2007 News and Events @ Anri Morimoto

12/28 クリスマスおめでとうございます。アーリーなものでディスイヤーもあとスリーデイズになりましたね。来年もチャーチマウスのようにプアですが、スクールで元気にトギャザーしましょう。。。山川のキリスト教史、締め切りぎりぎりで原稿を送り、あとふたつみっつで、ようやく年を越せそうです。
12/22 初期アメリカ学会で、荒木純子先生(青山短大)のお話と忘年会。19世紀アメリカの医療と女性がテーマで、とても興味深いものでした。クリスチャン・サイエンスのメアリ・ベイカー・エディを思い出しますね。帰りはペリー・ミラーの翻訳話などで盛り上がりました。将来有望なICU学部生も2人参加。
12/20 アメリカの G. College に交換留学で行っている学生からメールをもらいました。ICUの特徴も外から見るとよりよく見えます。きっと今がいちばんホームシックになる時なのでしょう。がんばれ。
12/14 今夏の南山大学での NASSS セミナー講演が出版されました(「論文」ページ)。「宗教と暴力」を扱っていますので、興味のある学生には抜き刷りをあげます。
12/12 Professor Theodore W. Jennings (Chicago Theological Seminary) の講演。教父時代には神と暴力が結びつかなかったのに、神を主権と同一視したとたんに暴力が是認されるようになった、という筋で、最後はボンヘッファーの非宗教的なキリスト教で終わりました。原稿はICCの紀要に掲載されます。ビールがお好きとかで、打ち上げは大いに楽しい夕食になりました。
12/8 その他の出版物」ページに『宗教学文献事典』(弘文堂、2007年)を追加。一項目(コックスの『世俗都市』)だけです。コックス先生、まだ元気で現役だっていうところがすごい。もう80歳近いはずですが、この本以来ずっとハーヴァードに40年。
12/3 娘がポーランドとイタリアへ。アウシュヴィッツヴァチカンの写真を一枚ずつ。
11/29 知らぬ間に父が上海の有名人?になっています。写真入りで上海YMCAの講演がウェブに出てきてぎょっとしました。毛沢東と同じ日に生まれたとか、「森本基金」をためて環境保護に役立てるとか、「南京大屠殺遇難同胞紀念館」でどうしたとか。「八十高齡的日本著名版畫家」だって。
11/22 今朝は都立立川高校へ「哲学・倫理学」の出張授業。反応のよいとても利発そうな生徒さんたちでした。大学で何を学ぶかを高校生の知識で決められるわけないだろ。入学時に法学部だ理学部だと決める日本の大学はバカげています。みんなリベラルアーツのICUにいらっしゃい。
11/21 教授会の改革案がようやく承認されました。大学を改革するのは墓地を動かすくらいたいへんだ、と言ったのは Woodrow Wilson ですが、げにげに。
11/20 わたしのエドワーズ理解を論じた Greg D. Gilbert, "The Nations Will Worship: Jonathan Edwards and the Salvation of the Heathen" Trinity Journal (Spring 2002) とそれへの反論が無料でオンラインで読めます。中身はあまり賛成しませんけど。
11/12 「信教の自由と政教分離」日本エキュメニカル協会(イエズス会日本管区本部)。谷大二司教とペア講演でしたが、20人ほどの小さな会でした。カトリック司教団も声明を発表するなど、なかなか活発ですね。
11/10 結婚式のあと基督教学会関東支部理事会。来年の全国大会は9月16-17日(関東学院大)です。今年のテーマを一部引き継いで、キリスト教伝統内部にあるスピリチュアリティの系譜に焦点が当たるといいですね。
11/9 キリスト新聞」(11月10日号) 「論壇」に書きました。長清子先生がわざわざお電話で読後の共感を伝えてこられました。その長先生も、同紙に「WCC草創期の歩み」という題で世界の神学者たちとの個人的な出会いを綴っておられます。
11/3 ICU祭リベラルアーツ討論会 「運命」をめぐって。何で「運命」がテーマなんだ? と聞いたら、今年の全体テーマが「道」だからだって。八代尚宏先生の経済学的な運命の扱い方が面白かった。それにしてもこれは「哲学宗教学」デパートメントにお誂え向きのテーマですね。理学科の参加がなかったのは残念でした。
