2011 News and Events @ Anri Morimoto

12/26 年末恒例の学会誌編集委員会。執筆者のためのスタイルシートを決めたいと思うのですが、よく考えてみると、版組を縦書きから横書きへ変える方が先決のようです。各大学の紀要やアメリカ研究はすでにみな横書きですが、哲学や宗教学ではまだ縦書きが主流なので、ちょうど狭間にありますね。まだしばらく様子見が続きそうです。
12/22 女子学院のクリスマス礼拝。すべて生徒の自主的な運営で、司会者もなし、講師紹介もなし。とてもすっきりしていて、さすがでした。雙葉・女子学院・桜蔭を「女子御三家」というらしく、校風の比較で「道ばたに缶が落ちていたら」の話は短い間に3回も聞かされました。そういえば昨年は鴎友学園にも行きましたね。
12/17 昨日は吉馴明子先生(恵泉女学園大学)、今日は石井紀子先生(大妻女子大学)による講演。別々の研究会でしたが、はからずも近代日本の政教関係が共通の焦点となって共鳴しました。朝鮮半島の皇民化政策のために日本政府が組合派教会に資金を提供した話とか、宣教師が教育勅語と聖書との微妙な位置関係に苦労した話とか。「宗教学」の成立過程とも重なって興味深かった。
12/15 下川潔先生(学習院大学)のご講演。お互いの快や利益に基づく協定から正義を導き出す、という『思想』最近号のヒューム論の要約。わたしがお尋ねしたのは、みんなで増税に反対して次世代に重い借金を負わせるようなこの社会に、ヒューム先生はどんな助言をくれるだろうか、ということ。代表なくして課税なし。まだ生まれてもいない世代の「合意」を、この倫理はどうやって取り込むのかな。
12/12 また小田嶋隆が本を送ってきました。こちとら一冊書くのに何年も苦労するのに、ひょいひょいと出して羨ましい限りです。今度のは『その正義があぶない』(日経BP社)で、「イッツ・ア・相撲る・ワールド」とか「スパダカ教育」とかの駄洒落でまぶした正義論。「子ども」と書けというマスコミ命令はわたしもよく受けます。「婦人」にも文句がついた時には、白川静の漢字解釈へ遡って闘ったことを思い出しました。
12/8 黄河砂公演「夢喫茶林檎」を見てきました。原作もいいのだろうけれど、キャストの学生がみんなとても上手でした。われわれの時代とは隔世の感がありますね。ちょうど授業でバーガーのノモスとコスモス論をやっていたので、「田舎へ帰る」という言葉に格好の題材をもらいました。
12/5 今学期のキリスト教概論の受講生アンケートを掲載しました。定点観測でもう12年になります。親の代から知っている学生がいたりして面白い。でも、必修のクラスなのに、単位のためでない「もぐり」やリピーターや1割以上もいるって、やっぱり不思議ですね。
11/29 ロータリーの学生を連れて広島に来ています。広島は、平和記念公園や資料館ばかりでなく、都市計画の全体が平和を象徴するようにできている、と感じていましたが、今日 UNITAR で所長の話を聞いてその理由がわかりました。「原爆市長」と呼ばれた浜井信三さんが戦後すぐに始められた努力のおかげだったのですね。再版された彼の手記が、広島で英訳されています。学生たちにぜひ薦めたい一冊です。
11/26 出張などの時に使う旧 IBM のノートがへたってきたので、Mac を試してみようと MBA を買いました。仮想環境で Windows も試してみたら、これが圧倒的に速くて快適。でも、SD カードに Ubuntu を入れるのにはひと苦労しました。MBA のグラフィックを認識しないようです。バージョンを少し古いのにして、ようやく入りました。
