2008 News and Events @ Anri Morimoto

12/27 京都で日本基督教学会の編集委員会。学会誌掲載論文を学会で発表されたものに限るという方針だと、学会発表の質を高めるのが先決になりますね。今までのようにフリーパスでは困る。年末は、夏に苦労した山川の改稿が2つ終わり、あとはバーガー『懐疑論者の信仰告白』の全体見直しを進めて、書評がひとつ。
12/20 神の声を聞くとは」(「キリスト新聞」12月25日号「論壇」)。先学期の授業で学生と考えたことの一部です。アドヴェントは待つ時であり、クリスマスは決断の時です。なお、これで「論壇」の担当を降ります。若い編集者たちの意気に感じて、新雑誌に協力するため。といってもごく微力ですが。
12/16 アヤーン・ヒルシ・アリ『もう、服従しない』を読みました。「過激なイスラム批判」と評されていますが、ソマリア時代もオランダ時代も驚くほど微細な記録の連続で、イスラム批判だけを目的にした本ではありません。過激なのは題とごく一部だけ。むしろ全体からはイスラムへの変わらぬ信念が際だちます。移民政策と寛容のウォルツァー的な限界、アラブとイスラムとの関係、アフリカの氏族がどのように機能するかなど、彼女でなければ語れなかったことばかり。ときに読むのも辛いほど残酷ですが、おそらく事実はもっと残酷なのでしょう。ウェブには彼女のインタヴューがいくつも載っています。聡明で勇気のある女性です。数年前に学生が暗殺された監督との共作映画 Submission に興奮していたのを思い出しました。
12/9 世界人権宣言60周年記念講演(「講演ページ」参照)。国連人権委員会委員長エレノア・ルーズヴェルトのICU訪問と、ニーバー『光の子と闇の子』の民主主義論。学生もたくさん来ていました。学内サイトなら人権委員会HPにレズメが載っています。
12/7 鈴木光太郎『オオカミ少女はいなかった』を読みました。心理学の分野で通念とされていることが、いかに誤解と捏造と思い込みに満ちているか。どの章もみな面白かったが、動物の言語習得のスキャンダルは特に考えさせられます。人間を動物と連続的に見ようとすることは、その後も現代リベラリズムの教義の一部でしょうが、やはり無責任なロマンチシズムだと思います。
12/3 冬学期が始まりました。キリスト教概論の受講生アンケートのコメントをアップしておきました。毎年彩り豊かな学生たちです。今年は146人ですが、みんな真剣で、こちらが語りかければ必ず応えてくれます。巷では大学の授業で私語が多いと聞きますが、わたしの授業ではまったくありません。
11/30 上海の両親を訪ねました。もう移住して10年になりますが、中国のよい友人たちに恵まれて幸せそうです。それにしても、ここ数年の上海の猛烈な発展ぶりに驚きました。街のひどい埃とスモッグはその代償でしょう。上海ガニも食べました。太湖産で1斤70元。特にオスが美味でしたが、茹でる前はなかなかの暴れ者です。龍華寺の四天王はフォトジェニックで、熱心に祈る人々もいましたが、日本の仏像に較べるとどうも造りが安手で、ありがたみがいま一つです。
11/23 キャンパスの紅葉を、と思いましたが、今年は暖かいせいか、色づきが遅いですね。ちなみに去年は、紅葉が真っ赤でした。(こうよう)と(もみじ)って同じ漢字なんですね!
