身近な水への身近な取り組み
031049  深町 英樹

 

目 次

0. はじめに
1. 挨拶・イトロダクション
2. 取水地当てクイズ
3. クイズの解説
4. 水の性質・特徴
5. 自分達にできる取り組み


0.はじめに

 ここでは、東京都武蔵野市の公立高校の理科の時間に、水ならびに環境問題について話をする特別講師として招かれ、話をすると仮定する。内容は、学校の授業に取り入れやすいこと、身近な問題として捉えられること、頭に入りやすい、感覚的に理解しやすいことを念頭において考えた。

 教室は理科室を使用(水道がある教室)。理科の実験の授業の様に、6人グループ×5+5人グループ×2(1クラス40人と仮定)で机についてもらう。それぞれの机の上に、@東京都昭島市、A東京都武蔵野市、B東京都江東区、C京都市中京区、D茨城県鹿島町、Eミネラルウォーター(六甲のおいしい水)、からとってきた水のペットボトル詰めを用意しておく。それぞれにランダムに番号を振っておく。また、VTRを用いるので、全員が見れる様、大きなスクリーンとプロジェクター、ビデオを用意しておく。生徒をひきつけるために、話をする際にはパワーポイントを用いるので、そのためのスクリーンとプロジェクター、ノートパソコンが必要(VTRと同じでよい)。

 

1.挨拶・イントロダクション

 「こんにちは。本日はお招きいただいてありがとうございます。水資源を守る会会長の深町英樹です。今日はみなさんの最も身近な物質である“水”を理解するための体験セミナーを行いたいと思います。」

 

 最近では地球規模の環境問題が深刻化し、その環境問題への取り組みがさかんに呼びかけられるようになっている。けれど、そのような問題の影響を、実際の生徒一人一人の生活において感じる、もしくはそれに気付くことはあまりないと思われる。従って、その問題はどこか遠い世界での他人事のように映ってしまい、問題意識も関心も薄くなってしまう。まず、水の問題を身近なものと実感してもらうために、水のクイズを出題し、取り組んでもらう。

「今日はみなさんとって最も身近な“水”を、みなさんの生活に関係するところから見ていきたいと思います。実際の自分の生活と結びつけて考えながら参加してみて下さい。」

 

2.取水地当てクイズ―参加型、興味の引き付け、水の問題を身近に

 「まずは、みなさんの目の前に、置かれたペットボトル...さっきから気になってると思うんだけど。みなさんにどの水がどこの水か当ててもらいたいと思います。このペットボトルに入っている水はそれぞれ違うところから持ってきた水で、(1.)東京都23区内の江東区、(2.)ここから西に少しいったところにある東京都昭島市、(3.)コンビナートとサッカーのアントラーズで有名な茨城県鹿島町、(4.)さらにはみなさんが修学旅行で行く京都の中京区、(5.)そしてみなさんが毎日使っているここ武蔵野市の水道水、これは分かるはずですよねー、あと、(6.)ミネラルウォーター(六甲のおいしい水)、からとってきたものです。嗅いだり、飲んだりしてみると分かると思うけど、同じ水でもずいぶんと違うものだよ。配ったプリントの問題1.の表にみなさんそれぞれで正解と思われる答えを書き込んで下さい。ちなみに、6.の“六甲のおいしい水”以外はすべて水道水から最近とってきたものです。臭いを嗅いでみたり、実際に飲んでみたりして、考えてみて下さい。ポイントはそれぞれの水源地を思い浮かべることかな?それでは、始めて下さい!」

 

※生徒には事前にプリントを配っておく。問題1.は以下のようなものである。

問題1.ペットボトルの水の水源地当てクイズ!