11/21 冬学期「キリスト教概論」のシラバスをアップしました(「シラバス」ページ)。「ついでに一言」まで、少し書きすぎたかな。最近は学内のシラバスを学外にも公開するきまりなので、楽になりました。以前は自分のHP用に別に作っていたのですが、今はリンクを張るだけ。大学院の方は、主テキストを何にするか、まだ悩んでいます。もうちょっと待ってね。
11/16 小田嶋隆『地雷を踏む勇気』が送られてきました。6月のラジオ番組以来。表題は、真綿で首を絞めるような「面倒くささ」という抑圧に抗して、君が代問題などに踏み込んでゆく勇気のこと。マスコミや敏感な流行の世界に身を置きながら、こういう発言を続けてゆくのもたいへんだろうな、というご苦労様感があります。彼は言葉の軽業師ですね。ビル・クリントンと森元首相の英語の小話はつい声を出して笑ってしまった。
11/10 昨日の朝日新聞に「アスペルガー症候群」の小学生が自分の苦労を書いた記事が載っていました。ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』に通じる貴重な報告です。生まれた時から出たことがない自分の世界を、どうやって外から見つめることができるようになるのか。これが結局人間の相互理解の課題であり、宗教間理解の課題です。
11/8 創文社から連絡あり。森一郎先生の書評のおかげでよく売れているとのこと。その証拠に、「ヒューマニストたちの競演」という本ください、という注文が地方の書店にあるらしい。それは本の題名じゃなくて、彼の書評の題名だってば。
11/2 『創文』秋号に森一郎先生(東京女子大学)による『人間に固有なものとは何か』の書評が掲載されました(「著書」ページ)。大学改革などをめぐり、評者が本と内的な対話をしているところが見えて、とても貴重な書評です。並木・川島の対論(対決?)が本書の白眉であることも、よく見抜いています。でも考えてみると、「人間に固有なもの」を求めるなんて、ハイデガー的に言えばヒューマニズムのなれの果てのような試みでしたね。
10/28 えっ、「コアラのマーチ」が「くまのじスケツト」? 台南に留学した卒業生があちらの自販機で売っていたのを撮して送ってくれました。何となく間違いもかわいいですね。「親子樂園」謹製の「熊の餅」です。みのむしさんありがとう。
10/22 友人たちと茂牧人先生『ハイデガーと神学』(知泉書館)の出版祝い。ご本人によると、表紙の色は聖餐式のパンと葡萄酒の色だそうです。ツベタナ・クリステワ先生にも新著『心づくしの日本語――和歌でよむ古代の思想』(ちくま新書)をいただきました。いつも熱情あふれる同僚で、右欄共同執筆の近著にも貴重な一章を寄せていただきました。
10/18 わが家にメジロが飛んできました。とてもきれいな体色で、ほんとに目の周りが白いんですね。ベランダの透明板に惑わされてしばらく逗留しましたが、写真を撮り終わるとさっと飛び立ってゆきました。学内に住んでいた時も、こんなに近くで見たことはありませんでした。
10/15 ICU特別入試。毎回感じることですが、「面接」って結局前のめりで口の上手い学生を求めているかのような、間違ったメッセージを発信しているように思います。「貴学の国際色豊かで幅広いリベラルアーツなんたらかんたら」と滔々とまくし立てる人よりも、口ごもり考えながら何とかして自分の思いを伝えようと訥々と語る人の方に魅力を感じます。
10/10 International Encyclopedia of Political Science (SAGE Publications) が出ました(「その他」ページ参照)。全巻揃えると 965ドル、日本円で8万円。 "Christianity" の項を担当しましたが、これでわたしのキリスト教理解が世界標準になった、かな?