11/17 August Rush を観ました。日本語では「奇跡のシンフォニー」という情けない題ですが、とてもよかった。練習もなくいきなり楽器が弾けたり楽譜が書けたり、まあいろいろと無理はあるのですが、それでも上手く騙された方が楽しめます。ウェブ上ではあのヴィブラートは見た目にもできていなかったとか、孤児の実例はあるのかとかの議論あり。でも、主役になれるような名子役は、日本の映画に見られないものの一つですね。
11/15 ICU社会人入試面接。「社会人」とはどういう定義なのか、英語にはありません。年齢や境遇がどうあれ、受験者はすべて社会人のはずですから。口べたでもそれらしい経験を身につけた人と、饒舌でも飲み屋の世間話のような人と。SAGE の Encyclopedia of Political Science 原稿が今日まで。ずいぶん前に書いたけど、これほんとに出るんですかね。
11/13 ようやく秋学期が終了。今学期は Moodle を大いに活用して小クイズやレズメやレスポンスなどをやってみました。わたしも学生も真夜中でもアクセスできるのは、よい面とそうでない面とあります。依存症にならないように、メールは週日の昼間しか見ないとか、決めた方がいいように思いました。受講学生のみなさんは、17日がレポート締め切りですよ。
11/6 科学史フォーラム山崎正勝先生(東京工業大学)のお話。政治家が科学者を蚊帳の外に置かなければ原爆開発は止められただろう、という結論でしたが、ナイーヴな楽観論に聞こえます。知っていようといまいと、科学者はいずれ開発したでしょう。広島と長崎の悲惨を知った後でも、彼らは次々と改良を重ねて水爆まで創り出したのですから。ニーバー流に言えば、これは「愚かな光の子」の議論です。
11/2 ICU祭は好天でキャンパスが映えました。「味審査委員」として学生の出店を15ほど回り、しばらく胸がつかえました。その後国際文化会館でアメリカ研究振興会の出版助成審査会。かつてわたしもお世話になりましたが、選定する側になるとなかなか難しいですね。
11/1 西南学院大学(福岡)でキリスト教文化学会。戦後ドイツの戦責告白について河島幸夫先生、沖縄からは神山繁實先生が歴史と体験の関係についての講演。
10/30 都内S高で模擬授業。PRの一環ですが、大学教員を集めて無料で1時間の授業をさせる、高校にとっては悪くない話です。哲学・宗教学に関心をもつ50人ということでしたが、なかには他科目がキャンセルになってしかたなく来たというのもいて、まじめに話を聞く雰囲気ではありません。去年の立川高校はとてもよい学生たちでしたが、今年ははずれ。
10/25 マクグラスとの対話」(「キリスト新聞」10月25日号「論壇」)。先日の対話を一部だけ紹介しました。無神論の議論は百年一日のごとく同じ議論の繰り返しで、何の進歩もありません。ドーキンズも生物学者としては一流でしょうが、無神論に関しては幼稚で、わたしの学生がする質問と大差ありません。マクグラスは「無神論の黄昏」と評していました。
10/19 キャンパスを歩いていたら、鮮やかな黄緑色でかわいい顔をした芋虫を見つけました。ウェブで調べると、クロコノマチョウの終齢幼虫らしい。ドロボーさんのような隈取りの顔をこちらに向けて無実を訴えたり、イナバウアーをやったり。
10/18 アメリカ学会常務理事会。学会ホームページの運用を少し変える予定です。Movable Type を使っている学会もいくつかあるようですが、ブログソフトがいいのかどうか、よくわかりません。その後、椿山荘で斎藤眞先生記念会。眞先生にはたいへんお世話になりました。最後にご家族が聖書を読んで聞かせられたお話は、心に沁みました。
10/17 恵泉女学園大学でシンポジウム「朝鮮半島とキリスト教――南北キリスト教の現状と課題」(「講演」ページ参照)。司会は李省展先生、もう一人のコメンテーターは川島堅二先生。わたしも韓国から帰国したばかりなので、打ち上げの会でも話題に尽きませんでした。
10/15 Alister McGrath との対談。現代イギリス最高の神学者を2時間にわたって独占し、聞きたいことを聞くという、とんでもなく幸いなインタヴューの時間でした。Google Video には、彼の無神論者との対話が多く出ているので、わたしもそれを話題にしました。この対談は、来春発行の新雑誌に掲載されますので、どうぞご期待ください。
10/12 青山でマクグラスの講演会。宗教改革者たちの聖餐論を辿りながら、巧みに現代日本の問題に遠回しのショットを打っています。よほど事前にワサビを効かせた人があったと見えて、陪餐と信仰のコミットメントとの密接な関係を強調していました。さあ、水曜日の対談が楽しみです。何のお話をしようかな。そういえば、ウェブで拝見するお姿より、少しお腹が出たような。
10/11 韓国の学会に出席してきました(「講演ページ」参照)。ドイツ人ばかりで独韓の通訳しかなかった(涙)。今回はソウルから4時間、大都市では見られない昔ながらの暮らしが見られました。韓国は田舎にもキリスト教が根づいていますね。友人にあちこち名所旧跡を連れ回られましたが、それより韓国ではお茶は半分までしか注がないとか、クッパとビビンバは食べる社会階層が違うとか、そういう発見の方が面白かった。
10/3 夕方のプールは混んでいた。泳ぎ終わってシャワーを浴び、更衣室へと歩き出す。床は何人もの足跡でびしょびしょだ。自分も半分濡れた足で歩き、着替えを済ませて帰ろうとした時だった。がやがやしていた連中が去って、がらんとした更衣室に残った最後の一人が、どこからかモップを持ち出してきて、黙って床を拭き始めたのである。帰りかけたわたしは、思わず足を止めて尋ねてみた。「君は水泳部か何かですか。」すると彼はしっかりと答えた。「いえ、違います。床が濡れていたので。」当たり前のことをしているだけだ、みたいに。何だかとても誇らしくて嬉しかった。何か言いたかったけれど、何も言わずにそのまま帰った。だから彼の名前も知らない。彼もきっとわたしを知らないだろう。だがどうしても、大声でみんなに知らせたい。ICUにはこんな学生がいるんだぞ!!!
