2013 News and Events @ Anri Morimoto

12/26 学会誌編集委員会。毎年これが終わると一年が終わる、という気持ちになります。学会誌の水準維持と、若手研究者の育成とはいつもなかなか一致しません。今年は旧約学の学術出版が盛況だったので、書評選定にも手間がかかりました。歴史神学や宗教哲学も盛んですが、組織神学がやや低調かな。これで学会事務局を2期4年務めましたので、晴れて来年は新しい方にお委ねいたします。
12/22 エドワーズ研究でまた一つ、わたしの本をベースにしたものが出たようです。カナダで教えているわたしの知らない学者ですが、友人の Doug Sweeney が書評を書いています。"Edwards scholars will recognize that Steve builds on the scholarship of Anri Morimoto and Gerald R. McDermott..." とあるのが嬉しい。
12/15 グローバル人材育成推進事業 Go Global Japan Expo(早稲田大学)。「じぇじぇじぇ」かと思ったら、"GGJ" だそうで。わたしも話しましたが、何と言っても ICU の教育は学生に話してもらえば一目瞭然です。ブースでの対応も、「ICU は 15 分待ちで~す」という大盛況。吉田さん、伊藤君、内田さん、ありがとう。君たちは大学の誇りです。
12/8 宇宙が始まる前には何があったのか』を読みました。宇宙論としても神学としても面白い。「無から有が生まれる」といっても、何もないのじゃなくてポテンシャルなエネルギーがあるってことですね。創造主義のキリスト教に対する嘲笑が下品で玉に瑕ですが、別の宇宙論(ひも理論)に対しても同様の態度なので、現代の宇宙物理学者には odium が満ちているのでしょう。念のため申し上げておきますが、「創世記」は宇宙の始まり方を叙述したものではありません。それから、邦訳題は不適切です。著者はそういう問い方をしていないし、もちろん本書にその答えはありません。
12/1 アドヴェントに入りましたので、今年もキャンドルを1灯ずつともします。大学入試小論文問題にわたしの文章を使ったからと、学研から支払いがきました。でもどの文章をどういうふうに使ったのかまったくわかりません。それとも昔に言われていたのを忘れているのかな。
11/29 最近気づいて愕然としたのは、磯野家の波平じいさんが、自分より若いらしいこと。昔は50歳を過ぎた人なんて、まさにあんな風に見えていましたが、今の自分はどう見えているのだろう。頭のてっぺんの一本は、わたしの方が多いけど。
11/23 アステイオン』最新号が発刊されました(「論文」ページ)。この雑誌、「都会的洗練」を掲げて「なまの感情の沸騰でもなく、硬直したイデオロギーの観念でもなく、その中間にあって、柔らかくものを思い、心にかたちを与える想像力の働き」を指すのだそうです。この加減がなかなか味わい深い。今号は「なぜ幸福か」を掲げた論攷が揃っています。執筆後に受けたインタヴューのコメントも別欄に載りました。
11/16 青山学院大学でピューリタニズム学会(「講演」ページ)。ピューリタニズムの中世的系譜と「ニューイングランド・ピューリタニズム中心主義」批判への応答。二日続きの講演で直前まで準備ができませんでした。この学会も事務局が移転してから風通しがよくなりました。院生や若手研究者の出席もあり、今後に期待がもてます。
11/15 早稲田大学で私情協の職員向け教学マネジメント講習会(「講演」ページ)。わたしはGPA制度やコースナンバリングや学生ポートフォリオについて話しましたが、次に講演された同志社大学のラーニングコモンズのお話が非常に有意義でした。やっぱり今の学生は、こちらから仕掛けを作ってあげれば勉強するんだな、という印象。
11/9 初期アメリカ学会で David Hall (Harvard Divinity School) 先生の講演。レスポンスを仰せつかり、Orthodoxy の定義や先日の Robin Lovin 講演から得た着想を試してみました。以前にもお尋ねしたことなのだけれど、Puritan New England と南部との対比については、何となく明快なお答えを逃げられた感じ。当時のハーヴァードのカリキュラムがどれほど神学的でなかったかについては、共通の理解でした。
11/3 ACUCAの会議で台北に来ています。輔仁大学の会議場に入ってようやく思い出しましたが、講演の記録を見ると、1999年に来たところです。あの時もACUCAで、たしか宗教多元主義の話をしたと思います。昨晩はお決まりの Grand Hotel で、そういえば前回は中央ホールに巨大なクリスマスツリーが飾られていて、中国の朱色と奇妙にマッチしていました。