10/5 ロータリー財団本部 (Evanston, IL) で入学者選考会議。爽やかな秋晴れなのに、ずっと最上階の会議室に篭もりきり。アルゼンチンのサルバドル大学が退場し、新しくスウェーデンのウプサラ大学が加わりました。世界の7大学と入学者を奪い合い、いや分かち合いますが、学力だけでなく経歴・出身・性別などを総合的に勘案した熾烈で複雑な取り引きになります。このような過程を経て迎えられる学生たちなら、みな飛び抜けて優秀な大人であるのも当然だろう、という気がしました。
9/27 アメリカ教会史学会のセッションも発表になりました(右欄参照)。同じメンバーで学生向けの講演と、学会で一般向けにする講演と、二ついっぺんにやってしまいます。でも1月のシカゴなんて、寒そうだな。実は来週も行くのだけれど。。。
9/21 来年1月にシカゴのトリニティ神学校で行われるコロキウムを右欄に載せました。オックスフォード大学出版局から出るエドワーズ研究の共著者たちとの共同講演です。
9/19 「宗教学概論」のシラバスを置いておきました(「シラバス」ページ)。今年度から学外にも一般公開されています。そのうち立教大学のシラバスもアップします。
9/12 ウェスレー学会でエドワーズの話をしました(「講演」ページ)。「小さな学会で」と謙遜されましたが、エドワーズ学会は日本にはないので、羨ましいくらいです。昨年の TEDS との学会で藤本満先生とお会いしたのがきっかけでしたが、今日のホイットフィールドのご講演はわたしのと重なるところがあり、質疑内容も大西洋の両岸にまたがって非常に楽しい時となりました。
9/7 日本基督教学会(同志社)終了。シンポジウムでは終末医療の国際比較。日本では胃瘻チューブで生かされる寝たきり老人が4百万人もいて増え続ける一方なのに、ヨーロッパでは基本的に一人もいないというのは驚きました。いよいよ食べられなくなったら、ほぼ3日で安らかに逝くそうです。
9/3 秋学期「宗教学」のシラバスを学内リンクにアップしました。「神学」の方は夏休み中に出してあります。よく違いを聞かれますが、「宗教学」の方は概論で、キリスト教にはあまり触れないつもり。あまりに久しぶりなので、数えてみたら何と13年ぶりの出講です。
8/31 立教大学で秋学期のわたしの授業を履修する予定の方へ。今年も使用テキストは変更になります。マクグラスではなく、Thomas S. Kidd, God of Liberty: A Religious History of the American Revolution (2010) を使います。版元から直接一括購入しますので、初日(9/26)に申し込んでください。翌週にはお渡しできます。
8/25 卒論指導合宿終了。今年も多彩な顔ぶれでした。初期バルト、原理主義、Colin Powell、沖縄基地論、市民宗教論、プラトン法律篇、Charles Finney、最高裁違憲判断論。Hume信念論、他にNorman Rockwell、国際法とアメリカ連邦構造論。
8/20 The Fourth Hand を読みました。前半は魅力的ではなく、東京を扱った章などはほとんど不快です。後半にいつものメランコリーが漂ってきて、ようやくアーヴィングらしくなります。なぜ3つめでなく「第4の」手なのかもずっと後でわかります。夏休みのご褒美にと思ったのだけれど、他に較べるとC+くらいかな。
8/12 季刊として復刊された『創文』に「森有正を読むということ」というコラムを書きました(「その他」ページ参照)。『人間に固有なものとは何か』の各著者が書いた「思い出の3冊」に、森有正の著作がしばしば出てきたからです。でも、今どきの学生は森有正を読むのかな。そもそも、人生が変わるなんていう読書経験をすることがあるのかな。
8/6 中渋谷教会で学生同士の結婚式に参列。若くて未熟で生意気でがむしゃらで。まるで30年前の自分を見るようでした。鹿児島からおいでのご家族は、さぞご心配なことでしょう。でも大丈夫。結婚は勢いです。若気の至りです。カイロスです。回りのことは放っておいて、まずは二人だけの時間を大切にしてください。精一杯の祝福と応援を送ります。
8/1 大学教育と情報』にムードルを使用した授業のレポートを書きました(「その他」ページ)。リベラルアーツの人文系でウェブツールを使うとどんなことができるかを紹介したものですが、学期中の忙しいさなかで、「他に誰もいないから」と頼まれてしかたなく書きました。
