課題 2

 

佐藤友花里

 

水ってほんとに「無味、無臭、無色透明でありふれた物質」?

―「超純水」について高校生に語る―

 

 

こんにちは。今日はこうして皆さんに水についてお話しできる機会が与えられたことに感謝しています。ところで皆さんの中には「水は無味、無臭、無色透明で、物理・化学的に特に注目すべき特徴もない。しかも、この地球上のどこにでもある最もありふれた物質だ」と考えている人がいるようですね。これは非常にもっともらしい意見だと思います。しかし無味、無臭、無色透明に感じられる水は混ざりけなしの純粋な水(H2O)なのでしょうか?答はNOです。そのような水にも実はいろいろな物質が溶けているのです。例えば空気や窒素などの気体ですね。意外に思われるかもしれませんが、何も溶けていない100%純粋な水(H2O)は存在しないのです。だから完全に無味、無臭、無色透明な水は決してありふれた物質ではありません。しかしほぼ完全に不純物が取り除かれた貴重な水があります。しかもその水によって私たちの生活が支えられているのです。私たちの生活を陰で支える水、それはどんな水かといいますと「超純水」という水です。

まずは蛇口をひねれば流れ出る、というのは日本ぐらいでしか通用しない常識ですが、水道水について考えてみましょう。先ほどの意見にもありましたように、水は無味、無臭、無色透明のように感じますね。だからありふれた物質だと感じる人も多いのでしょう。確かに水は自然界のあらゆる生物やほとんどの物質に存在しています[1]。その意味ではありふれた物質だと言えるかもしれません。でもそれってつまり、水は全ての生物が生きていくために必要不可欠な物質だということにはなりませんか?そう考えると、「ありふれた物質だ」なんて言ってしまっては水に失礼な気がします。

 

では少し話題を変えますが、皆さんの中でパソコンや携帯電話を使っている人はどれくらいいるでしょうか?おそらくほとんどの皆さんがパソコンや携帯電話を使って生活していると思います。それらの道具がないと非常に困る人も多いのではないでしょうか?私もパソコンと携帯電話は必需品です。ところでこれらの機器には半導体という部品が使われているのを皆さんはご存知ですか?皆さんが日常的に使用しているあらゆる精密機器、電化製品には半導体が使われています。そしてその半導体を製造する過程で非常に重要な役割を果たしている水、それが「超純水」です。さらに半導体産業以外でも、原子力発電のプラント用水や医療の注射用水、さらに光ファイバーや液晶ディスプレーの製造用水としても使われています[2]。ほら、超純水は皆さんの生活を陰で支えている水でしょう?

 

ところで皆さんは水が物質をよく溶かす性質を持っていることを知っていますか?実は水ほどいろいろな物質を溶かしてしまう液体は他にないのです[3]。これは水の特性で、溶解性(Solubility)と呼ばれています[4]。そしてこのような性質のために、常態の水には固体や気体、液体などたくさんの物質が溶け込んでいます。超純水とはそれら水に溶けている物質をできる限り取り除いて作られる水です。つまりH2Oという水分子のみの水に限りなく近い高純度の水です。また、そのようにして作られた水は溶けている物質が極端に少ないため、物質をどんどん取り込んで溶かしてしまおうとします。そのような状態の水をハングリーウォーターと言います。

 

半導体産業ではハングリーウォーターである超純水で半導体を洗浄しています。なぜなら洗剤を使わなくても塵やほこりをきれいに取り除くことができるからです。しかしなぜそこまで高純度の洗浄水が必要とされるのでしょうか?皆さんはパソコンや携帯電話の性能が日々向上しているのを知っていますね?次々と新しい型の機器が作られているでしょう?でもそれらの機器の性能が向上している背景には半導体の性能向上があることを知っていましたか?つまり半導体の技術が加速度的に向上しているのに伴って、微細な塵やほこりをも取り除くことが必要になってきたため、洗浄水に求められる純度もどんどん高くなっているのです[5]

 

では超純水と評価されるためにはどれだけの純度が求められるのでしょうか?評価の対象は水中に存在するあらゆる物質(有機物、微生物、微粒子、気体)の量ですが、現在では10億分の1ppb)の濃度の水を作ることができるようになっています[6]。でも、ppbという単位で表現するのはわかりにくいですね。では例えば50mプールに張られた水に、耳掻き一杯分に満たない量の固形物が混ざっているだけという状況を想像してみてください。それが超純水の濃度です[7]。ま、プールの大きさはさまざまですが。しかしとにかく想像もつかない純度ですね。しかし半導体産業にとってはH2Oのみの水、つまり理論的に言えば濃度0%の水を洗浄剤とすることが理想的なのです。けれども現在の技術をもってしても、純粋なH2Oのみの水を大量に製造する技術は確立されていません[8]。いかに水が物質をよく溶かすか、そして超純水を作ることが難しいことなのかがわかる事実ですね。

 