10/28 熊本の水俣資料館で「真実に生きられる社会」「自分が正しくあることができる社会」をみんなで作りたい、というお言葉。予定外のご発言で、2005年のサイパンでの韓国人慰霊碑訪問の時もそうでしたが、天皇皇后のお二人には平和や和解への強い意志が感じられます。
10/27 富士見町教会献堂式。飯田橋駅からすぐ見えるし、ガラス張りの開放的な新会堂でいいですね。地区再開発組合に加わって、教会が街の風景の一部と認識されているのもいい。今日はなぜか説教台が微妙に脇にずれて置かれていましたが、ふだんはあの正三角形の高天上の真下に聖餐卓が来るのでしょう。
10/25 農工大との協定締結式。記者会見もやり、午後は松永学長の講演。ICUはリベラルアーツの中の理系ですが、あちらは実学の理系で、お互いに益するところが多いと思います。まずは学長間で包括協定を結んだ後、単位互換や施設利用へと進みます。考えてみると、武蔵野エリアにはずいぶんたくさんの大学がありますね。「キャンパス」は建物ではありません。その本来的な概念は、都心の大学では実現できないでしょう。
10/20 Back Cover Endorsement を書きました(Richard J. Mouw and Douglas A. Sweeney, The Suffering and Victorious Christ: Toward a More Compassionate Christology)。これって日本語で何と言うのでしょう。「裏表紙推薦文」って、何とも間抜けな訳語。日本にはない習慣だから、概念も言葉もありません。2冊目なのでそのコラムを作ってみました。
10/12 「21世紀を拓くリベラルアーツ」Home Coming Day パネルセッションが終了(「講演」ページ)。11期の卒業生たちが大活躍でした。現役学生や若い卒業生の姿が見えなかったのは残念ですが、リベラルアーツの意義や効用がわかってくるのもこの年頃かと。それにしても、広報されたのが数日前じゃ、誰も知らないのが当たり前だよね。わたしだってほんとは学内で同時進行している別の講演会に出たかった。。。
10/10 「ジョナサン・エドワーズ・日本センター」開設のニュースを大学のホームページに掲載してもらいました。開設の経緯などはそこをご覧ください。世界で8番目、もちろんアジアや日本ではじめての「グローバルセンター」です。イェール大学のホームページにも開設のニュースが載っています。ちなみに、イェールのセンターへのアクセス数は、アメリカ、イギリスに次いで日本が3位、国内では東京、大阪、神奈川、愛知、埼玉、千葉、福岡、静岡、北海道の順です。
10/8 朝日朝刊の「生き直すために」というコラムに小田嶋隆が登場。ラジオ対談の時も、断酒会でする宣言が立ち直りのきっかけになったという話をしていました。「私は自分で自分の人生をどうにもできない人間であることを認めます」って言うんだって。それが他力本願の信仰の入り口と同じだ、ということでした。30歳過ぎたら、人生設計とか自己改造とか、そんなことおこがましくてそもそも不可能だ。「夢を追い続ける」なんて言っているから自縛状態になってどうにもならなくなるのだ。う~ん、その通り。やっぱり彼が言うと説得力があります。
10/5 父母向けオープンキャンパスのモデル授業で「幸福の追求と大学教育」について話しました(「講演」ページ)。生物学の菊池君、社会学の伊藤君、参加ありがとう。荒天にもかかわらず、熱心なご父母の方々ばかりで、ICUの教育内容についてよく理解していただけたと思います。いちばん多かったのは、「ウチの子勉強ばっかりしてます。毎日あんなにやらないといけないのでしょうか」という質問。はい、そうです。ICUに入った以上、寝る暇もないくらい勉強してもらいます。
9/27 『考える人』という雑誌に、「数学は美しいか」という特集があったので買って読んでいたら、思わぬところでわたしの最近著が引用されていました。いや数学の話じゃなくて、渡辺靖さんの「アメリカン・レガシー」という連載の第一回。ハーヴァード大学の教育についてですが、ピューリタン時代の知性主義とそれへの反動としての反知性主義のことで、拙著をよく読み込んでいただいてあります。リベラルアーツの今日的な意義にも触れられており、大学関係者には特にお薦めします。
9/22 学生演劇をひとつ観てきました(『オイル』)。大昔の先輩としては、どうしても発声とかドタバタの無駄な動きとかが気になってしまいます。でも、今の小劇場はそんな昔の芝居の常識なんて通用しません。野田秀樹の題材からすれば、もう少し「ぞっとする」ところも欲しい。結局これは、今の学生が演って今の学生に観てもらうべき教育劇なのであって、わたしのような年寄が行ったのが間違いだったかも。