7/24 NASSS アメリカ研究夏期セミナー(南山大学)が終了。5年プログラムの最初の年に話しましたが、今年が最終年です。ところが、主題講演のJeremi Suri (University of Wisconsin-Madison) が代読となり、批判的な議論も何となく後味が悪いままです。キッシンジャーやケナンの Realpolitik の専門家らしいので、たぶんその衰退過程の一部として論じたのでしょう。それにしても、書きかけの本の抜き刷りみたいな講演では困るし、欠席ではお話になりません。
7/19 なでしこジャパンおめでとう。朝早くアメリカから Congratulations!って来てたから何だろうと思いました。「PK戦は時の運だから」と小さなガッツポーズだけした選手の発言がいいですね。いやけっして運だけじゃない、必死に練習して身体も精神も鍛え抜いた人だからこそ、それを知っているのです。
7/14 シアトル在住の旧友夫婦 Taku + Monica が東北震災支援のプロジェクトを立ち上げました。栃木YMCA にボランティアセンターを設置、援助の活動や募金を受け付けています。日米の連携には最適の2人ですので、この夏にボランティアに出かけたい人は、どうぞご連絡ください。
7/10 夏休みに入ったはずなのに、一向に自分の時間がもてません。学生の指導はようやく区切りがつきそうですが、ここ数日は学会の会議が重なっています。今日発見したのは、まったく別の用事で秋と冬に2度シカゴに行かねばならないこと。
7/3 弓町本郷教会の特別伝道礼拝と講演。ハットクリーク天文台 (2010/3/22) での経験と、「われ必ずローマをも見るべし」(Acts 19:21) の "dei" について話しました。菅原力先生はわたしと同年とのこと。戦災を免れた歴史的な建物で、楽しい交わりの一日でした。
6/30 自分の出ているラジオ番組を聞き逃してしまいました。26日ですよって書いたのにさっぱり忘れており、学生たちに「聞きました」と言われて、はじめて思い出しました。Ustream の対談は収録後すぐに聞きましたが、肝心の放送部分は一度も聞かず。困ったな、と思っていたら、ここで聞けるようです。だいぶ編集してあるので、うまく意味がつながっていないところもある感じ。
6/28 大阪府知事橋下徹殿、人権はテレビタレントの手法では扱えません。「民意を受けた政治」だとか、「反対なら選挙に勝って議会で条例を変えてみろ」とか。――「権利章典の真の目的は、人権を政治論争の浮き沈みから切り離し、多数決支配の及ばないところに置くことである。生命・自由・財産、言論や出版や礼拝や集会の自由などの基本的人権は、投票に供されてはならない。それらは、いかなる選挙の結果にも依存しない。」1943年(戦時中です)に国旗儀礼を拒否した「エホバの証人」の権利を認めた米連邦最高裁の判決文。アメリカの制度は、このような「民主主義の危険」をつくづく知った上で作られています。ついでに一言。「公務員なんだからルールに従え」はまったく逆です。私的団体ならともかく、公権力がそのようなルールを作ることがそもそも人権侵害なのです。
6/27 震災の後で「今こそ宗教の出番だ」とか「伝統宗教の底力を見直して復興を」などの声が目立ちます。バーガー流に言うと、ノモスが崩壊してその基底にあるコスモスが見えたのでしょうね。でも、宗教も社会の中ではノモス化して存続してきたわけですから、コスモスへの再接続は容易ではありません。閃光の再確認くらいかな。
6/23 『はじめてのジョナサン・エドワーズ』の書評が出ました(「著書」ページ参照)。上智大学の増井志津代先生によるもので、とてもていねいに読んで内容をしっかり紹介していただいてあります。ありがたいことです。増井先生いまリーヴ中でハーヴァード神学部ですが、歯の治療で一時帰国中とか。
6/18 日本基督教学会の関東支部会が震災の影響で延期になり、日本ピューリタニズム学会とぶつかってしまいました。どちらも理事なので困りましたが、内容に惹かれて決断せざるを得ません。ピューリタン革命やホッブズの位置づけをめぐるシンポジウムは学ぶことが多かった。王政復古後に『ビヒモス』を書く、というところがいかにもホッブズらしい。ハリントンのオシアナ論では、アメリカ建国期に「共和制」が道徳理念として浮上してきたことの遠景を見たように思います。チャニングを勉強している人がいる、というのも嬉しい発見でした。
