(unavailable online)
（ウェブサイト不掲載）

本論文は香川県の「ブランド香川」における讃岐うどんという現象を扱う。四国巡礼に伴って古くからあったことであるが、特に第二次世界戦後から、香川県の観光の中で一つのアイデンティティになったのが讃岐うどんである。いまや讃岐うどんは香川県のシンボルとして、また経済的にも、不可欠な物産である。

この現象について以下の3点を論ずる。第一は香川県の問題、特に人口減少問題に対しての、国内観光の経済的な影響についてである。日本中で問題になっている地方の人口減少は、香川でも大きな問題である。訪れるのべ人数でも、経済的観点からも、香川への観光の大部分が日本人の国内観光である。したがって一つの解決策として、観光による地方の経済活性化を図る動きが見られる。

第二に、その問題に関する解決策としての讃岐うどんがいかにして日本中に知られて来たか、そしてどのような形でフードツーリズムとして成立しているかを論ずる。香川県は「ブランド香川」として、讃岐うどんを観光のツールとして利用しようとしている。最初のうどんブームは大衆文化として起こった。その後、そのブームについての映画『UDON』を通じて、日本国内で讃岐うどんの人気が上昇してきたことを指摘する。

第三に、讃岐うどんの原材料である小麦について述べる。地域のブランドになったものを、主にオーストラリア産の小麦粉で作っている事実が問題になり、香川県産の新しい小麦「さぬき夢2000」の開発とプロモーションが行われた。 地域の物産として認識されているものを外国の小麦で作るのは非常によろしくないという反省の声が次第に集まり、1999 年、香川県産のうどん用の小麦を新しく作ろうという動きにつながったのである。しかし日本では小麦は主に米の裏作として生産されていた。また、その色や質感について人々のうどん感覚がすでに固定化しているため、オーストラリア産の小麦で作ったうどんが本物として見られている傾向がある。今後も国産小麦の不足により、オーストラリア産小麦の使用は続くであろう。

クリス・マルケル（Chris Marker）は、世界中を旅しながら、様々な場所をカメラに収めてきた映像作家であるが、そのなかでも特に都市は重要な主題となっている。旅をする映像作家の視点から捉えられた都市は、彷徨いによって特徴づけられている。遊歩者について考察したヴァルター・ベンヤミン（Walter Benjamin）は、遊歩者の彷徨いは、屑屋の拾い集める行動と関係していると論じている。本論ではこのことを踏まえ、マルケルの都市イメージを「屑拾い」の観点から分析した。

ベンヤミンの思想の中で、「屑屋」は重要な位置を占めている。「屑屋」のモチーフは、主にボードレールについてのエッセイで現れるが、ここでは「屑屋」は、大都市のゴミを拾い集める惨めな人間として描かれる一方、近代産業社会のシステムの中に回収されない革命的な存在として描かれている。また、過去の遺物の中に未来を見いだす「屑拾い」は、『歴史哲学テーゼ』の「歴史の天使」の視点と結びついている。実際、ベンヤミンは『パサージュ論』の構成方法を『歴史哲学テーゼ』で論じられた歴史的唯物論となぞらえているが、それを「ボロ、くず」に正当な位置を与える「文学的モンタージュ」と呼んでいる。このことからわかるように、ベンヤミンにとって、屑屋の作業は、過去と現在の複雑な時間性が現れる「弁証法的イメージ」をもたらすものなのである。

このような複雑な時間感覚は、現在と過去と未来が交錯するマルケルの映像作品にもみることができる。特に、それは見捨てられた事物や壊れた事物が散乱する都市イメージにおいて顕著に現れている。そこでは、都市空間の中の屑や落書きは、冷戦やイラク戦争などの社会的な出来事を喚起する役割をしている。また、都市の中の見捨てられた事物や壊れた事物は、マルケルの他の映像作品や他の映画作家の作品の記憶を呼び起こすものとしても用いられている。しかし、それらの記憶は確定された時間性の中に定義づけられることなく、屑や落書きの持つ推移性によって、多層的な時間性の中に投げ出されているのだ。ところで、マルケルは、しばしば写真イメージを繋ぎ合わせる映像作品を制作している。そこでは、写真イメージは、歴史や記憶の痕跡を解読するものとして提示されているだけでなく、写真イメージを繋ぎ合わせる「シネマトグラム」の形式によって、様々な方向性を持つ時間を持つものとして表出されているのだ。マルケルにとって、写真は都市の中の屑と同様に、複雑な時間感覚を持つ廃墟の世界へと繋がる事物なのである。

ところで、ジョルジュ・ディディ・ユベルマン（George Didi-Huberman）は、「症状」を「表象」と「歴史」の危機をもたらすものとして論じているが、 それはベンヤミンによる均質な時間へのアンチテーゼと関係している。ディディ・ユベルマンは、歴史家の仕事を屑屋の作業になぞらえており、芸術作品に登場するボロ切れや屑などの事物の物質性が、多層的な時間を表出すると論じている。そういった意味で、マルケルの都市イメージに現れる事物は、ゴミや屑を筆頭に、「症状」と関係しているといえる。たとえば、マルケルの都市イメージでは、都市の中の事物は、様々な時空間の記憶へ開かれているが、それらはほとんどの場合、理想主義の失敗や断絶などの苦い過去と繋げられる。しかし、都市空間に散らばる残骸としての事物に目を向けることによって、遠い時空間を結びつけようとするマルケルの屑屋としての作業は、未来を読み込む作業でもある。過去の事物を現在形の中で読み込み、甦らせる「弁証法的イメージ」がそこには立ち現れているのではないだろうか。