9/18 『日本の神学』に東方敬信先生による拙著の長文書評が載っています。ガスタフソン的な視点からの指摘などを含む、東方先生ならではの独自で闊達な書評です。ありがたいけれど、ちょっと褒めすぎ。それから、春 (3/12) にやった東大の合評会の3本は、わたしのレスポンスと一緒に、CPASの紀要に載せていただくことになりました。分野の違う3人の批評と応答というこのスタイルは、議論を深めるのにすばらしい効果があります。
9/12 今年の日本基督教学会(西南学院)が終了。発表は魯先生やわたしの院生などICU勢が好成績でした。バルト『ローマ書』第一版の研究は、ことに評判がよかったのでひと安心。成長しましたね。三役事務局もあと1年で引き継ぎ。ところで、聖書植物の展示を見て思いました。イエスの荊冠は、ディオニュソスの祭りに生け贄の内蔵を食べることを強制され、ツタの冠をかぶらされるという伝統(2マカバイ6:7)を宗教学的に転置したものではないか。
9/9 2020年のオリンピックが東京に決まったとか。まあこれだけやって落選したのでは困るし、招致は経済や外交にもプラスに働くことでしょう。とりあえず喜ぶべきことでございます。選手のみなさんの努力も尊い。だがそれにしても、「政治家はスポーツがお好き」。ちょうど4年前、前都知事の招致運動について書いたものです。
9/5 婚外子の相続規定が憲法違反という判決。わたしは、一週間ほど前に載った別の記事の方が気になりました。18年前の合憲判断を下した元最高裁判事が、当時をふりかえって「不本意な判断だった」と反省しています。正直な告白ですが、その遠慮は何でかな、と思います。「立法府による法改正を待つ」という姿勢は、憲法第76条の定める裁判官の良心や独立性とどう折り合いがつくのか。最高裁判所の使命はそれで果たせるのか。
9/1 Geraldine Brooks, Caleb's Crossing を読みました。創設間もないハーヴァードに入学したワンパノアグ族の青年の話。あくまでも小説ですが、当時の資料をよく使いこなしていて、物語としても面白い。登場人物やカリキュラムの内容もほぼ史実通りだし、卒業できたのはたしかに一人だけでした。先住民の宗教と入植者のキリスト教との交錯という宗教学的な観点も魅力的。いつか誰かが訳してくれるといいな。わたしがやるのがいちばんだけれど、とても時間がない。英語も17世紀の雰囲気がよく出ていて、味わいがあります。
8/30 神戸で教学担当理事者会議(私大連)。高大接続・連携がテーマでしたが、規模や性格の違う大学と意見交換をするのはいつも有意義です。わたしが知らなかったのは、多くの大学で「基礎セミナー」などと称して、初年次学生向けにキャリアデザイン、図書館の利用法、レポートの書き方、コンピューター・リテラシー、果ては人権教育までをパッケージにした授業をしていること。単位があるのだから成績もあるはずだけれど、仮に落としても卒業には支障がないらしい。「必修」なんだけど「履修必修」という nebulous な位置づけ。大学生活には必要でしょうが、何でそれが授業なのか、結局よくわからなかった。
8/26 『日本の神学』に「序」を書きました(「論文」ページ)。先日のドナルド・キーン先生講演の際に出た学生の質問から考えさせられたことですが、日本の神学はこれまで仲間内だけの閉鎖集団だったのではないかという、やや過激な問題提起になりました。アジア神学の視点からすると、どうしてもそうなります。なお、秋の全国大会は学会事務局ではなく九州支部の責任企画です。
8/22 卒論合宿終了。卒論生や OB/OG の中に、この HP をよく見ている人がいるみたいですね。君たちこんなもん見とらんと、しっかり勉強せえ。バーガーの『現代人はキリスト教を信じられるか』が再版されました。4年ぶり、これで第5版です。ありがたや。
8/14 その沼津港深海水族館ですが、「奇妙でキモチの悪い生物を集めました」という宣伝に惹かれて行ってみました。ナウシカに出てくるオウムそっくりの巨大なグソクムシとか、むにゅむにゅのタコクモヒトデとか。でも、かわいい顔をしたメンダコには会えませんでした。他に、シーラカンスには背骨がないとか、いろいろ亜種があるとか、味がまずくて生き残ったとか、トリビアもたくさん。ついでに、新江ノ島水族館のサイトには、グソクムシメンダコの動画が出ています。