6/13 ラジオデイズ~ラジオの街で逢いましょう」(InterFM)という番組で、コラムニストの小田嶋隆と対談しました。放送は26日夜ですが、続編が先に Ustream で見られます。小中高一緒だった彼とは、何と卒業以来35年ぶりの再会。ウィッティでピンポイントな文章を書く男です。でも、収録後の喫茶店での話はもっと面白かった。われわれの母校では、「酔って都電を止めた」という地学の土屋先生が有名な伝説だったのだが、彼のフォトグラフィックな記憶によると、われわれはそれよりずっと危険なことをやっていたらしい。まことに、生きているのが不思議です。
6/10 卒論合宿の日程を決めました(右欄参照)。例年に比べると、今年は少し早めかな。卒論生以外で興味のある方はご連絡ください。
6/5 アメリカ学会年次大会が終わりました。反知性主義をめぐるシンポジウム(「講演」ページ参照)は、話す方も楽しみましたが、会場も楽しんだと思います。ちなみに、わたしが引用した例の一節「舞台のコーラスダンサーの最前列の若い娘に心を奪われた亭主を見ている古女房のような引け目」というくだりは、ホーフスタッターの邦訳60頁に出てきます。いえ、わたしの言葉じゃありません。さすがにみなさんここは食いつきがよかったですね。
5/31 国歌斉唱起立命令に合憲判決。判決文を読むと、内面の信条と「外部的行為」の区別と連関、職務命令の必要性や合理性との兼ね合い、裁量権逸脱の可能性などが留意されています。裁判長を含む各裁判官の補足意見には、強制や不利益処分を可能な限り避け、教育行政者が慎重に配慮すべきことが論じられており、単純な「合憲」ではないことがわかります。でも、こういう付帯的勧告って、いったいどういう位置づけなのでしょう。
5/30 帰国してちょうど一年が過ぎました。思い出すのは、新しい家に帰ってきてとても嬉しかったことと、家の回りの桜を見られなくて残念だったこと。しばらくは empty nest でしたが、秋に新しい家族が増えました。今度のも胴長短足ですが、つやつやの jet black です。
5/23 ICU と United Board 共催の会議 Interreligious Understanding and Peacebuilding in Asia が終わりました。アジアの諸大学と宗教間理解の授業カリキュラムを作る試みですが、やはりインドネシアやフィリピンなど東南アジアの宗教的状況との違いが大きく感じられました。
5/19 西南女学院大学(北九州市)に行ってきました。古川敬康先生にはたいへん厚いおもてなしをいただきました。公開授業には、卒業生の松谷牧師や故原口徹牧師の奥様も来ておられました。ミッションデイというのは火曜と木曜の講演なので、間の水曜日にはホテルの部屋からムードルを使ってICUの遠隔授業をやりました。
5/15 八ヶ岳で新入生リトリート。昨年はリーヴ、一昨年は鳥インフルで取りやめだったので、3年ぶりです。平田オリザの講演は、TVジャーナリズムの一般受けするお話で面白かったけれど、コミュニケーションの専門家たちにはさんざんでした。特に外国籍の教員には、あまりのステレオタイプ論に席を立つ人も。ピューリタンなら、"Cobbler stick to your last"と言ったことでしょう。それにしても、哲学宗教学に関心を示す学生たちは、ICUらしい知的好奇心に満ちていて将来を期待できそうです。
5/12 またアメリカの友人が You Tube の映像を送ってきました。 Fabulous! I think this is worth 3 minutes of your time. はじめは何だろうと思いましたが、たしかにすごい。でも、こんなCMどこでやってるんだろう。
5/9 職責から神道のお葬式に参列しました。ご令室を亡くされた方にお悔やみを申し上げます。ご斎主の祭詞が何を言っているのかよく聞き取れませんでしたが、「しようがこう~にうがく~」というところで、どうやら故人の略歴らしいことがわかりました。大学のところでは「もあ~す~くお~み~が~か~」(マスコミ学科)と、カタカナもそれらしく発音されていてさすがと思いました。
5/4 ビン・ラディン氏の殺害で、"Life, Liberty, and the Pursuit of all who threaten it" という9/11以来のアメリカ海軍のモットーを思い出しました。独立宣言の言葉をもじったものですが、"pursuit" という言葉の意味がずいぶん違ったものになっています。バークレーではこういう軍の存在をよく感じました。
4/30 Bob Ridge 教授がキャンパスの放射能を日常的に観測して公開しています。ロータリー留学生がとても放射能を心配するので、公表値からして大丈夫だと話すのですが、彼らにとって政府発表の数値を信じるのは愚かなことにしか映らないようです。それなら、彼のホームページを見てくれ!