9/30 ようやく来春からの人事が一つ決まりました。6月に着任取り消しのあった人事も、幸いによりよい候補者が現れて解決。この冬の穴を埋める客員人事も順調に承認されました。何だか人事ばかりやっています。6人の定員のうち3人ですからね。それでも、よい仲間ができることをとても嬉しく思います。
9/24 ICC金澤先生の講演「音楽はなぜ存在するか?」名誉教授になられてお久し振りです。日本の尺八から、雨だれの音、武満徹、次いでローマ聖歌、ヘブル語とアラム語とアラビア語による聖書朗唱、さらにルター、バッハ、メシアン、最後は Kevin Kern まで、音楽は evolve するというお話。いったん楽譜ができると完成して終わってしまうのではない、というところは、今日の神学の授業「客観主義」批判とぴったり重なって、いかにも嬉しいリベラルアーツの交流でした。
9/22 Prof. Hans Peter Liederbach(関西学院大学)の講演。人間の自由をめぐってルターと内村と和辻を比較するものでした。和辻のハイデガー解釈を扱った論文が出版されていますが、社会学部では学生の食いつきがよくないとか。うちの学生の反応はよかったようです。
9/17 関東学院大学で日本基督教学会シンポジウム「宗教改革・ピューリタニズム・バプティズム」(「発表」ページ参照)。ご一緒いただいた出村彰先生と今関恒夫先生に感謝。ただ、どうもこの学会は内向きです。学問においてもしっかりと証しができるように、他学会での切磋琢磨が必要な気がします。そういえば昨年も同じような感想を書いたのを思い出しました。
9/14 シェイクスピア・カンパニー「温泉旅館のお気に召すまま」を観てきました。とても楽しくて暖かい東北弁の喜劇でした。男女のすり替えや最後の大団円などはシェイクスピアでしたが、原作との対比は二の次です。座長の下館さんとは学生時代に一緒に演劇をやりましたが、今や有名人ですね。次作は「オセロ」だとか。楽しみにしています。
9/12 駒場でカリフォルニア大学 Davis 校 Alan Taylor 教授の講演。植民地時代の移民数のお話。わたしはこの夏の原稿を書くまで知りませんでしたが、社会史家には日本でもすでによく知られた事実です。ご自分の授業のさわりをもってこられたようです。
9/8 「神学宗教学講読」は、Moodle を使用する予定です。受講生は、W3 から入って使用法を学んでおいてください。登録キーは初回授業時にお知らせします。途中で休講して韓国の学会に行きます。会場大学は国際会議の開催が不慣れみたいだけど、大丈夫かな。キリスト教学会シンポジウムの方が先に来ますが、準備はこれから。
9/2 退屈と安息」(「キリスト新聞」9月6日号「論壇」)。オリンピックが終わり、日常が戻ります。熱狂の後には退屈が忍び寄ります。いや、本当に深刻なのは、夏休みの後に秋学期が始まる、ということだ! 今年も積み残しに苦しむ秋。勝負はロスタイムに入っています。
8/29 秋学期のシラバスをアップしました(w3 参照)。「神学宗教学講読」は前カリキュラム「神学研究」と同じですから、昨年取った人は Retake になります。他に、「宗教科教育法」は教員免許取得用の授業。ICUでもっともICUらしくない授業、つまりすぐに役に立つ授業です。
8/27 卒論合宿終了。人数が多いので昨年から2泊にしましたが、今年は卒論生以外の野次馬?が増えて17人。ニーチェとキリスト教、ボンヘッファーの倫理と殉教、共同体理論の解釈学的アプローチ、戦後のキリスト教ブーム、捕鯨の歴史と文化摩擦、モーセ五書の編纂史など、打てば響く!実に教え甲斐のある学生たちです。参加できなかった学生も、初稿提出を目指してしっかり取り組むこと。
8/23 ICUオープンキャンパス。リベラルアーツの理念に学生の手応えを感じます。ただ、模擬授業はやはりいつもの自分の授業のようにはなりませんね。逆に言えば、大学生(ICU生)になるとずいぶん違う、ということでしょう。彼らのうちの何人と再会できるかな。
8/21 ヒトラーの贋札」を観ました。ナチスの家庭にも妻や子がいて、ドイツ上流階級の文化や教育を見せつけるシーンがあります。皮肉で残酷な光景ですが、16日に観た映画でも、テロリストには普通の家族がいて、殺人行為に加担していました。家族は価値観を共有するから、共犯者になりますね。
8/16 The Kingdom を観ました。アクションも筋書きもリアルで考えさせられます。テロリストの出身地とされたサウジアラビアは何もコメントなしですが、クウェートでは上映禁止。実際はアリゾナとアブダビで撮られたとか。別のサイトには、例によって映画の Goofs がいろいろ報告されています。王宮は実はあるホテルの一室だとか、「アブダビ空港」の道路標識が映り込んでいるとか。