8/12 標準フォントの指定など、昔作ったままだったページに少し手を入れました。CSS3 で 画像の角を丸く切る "border-radius" が使えるようになって、写真の工作が楽になりました。最近の Office や画像処理ソフトにはこの機能がついてないのです。でも、このページ下の Validation をやると、「CSS2.1 にはないプロパティです」 と叱られます。CSS のレベルって、どうやって宣言するのかな。ちなみに、新しいトップの写真は沼津港深海水族館で撮ったもの。
8/6 中外日報」に同性婚をめぐる先日のアメリカ連邦最高裁判所の違憲判決について書きました(「その他」ページ参照)。前回同性愛についてこの新聞に書いたのは15年前ですが、この15年間にアメリカの状況は大きく変わりました。日本では最高裁が違憲判決を出すこと自体が稀なので、今後もこの問題では変化がないでしょうね。というより、憲法自体に婚姻は「両性」の合意のみに基づくとあるので、これを改憲の口実にされては困るし。
7/31 終戦のEmperor」を観てきました。あの歴史的写真(2012/10/24参照)の舞台がなぜGHQでなく大使公邸だったのか、ようやく理解できました。ところで、昭和天皇の訴追を免れさせたフェラーズ准将が出会った日本人とは、映画には出てきませんでしたが、恵泉女学園創立者の河井道だったとか。そういえば、アヤの部屋には十字架が飾られていました。それにしても観客の年齢層が高いのにびっくり。映画が終わってもエンドクレジットが終わるまで誰も立ち上がりません。うーん、感動してるのか、退職後の暇人ばっかりなのか。。。
7/25 「平和を求める日本の決意」を『信徒の友』巻頭言に書きました(「その他」ページ)。憲法は「祈りの書」だと言った元最高裁判事がいます。前文や末尾の97条を読むと、まさにその通りです。そこに出てくる「恒久」や「永久」という言葉は、この世の政治や法律が保障できることの彼方にある超越の秩序を示唆しています。そして日本は、その秩序へのコミットメントを決意し、「国家の名誉にかけてこの崇高な理想と目的を達成する」ことを誓ったのです。選挙に勝った改憲派のみなさん、日本の「名誉」と「誓い」を忘れないでください。
7/20 樋口陽一先生から『いま、憲法改正をどう考えるか』(岩波書店)をいただきました。半年前にお送りした拙著への更なるお返しですが、憲法が日本の貴重な資産であること、国民主権という論理の独走を制限するものであること、「人類普遍の原理」を掲げることはその西洋的な由来にもかかわらず日本の独自な貢献となり得ることなど、深く共感できるありがたいご発言ばかりです。憲法学の泰斗が語る「現下の世情」への問いかけですので、ぜひお読みください。
7/15 Windows 8 が不評で以前のスタートボタンを戻した 8.1 を出すとか。わたしが不満なのは、ユーザーのログインにマイクロソフトのメールアドレスを使うようになっていること。ウィンドウズは使ってもそんなアカウントは使いたくない、という人もいるでしょうし、ソフトのインストール時にも面倒です。デスクトップにはタッチパネルなんて要らないし。。。
7/8 慶応大学文学部で山本敏彦記念講座(「講演」ページ)。「文化多元主義とキリスト教」について話しました。まとめ役の杉本智俊先生は今は聖書考古学がご専門ですが、若い頃は歴代誌の歴史哲学や預言資格などの思想的問題に取り組んでおられたとか。教授職と牧師職の兼任もなさったスーパーマンです。
7/5 京都大学総合人間学部の先生がお二人見えました。『人環フォーラム』というジャーナルの対談のためです。京都大学というと、明治以来の哲学宗教学の殿堂のように思えますが、学生数は自然科学系が7割を占めるのだそうです。その中でも総人はICUのリベラルアーツと深く共鳴するところがあるので、とても有意義な対話になりました。年末に発行の予定ということです。
7/3 東京農工大学で「ICUのグローバル教育」について話しました。学長・副学長・理事・評議員の先生方をはじめ多くのご出席。こちらはわたしの他に、事務局長が国際交流における危機管理体制について話しました。女性科学者支援の共同プロジェクトから出発しましたが、これを足がかりに提携を深めたいものです。暖かいおもてなしの帰りに、農工大特産のブルーベリージャムまでいただきました。
7/1 東大が秋学期導入の検討で大騒ぎしたと思ったら、今度は4学期制だとか。教養学部の若手教員が問題点を指摘した、というのは希望がもてます。「批判的思考力に乏しく国際感覚や英語能力が低い」、「点数優先の授業選択ばかりで主体的な学びの姿勢がない」とかで、「対話形式の授業を充実させる」、「外国語による授業を増やす」、「学年を飛び越えた履修」、「カリキュラムの自由度を高める」ということです。みな長年 ICU がやってきたことですね。健闘を祈ります。
