩達がいたことである。クライエントへの尊重の重要性はいくら論じても論じすぎることはないが,訓練で伸ばすことができるとすれば,教育内容よりもそれを支える関係によるのではなかろうか。

 Evidence-basedな心理療法が叫ばれ,マニュアル化が進む「先進国」の状況は,人間の持つ混沌,複雑さ,力,心理療法が持つ最も啓発的な部分を,経済原理といわゆる科学性によって排除するものとなりかねない。少なくとも筆者が訓練生に伝えたいことは,人の心の絶対的空間を守り,理解し,育む姿勢である。これは直接教えられるものではない。教えられないものを訓練するための工夫が,自己経験,ケース理解,ケース指導に関わること,と言えようか。

 ITWPは,短期間ではあるがこれらの機会をふんだんに盛り込んだ企画であった。自己経験グループ,ケース・セミナーを用意し,しかも,多文化セッティングで小グループ,大(全体)グループを複合的に配置した。自分の体験と向き合い,他者という異文化,文字通り文化の異なる他者と関わり,それを土台にケースと向きあう,そこから浮かび上がってくるさまざまな連想,幻想を漂うままに言葉にしあう訓練の成果は,訓練生のフィードバックから,ほぼ狙い通りであったといってよいだろう。

 訓練生のフィードバックとして,小グループ,大グループとも,自己理解の促進自己課題の明確化に関する事柄が挙げられている。大グループが,小グループでまとまりきらないものを隠れながら納め,助けられる場として機能していた点は興味深い。また自己体験は,心理療法の中核作業である言語化探求の重要性を体験的に知らしめるだけでなく,転移対象関係といった心理力動論の中核概念を学ぶことに貢献している。実際,それらは体験を通して学ぶ以上によい方法はない。そしてそのようなグループは,ケースでの学びに自分の体験を活性化し敏感にさせクライエントへの関心を高める効果があった。また,小グループ,大グループでのディスカッション構造は,深みと広がりという両軸を提供する意味があった。さまざまなトレイナーがいたことも刺激となっていた。現在のところ,日本ではこのような自己体験を活かした心理療法訓練はほとんど行われていないが,改めてその必要性を認識させられた。

 また,訓練スタッフにとっても,このような体験は非常に刺激的であった。心理力動的心理療法という共通基盤を持ちながらも,さまざまな場所で働く,さまざまな個性に触れることは,スタッフとしての幅を広げる機会になる上,日常とは異なる訓練生と新鮮な出会いを得て,自身の訓練生の見落としていた個性に気付く機会でもある。もっともこのような大がかりな企画は,スタッフ間の信頼,グループで訓練を行うことの基本的技術抜きにはありえないことである。また,提示されたケースの種類,プレゼンターのレベルが学びの目標とマッチしていたことも看過できない。そのような点は,今後同種の訓練ワークショップの可能性,効果を保証するものであると言える。

 一方,今後の課題としては,このシステマティックなワークショップの意味をトレイナーが十分把握し,より機能的に学びを援助する必要がある。例えば,自己体験グループで狙うもの,小・大グループの機能的連関性の意味についてスタッフ間での共通理解を必要とする。また今回は大きな器を作ってワークショップが展開され,それが訓練生の自由度を上げる効果を持っていた一方,訓練生の訓練ゴール,個人課題を問う機会は少なかった。自由度と個人課題は裏腹の問題で,今後検討する必要があろう。最後に,非常に重要なのは,異文化状況でこぼれてしまう訓練生を援助することである。

 今回のテーマは”Basics of Psychodynamic Understanding”であったが,単なる「初心者コース」という意味ではなく,上級者でも繰り返し深めていける本質的なもの,つまりBasicsというよりもFundamentalsであったと感じる。それがスタッフ全体の熱意を生んでいたと思うし,初級者にとって必要な「本質」に触れる貴重な体験であったと思われる。また振り返ってみると,今回のグループには,最初に述べた訓練生への誠実さというべきものが漲っていたように思われる。それが訓練生の成長を促したのであればそれは非常に嬉しいことである。







成果と今後の課題—太平洋上の土俵で—
苫米地憲昭

   ハワイは地図で見ると広大な太平洋のほぼ真ん中に位置している。ハワイ東西センターが置かれているように,東西,そして南北の交流する島でもある。このような土地であればこそ,「国際」を冠したトレーニング・ワークショップを開催するに相応しいといえる。

 ワークショップは2日間という短い期間であったが,自己体験グループとケース・セミナーが,それぞれに大グループと小グループで構成された。一見すると,短い期間に2つの目標を追求する欲張りな企画にも見える。しかしよく考えてみると,この2つは本来深く関わっているものであり,実は2つは互いに相乗的効果をもたらしていたと考えられる。例えば,普段ケース・セミナーに参加して,そのケースを対象化し,傍観者的にその場に望んでいたとしたら,知識は増えるとしても実践に使える経験知はあまり得られないであろう。少しでも経験知としてのものを掴むには,自分がそのケースを担当しているセラピストならばどうするであろうか,クライアントならばどのように感ずるであろうか,というようにその場に自分自身を関与させながら参加することが求められる。そのうえ,自分の印象や考えをその場で表現し,行動的に参加するならばさらに得るものは多くなるであろう。このワークショップでは,自己体験グループによって,ケース・セミナーに参加するときの心の準備が促進されたといえる。また,ケース・セミナーが,自己体験グループによって得られたことを実験的に試みる場になり,さらに自己体験を深めることができたと考えられる。

 このワークショップのグランドルールは,グループの内密性や時間をまもることという構造上のルールの他には,「心に思い浮かんだことを表現する」「他の人の発言を聞いて,心に浮かんだことを応答する」というものであった。ワークショップの副題として「精神力動的理解の基礎」と謳われているように,自由連想的であることが奨励された。同時に最初の大グループで,自己のバウンダリーの開閉についての説明があった。参加者にとっては,この「バウンダリーの開閉」という概念が与えられたことは,非常に大きな意味があったと思う。それは,自分の心を護るためのシールドを与えられたようなものであり,しかもそれは開閉自在で,周りの人たちと交流したり,自分に戻ったりの往来が可能なものである。つまり,自分の安全感を保持しつつ,グループでの交流を試みることができる。そこでは,グループの人たちに同調した行動をするよりは,できるだけ自分の内面の奥深くから出てくる気持ちのままにグループに居ることが促進されたように思う。

 このときの個人と小グループの関係は,幼子と母親との関係にも似ている。個人が小グループに居て感ずる安全感は,幼子が母親との間で感ずる安全感になぞらえることができる。つまり,自分が置かれた世界で,いかに世界を安全なものとして信頼できるかという,基本的な信頼が試されることになる。それはまた,自己の基本的信頼についての修正の機会にもなりうる。小グループが安全度の高い,母親あるいは家族的な存在とするならば,大グループは,学校や社会のようなもっと広い世界の代表となる。つまり,小グループで掴んだ体験をもって,大グループという社会に出て行き,自分の変化を試してみることになる。このような実験が,参加者個々のペースで試みられたワークショップであった。

 自己体験とは何か,その意味づけは個々それぞれに違いがあるであろう。しかし目ざす方向性は一致していると思う。それは,より自分に忠実であることを体験するとか,内なる自分を体験するということであろう。

 さて今後の課題であるが,それは,人と人が出会い,自分自身に触れ,自己体験する場を継続的に用意していくことであろう。人が変化し成長するためには,人の存在が必要である。グループとは不思議なものである。グループでは,どんな人でも他の人が成長するための存在になりうる。そして,それは自己の成長をも促す。


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