8/8 山川の『アメリカ史研究入門』、ほんの25枚を書くのに苦労しています。宗教や思想の研究史を概観するには膨大な文献を漁って整理しなければなりません。やればやるほど知らない本がざくざく出てきます。庭ではミンミンゼミに混じって、いつの間にか日暮らしが鳴き始めました。そこはかとなく焦りの影が忍び寄ってきます。
8/5 ついでに、わが家の軒先で羽化する蝉君の勇姿を一枚。夜の散歩をするとあちこちで路上を歩いています。うちの老犬にはおいしいデザートらしい。何年も土の中で過ごして、ようやく大空へ飛翔しようと思った矢先にぱくりと食べられてしまうのは、何とも哀れですが、それも自然界の定めかと。
7/31 キャンパスから見たきれいな夕焼けの雲を一枚。
7/28 日本学術振興会「質の高い大学教育推進プログラム」(教育GP)の審査を終了。各大学が趣向を凝らして精一杯の企画書を提出してきますが、どれも結局似たり寄ったりで、評価を差異化するのはなかなか困難です。
7/24 どうやら詐欺?に遇ったようです。「ケンブリッジ大学教授」を名乗る人から 「あなたの素晴らしい論文を読んだ、あなたのリーヴ期間中にICUで代わりに教えてあげる」 というメールが来たのは1年前。アドレスはたしかにケンブリッジ大学のそれだったのですが、問い合わせてみるとこれがまったくの嘘。ウェブでは、アメリカでもこの人の詐欺にあった、という記事が見つかりました。やれやれ、危ないところでした。
7/19 明治学院大学キリスト教研究所・賀川豊彦学会共催公開講演会「忘れられた預言者・賀川豊彦」(「講演」ページ参照)。賀川については入れ込んでいる人が多いので、講演後の質疑などは質問というより自説展開みたいでした。わたしは賀川には書物でしか会ったことがありませんので、年配の方々のお話は聞くだけです。
7/16 長いこと探していたものが見つかりました。百年前に賀川が見たという先住民の銅像です。賀川講演が迫っているので、もう一度探してみようと思ったら、ありました。Montclair Art Museum に。メールで連絡すると、さっそく詳細データを送ってきてくれました。こういうところはさすがに助かります。昨秋のプリンストン講演には間に合わなかったのが残念。
7/11 ようやく東大のクラスも終了。最後は Josiah Strong や President McKinley など、アメリカの領土的拡張を支えた宣教熱の章でした。異質なものに対する "polite toleration" が中国の礼節だったというところや、西洋=男性が中国=女性を征服してゆくというパール・バック的な理解は、今の日本にもつながりそうです。John Dower の Embracing Defeat にも。
7/9 岩がきを食べに笹川流れまで行ってきました。宿も食事もよかったけれど、肝心の岩がきは今ひとつ。ミルキーな味わいがありませんでした。翌日は信州へ回って八ヶ岳高原に泊まり、今朝は雨の中を散策。ちょうど1,000キロほどの道程でした。
7/6 アメリカ学会常務理事会。わたしは広報電子化担当ですが、学会ホームページの更新と整備だけでなく、学会誌の電子アーカイブ化の企画なども浮上して、何だかたいへんそう。手のつけられるところから少しずつやってゆきます。
7/1 陪審員制度の神学」(「キリスト新聞」7月5日号「論壇」)。「合理的な疑いを容れる余地がないこと」は、被告ではなく陪審員を守るための神学用語です。今年も下半期に入ったので、先月までの分を過去ログに移しました。
6/28 ピューリタニズム学会。ニューイングランドにおける市民契約と契約神学を論じた梅津順一先生(青山学院大学)を聞きました。午後のシンポジウムはミルトンでしたが、やはり散文を読む人は少ないようです。ロジャー・ウィリアムズとの交友と影響関係をもう少し調べたいと思いました。
6/26 ICU哲学宗教学デパートメントの教員公募を再開しました。日本語で西洋の哲学を、英語で日本の宗教を教えられる人を求めています。
6/21 まったく唐突な訃報です。斎藤和明先生(ICU英文学名誉教授)が今日昼前に亡くなられました。奥様の恢復が早くてよかったよかったと話していたのに。胃ガンだったそうです。