4/27 今学期のシラバスをひとつアップしておきました(「シラバス」ページ)。ところで、先日 (3/31) わたしが感じた当惑は、どうやらルネサンス期にキケロを再発見したペトラルカも感じていたらしい。アッティクス宛書簡を読んだ彼は、失望のあまりキケロ宛に手紙を書いて詰っています。
4/21 昨年秋の同志社大学一神教センターでの講演を文章にしたものが出ました(「論文」ページ参照)。寛容は価値が多元化した近代よりもずっと以前に、中世神学思想において発達した概念です。ニューイングランドのピューリタニズムを見ると、この中世的な寛容理解がよくわかります。
4/17 アメリカ学会常務理事会。ただでさえ年度初めで忙しいのに、5時間も続きました。来日予定だった発表者が基金団体などの方針で全員キャンセルになり、6月の年次大会にいろいろと変更を迫られたため。こうなると、学会活動にはウェブの利用がますます不可欠になってきます。それにしても、新学期開始を5月からにした大学、羨ましいなあ。。。
4/14 日本思想史の小島康敬先生が大学院比較文化のHPに書いていました。――大学は「知」を商品化・情報化して効率よく提供する場ではなく、「知」を鍛え養う場であって欲しい。それ故に、敢えて、「不親切」「意地悪」な授業に心がけ、過保護な教育サービスは避けている。――まことにその通りです。こちとらサービス業じゃねえ。というか、それこそほんとのサービスです。学期はじめにあたって、学生たちに一言申しておきます。
4/9 斎藤眞先生の追悼文集『こまが廻り出した』が出ました(「その他」ページ参照)。非売品なので、書いた人だけが受け取ったのではないかと思います。東大・ICU・教会関係・アメリカ研究など、いろいろ重複する人もいますが、短い期間に113人が思い出を寄せており、先生の影響の大きさが偲ばれます。わたしは自分の思い出を二つ、「無冠の権威」であった眞先生に寄せて書きました。
4/6 春学期の「神学宗教学の諸問題」は、良心論から人間論を考えようかと思います。ピノキオは、いつほんとの人間になるのか。Jiminy Cricket が内在化された時。では鉄腕アトムは。良心は人間にどのように働くのか。良心の「自由」と言うが、英語では良心は "dictator" です。まさにその不自由さに、各人に固有の尊厳が存しており、万人の平等という理念の根拠がある。大学間公開授業に指定しましたので、受講希望者はシラバスをご覧ください。
4/4 旧友がアメリカから送ってくれたメッセージ。どちらも笑えます。Dog Drives Postal Truck," "My 1 day employment at Wal-Mart" やりきれない災害ニュースばかりの時、ちょっとリラックスできますように。
3/31 塩野七生のカエサル伝を読むと、キケロがまったく卑小な人物に描かれています。財産や名誉にこだわり、風向きを見ながら権力者にへつらい友人に不遇を託つ。これが義務や友情について語ったあの哲学者の実像なのか。人生の荒波を恬淡として耐える有徳の賢人、という風情はどこにもありません。しかもこれは、君主制か共和制かという問題とは無関係。ううむそうだったのか。
3/24 Asian and Oceanic Christianities in Conversation が出ました(「著書」ページ参照)。これも「ついに」と言うべきか、2005 年春の国際宗教学会が発端ですから、何と6年もかかったわけです。執筆者のみなさま長い間お待たせしました。一時はあきらめかけましたが、オランダの出版社に見込まれてようやく陽の目を見ることができました。Studies in World Christianity & Interreligious Relations の一環です。
3/22 日常を続けることの困難さと奇妙さを感じます。Survivor's Guilt の一種かな。論文を一つ追加(「論文」ページ)。先日の台湾での講演をもとにしたものです。いつも悩むのですが、年が明けて3月になってから届いた掲載誌でも、発行が前年ならやっぱり前年のリストになるのでしょうね。
3/19 ワシントン・ポスト紙に Paul Blustein 氏が冷静と公正を求める記事 "Why I'm not fleeing Japan" を書いています。下のニューヨークタイムズ記事とはだいぶ違う態度。Thank you Paul for quelling the unfounded fears of radiation.
