課題1

 

佐藤友花里

 

なぜ「21世紀は水の世紀である」と言われるのか?

―水利用の現状と、今私たちができること―

 

 

I. はじめに

 

21世紀は水の世紀である」と言われている。この言葉は一体何を意味しているのであろうか?それは「21世紀にはきれいな水が飲めるようになる」といったような明るい未来を予想するものではない。むしろ世界人口の急増にともなって水不足が深刻化すること、そして水資源獲得をめぐる争いが世界各地で頻発するという暗い未来が予想されているのである。つまり21世紀には水問題が国際的テーマになると考えられるのだ[1]。このレポートでは21世紀が「水の世紀」と言われる理由と、水利用の現状、そして今私たちができることは何かについて考えてみたい。

 

 

II. 21世紀が「水の世紀」と言われる理由

 

1. 水不足の現状と将来

 

21世紀が「水の世紀」と言われるのは、今世紀中に水不足がより深刻化すると考えられているからである。現在、水問題について研究・分析の中核を担っているのは以下の三組織である[2]

1.      1996年に発足した水の国際シンクタンク「世界水会議(WWC)」

2.      各国政府や国際機関、既存のネットワークを結ぶ事務局的な組織を目指した「世界水パートナーシップ(GWP)」(1996年発足)

3.      毎年8月にストックホルムで開催される「水シンポジウム」

これらの組織によって水不足の現状や将来が報告されている。また12の組織によって三年に一度「世界水フォーラム」が開かれている。2000年にオランダで開かれた世界水フォーラムでは「世界水ビジョン」が発表された。これは2025年の水状況について予測しているもので、それによると世界人口(約80億人になると予測)の半数にあたる40億人が水不足国に暮らすことになる[3]。さらに世界保健機構(WHO)と国連児童基金(UNICEF)によると現在、世界人口の約2割に相当する11億人が安全な飲み水を利用できない状態にある。また11億人の内訳はアジアが64%、アフリカが27%である[4]。このデータを見て、日本はアジア地域に属しながらも水を無駄使いしているという現実を深く反省しなければならない。なお世界では24億人が下水道設備を利用できていない環境におかれている。特に深刻なのがアフリカ大陸である[5]。このような現状を鑑み、2002年にヨハネスブルクで開かれた環境開発サミットでは、安全な水が得られない人口を2015年までに半減させることを目指した実施計画が採択された[6]。このような経緯によって水問題はにわかに注目を集め始めたが、危機の時はもうそこまで迫ってきている。

 

2. 水に起因する紛争

 

さらに21世紀が「水の世紀」と言われる重大な理由がもう一つある。それは21世紀には水資源獲得のための争いが世界各地で頻発するという予想がされていることである。1995年には当時の世界銀行環境担当副総裁であったイスマイル・セラゲルディン氏が「20世紀の戦争が石油をめぐって戦われたとすれば、21世紀の戦争は水をめぐって戦われるであろう」と警告した[7]。この発言が「21世紀は水の世紀」と言われるようになった直接の原因なのである。さらにエジプトのサダト大統領(1979年)やガリ外相、ヨルダンのフセイン国王(1990年)も同様の趣旨の発言をしている[8]。つまり水戦争は三十年以上前から危険視されていたのである。実際、地域間または部族間での水をめぐる紛争は絶えることがない。

しかし世界水政策研究所の理事を務めるサンドラ・ポステルは次のように述べている。「水戦争は必然的に起きると運命づけられているわけではない。水不足は、戦う理由よりも、隣国どうしが協力し合う理由にもなるはずだ。政治家、水の戦略家、外交官は、重大な局面で国が分別ある道を選択するように導く責任がある[9]。」これは非常に的を射た発言である。例えば国際河川などは流域国が協力し合って水を利用すべきである。しかし現状では三か国以上が共有している川であっても結ばれる条約の大部分は二国間条約であり、流域国すべてが平和的に水を利用しているわけではない。これからは紛争ではなく、流域国相互の協力によって平和的な水利用のシステムを構築する必要がある。21世紀に入った今、世界各国のそのような協調的姿勢が強く求められるのである。