6/20 鯨肉横領疑惑の事件で、グリーンピースの2人が逮捕されました。その一方で、横流しをした乗組員は不起訴に。わたしはグリーンピースの活動に肩入れするつもりはありませんし、捕鯨にも反対ではありませんが、この取り合わせは疑問に思います。オウム真理教の時と同じ。日本が調査捕鯨の正当性を主張するなら、疚しいことはするな。なお、不正を匡すためにやむを得ず法を犯す場合の責任の取り方は、ボンヘッファー神学の主題です。
6/18 先日 (5/14) の取材が「読売新聞」14日の朝刊に載りました。「大学の実力」というコラムですが、わたしはほんの数行。批判的思考力とは「自分の眼鏡を外し、その眼鏡を点検する」ことだとか、「英語の哲学書の精読と学生同士の討論を繰り返す」というクラスの内容とか。記者の松本さんご苦労さま。
6/16 そういえば、取り紛れましたが11日には村上陽一郎先生の講演「ヒトから人間へ」。ICC連続講演の第7回でした。何百万年もかけて進化したヒト科ヒト族から、人間の文化的被規定性の自覚による自由の問題へ話が進みました。不自由の認識に自由の根拠を見るのは、実に神学的です。ニーバー的な自己超越だから。
6/12 Prof. Matsuoka (Pacific School of Religion) との出版打ち合わせ。ICUでの先生との出会いも、数えてみるともう30年も前のことです。2005年春の学会発表をまとめて本にする作業ですが、査読で2つの論文に注文がつきました。著者たちがそれをうまく書き直してくれるかどうか。
6/8 Dan Brown, Angels & Demons を読みました。『ダヴィンチコード』もそうでしたが、「反物質」の発明をめぐる宗教と科学の対立なんて、いかにもチープ。構想ばかり壮大で、人物は薄っぺら、筋書には無理がある。歴史物なのにこの著者ラテン語が読めず、アメリカ合衆国の国璽 "novus ordo seclorum" を誤解しています。機内の読み物にと買ったのですが、"unputdownable" なんてとんでもない。じゃ何で読み続けたのかって?あるレヴュー曰く、「次はどんなアホな間違いをするのだろう」ってわくわく。
6/6 うーん人事がいよいよ錯綜してきました。定員6人のデパートメントで3人の人事が同時進行なんて、どうしてこんな巡り合わせになっちゃったのでしょう。日本と他国の大学人事制度のギャップが最近とても目立ちます。ぶつぶつ。。。
6/1 アメリカ学会 (同志社大学) が終わりました。橋川健竜さんの初期アメリカ分科会は、一部しか出られませんでしたが、植民地時代の新聞をさらっていて面白かった。理事会と総会が終わったところで帰宅。土肥昭夫教授追悼記念礼拝にも出席。同志社のリベラルなパイエティに共感を覚えました。
5/28 ツベタナ・クリステワ教授の ICC 講演。和歌のもつ「厳密化された曖昧さ」も面白かったが、連続講演テーマとの関わりからは、かぐや姫の「心」問題が圧巻でした。記憶を失わせる羽衣を着るのをためらった姫、とほほな姿で初めて「情」を感じさせた最後の求婚者、姫なきあとに不死の妙薬など要らぬと言った帝など、「竹取物語」が日本の人間論だったとは驚きです。
5/25 昨年秋の講演がようやく紀要になりました(「論文ページ」参照)。連続講演「『人間に固有なもの』とは何か」の劈頭です。今後の講演も楽しみです。紀要には、他に昨年のProf. Theodore Jennings (Chicago Theological Seminary) と一昨年の Prof. Leo Ribuffo (George Washington University) の講演が掲載されています。
5/21 Professor Jeremiah Alberg (University of West Georgia) の講演。ルソーをどのように読み直すか、という彼の著書の要約でしたが、ルソーが民主主義や啓蒙主義のチャンピオンのように扱われている日本では、彼を不名誉から救うなどという発想はまったくありません。学生の食いつきも悪かったな。Edmund Burke を読み返します。
5/18 新入生リトリート。今年から全学一緒なので、700人がバス18台で動きました。昼も夜も翌朝も、メジャーの説明と学生たちとの個人談で疲労困憊。哲学宗教学には熱心で意欲ある学生たちが集まりましたが、それだけ教員たちは負担が大きいように思います。おかげで今日は、バスの中で読み始めた小説を読んでお休み。
5/14 また突然ですが、読売新聞の取材を受けました。いやわたしでなく、わたしの授業が。リベラルアーツや Critical Thinking って、言葉は流通し始めても、なかなか日本には実感できる例が少ないのでしょうね。授業がいいのは、ひとえに学生がいいからです。毎週積み重ねられる自発的な学びとディスカッションの深みに、いつも瞠目脱帽。