    ペットボトルの水を飲み比べて、どこの水か書き込んで下さい。

 

水の取れた場所 番号 特徴:臭い 味 その他特徴・理由

1.東京都江東区   とても良い・良い・悪い・とても悪い とても良い・良い・悪い・とても悪い  

2.東京都昭島市、   とても良い・良い・悪い・とても悪い とても良い・良い・悪い・とても悪い  

3.茨城県鹿島町、   とても良い・良い・悪い・とても悪い とても良い・良い・悪い・とても悪い  

4.京都市中京区   とても良い・良い・悪い・とても悪い とても良い・良い・悪い・とても悪い  

5.東京都武蔵野市、   とても良い・良い・悪い・とても悪い とても良い・良い・悪い・とても悪い  

6.ミネラルウォーター(六甲のおいしい水)   とても良い・良い・悪い・とても悪い とても良い・良い・悪い・とても悪い  

 

※プリントの表も、ペットボトルの番号もクイズとしての面白みを出すために全くバラバラにしておく。

 

3.クイズの解説―水の違いの原因の理解、水問題の展開

「それじゃあ、答え合わせをしていこう。正解は...」

答え合わせをしていく。生徒からは「よっしゃー」や「えーっ」の声があがる。

 

ここからはパワーポイントを用いて、

「さて、一口に“水”といっても臭い・味などいろいろと違う点があるということに気が付いたでしょう。同じ日本の水でも、どこでこのような違いができるのかというと、

主には浄水場での、安全な水を作るための塩素などの投入によります。そして、それは水源の川や、役所の行政などといった周囲の環境に大きく影響されます。それでは、この表を見て下さい。」

 

パワーポイントで表示

水の取れた場所 トリハロメタン濃度(ppb) 水源
1.茨城県鹿島町 56.6 霞ヶ浦
2.東京都江東区 50.4 江戸川
3.京都市中京区 25.2 琵琶湖疎水
4.東京都武蔵野市 ? 多摩川
5.東京都昭島市 0.6 地下水
6.ミネラルウォーター(六甲のおいしい水) ? ?
※トリハロメタン濃度(ppb)とは、トリハロメタン1グラムが、1000トンの水の中に含まれている量。
                    (1986年、中西研究所・週刊現代調べ)

 

 「トリハロメタンというのは、浄水場で投入される塩素が有機汚染物質や藻類の代謝・分解産物と反応して生成されます。水源が汚れていればいるほど塩素を投入する量は増えて、それだけトリハロメタンの発生量が多くなります。このトリハロメタンは、発がん性物質であり、みなさんが感じたように臭い・味にも大きく影響します。ちなみに、このトリハロメタン濃度(ppb)とは、トリハロメタン1グラムが、1000トンの水の中に含まれている量のことです。毒性物質というのはごく微量でも影響が大きいんですね。」

 「この6つの中でトリハロメタン濃度が一番多いのは鹿島町で取れた水。これにはみなさんご存じの鹿島コンビナートからの工業汚水が影響しています。浄水場できれいにしても、それには限界がある。次は東京都内の江東区。これは東京都の汚染に影響されています。それでは東京などの都市の水はすべて汚染されているかといえば、そうでないところもある。ここ、武蔵野市では、市が東京都とは違った水の管理をしていて、市内にある境浄水場では、多摩川上流の水を緩速濾過という方法で浄化しています。知っていましたか?緩速濾過は、砂層に自然にできる微生物の膜が浄化作用をするもので、微生物を利用しないで薬品処理を多用する、一般的に行なわれている急速濾過という方法と比べて、味が良く、質の高い水を作ります。濾過方法については、配布してあるプリントの図を参考にして下さい。また、昭島市の水は100%地下水を水源としているから、おいしいのです。六甲のおいしい水と間違えた人はいるかな?」

 「武蔵野市は比較的良い水だけど、例えば自分のここの水が鹿島の水だとしたら、どうでしょう?武蔵野市の水に慣れたみなさんは、この水を水道から直接飲んだりしませんよね。もしかしたら、お風呂や洗濯にも気になってしまうかもしれません。しかし、実際にこれは鹿島で毎日当たり前のように使われている水です。鹿島のような水質汚染が激しい地域においては特にこの問題は深刻です。水が身近なものだからこそ、その影響は大きいのです。みなさんは自分のところの水が汚染され、薬物がたくさん投入されていくのに黙っていられますか?」