 

III. 水利用の現状

 

1. 生活用水使用量―例えばトイレ

 

国土交通省発行の水資源白書によると日本では生活用水の一人一日平均使用量は319Pとされている(平成13年)。そのうち特に家庭で使われる水の内訳としては風呂が27%と最も多く、次いでトイレが24%である[10]。またトイレは一回の洗浄に5P以上の水を使うというが、ハイチやガンビアでは一日3Pしか水を得られない人もいる[11]。この現実をどう受け止めるだろうか?このことについてあるブラジル人女性は世界水フォーラムに向けた「水の声」に次のようなメッセージを残している。「私たちの社会は、飲める水まで無駄に浪費しています。洗車やトイレの洗浄水に使うなど、ばかげたことです。もっと注意深く水を使うよう学ぶべきで、トイレなどには飲めない水を使うことが可能です。水消費には課税することも必要です[12]。」生活用水を大量に消費している私たち日本人はこのメッセージを重く受け止めなければならない。私たちは一回のトイレ使用で地球上の誰かの一日分以上のきれいな水を流してしまっている!

 

2. 農業用水とヴァーチャルウォーター

 

 実は生活用水や工業用水よりも多くの水を消費するのは農業用水である。世界の水使用量の3分の2は農業用水なのである。しかも2025年に80億人に食糧を供給するためには、水の供給を今より8000億G増やす必要があるが、これはナイル川10本分に相当し、それだけ大量の水資源を確保するために大開発を行えば、間違いなく水循環は破壊され、地球規模での異変が起こるであろう[13]。つまり20年後には世界の人々が生きていくのに必要な食糧生産さえ成り立たなくなってしまうことが予想されているわけである。さらに日本でも農業用水は水の全使用量(859億G/年)の66%を占める。内訳は生活用水が163億G/年、工業用水が129億G/年であるのに対して農業用水は568億G/年にものぼるのである[14]

また日本は食糧や工業製品を大量に輸入しているが、それらの生産物を日本国内で生産するために必要な量の水(ヴァーチャルウォーター=仮想水、間接水)をも輸入・消費していると考えるべきである。驚くべきことに日本のヴァーチャルウォーター輸入量を穀物5品目(とうもろこし、大豆、小麦、米、大・裸麦)、畜産物4品目(牛、豚、にわとり、牛乳および乳製品)、および工業製品について計算すると、総輸入量は640億G/年にもなる[15]。これは日本国内で消費されている全水量(859億G/年)の76%、農業用水と工業用水(694億G/年)の92%にあたる大量の水資源を他国から輸入していることになる!しかも輸入した大量の食糧を、排泄物や廃棄物として東京湾や瀬戸内海などの閉鎖性水域に捨てている。日本の大量輸入によって水不足が深刻化している地域があるというのに、輸入した食糧を捨てているなど失礼極まりないことである。日本人の生活が他国に住む人々の生命を脅かしているという現実を真剣に受け止めなければならない。

 

 

IV. 私たちに何ができるのか

 

1. Think globally!

 

 ではグローバルな視点から、人間は何をすべきであろうか?難しいのは全世界的に共通する水対策が存在しないことである。水のリサイクル研究の功績でストックホルム水シンポジウムにおいて「水大賞」を受けた浅野孝名氏は次のように指摘している。「水が豊富にある国と絶対的に不足している国、先進国と途上国、河川や湖などの水源を隣国と共有している国と水源の競合がない日本のような国、それぞれの課題は大きく違う。他国でうまくいったからまねをする、という発想が通用しないのが水問題だ[16]。」だから今ここで具体的対策を提示するのは正直なところ非常に困難である。しかし以下のような世界の現実について考えることが必要ではないだろうか?