5/12 矢嶋直規先生(敬和学園大学)のご講演。ヒュームの道徳論が physis と nomos との対立を越えて自然を人間の観点からとらえていたことを論じられました。学生の反応もよかったし、わたしも大いに学びました。
5/10 プリンストンへ戻った Cornel West を聞きに行ってきました。Matrix 映画三部作、ヒップホップ、Harvard 学長との衝突など、話題の多い人ですが、日本人相手だからかな、案外おとなしくて他で話したことの焼き直しでした。danceable education なんだけど。。。でもお話自体はアメリカの "niggerization" を論じて実に魅力的でした。
5/4 昨秋の賀川講演 "The Forgotten Prophet" が出版されました(「論文」ページ)。プリンストンのHPに全文が掲載されていますので、そちらへ直接アクセスして読むことができます。
5/2 良い地に落ちた種を育てる」(「キリスト新聞」5月3日号「論壇」)。ICUの新しいカリキュラムを宣伝したいわけではありませんが。。。いややっぱりしたい。何せ日本初で、リベラルアーツ本来のあり方を目指す「明日の大学」なのだから。
4/30 「キリスト教と文化研究所」 連続講演。今日は田中敦教授 「神は死んだ? ならば人間性は死んでいないのか?」 でした。ニーチェからハイデッガーへ進み、「人間に固有のこと」 を 「現存在の本来性」 と解釈し直して、それを問うことがいかに不可能に近いかを論じられました。わたしも学生たちも魅了されました。今後も、ツベタナ・クリステワ(5/28)、村上陽一郎(6/11)、と錚々たる講演者が続きます。
4/29 「キリスト教性教育研究会」第一回公開シンポジウム (「講演」ページ参照)。コール・テモテ氏の基調報告から始まり4人の発題。生殖と性愛とを分けるところに人間の固有な性を見るわたしの発言に、留保を示された方がありました。他方わたしは、コンドーム教育を批判する純潔教育には、あまり賛成できません。
4/28 「写真帳」(右コラム)に先日のイェール大学での学会を追加。今年度の東大のシラバスも追加。拙宅の私的研究会は、ペリカンの教理史第2巻へと進みました。東方神学の学びは、ロースキィ以来です。
4/26 初期アメリカ学会。鰐淵君ご苦労さま。フィラデルフィアでフランクリンが大学や病院などの自発的結社を創設していったのは、ドイツ系移民の流入による社会不安に対抗するためだった、という公共社会論です。わたしもニューイングランド社会がいつ私から公へと変貌するのかを考えていたので、なかなか興味深かった。
4/23 このページを定期的にご訪問くださっている方々があることは知っていましたが、「みのむし」さんもその一人だとは知りませんでした。ご本人には2年前でしたか、すでに内緒ページにご登場いただいています。これからも勉強がんばってね。
4/21 ときどき庭を小綬鶏が走ります。飛んでいるのかと思うほど速い。小ぶりの鳩に長い足がついた、という格好で、まるでチョコボ(乗り物。知ってる人は知っている)みたいです。だいたいペアでいるようですが、ほんと目にも留まらぬ速さでピューーと走ります。例のあの「チョットコイ・チョットコイ」とうるさく鳴く鳥です。
4/19 ピューリタニズム学会理事会。しばらくご無沙汰していたので、今日は出席。6月の学会の企画など。今年はクロムウェル没後350年とかですが、エドワーズ没後250年でもあります。
4/14 "Religion and Violence in Early America"で Yale 大学に行ってきました。日本から、というより海外からの出席者は、一人だけでした。先日 (3/11) の Jon Butler が主催の挨拶、エドワーズ・センターが共催。Ken Minkema とはエドワーズ翻訳選集の出版計画の話。授業で使った本の著者 Andrew Murphy にも会えました。わたしと同じ頃に同じ出版社から出たので、お互い本を知っています。
4/8 春学期の「神学宗教学特別研究」の主題は、Forgiveness にします。Japanese Journal of American Studies 来年号のために書いた論文から出発して、本を一冊読みます。Forgiveness and Mercy (Cambridge UP) です。わたしの卒論学生はできるだけ登録ないし聴講してください。なお、「キリスト教史」の初回は学会出席(右「お知らせ」参照)のため休講です。