10/31 賀川講演はとても楽しめました。Torrance 学長宅で晩餐、それから講演とレセプション。Migliore, Hunsinger, Moffet, Seow, なつかしい教授たちが勢揃い。新しい教授たちの名前は知りません。全部で50人くらいかな。賀川がプリンストンの授業は"boring"だと書いている、というところでみんな大笑い。質疑では Lee が先頭だったので、何だか Oral Defence を思い出すと言ったらまた大受け。アメリカでの講演は笑わせたら成功ですね。Christian Century 誌 を見て来た、という人もずいぶんいました。
10/25 『現代に語りかけるキリスト教』、重版が出るそうです。これで第6版になります。広く使っていただいて、ありがたいことです。同書の韓国語版と英語版も翻訳計画が進んでいます。ICU生も、他国や他大の学生に負けないように、しっかり勉強せいよ。
10/21 あれ?もしかして「キリスト新聞」論壇の締め切りかな?何だか持ち回りで自分の順番がいつだかわからない。山川の執筆構成提出も締め切りを過ぎています、というメール。原稿の締め切りに遅れたことはないのですが、これは来夏に執筆予定のもの。
10/13 COE グランドセオリー・セミナー。中世教会法の視点から「道徳的寛容と呼ばれる概念の歴史的再検証」について話しました。「寛容」を道徳的な善と捉える現代人のドグマはなかなか強固ですね。村上陽一郎先生は「社会の不安定性」防疫社会医学からのリスク管理論。
10/8 今年は「おかまドングリ」が豊作です。クヌギの実らしいんだけど、丸くて大きくて重いドングリです。高いところからわが家の屋根にゴトンと落ちてゴロゴロ転がり、ポサッと庭へと落ちます。夜昼かまわず。かわいいけどうるさい。
10/5 ICU キリスト教と文化研究所講演「人間に固有なもの (the Proprium of Humanities) とは何か」(第1回)。講演後のディスカッションは、いかにもヒューマニティーズらしい味わいで、久しぶりに学問的フォーラムの感触がありました。川島重成先生、Gerhard Schepers、John Maher のお3人の貴重なコメントは、定稿に入れることにします。
9/29 反米:その歴史と構造」(東京大学アメリカ太平洋地域研究センター)。午前中の専門家会議から通して出ましたが、午後は講演だけを聞いてレセプションは失礼しました。特にバリバールを下敷きにした増田一夫先生の発表が興味深かった。
9/25 奥羽教区社会問題セミナー「憲法と信教の自由」(盛岡)。若い二世牧師が多くて活気があります。夜はいきなり無国籍料理のお店で飲み放題だし。奥羽教区っていいところだなあ。
9/22 京都大学で日本基督教学会。若い方々の研究発表に希望を感じましたが、年配の方々の質問には辟易しました。学会の若返りが急務ですね。昨今の「スピリチュアル」ブームを取り上げたシンポジウムも良かった。パネリストの一人川島堅二先生(恵泉女学園大学)は、カルト情報などを載せたHPを運営しておられます。
9/17 一時帰国した娘のダイナブック (SX 210)、何とか隠し領域を新ディスクにコピーして無事復活。東芝のはリカバリディスクがないし、1スピンドルなので厄介です。しかも取り出したディスクはエラーだらけで chkdsk が走らない。新パーティションをアクティヴ化してから boot.ini の編集に思い至るまで、だいぶ時間がかかりました。苦労の末に無事立ち上がると、何とも嬉しいものです。
9/15 日本基督教団西東京教区学習会。春の東北教区と同じ主題でしたが、出席者の関心は千差万別。人の心を変えるのは難しい。教区の真摯な取り組みに応援を送ります。名前を見ておいでいただいた思いがけない旧知に出会うことも、こういう会の喜びの一つですね。
9/9 学期が始まった途端に、いくつも講演予定が続いていることに気がつきました(「お知らせ」参照)。まだ Kagawa Lecture の準備もできていないのに、ちょっと入れすぎた。。。膨大な著作に青息吐息ですが、賀川豊彦はとにかく気宇壮大で面白い。さて、どうやってまとめるか。