6/27 University of California との提携50周年の記念会が終了。ICU はカリフォルニア大学にとっても世界で2番目に古い提携先です。昨今は交換留学など珍しくなくなりましたが、こちとら50年の年季が入っています。「11番目のUCキャンパス」とも言われるUC Education Abroad Program の関係者、Associate Vice Provost Jean-Xavier Guinard ら13人が来学され、植樹、シンポジウム、講演、卒業生との祝賀会などが続きました。老いも若きも、錚々たる卒業生たちです。わたしは交換留学に行かなかったので、ラフルの賞品をもらえなかった。しくしく。
6/21 先週の Robin Lovin (Southern Methodist University) に続いて、今日は Richard Bauckham (University of St. Andrews) の講演。2010年7月の学会でご一緒した先生です(「講演」ページ参照)。新約聖書学がご専門ですが、今日は創世記と人間中心主義のお話でした。ご本人のHPを見ると、学術論文の他に、礼拝説教、詩や俳句、子ども向けの著作、中世に遡る家系史や "Bauckham" をどう発音するか、までが載っています。
6/13 日本にジョナサン・エドワーズ・センターが開設されます。もちろんICUに。すでにイェール大学のサイトには世界で8つめのグローバル・センターとして名前が出ていますが、日本側のウェブサイトはまだ工事中。2015年8月末には、ICUで日本初アジア初のエドワーズ学会を企画中です。ご興味のある方、どうぞご連絡ください。
6/8 本学学生の逮捕と再発防止に向けた大学の取組について
6/2 アメリカ学会(東京外国語大学)終了。「政治の言説と空間」という自由論題でコメンテーターを務めました。シンポジウムでは、待鳥聡史先生の「平等」マクロ変動論が面白かった。それから、学内業務の多忙を理由に、常務理事を交代していただきました。はーよかった。佐藤千登勢先生これから後をよろしくお願いします。
5/29 古矢旬先生の書評論文が『創文』に掲載されました(「著書」ページ参照)。おそるおそる頼んだ書評ですが、この本のいちばん重たいところを深く理解していただいたように思います。末尾の批判もまっとうです。結局それは、ヴァジニア建国父祖たちの啓蒙主義的な寛容論や政教分離論をどう評価するか、ということです。日本では人権思想が近代啓蒙主義との関連でしか理解されていないので、そうでない中世的な寛容論やピューリタン型の人権論を強調しよう、というのがこの本のねらいです。
5/23 キリスト教週間のイベントで "Professor Anri Returns" という講義をしました。夜7時なのに、大教室いっぱいに来てくれたみなさんありがとう。わたしの話はみんなが話したいことのダシにすぎません。その後質疑が1時間も続きましたが、やはりこうして学生と考えながら対話する時間こそ、自分がもっとも生かされていると感じる時間です。だが同時に、人は Calling で別のつとめへと呼び出される。
5/18 八ヶ岳で新入生リトリート。今年のテーマは、アカデミック・インテグリティと学生宣誓。ICUは60年前の創立当初から「世界人権宣言」に準拠した学生宣誓を行ってきました。日本が「人権規約」を批准する26年も前です。この結びつきは、「世界人権宣言」起草者であり、かつICU創立準備委員でもあった Eleanor Roosevelt によるものです。
5/10 『IDE現代の高等教育』に「ICUの教育組織改革」について書きました(「その他」ページ)。2008年の改革がどのように構想され決議されたかを紹介したものです。当時の苦衷を思い出しましたが、その後この改革は、学生や他大学の評価と注目を受け、曲がりなりにも成功したと言えます。振り返ってみると、最初に『IDE』に書いたのは14年前のことでした。これらは厳密な意味での「学術論文」ではないので、「大学関係評論 On University Administration」という項目を新たに作ってまとめてみました。
5/5 久しぶりに山へ登りました。好天で美しい新緑でした。甲斐高尾という通称の山ですが、地図の上でも山名や頂上地点が複数あって確定していません。驚いたのは、この15年の間に山登りの常識がまったく変わってしまったこと。iPhoneのGPS機能で高度や行程や山名がわかるとか、携帯で下山地にタクシーを呼ぶなんて、以前は考えられなかったことです。そもそも今の人はペットボトルばかりで、「水筒」なんてものは持たないのです!