4/1 いよいよ新学期・新学年・新制度です。XHTML と CSS の認証を取りました。CSS で float と clear の指定をするのが難しかった。ページの一番下のマークをクリックすると 21 の誤りが指摘されますが、すべて 3/19 の Google Scholar ウェブアドレスに含まれているもので、このページのタグとは無関係です。過去ログページもすべて合格。他のページはまだ 4.01 です。
3/25 卒業式。卒論生のみなさんおめでとう。それぞれの進路に祝福を祈ります。キャンパスの桜もほころびはじめ、今日は門出にふさわしい晴れやかな一日になりました。わたしも思わぬ人々に出会いました。2人の娘さんをICUに送って卒業させたご両親が、何と高校の同級生でした。
3/23 Happy Easter! エドワーズ関連のページもアップデートしました。前より少し見やすくなったと思います。スタイルシートとタグの勉強をだいぶしました。小さな表現にもずいぶんたくさんの工夫がなされていることがわかります。きっと何でもそうなのでしょうね。何でもなく見えるようになることがたいへんなのです。
3/21 ご覧のとおりページデザインを新しくしました。まだまだ欠けているところがたくさんあります。特にブラウザごとの違いには困りました。XHTML の認証もまだ取れません。前のは HTML 4.1 で簡単だったのですが。エドワーズ研究のページもまだまったく手つかずです。直し始めると、前のページがいかにお粗末なものだったかがよくわかります。
3/19 と思ったら、知らないうちに Google Scholar という検索ページにもこんなに載っていることが判明。まだベータ版らしいですが、もはや情報は個人にはコントロールできません。
3/18 わたしの本の内容が頁ごと books.google.com に掲載されています。知らないうちに、というか、著者の権利はどうなるのでしょう。
3/14 教授会の機構改革がようやく承認されました。4月出発の直前でしたが、最後には良識が勝利したということかな。キリスト教学会は同日でしたので、支部会も理事会も失礼しました。
3/11 駒場 CPAS で Jon Butler (Yale University) の講演。9.11以来アメリカに預言者的伝統が見られないことを尋ねたら、80年代からのリベラル主流派の凋落を原因に挙げていました。やはりメインラインがしっかりしていないと、右も左も先鋭化して矮小になりますね。
3/11 「神学研究2」で提出されたレポートのうち3本を選んでアップしました。このクラスは学生たちが実によく勉強してくれました。受講生全員に Kudos!
3/8 村上陽一郎先生送別会。理学科と人文科とにまたがるご専門で、ICUのリベラルアーツらしいお働きをしていただいたことに感謝します。そういえば人文科もこれで発展的解消になります。未知の冒険ですが、やっぱりICUは「明日の大学」であり続けないと。
3/7 吉本ばなな『つぐみ』を読みました。主人公が誰かに似ている、という人があったので、はじめて読んだばなな体験ですが、一気に引き込まれます。つぐみも周囲の人も出来事も設定も、とてもよく書けています。恐くて愛しい。鷹を生んでしまった鳶のキモチ。
3/4 「幻なければ民滅ぶ」 (「キリスト新聞」3月8日号「論壇」)。ちょうど75年前の今日、ルーズベルト大統領が語った言葉から。実は10年前に学内の教員リトリートで語ったものの焼き直しですが、末尾の呼びかけは今の自分たちに向けたものです。
3/1 The 6th International Symposium on American Nationalism. 特に興味深かったのは、建国当時の首都ワシントンの荒廃から連邦制を見た Michael Zuckerman, "Origins of American Nationalism"。他に、Alan Dawley, "Messianic Americanism in World Perspective" が面白そうですが、授業の採点が終わっていないので、今日は失礼することにしました。
2/23 初期アメリカ学会で David Jaffee (Bard College) のお話。18世紀末ニューイングランドの田舎村への文化伝播がテーマでしたが、家具の意匠は啓蒙の結果の指標であるとしても、学校や図書館のようにそれ自身で啓蒙を前進させる駆動力にはならないように思う。啓蒙の終点は啓蒙ではない。みずから前進する啓蒙だけが啓蒙なのだ。