9/2 昨春の香港中文大学での会議がようやく本になりました (Christian Responses to Asian Challenges)。ずいぶん前に Cambridge の英文学教授が読後評を送ってくれましたが、こちらでは今日はじめて現物を手にしました。郵便事情かな。
8/31 卒論合宿が終わりました。はじめて2泊しましたが、中日もゆっくりできてとてもよかった。現代の自由と個人、フランスのスカーフ問題、ウィリアムズと政教分離、ルルドのマリア、山本七平論、孤独と不安、アメリカ文学の読み直し、戦前日本のキリスト教学校論など、今年も多彩ですが、それぞれにどこか他と重なるところが見つかり、有益でした。
8/25 散歩していてぺたんこになった蛇をまた見ました。ところでみなさん、蛇に尻尾があるってご存じでしたか?へびって、全部がしっぽみたいなものじゃないか、と思っていましたが、先日の青大将君の哀れな姿 (6/8) を見てはじめて知りました。内臓部分の最後に肛門があるので、そこから後は、いかにも付け足しみたいな別の部分が続いています。
8/17 WSU 会議のと「平和のグランドデザイン」の日英論文を書き上げ、ようやくこの夏本来の課題に取りかかろうと思ったら、あと2週間しかない。。。賀川レクチャーの公告が出ていますが、この先時間がなくてとても心配。写真ももうちょっと考えて出せば良かった。
8/10 "Proof" を観ました。数学者の娘が自分の才能と狂気を確認してゆくプロセスです。派手な筋書きはありませんが、内面の語りをよく表現していて引き込まれました。ウェブを見たら、撮影のドジを指摘した"Goofs"というのがあって傑作です。口パクがずれてるとか、髪型が突然変わっているとか、背景の書き割りが動いてたとか、シカゴ大学図書館は(当然のことながら)十進法なんて使わないからあの台詞は間違いだとか。
8/5 善き人のためのソナタ」ようやく DVD で見ました。自分の使う「自由」という言葉があまりに軽く思えてきます。「権力」と「暴力」が同じ言葉であることをつくづく実感してきた人々ですね。監督はまだ34歳で、あの渋い主演俳優は54歳で先週亡くなったとか。邦題はもともとの副題だったそうですが、Das Leben der Anderen よりよっぽどいい。
7/29 NASSS 2007 名古屋アメリカ研究夏期セミナー(南山大学)が終わりました。事務局の方々お疲れさまでした。大学院生にはよい勉強の機会になったと思います。さて、この原稿どうしたものか。帰宅したら投票終了直後なのにもう自民党大敗の第一報。
7/25 イェール大学の「ジョナサン・エドワーズ・センター」が元気です。ハンガリーでの国際会議を終え、25,000ページにも及ぶウェブ資料のフリー公開、そして You Tube を使ったビリー・グラハムのエドワーズ説教など。ケン・ミンケマとスキップ・スタウトがヴィデオで語ってくれます。
7/20 科研の打ち合わせ。どこの大学もたいへんそうですね。その後歩いて渋谷に向かったら、例の爆発事故のあったスパの前を通りました。街は花金の夜でしかも学校が休みに入ったらしく、若者で溢れかえっていました。真夜中に森の中の家に帰るとほっとします。
7/15 山川出版社の編集会議(学士会館)。台風が心配でしたが、電車も止まらずかえって空いていてよかった。山川は別の本の締め切りが先にきますので、こちらを書くのは来年です。
7/13 東大の授業がようやく終わりました。3学期制のICUが終わってからひと月も経っています。学部生は学部生なりに、院生は院生なりに、みんなよくできました。修士も博士も聴講も飛び入りもあり、自分の関心を主題にしたので、とても楽しめるクラスでした。学生のみなさんご苦労さま。院生たちにはまた名古屋でお会いします。
7/10 前記の教員ポジション(旧約聖書学)は American Academy of Religion の公募HP (Openings) にも掲載しました。哲学宗教学デパートメントは、定員が6人しかいないのに、3人も新任人事を抱えています。来年どうなることやら。
7/6 国際基督教大学「哲学宗教学」の教員ポジション(旧約聖書学と科学史・科学哲学)を公募しています。詳しくは大学HP公募欄をご覧ください。
7/3 アメリカ学会編集会議。経費節減で食事も出ません。帰りは中央線が止まって大混乱。お腹が空いたので吉祥寺の駅ビル地下で蕎麦屋に入ったら、これがまた閉店間際でひどかった。やれやれ。