5/2 表現者』に拙著の書評が載りました(「著書」ページ)。短い文章にこれだけの内容を正確に齟齬なく詰め込む、というのは至難の業です。藤本さん、ありがとう。ちなみに、この『表現者』という雑誌、「真性保守」を名乗って世論を興すという論客たちの討論で、なかなか読ませる記事が並んでいます。三浦小太郎さんが紹介している『神々と男たち』という映画、観たいと思いました。
4/29 連休中に森鴎外を読もうと思って全集を開いたら、とんでもない「注」の連発が気になりました。"loco citato" には「ラテン語・急ぎの場合として」という注が、「カトリック教のペトルスの鍵」には「中世のスコラ学者 Petrus Lombardus」なんていう解説がついています。かわいそうに、鴎外は今でもこんな間違いだらけのまま読まれているのですね。誰がつけたかはともかく、これは学術論文を書いたこともなく、聖書を読んだこともない人です。
4/22 ドナルド・キーンさん来学。「学生に語るなら」という条件で、ツベタナ先生の授業においでいただきました。溢れかえる学生たちを相手に、90歳でなお矍鑠と楽しそうに語られました。永井荷風との衝撃的な出会い、谷崎潤一郎の人となりなど、戦後文学史の生き証人ですね。これを「黄金時代」と振り返っておられましたが、学生からはすかさず、「では現代の村上春樹は」と質問が出ました。わたしは、文学の耽美とその背後にある時代や思想の衝突との兼ね合いをもう少し伺いたかった。
4/16 「人間という概念は最近の発明だ」とフーコーが書いています、と哲学者のクロサキさんが書いています(電脳将棋についての朝日新聞記事)。もし正確な引用だとすると、フーコーは旧約聖書をまともに読んだことがなかったのでしょうね。自然世界における人間の特異性の自己認識は、デカルト的な理性中心主義に由来するものだけではありません。もう少し「知の考古学」が必要です。
4/12 昨年3月の「イギリス哲学会」での記念講演が出版されました(「論文」ページ)。エドワーズは18世紀ニューイングランドに生きた人なので、アメリカ人というよりイギリス人ですが、植民地の人間が本国の哲学会に顔を出すのは初めてかな、と思います。アリストテレスからトマスを経て、ロックやバークリの実体論とエドワーズとの相違を論じました。
4/10 昨夏の上智で行ったシンポジウムが本になって出ました(「著書」ページ)。『女と男のドラマ――現代における愛の源泉』なんて、ちょっと気恥ずかしいタイトルなんだけど。これもそうですが、最近は「教化力アップ」とかいう中高の先生向けプログラムが多くなりました。5月の東神大もそれです。
4/5 4/10の産経新聞全国紙朝刊をご覧下さい。全面カラー広告で22冊の本が紹介されると思います。優れた本の客観的な紹介のようですが、実は「広報堂」という会社が仕掛けた新手のビジネスにすぎません。ここに掲載されている著者は、みな自分で24万円を支払っています。もちろんそういう商売をするのはかまいませんが、そんなお金を払って取り上げてもらうというのは、とてもまともな学者のすることではありません。今回の22人がどのような方になるのか知りませんが、こういう欺瞞的な事実は公表されないでしょうから、ここにあらかじめ広報してその人々に恥を知ってもらいます。過去に載せてもらったK女学園大学の先生なども。「広報堂」という会社にもこのことを公表すると伝えました。読者のみなさんも、ゆめ誤解なきよう。
4/1 今年は桜の開花がとんでもなく早かったけれど、その分何だか長持ちしていますね。入学式までもつかな。ちょっと遅くなったけれど、ページトップの写真も貼り替えておきました。それから、先日の中央大学でのグローバル人材育成シンポジウムが U Stream で配信されています。わたしの出番は、0:50:00-1:06:00 あたり。
3/26 中央大学で「グローバル人材育成推進事業シンポジウム」(「講演」ページ)。U Stream で同時中継っていうのは話している最中にツイートがどんどん飛び交うので緊張します。ヒルトンが1万人の中から幹部候補生を選んだら、7人中4人がICU卒だった、という人事本部長さんのお話。それを受けて、ICUではどんな教育をしているのかを話しました。たまたま会場にただ1人、強引に紛れ込んだICU3年生がいたので、フロアから発言してもらったら、これがまた堂々と正論を述べて一同びっくり納得。他に東京工業大学と筑波大学。主催の中央大学に深謝。