3/19 カンタベリー大主教 Rowan Williams のメッセージに友人の西原廉太氏(聖公会司祭・立教大学副総長)の祈りと報告が引用されています。このような時に、人は祈ります。被災した方々に、世界の人々の励ましと救援が届きますように。
3/17 New York Times は日米の危険度評価に大きな違いがあることを伝えています。記事を書いた David Sanger は以前の東京特派員で、わたしも読み続けてきました。連邦政府の原子力管理局長は、日本の発表がいつも「確認できない」としか言わないことに疑心をもっている様子。それには同感ですが、示されている数値そのものには違いがありません。
3/16 『人間に固有なものとは何か』(創文社)がついに出ました(「著書」ページ参照)。単著よりずっと苦労の多い編集作業でしたが、豪華な執筆陣の先生方に感謝します。哲学・西洋古典学・神学・聖書学・音楽・文学・中国思想など複数の視点から人間論に迫る異分野間のコラボレーション。各執筆者のコラム「思い出の3冊」つき。
3/14 原発の危機について専門家が入れ替わり立ち替わり説明してくれますが、聞きたいことがなかなか説明されません。専門外の人と話すことに慣れていないのでしょう。そういう人は、「技術情報提供者」ではあっても「知識人」ではありません。やっぱり日本の大学教育にリベラルアーツが欠如しているからかな。
3/12 Thank you all for inquiries from around the globe. I am fine, safe and secure. Nobody got hurt around me, my family and my friends. Please continue to pray for those suffering now.
3/9 あれ、酔っぱらってるのかな、と思ったら地震でした。免震構造のため、船みたいにゆっくり長く揺れます。岩波『人名辞典』の校正をようやく終了。100項目以上あるので、慎重に見直しをしてゆくと思わぬ間違いを見つけたり、自分の理解が深まって書き直したくなったりで、校正の大切さを感しました。
3/7 『キリスト教のアメリカ的展開』(上智大学出版)が出ました(「著書ページ」参照)。信教の自由と政教分離のパイオニアであったウィリアムズなのに、アメリカで評価されるようになったのはほんの最近のことで、しかも連邦最高裁も彼を誤解して引用している、という話。新刊ラッシュですね。本書を含めて、この春に5冊出ます(右欄参照)。
3/5 小中高と同級生だった小田嶋隆が朝日紙上でネットカンニングについて発言しています。昔っからちゃらんぽらんな男でしたが、言うことは案外まともです。日本社会には匿名性への根拠なき信頼があるとか、入試は公正な競争であるべきだとか。
3/2 Building New Pathways to Peace (University of Washington Press) が出ました(「著書」ページ参照)。ワシントン州立大との合同会議はもう4年も前のことで、何だか遠い昔のことに思えます。たしかあの春、次回のリーヴはカリフォルニアにしよう、と決めたのですが、そのリーヴも去年終わってしまいました。会議から出版まで、WSU のノリコ・カワムラ先生には長い道程をたいへんお世話になりました。
2/25 キリスト教学校教育同盟大学部門研修会。20世紀アメリカのキリスト教がヴィクトリア時代の女性化に反発して男性的要素を強調していった過程を話しました(「講演」ページ参照)。日本では女性化があまりに常態化してしまい、意識に上らなくなっているのかも。無菌化された「お花畑」のようなキリスト教では、預言者的機能を果たすことはできません。
2/23 『はじめてのジョナサン・エドワーズ』が出ました(「著書」ページ参照)。エドワーズの深遠な思想をイラスト漫画で表現できるかどうか、やや不安でしたが、ルター、カルヴァン、バルトと続いた大物神学者の次に出るのがエドワーズだとは、日本では誰も想像できないでしょう。それで訳業を引き受けました。
2/18 西早稲田で出版局の神学専門書委員会。昨日は「ペルシア時代におけるユダヤ共同体と社会経済構造」のシンポで、魯先生が大奮闘していました。二日続きで聖書学者たちに触れてみると、関心や問題の設定が組織神学とはずいぶん違うことを感じます。いずれにしても、それぞれの分野で若手の研究者や執筆者を育成してゆかないと、今後がたいへんなことになりそうです。
2/12 最近は学会誌のpdf化が進み、過去の論文がウェブで全文読めるようになりつつあります。アメリカ研究のが目についたので、いくつかリンクを張っておきました。他のもおいおいやってゆきます。ところで、国立情報学研究所の学会HPは、いずれどこかに引っ越さねばなりません。多くの学会がサーバーを求めて路頭に迷いそうですが、さてどうしたものか。