6/29 2007年夏期卒業式。宗教間対話を卒論にしたアドヴァイジーが1人卒業しました。国立公園レインジャーとして Yellowstone に行くとか。ところで、これでわたしたちも親業の卒業です。親があっても子は育つ。感謝。
6/27 卒論経過報告会。ロジャー・ウィリアムズ、民主主義の宗教的側面、フランスのスカーフ問題、インドネシアのイスラム神秘思想、フロムと権威、文部省訓令とキリスト教学校など、今年も多彩な論題です。その後飲み会で、帰ったら12時近くでした。学生どもと付き合うのは体力がいりますが、いちばん楽しくて気持ちも和らぎます。
6/23 「ピューリタニズム学会」は2日目だけ参加。オウエンの寛容論とバクスターの包括論(佐野正子氏)、ヒュームの懐疑主義と寛容論の発表(小林優子氏)が興味深かった。直前にホッブズの懐疑主義から不寛容への道を読んだので。2人の違いは結局イギリスの時代状況の違いということになるのかな。
6/21 宮城学院大学の「キリスト教教育特別集会」。学生が850人も来たようです。手入れの行き届いた美しいキャンパスでした。従軍慰安婦への謝罪と、アメリカの黒人差別裁判で起きた謝罪とから、「人間の赦し」の可能性についてお話ししました。
6/17 なつかしい松山城東教会の特別伝道礼拝。神学校を出たばかりの駆け出しのわたしを4年間育ててくれた教会です。もう離任して21年になりますが、いまだにこうしてお招きいただけることをとても嬉しく思います。「息子が帰ってきたみたい」なんて言われて、胸が詰まります。恥ずかしさと感謝とが半分ずつ。
6/13 あと一息で春学期が終わります。先週末のアメリカ学会は全部欠席。今夕はヴェーバー『宗教社会学』学生読書会第3回。卒論学生の諸君は、夏前発表会と8月末の合宿のお知らせメールを参照のこと。
6/8 訃報です。先日わが家の庭をご訪問の青大将君、家の前で車にひかれてぺったんこ。きっと朝靄の中をお散歩中だったのでしょう。創世記3章の言葉が聞こえてきます。それとも悪いカラスどもにつまみ出されたのかな。写真を撮りましたが、あまりにグロテスクなので掲載できません。あのつぶらな瞳(5/29 参照)も、今となっては何となく哀愁をおびて見えます。合掌(あ、違うか)。
6/5 米国アイオワ州のルター・カレッジから Gereon Kopf 教授をお迎えしました。道元と西田幾多郎の専門家です。今日は "Body and Mind in Zen Buddhism" について。明日は "Freedom in Christian Tradition" について講演してもらいます。ICU図書館に行ったら、彼の著書 Beyond Personal Identity もちゃんと入っていました。よかった。
5/30 米国ラトガース大学から Middle East Coexistence House の学生たちをお招きし、私のクラスで話してもらいました。イスラム、ユダヤ教、キリスト教という3つの背景をもつ学生たちの協働です。夜はヴェーバー『宗教社会学』学生読書会の2回目。
5/29 うわっ。わが家の庭に大きな青大将が。長さで 1.5 メートル、太さはバナナのいちばん太いのくらいありましたね。うちの犬がおしっこするのをじーっと狙っておりました。まさか。でも、写真をよく見ると、つぶらな瞳でかわいい。
5/26 マクグラス編『キリスト教神学資料集・上』の書評を掲載(「その他」ページ)。内容は保証つきですが、姉妹書に較べると邦訳書の造りにやや懸念あり。
5/22 今日は青山学院短大の「キリスト教週間」で公開講義(「講演」ページ参照)。荒木先生お世話になりました。「今日ホームページに何と書かれるか楽しみです」なんて言われると、何も書けなくなってしまいます。でも、それじゃそもそもなぜHPなんて書くのでしょう?山田先生、エクリチュールの問題ですね。
5/21 「キリスト教週間」で姜尚中氏をお招きしました。『愛国の作法』の他、ICU時代にも増して売れっ子で、会場は若い学生で一杯でした。「パトリアを堀り進んでゆくことでネーションの向こう側に出たい」というお話でしたが、著書ではこの両者にもう少しねじれた陰影がついています。