例えばヴァーチャルウォーターの大量輸出入についてである。現在では世界中の多くの国々が他国との輸出入で成り立っている。そのような今日にあって、水問題を他国と共有していない国など存在しないのではないだろうか。例えばアメリカや中国の水不足に対して日本は無関心でいてはならない。日本はそれらの国から生産物という形で水資源を大量に輸入しており、水不足を助長している可能性が考えられるからである。だからどこかの国が抱えている水問題に世界中が目を向けて、ともに原因を探り、解決していこうとする姿勢が必要である。

さらに現在、世界には食べ過ぎの人と食糧不足で食べられない人が同じ数だけいると言われている[17]。これはまったく不公平な現実である。先進国に住む多くの人は食べ過ぎの傾向にあると思われるが、そのような人々は食糧とともに大量の水をも消費しているのである。食べ過ぎだと感じている人は食糧不足の国に住む人々のことを覚えて、自らの食生活を見直す必要がある。誰か一人が食生活を見直せば、誰か一人の命を救うことができるかもしれない。

 

2. Act locally!

 

 では私たちは今、何ができるのであろうか?私が大切だと思うことは長期的で大それた行動目標を掲げるよりも、今からすぐに実践できるような行動を積み重ねていくこと―「ちりも積もれば山となる」―である。もちろん一人一人ができることは本当にわずかではある。しかし水問題は政治家や研究者がなんとかしてくれるのではないか、といった他力本願でいることが最も良くない。だからここではあえて各家庭で実践できることを紹介・提案したい。

その一つとしてまず台所でできることを考えてみたい。例えば調理油や食器用洗剤の使い方に気をつけることができる。岩手県立大学助教授の山田一裕氏は、同じ食材でも調理方法が違えば油の使用量が異なるため、油の使用量が少ない調理法を選んで水を汚さないように提案している。例えば卵料理であれば、[中国風炒り卵>スクランブルエッグ>目玉焼き>プレーンオムレツ>厚焼き卵] の順に油が多く使われるそうである[18]。さらに油のついた食器を洗剤で洗う際にも、直接流しに捨てずに新聞紙に吸わせてから洗えば、下水の汚染を減らすことができるし、余計な洗剤を使わずに済む。

さらに食生活の見直しによって水を保全することができる。例えば和食(風土食)を大事にすることで、ヴァーチャルウォーターの輸入を減らすことができる。なぜなら和食の場合、その食材の多くを自国内で生産することができるからだ。実際、和食の食材の国内自給率は56%、洋食の場合は14%という計算(食糧庁、1999年)がある[19]。つまり和食を大切にすれば国内外の水を大切にすることができるのである。やはり伝統的な食生活は理に適っているのだと実感させられる。

さらに台所以外の水回りでできることもたくさんある。例えば歯磨きや手洗い、うがいをする際には水を流しっぱなしにしないように心がける。一回あたりの歯磨きで水を流しっぱなしにすると約3Pもの水を無駄にすると言われているが、これは水不足国で一日に使える量の水(しかも飲み水にもなるきれいな水)をただ無駄に流してしまうことになる。さらにトイレの洗浄や洗濯にお風呂の残り湯を使うことができる。特に洗濯には温かいままの残り湯を使うと良い。なぜなら水は温度が高いほど物質を多く取り込む性質があるため、お湯で洗濯をすればそれだけ汚れがきれいに落ちるからである。そうすれば洗剤も少なくて済む。これは水の使い過ぎと水質汚染を抑えるばかりか、洗濯の効率も上げるので一石三鳥である。

楽観的だと言われてしまうかもしれないが、以上のような地道な心がけが世界中で実践されれば、水質汚染や水不足を解消していくことができると思う。残念ながら私たち一人一人が今日からすぐに政治を変えていけるわけではないし、世界のどこかに直接水を運んでいくこともできない。しかし義援金を送ればそれで済むというわけでもない。義援金を送る一方で水を無駄に使い、汚し続けるならばそれはまったく無意味だからである。だからとりあえずすぐにでもできることから始めたい。まずは生活の在り方を見直してみよう。

 

V. 最後に

 