ところで「水清ければ魚住まず」という言葉があるように、不純物が極度に少ない水には生物が住めません。では超純水の中で魚は生きられるのでしょうか?答はNOです。超純水の中に入れられた魚は死んでしまいます。なぜなら魚は水中の酸素をえらから取り入れて生きていますが、そのわずかな酸素さえ超純水には溶けていないからです[9]。つまり魚にとって超純水の中はとても生きられる環境ではないのです。ちなみに人間の場合、大量摂取は身体に良くないけれど、少量なら飲んでも害はないそうです[10]。でもおいしくはないそうですが[11]

 

しかし私たちは、不純物がない水がおいしい水だと考えてはいませんか?今やどこのコンビニやスーパーにも必ず置いてあるミネラルウォーターですが、あれは飲んでみると癖がなくておいしいですね。見た目にも透き通ってとてもきれいな水です。しかしミネラルウォーターはその名のとおりミネラルが多く含まれているからおいしいのです。ミネラルとは例えばカルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウムなどですね[12]。だからミネラルウォーターは決して純度が高いわけではありません。逆に超純水のように不純物がすっかり取り除かれた水はおいしくないし、身体に害さえ及ぼしうるのです。つまり生物にとって高純度の水が良いとは限らないわけです。不思議ではありませんか?

 

実は良い飲み水の条件には「適度なミネラル分を含むこと」、「酸素を含むこと」、「炭酸イオンを含むこと」が挙げられています。さらにおいしい水の条件には「からだに必要なイオンをバランスよく含んでいること」、「炭酸、酸素が適量溶けていること」が含まれています[13]。これらの条件を見てみると、私たちが飲み水としておいしく感じる水にはミネラルや炭酸、酸素などのさまざまな物質が溶けていることが必要なのだとわかりますね。

 

このように考えてみると、私たちが無味、無臭、無色透明であると考えている水には実に多くの物質が含まれていることがわかります。そして溶け込んでいる物質の内容や量によって質や味が変わってきます。それも全ては水が物質をよく溶かす性質を持っているからです。そしてこの性質ゆえに、超純水を作ることはとても難しいのです。しかし私たちの生活はそのような水の神秘に挑む科学の進歩によって支えられていると言っても過言ではないでしょう。私たちは生活の向上にも生命維持にも水を必要としているわけです。このような水の重要性について知った今でもまだ「水は無味、無臭、無色透明で、物理・化学的に特に注目すべき特徴もない。しかも、この地球上のどこにでもある最もありふれた物質だ」と断言できますか?

 

私たちは水に恵まれた国に住んでいます。だから蛇口をひねればいつでも飲める水が出る、それが当たり前だと思い込みがちです。また、そのような環境で生活していれば「水は地球上のどこにでもあるありふれた物質だ」と思い込んでしまうのも仕方ないことかもしれません。しかし「水」という物質はそんなにありふれたものではありません。2003年の時点で世界には安全な水を飲めない人が11億人います[14]2004年の世界人口が63億人[15]ですから56人に1人は安全な飲み水が確保できていないわけです。人間にとって必要不可欠な水をこれだけ多くの人が確保できずにいるという現実を深刻に受けとめ、私たち一人一人が水の貴重さを理解しなければなりません。地球上の水は地球に住むすべての生物と共有していることを忘れないでください。しかしまずは皆さん一人一人が、水を無駄に使う生活をしていないか振り返るところから始めましょう。”Think globally, act locally”です!

 

では以上で今日の話を終わりたいと思います。真剣に聞いてくださってどうもありがとうございました。皆さんと有意義な時間が持てましたことを感謝いたします。



[1] 三浦靖著『水の機能化 その本質を探る』工業調査会、2004年、pp.16

[2] セルテック株式会社 小林映章著 http://www.con-pro.net/readings/water/doc0015.html

[3] 山本忠『不思議な水の科学と生活』文芸社、2001年、pp.14-16

[4] 自然の化学的基礎 吉野輝雄教授のハンドアウトNo.16「水の科学」(水の特性 その1

[5] 三浦靖著、上掲書、pp.9

[6] 三浦靖著、上掲書、pp.10-11

[7] 日本錬水株式会社 http://www.rensui.co.jp/product/up.html

[8] 三浦靖著、上掲書、pp.10

[9] 宝産業株式会社 水の講座/豆知識/超純水http://www.takara-sangyo.co.jp/kouza/ultrapure_water.htm

[10] たけしの万物創世記「水の驚異」(授業で観たVTR

[11] 同上

(その他、あくまで閲覧サイト 人力検索サイトはてな  http://www.hatena.ne.jp/1098204831)

[12] 飛田美穂著『水とからだ』佐藤威監修、東海大学出版会、1997年、pp.58-61

[13] 同書、pp.45-51

[14] 朝日新聞、2003531日、朝刊、pp.2

[15] UNFPA(国連人口基金)「世界人口白書2004http://www.unfpa.or.jp/publication/2004.pdf