5/17 学内寮で学生の自主的読書会。ヴェーバー『宗教社会学』を読み始めました。意欲ある学生がいるのは嬉しいものです。興味のある方はどうぞ。思い出すと、わたしも学生の頃の勉強会で最初に読んだのがヴェーバーの『古代ユダヤ教』でした。あれから30年近い年月が経ったのか、と取り出した本を見て感慨しきり。日暮れて道遠し。
5/15 「誤れる良心の寛容論」2本目が出ました(「論文」ページ参照)。どちらにも「論文要旨」を添付してあります。同巻掲載の笹川紀勝先生(明治大学・憲法学)の論文「アルトジウスとウィリアムズの良心と寛容論」も重なるテーマです。この分野の研究が進むことを願いつつ。
5/10 表紙頁の写真を季節に合わせて変えようと思うのですが、このところ天気はよくても水蒸気が多くて空が青く写りません。写真の専門家に聞いたら、これは6月の空だとか。それに、写真を変えるとページ全体の色調も変えねばならず、何だかおっくうになります。ちなみに、使われるのはいつもキャンパスのどこかの写真です。
5/3 日本基督教団大阪教区総会で「憲法」について話しました(「講演」ページ参照)。「憲法講演会」などというと、何だか終戦直後みたいで、なつかしい気がします。そんな風に憲法を国民で大事にする伝統ができていることこそ、日本国憲法と戦後民主主義の成果だ、ということを話しました。
4/29 『アメリカ学会会報』の「巻頭言」に「就任宣誓と政教分離」について書きました(「論文」ページ)。史上初のムスリム議員の就任宣誓はどのようになされたか、という話で、今年2月に南山でお話したこと(「講演」ページ)の一部です。
4/25 『アメリカ・キリスト教史』再版されました。初版にある誤りをご指摘くださった明石紀雄先生と白井洋子先生に感謝します。訂正しておきました。
4/19 江戸の遺伝子』を読みました。肩の凝らない楽しい本です。ちょうどアメリカ・キリスト教史の授業で扱っているところが江戸のはじまりにあたります。森の話や参勤交代の話も面白いですが、教育も道徳もあるけど貧乏な武士階級が社会の上部構造を作っていた、というところは考えさせられます。末尾の「一神教」批判はチープ。
4/14 東京大学「アメリカ宗教文化論」の授業シラバスをアップ(「シラバス」ページ)。この春は、「誤れる良心の寛容」に関する論文が二つ出ます。昨年来苦しんでいますが、まだかかりそうです。
4/11 『本のひろば』の「2006年読者アンケート」に、拙著 『アメリカ・キリスト教史』 を挙げた人が5人おられました。5人の方々に感謝します。。。と書いていたら、ちょうど出版社から再版の知らせを受けました。発刊後まだ1年経っていません。読者のみなさまに深く感謝します。
4/9 そういえば2度の渡米で観た機内映画、みなよかった。"All the King's Men" はルイジアナ州知事になった理想主義の男が寓話の通りに壊れてゆく話。"Blood Diamond" はアフリカの Failed State と少年兵の話。巨額のハリウッド冒険アクションで politically correct かよ、とも思いますが、ディカプリオ君もアフリカ白人を演じて上手でした。『武士の一分』も、とぼけたはじまりですが最後はいい。特にキムタクより妻役の壇れい。日本人の責任の取り方など、WSUで話したこととつながりました。
4/8 Washington State University での"ICU-WSU Conference on Peace, Security and Kyosei" に参加(「講演」ページ参照)。第1回目が2004年秋でしたから、あちらのキャンパスに行くのは2年半ぶりということになります。今回は双方の参加者が限定されて議論の密度が高くなりました。論文集には John Galtung の Foreword も寄せられる予定です。
4/2 Graduate Theological Unionでの会議 (Partnership in Transforming Theological Education in Asia) に出席。バークレーはとても美しい季節でした。そのままワシントン州立大の会議に行ければいいのですが、入学式のために一度帰国しなければなりませんでした。一日おいてまた太平洋を逆戻りです。
3/26 自宅の私的研究会で、ホッブズ『リヴァイアサン』を読み終わりました。8ヶ月かかりました。次は神学に戻り、ペリカンの『教理史』第一巻を読み始めます。