 「21世紀は水の世紀である。」この言葉についての私見を述べたい。この言葉は元々イスマイル・セラゲルディン氏による発言に端を発したものであり、21世紀は石油に代わって水が紛争の原因となることを警告したものであった。そしてこの言葉は特に水不足が深刻な地域、例えば(日本以外の)アジアやアフリカの国々に向けられた警告のように聞こえる。そして日本にとって水戦争や紛争などはまるで対岸の火事のように思えてしまう。しかしそうではない。水は世界のすべての人や動植物と共有しているからだ。つまり水による紛争を防ぐためには全世界的取り組みが必要なのである。先の言葉はただ単に21世紀の水と紛争を案じるものではない。むしろ水環境が危ぶまれる21世紀だからこそ、全世界が争いではなく、協力し合って水を保全していくことの重要性を訴えていると考えるべきである。海洋、河川、湖沼などさまざまな水が汚染され、争いが絶えなかった20世紀。21世紀はその歴史を反省し、世界全体が手を取り合って水を守っていく姿勢が必要とされる時代である。つまり「21世紀は水の世紀である。」

 



[1] 1. 朝日新聞20011212日(朝刊)、30ページ

[2] 3. 朝日新聞20011130(朝刊)15ページ

[3] 3. 同上

[4] 8. 国土交通省、土地・水資源局水資源部 平成16年版「日本の水資源」(概要版)

    http://www.mlit.go.jp/tochimizushigen/mizsei/hakusyo/h16/gaiyou.pdf

[5] 6. 朝日新聞2003531日(朝刊)、2ページ

[6] 5. 朝日新聞2003314日(朝刊)、21ページ

[7] 3. 朝日新聞20011130日(朝刊)、15ページ

[8] 1. サンドラ・ポステル著、福岡克也訳『水不足が世界を脅かす』社団法人家の光協会、2000年、146-47ページ

[9] 1. 同上、147ページ

[10] 7. 自然の化学的基礎 吉野輝雄教授のハンドアウトNo.24「家庭の水」

[11] 2. ジェフリー・ロスフェダー著、古草秀子訳『水をめぐる危険な話』河出書房新社、2002年、1415ページ

[12] 5. 朝日新聞2003314日(朝刊)、21ページ

[13] 9. 自治労公営企業局「世界の水危機にどう対処するか」http://www.jichiro.gr.jp/tsuushin/692/692_03.htm

[14] 8. 国土交通省、前掲白書

[15] 8. 同上

[16] 3. 朝日新聞20011130日(朝刊)、15ページ

[17] 11.「地球45億年の奇跡 フードプラネット 食べる惑星」(フジテレビ、224日放送)

[18] 10. 山田一裕『私たちの生活と世界の水-つながりを求めて」(平成15年度 「こども国連環境会議国際会議活動報告書」より)http://www.junec.gr.jp/report/2003/IC2003/lecture03/index.html

[19] 10. 同上

 

 

引用文献

 

<本>

1. サンドラ・ポステル著、福岡克也訳『水不足が世界を脅かす』社団法人家の光協会、2000

2. ジェフリー・ロスフェダー著、古草秀子訳『水をめぐる危険な話』河出書房新社、2002

 

 

<新聞>

3. 朝日新聞20011130日(朝刊)、15ページ

4. 朝日新聞20011212日(朝刊)、30ページ

5. 朝日新聞2003314日(朝刊)、21ページ

6. 朝日新聞2003531日(朝刊)、2ページ

 

 

<授業で配布されたハンドアウト>

7. 自然の化学的基礎 吉野輝雄教授のハンドアウトNo.24「家庭の水」

 

 

Web-site

8. 国土交通省、土地・水資源局水資源部 平成16年版「日本の水資源」(概要版)http://www.mlit.go.jp/tochimizushigen/mizsei/hakusyo/h16/gaiyou.pdf

9. 自治労公営企業局「世界の水危機にどう対処するか」http://www.jichiro.gr.jp/tsuushin/692/692_03.htm

10. 山田一裕「私たちの生活と世界の水-つながりを求めて」(平成15年度 「こども国連環境会議国際会議活動報告書」より)http://www.junec.gr.jp/report/2003/IC2003/lecture03/index.html

 

 

TV

11. 「地球45億年の奇跡 フードプラネット 食べる惑星」(フジテレビ、224日放送)