家と家庭の表象は、文学作品における善と悪の価値体系への手がかりを与えてくれる。家と家庭は登場人物が安定したアイデンティティを形成するのに重要な役割を果たす一方で、その欠落は、不気味な事象、不安な状態、孤独やアイデンティティ喪失に繋がり得る。特に女性の登場人物や女性的な影響力という観点から、登場人物のアイデンティティと家庭・家族の関係に注目し、現代における日本文学と英米文学に見られるパラダイムが類似していることを示すために、本論文では「家庭におけるゴシック」を中心に英米文学における家と家庭の表象を比較する。

まず、ゴシックというジャンルにおける「家の表象」の歴史と意味を説明する。ゴシック小説はジャンルとして19世紀に確立され、イギリスの作家ホレス・ウォルポールの The Castle of Otranto （『オトラント城奇譚』、1764年）がその先駆である。他の小説家もゴシック小説におけるゴシック美術や建築の分野との繋がりを意識しはじめた。その後のゴシック小説はそういった環境を舞台とした。例えば、中世に建てられた家や古い城などに幽霊や化け物が現れるなどだ。しかし、登場人物の視点ではそれが幻想か現実の出来事かがわからないため、ゴシック小説は不気味な感覚で包まれる。その理由により、仮想シナリオが現実のものに比較されているとも言える。

ネオゴシックと呼ばれる18・19世紀のゴシック小説では、家の表象が重要な点だが、19 世紀の終わり頃に核家族のイメージは社会の基本構造になり、登場人物をその構造に参加させるようになる。核家族の日常茶飯事は家で起きるので、当然ながら家の表象がいっそう目立つようになった。家の表象の影響が最も大きいと言える19世紀のゴシック作品の中でも、アメリカ人男性作家ナサニエル・ホーソーンが書いた The House of the Seven Gables （『七破風の屋敷』、1851年）とイギリス女性作家作家エミリー・ブロンテの小説 Wuthering Heights （『嵐が丘』、1847年）などのネオゴシック小説は実存主義的で、リアリズムに立脚するユートピアを描く小説を批判した。この二つの作品をそれぞれのコンテキストで分析し、18・19世紀のゴシック小説における家の表象の意義を説明する。

18・19世紀のゴシック小説において森などの自然な環境に対して恐怖が表れていたように、産業革命を経て20・21世紀には都会に対しての恐怖がゴシック小説に表れた。シャーリー・ジャクソンが書いた We Have Always Lived in the Castle （『ずっとお城で暮らしてる』、1962年）という長編小説の中で表象される「家」は登場人物の犯罪（親殺し）と非常に関係がある。また、家のイメージと不安が非常に密接に関係してきているダフネ・デュ・モーリアの有名な作品 Rebecca （『レベッカ』、1938年）も分析する。家の人間らしさは不気味で幻想的だが、殺された家族に対する不安の存在が引き起こす問題は現実である。その現実と幻想を混ぜることで、リアリティーの限界が歪んだ。 Rebecca や We Have Always Lived in the Castle と18・19世紀のゴシック小説とのつながりを明らかにし、フロイト、ユング、ジュリア・クリステバなどの精神分析理論・言語学論を通して家・家庭の表象と、その表象が引き起こす不気味な感覚と邪悪の行動の意味を考える。

本論ではカリブ海における奴隷逃亡をテーマにパトリック･シャモワゾーの『老人奴隷と犬』（1997年）を扱った。植民地化によって成立したマルチニックではそもそも神話と歴史が欠如しており、本質的にフランス本国への反動が現地の「神話」となる。カリブ海文学の中でたびたび登場する逃亡奴隷も反植民地主義、反同化政策の象徴として現れる。植民地化の過程で女性化ないし小児化されたマルチニック像に対する反動として構築された黒人、英雄、男性を特徴とする古典的な逃亡奴隷である。このような対称構造をエメ･セゼールの詩を例に分析した。反動的性格の古典的な逃亡奴隷に対し、シャモワゾーの『老人奴隷と犬』における無為無力で老齢の奴隷という主人公の設定には、一貫した脱黒人化、脱英雄化、脱男性化が意図されている。また主人公の逃亡は追手に放たれた犬に追われることで実現するが、これには先天的に「逃亡奴隷である」のではなく、逃亡するうちに後天的に「逃亡奴隷になる」とすることで、奴隷逃亡の脱イデオロギー化を狙う意図がこめられている。森の中を逃げる中で主人公は一連の出来事によって戦士となり、奴隷として異化された主人公が主体性を獲得するプロセスが描かれるが、最後に森の中で行き当たったカリブ石に主人公が溶け込むことで逃走に終止符が打たれる。物語の最後に機械仕掛けの神として現れるこのカリブ石について、先住民を引き合いに出すのは正統主義志向の表れだというクレオール性の否定的解釈に対し、本論ではエピローグで民族的多様性が再度強調されている点から、逃亡奴隷と先住民との融合はアイデンティティのクレオール化を表現するものであり、従来の文字通り「白黒」二元論的な世界から脱却する試みであるという肯定的解釈を提示した。最後にシャモワゾー、コンフィアン、ベルナベによる『クレオール性礼賛』（1989年）の主張に基づいて、地理的な視点から『老人奴隷と犬』がアンティル諸島への回帰を示す地域的な側面のみならず、同時にアンティル諸島以外との類似を示唆する横断的な側面があることについて触れた。