3/19 書評(藤本茂生『子どもたちのフロンティア――独立建国期のアメリカ文化史』、『西洋史学』223号)を追加(「その他」ページ)。
3/16 公開シンポジウム「民衆の苦難とアジア神学」(立教大学文学部キリスト教学科・日本基督教学会関東支部会共催)に出席。「民衆神学」の現代的展開はともかく、金鎮虎先生の講演と真摯な応答には敬意を覚えました。
3/15 川口(廣瀬)和子教授(上智大学)講演「人間・国家・国際関係の総合的理解を目指して」(ICU-COEプログラム)。システム論として紛争解決を分析する講演者から多くを学びましたが、同席したCOEリサーチフェローの質疑にも、なかなか鋭いものがありました。乾杯。
3/14 リトリートと教授会が終了。卒業する学生のメールを載せました(「シラバス」ページ参照)。秋と冬にわたしの授業を聴講し続け、今春医学部に編入する学生です。リベラルアーツのICUから医学部へ編入する学生が続きますが、彼らが振り返って異口同音に言うのは、それこそが本来医師になる者の通るべき道ではないか、ということです。君たちを誇りに思います。
3/7 「すべての自由の基に」、『信徒の友』2月号「キリスト者として生きる――現代社会の座標軸をもとめて・第23回」を公開(「その他」ページ)。ピューリタンの歴史の中で、「信教の自由」が集会・結社・言論・出版などの諸自由を基礎づけていったことを書きました。どうして日本の学校はこのことを教えないのでしょうか。
3/4 2度目の東北教区学習会。郡山教会若松栄町教会。どちらも、教会堂がすばらしい、立地もよくて、地域に根付いている、というインフラが整っていることに加えて、牧師が元気、教会員も楽しそうで、礼拝もはつらつとしている、などの共通点があります。東北教区の先生方に深い敬意と感謝。
3/2 「キリスト教概論」の授業に寄せられたコメントを2つと、「あのねミニシアター」を公開(「シラバス」ページ)。冬学期のクラスは、落ち着いていてとても密度が濃くなります。GPA 成績も、これまでの中でもっとも高いと思います。受講学生のみなさん、よくできました。ハナマル。
2/23 南山大学で夏期セミナー準備会議(「講演」ページ参照)。同志社の森孝一先生とは最近よくお会いします。コメンテーターの大澤真幸先生(京都大学)は、服装も髪型もさすが売れっ子学者のスタイルでした。帰宅すると、ピューリタニズム学会の創刊号(「論文」ページ参照)が届いていました。こうして整理してみると、昨年は本ばかりで論文の出版が一つもありませんでした。
2/21 学生たちとのクラス打ち上げ会。わたしのくせをモノマネする輩がいて、あまりに上手なのでみんな大笑い。まったくけしからん連中です。毎週こんな風にクラス外での自発的なグループ学習があったと聞き、教師冥利に尽きます。期末レポートを大いに期待しています。
2/16 「原理主義との対話」のクラスに、同志社大学神学部小原克博教授をお招きしました。ほとんど手弁当で東京までおいでいただき、中身の濃い講演をしていただいたことに深く感謝いたします。学生たちよ、どうぞよく学んでください。期末レポートについては、メーリングリストを参照のこと。
2/13 エドワーズ研究のリンク・ページを更新しました。すでにいくつか消失したリンクもあります。拙著を批判した論文のホームページもなくなってしまいました。今年5月にあるという「ヨーロッパにおけるジョナサン・エドワーズ」学会のお知らせを新たに追加。
2/9 入試監督の間に、いただいたままになっていた上野修『スピノザ』を読みました。著者らしい軽やかな語り口で、なぜ無神論者といわれたスピノザが聖書宗教を守ろうとしたのかを、ていねいに謎解きしてくれます。スピノザの著作はこんなにわかりやすくないのだけれど、もしこれが本当だとすると、彼は現代のわれわれに聖書の読み方を教える最良の教師です。神学と哲学の解釈学的横暴によらず、贔屓の引き倒しにならず、聖書自身が要求する読み方を知りたい人は、ぜひ本書を読んでください。他に、「文法」「奇跡」「迷信」などの諸点も、現代神学とよく響き合います。
2/7 「自己実現と献身」、『信徒の友』1月号「キリスト者として生きる――現代社会の座標軸をもとめて・第22回」を公開(「その他」ページ)。19世紀アメリカから送られた多くの宣教師たちは、自分探しの「高級寅さん」だったという説。新年なので、寅さんにあやかっておめでたい話を書きました。