2/8 哲学宗教学デパートメント主催の「ソクラテス・カフェ」。「宗教と暴力」をテーマに話しましたが、実は2007年の授業テーマの焼き直し。60人くらいの参加者でしたが、1・2年生が多かったらしい。悪の内在的な認識などはどうでもいいから、何とか悪を克服してよりよい世界を作りましょう、みたいな「光の子」的コメントが多かった。いかにもICU的な理念にうんざりします。
2/3 Ministry 誌に「教会と男性」について書きました(「その他」ページ参照)。2年続けたので、連載はこれでひとまず打ち止めにします。あの雑誌、いつまで続くかな。編集陣は若くて頼もしいのですが、何せ金がない。そういえば、ジョン・マーハ先生に九州の奥様の実家で読んだと言われました。
1/29 「日の丸君が代」東京高裁判決。裁判官諸氏には、憲法に従って国民の自由を守るという司法のつとめをよく考えていただきたい。「従来、全国の公立高校の式典で広く実施されている」から問題なし、というのは、93年のエホバの証人神戸地裁判決や、昨年(1/21参照)の砂川市神社最高裁判決と同じ、「大多数の人がやってるんだからお前も従え」という論理です。それでどうやって少数者の人権を守ることができるのでしょうか。この件では、代替措置も可能で、"compelling state interest" もありません。日本の裁判官は、とりわけ公権力がかかわる場合の人権侵害の可能性に鈍感です。批判的なチェック機能がなければ、三権分立もありません。
1/28 新車を買いました。といっても自転車の話。前のはちょうど20年乗りました。タイヤもチェーンもサドルもワイヤも取り替えながらでしたが、馴染みの自転車屋に「軸が摩滅していつ壊れるともわからんし、部品はとっくに生産中止になってる」と言われ、ついに決断。新しいのも20年乗るつもりで頑丈なのを選び、前と同じく特注で新聞配達用のカゴをつけてもらいました。車体は重いが、走りは軽い。自転車ってこんなに静かで楽ちんな乗り物だったのか!
1/22 大学院のクラスでナスバウムの人権論を読んでいますが、どうも怪しい。この人、Roger Williams をあまりよく知らないのではないかと思います。「船の譬え」の背景も正反対に取り違えているし、ウィリアムズが連邦憲法制定史に具体的な影響を及ぼしたかのように書いています。マーサおばさん、もうすぐ出るわたしの本を読んで勉強してください。
1/16 センター試験が終わりました。膨大なマニュアル遵守の努力を見て毎回考えさせられますが、日本の入試制度は大学にとって大きなマイナスです。全国の大学教員にこれだけの負担をかけ続けるようでは、海外の大学との競争に勝てるはずがありません。早く ETS のような専門機関ができて外注できるようになってほしいものです。
1/12 授業で紹介しようと思って島田裕巳『無宗教こそ日本人の宗教である』を読んだら、とても使えそうにありません。日本人の宗教観こそ正しく、対立や争乱を起こさず、自由の守り手であるとか、日本ほど豊かで安全で優しい国はないとか、だけど近い将来は外国人の流入で日本は日本でなくなるとか、いつの間にか彼は自国礼賛の祭司になっています。これは儲けるために書いた本ですな。
1/9 朝日朝刊「五線譜」に、元日朝の高速道路で立ち往生した車列にトイレを貸したり暖かいものを配ったりした鳥取県琴浦町の人々のことが載っていました。あの日のニュースを見て、車の中の人はとても困っているだろうなと思いましたが、記者たちもきっとそれで取材したのでしょう。小さいけれど何かとっても心が暖かくなる話。暗く胸ふたがれる話ばかりでなく、もっとこういう記事が増えたらいいですね。クリスチャン・サイエンス・モニター紙の標語"resisting the sensational in favor of the meaningful" みたいに。
1/4 マイクル・フリン『異星人の郷』を読みました。中世ドイツの寒村に異星からの宇宙船が不時着、という筋立てで、スコラ的なキリスト教が異星人に理解されるときのギャップが面白かった。「人間を人間たらしめるものは何か」という問いが、年末に読んだ金森修『ゴーレムの生命論』と響き合っています。
1/1 あけましておめでとうございます。旧年中のログは左欄に移しました。今年もよろしくお願いいたします。このホームページは、だいたい毎月のトータルアクセスが 1500 - 2000、ユニークアクセスは 500 - 800 の間で推移しています。この数が多いのか少ないのかよくわかりませんが、はじめておいでいただいた方にも頻繁に訪問される方にも感謝を申し上げます。気がついてみると、始めてからもう 7 年になりました。

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