2/17 日本基督教団小金井教会説教。創立70年だそうです。ICUの初期卒業生にもお会いしました。さあ、授業は最後の一週間。早稲田の都甲先生より、Jon Butler (Yale University) ワークショップキャンセルのお知らせ。
2/13 並木先生の ICC 講演。前回の川島先生を承けて、ギリシア思想を英雄的で男性中心的で公の名誉を重んずる民主制ポリスの産物とし、ヘブライズムを知識人によるカウンターカルチャー的な家産制批判の倫理であると対比されました。ヨブ記の思わぬところに暖かい眼差しをもった女性観があることも論じられ、たいへん興味深い内容でした。原稿は紀要にいただきます。
2/9 ICU入学試験。わたしが学生だった頃は、「入試の日は雪」というジンクスがありましたが、久しぶりにあたりました。もっとも夕方終わってからですが。おかげでカラスも鳴かず、聴解力試験も無事終わりました。受験生のみなさんご苦労さま。桜の咲く頃お会いしましょう。
2/5 突然ですが、今日の授業に日本経団連の教育問題委員会の方々が10人ほどおいでになりました。学生とのインタラクティヴな授業を見学したいということでしたが、いつものようなやりとりは、視察の方々が去られた後に始まりました。まず情報のビルドアップがあり、それから議論のイグニションがスパークするのですから、当然ですね。バーガーの「信憑構造」はよく理解できたようです。
2/4 拙著エドワーズ論に言及している著書論文を9点追加しました(Recent References and Critiques)。もう追いつかなくなりそうです。特に指導教授の一人だった David Willis がわたしを引用して2冊も書いているのを見つけて嬉しくなりました。
1/28 鎌野直人先生の講演。マッキンタイアから説き起こして上田紀行の「生きる意味」と創世記の共同体理解をお話くださいました。山岸俊男の『心でっかちな日本人』も興味深かった。日本人は和だの集団主義だのと言うが、世間の相互監視をはずれると、「旅の恥はかき捨て」という極端な個人主義になる、というところです。定年後のオヤジがキレる、というのもこれでしょうか。
1/25 Dr. Johannes Ro (Fordham University) の講演。旧約聖書と暴力については、神の人間世界への積極的な関与から説明をされました。学生たちの反応もよく、クラスの成長を感じます。
1/23 久しぶりに雪が降り、キャンパスでは学生たちが写真を撮ったり雪だるまを作ったり。「キリスト教と文化研究所」では戸田聡先生の講演「キリスト教にとっての旧約聖書」。ユスティノスの『ユダヤ人トリフォンとの対話』に基づいたお話でした。
1/21 今日の斎藤眞先生の葬儀(信濃町教会)は授業で出席できませんでした。夜はその眞先生にお世話になったアメリカ学会の編集委員会と新年会。そろそろわたしも編集委員会のお役ご免をお願いしなければなりません。さて、後をどなたにお願いしたらよいものか。
1/15 「キリスト新聞」の「論壇」第2稿を書きました。米国で女性初の神学教授となり、ブルンナーの後任としてICUに来たジョージア・ハークネスのことです。「讃美歌第2編」では43番ですが、やっぱり「賛美歌21」の方はあまり好きになれません。
1/12 ICU「キリスト教と文化研究所」の連続講演が軌道に乗ってきました。次回は2月13日、並木浩一名誉教授「神の自由、人間の自由――ヨブ記における人間の尊厳」です。その次は4月末に田中敦教授、5月末にツベタナ・クリステワ教授です。どうぞご期待ください。
1/5 昨年末にもらった学生からのメッセージを掲載しました。掲載を許可してくれた M R さんありがとう。留学先も実はとてもいい大学です。あと半年しっかり勉強して、今いるところのいちばんいいところを見て帰っていらっしゃい。
1/2 1年ほど使った Raptor 2台の Raid 0 を崩して単体にしました。起動にはどうしても余分にドライバを読み込むので、体感速度はあまり変わりません。Vista とのデュアルブートもやめて、HDD 切替スイッチを作り M-tron を使うことにしました。久しぶりにハンダごてを使ったら、腕が鈍った感じ。細かいところは眼鏡をはずさないと見えないし。また1年歳をとったわけです。
1/1 あけましておめでとうございます。みなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。今年も年賀状は書きませんでした。筆無精でほんとに失礼します。旧年中の記録は「過去の記録」へ移しました。

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