2/5 「東北教区学習会」講演で、センターエマオと山形六日町教会を訪ねました。高橋和人先生と柳谷明先生という二人の尊敬できる先輩に出会い、徳さん、高津さん、関根さん、梅津さんなど多くのつながりを再確認しました。帰りは東北新幹線の運休で大混乱。帰宅は夜中の1時を回りました。今朝の授業はつらかった。
2/1 ブルンナー『出会いとしての真理』の書評が「本のひろば」に掲載されました(「著書」ページ参照)。大木英夫先生によるもので、日本におけるブルンナーを語るなら彼をおいて他にありません。
1/28 Amazon.com が知らないうちに大変身しています。わたしの本 (Jonathan Edwards and the Catholic Vision of Salvation) が誰のどの本の何頁に引用されているかが、一目で全部読めるようになっています。アマゾンの日本語サイトではまだここまではできないでしょう。まだ読んだことのない本ばかりで、とても追い切れません。まことに、本は著者の意図を越えて独自の生命をもつようです。
1/24 大学礼拝堂で吉田惠以子さん(早稲田大学教育学部助教授)のご葬儀をいたしました。「この上なく幸せでした」と語るご夫君が悲しそうで、とてもつらいお葬式でした。
1/19 正統の憲法・バークの哲学』をとても興味深く読みました。英米憲法(独立宣言を除く)の伝統の評価と、フランス革命的な自然権としての人権論への舌鋒鋭い批判です。日本の憲法も同じ俎上に載せています。ただし、「宗教」という言葉を時に軽蔑のレッテルとして用いるのは、同書の内容と平仄が合いません。アレントも、権力の彼方に超越的な権威の存在が必要であることを論じているはずです。
1/16 コペンハーゲンで研究休暇を過ごしている酪農大学の友人から、「いよいよ頭頂がテッペンハーゲンになりました」と年賀状をもらいました。Welcome to the club.
1/14 「誤解から和解へ」、『信徒の友』12月号「キリスト者として生きる――現代社会の座標軸をもとめて・第21回」を公開(「その他」ページ)。昨日ついに24回の連載原稿を書き終わり、ほっとしているところです。
1/9 若者はなぜ3年で辞めるのか?』と『他人を見下す若者たち』を読みました。本屋に並んで置いてあったので。表題は似ていますが、内容は正反対。前者は年功序列型社会の問題点で、これじゃ3年で3割が辞めるのも無理ないよ、という趣旨ですが、後者はむしろその若者の自己理解を問題視しています。根拠もないのに、あきれるほど自信に満ちていて、攻撃的。だから些細なことでつまずくと、取り返しがつかないほど落ち込んでしまう。身近によくいるタイプです。ただし後者は印象批評が多く、おっさんの繰り言に近い。
1/7 Good Night and Good Luck を観ました。50年代のアメリカで、ジャーナリズムが民主主義を守ることに信念をもっていた時代の話です。全編白黒で、派手さも盛り上がりも笑いもロマンスもなし。それだけ内容に重みがありました。日本のお正月番組表にほとほと呆れ返った後では、特に新鮮でした。要所で当時の実写フィルムが活きています。タバコへの許容度にも、時代を感じました。
1/4 年賀状をもらって、岡山の山中で「のん木工房」というのをやっている友人のホームページを知りました。高校時代からの友人ですが、10年ほど前に訪ねた時に、大きなダイニングテーブルを作ってもらいました。今でも我が家で毎日使っています。素材がとてもよくて、形もしっかりしています。商売などはまるで関心のないやつですが、木の肌合いを生かした職人業の逸品を作ってくれます。ぜひ一度ご覧ください。
1/1 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。今年もクリスマスカードや年賀状など、いただいた方にだけお返しする、というミニマリズムでやっております。失礼をお許しください。メールやEカードなんてのも増えましたね。わたしは使いませんが。旧年中の記録は「過去の記録」へ移しました。

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