3/22 「学校で学んだことをすべて忘れた後に残るのが教育である」(Education is what remains after one has forgotten everything he learned in school.)――アインシュタインの言葉。大学教育にもあてはまります。「教える能力というのは面白く教える事である」という一言も。ただ、寺田寅彦によると、「女は学問に向かない」という発言もある。やっぱり百年前の人か。
3/15 ICU高校第33回卒業式。卒業生一人一人について大騒ぎ、とっても楽しい卒業式でした。ところが、中村一郎校長の話になった途端、全員が水を打ったようにしんと聞き入るではありませんか。こういうことは、付け刃ではできません。ふだんから教師と生徒がしっかり向き合っていることがよくわかります。ほんとに唯一無二の素晴らしい学校です。こんな高校から来るから、「ハイ上がり」はいつもいい学生なんだね。
3/12 箱根で駒場ゼミの拙著合評会。北海道からおいでくださった古矢旬先生の『創文』書評原稿も配られ、夜遅くまでえらく盛り上がりました。とてもありがたい書評ですが、これについては出版されてから。遠藤泰生先生は、社会史的なアプローチに対するウェーバー思想史的な抗言について、増井志津代先生は、エドワーズとホイットフィールドの反知性主義について。いちばん面白かったのは、藤本龍児先生のハーバーマス的な「ポスト世俗主義」を拙著と比較した市民社会論でした。他に、憲法学の樋口陽一先生から2度もお便りをいただき、「信教の自由を犠牲にしても公共空間の政教分離を進める」フランス型との比較を論じられたことなど。
3/8 アメリカ・キリスト教史』が第4版になりました。いくつか修正を入れました。『現代に語りかけるキリスト教』の方はもう8刷。15年前に書いた本なので、さすがに手を入れたいのですが、とても時間がありません。バーガー『現代人はキリスト教を信じられるか』みたいに、一年であっという間に4刷になったのもありますが、やっぱり何年もかけて売れてゆく方が嬉しい。
3/4 北陸先端科学技術大学院大学を訪問。日本で数少ない大学院大学ですが、大学院大学はよい学部教育がどこか他にあることを前提した上での存在であることを強調され、ICUの理系学生に魅力的なオファーをいただきました。今後は日本でも大学間の相互補完的な協力が不可欠になるでしょう。
3/2 今日はICU哲学研究会。かつての卒論生がニーチェの認識論についてよい発表をしました。形而上学を批判する者はなぜ「漂泊者」とならざるを得ないか。それは信念に関する再帰語のパラドックスに囚われてしまうのを避けるためです。他に、佐野先生はセネカとルクレティウスにおける技術進展史の評価、古藤先生は『本草綱目』のtaxonomyについて。
2/23 来年度も授業はまったく出せそうにないので、拡大ゼミを開くことにしました。興味ある学生は、ICU Portal をご覧ください。今のところ、「正統と異端のトポグラフィ」というテーマを考えています。トレルチと丸山眞男を出発点に、初代教会の教義形成過程、イスラムの正統理解、そして日本の皇統を横断的に考える、という壮大な話。他に、自著を読むとか、Dworkin, Justice for Hedgehogs を読むとか、夢ばかり拡がる春ですね。
2/16 長野の清泉女学院大学でシンポジウム「今日のアジアにおけるインカルチュレーション」(「講演」ページ)。まとめ役の古橋昌尚先生は、何と小石川高校の1年後輩。38年ぶりにお会いしました。他に、上智副学長の増田裕志先生と、桜美林のバイカル先生。聖書のモンゴル語訳の話をもう少しお聞きしたかった。
2/13 2/5に書いた『1417年、その一冊がすべてを変えた』ですが、この本を担当したのは私です、と昔のゼミ生が連絡をくれました。ティリヒの『生きる勇気』を卒論に扱ったのが、編集者としての彼の基礎教養力になったとか。日本では売れそうもないテーマだな、と思っていたら、朝日新聞の日曜書評に大きく取り上げられていましたね。八木君、大殊勲おめでとう。
2/10 久しぶりにお芝居を観に行きました。フルトヴェングラーのナチス協力を題材にした「テイキングサイド」。途中で「芸術は専制国家にしかない」という台詞が出てきます。うーん、そうか。そう言われてみると、「民主的芸術」って何かつまんなそう。わたしの興味からすると、これはアメリカの「反知性主義」が典型的にあらわれた設定です。どんなに偉大なマエストロも、欠けをもつ人間としては平等にただの「クソ野郎」なのです。
2/9 ICU入試。無事終わってほっとしました。寒い中を来てくださった受験生のみなさん、ありがとう。センター試験をやめたので、今後はこの試験に集中できます。ところで、「入試が魅力で選ばれる大学」というのは他にあるでしょうか。38年前にわたしがICUを受験したのも、この入試があったからです。入試は、ICUの発信するメッセージです。
2/5 1417年、その一冊がすべてを変えた』を読みました。中世の修道院の様子がわかって面白いけれど、邦題はちょっとセンセーショナル過ぎる感じ。そもそもルクレティウスの原子論がキリスト教の世界観からの逸脱を誘うなんて、ティリヒ的なプロテスタント原理から考えれば、そりゃ中世カトリシズムの壮大な思い違いにすぎません。神学が足らんよ神学が。
2/2 アメリカ史研究入門』(山川出版社)が2刷になりました。初版が3年前だったなんて、とても信じられないくらい昔に思えます。そういえば年末に僅少ですが稿料が支払われていました。わたしの章は、宗教と思想がアメリカの自己理解にどのような影響を及ぼしているかを論じたもの。
1/26 ICU社会科学研究所と上智大学グローバル・コンサーン研究所との共催によるシンポジウム「人間の安全保障の危機?」。中世を "Dark Age" と呼んだり、西洋の普遍的価値と東洋のアニミズムを対比させたり、ちょっと首を傾げるような話もありました。司会者の "Questions end with a question mark." という注意が絶妙でしたね。
1/18 朝日新聞に大学中退をめぐる記事が載っています。ICUは「お手本」5校の一つに挙げられていますが、大事なのは「アドバイザー制度」などで脇を固めることでなく、授業そのものをよくすることです。わたしの授業は150人超ですが、私語などは全くありません。単位の要らない聴講生も多い。学生はみなまっすぐこちらを向いて集中し、必死に考えています。大学は、何よりもまず大学の本来的な機能において努力すべきです。ついでに言えば、日本の大学はいつまで「入ったら必ず出す」というトコロテンのような大学理念でやってゆくのでしょうか。入学を容易にして卒業を厳格にすれば、中退は必ず増えます。それが品質管理というものです。
1/16 並木友子さんご葬儀。47歳でした。ご遺族にかける言葉がありません。10年ほど前に洗礼を受けられました。苦労の多い生涯でしたが、闘病中も快活な表情で礼拝に出てこられました。フランスで旅行するときに携帯したというトラピスト修道院のお菓子。やはり旅出ちなのかな。
1/11 南山大学宗教文化研究所で「懇話会」(「講演・発表」ページ)。この会は1977年の同研究所創立以来続けられており、西谷啓治や Hans Kung など、錚々たるメンバーの名前と写真が載っています。所長の奥山倫明先生には、アメリカ研究関連でも以前からお世話になっています。今日はマルクス理事長もおいでになっていましたが、さすがにカトリックの神父さまたちは初代教会の神学史をよくご存じですね。外に、Mark Mullins とは University of Auckland へ移る前のお別れ。
1/6 ニュートンと贋金づくり』を読みました。自然哲学、数学、聖書研究と多彩な彼ですが、後年王立造幣局監事となって贋金造り犯と緻密な刑事バトルを続けていたことは知りませんでした。硬貨偽造は、ニュートンにとって宗教的な問題で、彼が実現できなかった錬金術のパロディだった、という説明も面白かった。ところで、コインの縁がギザギザなのは削られて偽造されるのを防ぐためなんだって。
1/1 あけましておめでとうございます。新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。旧年中のニュースは左欄に移しました。このホームページはいわゆる Web 1.0 世代で、Facebook や Twitter などにはまだお世話にならないつもりです。いちいちお返事するなんて面倒だし。ではなぜこんなホームページを続けているのか? 自分に関する情報がどちらにしてもウェブに流れ続けているので、正確な情報を本人から発信しておくべきだ、と思ったからです。数えてみると、もう9年前のことですね。

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