以上は、自分の地域や様々な地域での水の違いや実態を、実際に水を嗅ぎ・飲んでみることで実感させることを目的とする。ここから地域レベルでの水の問題がどう地球規模の問題と結びついているかを話し、そのためにできることを話す。

 

4.水の性質・特徴―興味の引き付け、水を考えるにあたって

 ここで、水の性質について興味を引きつける為、また参考までに触れておく。毎日当たり前の様に接している水にはいくつかの特徴があり、これらの特徴はみなが普段から当たり前と思っていることであるが、水の性質が少しでも違っていたら、今の地球はなかったと言って良いくらい重要な特徴である。ここでは、@水は地球の約70%を占めており、水の蒸発―雲―雲からの降水という循環により地球の気候がコントロール・調整されていること、また、A水は固体の状態よりも液体の状態の方が密度が高いという他の物質と比較すると珍しい特徴があり、この特徴により氷が水の表面に浮かび、熱によって解け、循環が行なわれる。もし、この性質がなかったなら氷は底にたまり、そして、その氷は二度ととけることはなく、さらに氷が厚くなり、最終的には全ての海が凍りつき、地球上が凍りついてしまっていたということ、B水は万能溶媒と呼ばれるほど多くのものを溶かす特徴を持っており、これが様々なものを溶かすことができるという利点と同時に、汚染物質も多く溶かして、汚染が進んでしまうという不利点も生んでしまっているということを説明する。説明には主に、VTRを用い、後に多少の補足を行う。抽象的な言葉による説明よりも具体的な映像による説明の方がはるかに分かりやすい。これらは、水を当たり前のものとして、捉えて来た生徒達にこれらの事実は水をいくつかの新しい角度からとらえる新鮮な糸口となるだろう。水への取り組みへの考え方にも少なからず影響を与える。

 

資料「ホフマンの化学の世界“水”」を5~7分程度に編集したもの。

 

5.自分達にできる取り組み― 一人一人が身近なところからできることを

 「それでは、具体的にみなさんができることについて一緒に考えていきましょう。みなさんの地域ではどのような取り組みが行なわれていますか?また、個人個人ではどのような取り組みがされていますか?どのような取り組みが良いと思いますか?」

 

挙手・もしくは指名で2~3人に答えてもらう。合わせた返答をする。

 「“地球規模の環境問題が大変なことになっていて、その対策にはみなさん一人一人の積極的な取り組みが必要だ。”ということはよく耳にするけれど、実際にみなさんの生活の中に影響していて、その問題を実感できていないと、たくさんの人たちの、長い期間にわたる取り組みできませんよね。“地球規模で考え、地域で行動する”という言葉があります。水の場合、これは“地域の水を見つめて行動することが、全国規模、地球規模の環境を考えることにつながる”ということができます。地球規模、全国規模のことを頭には入れつつも、あくまで自分達の地域のことを考えての行動で良いわけです。自分達の地域を考えるということには、他の地域のことも考えることも含まれます。特に周りの地域との協力なしでは、環境への取り組みは成り立ちません。ものごとは関連性に気を払いながら見ていかなくてはなりません。他との関連性は水や環境問題の専門家も見落としてしまいがちなことで、関連性で物事を見ることができる市民の声が何よりも効果的であるし、説得力があります。

  ここで、“海と森”の一見関係がなさそうな繋がりをみていきましょう。以前、宮城県気仙沼市に建設を計画されていたダムはカキを養殖している漁民の“ダムは森と海とを断ち切る”という反対により中止されました。養殖場で働く畠山さんの話によると、海の生物は、森―川―海と続く一連の生態系の中でしか生きられない。ダムによって川がせき止められると、カキに必要な鉄分が運ばれてこないし、河口の流れが変わるという話です。雨が降る―森林が保水する―地下水や河川となり流れ下る―海へ、という大きな循環の中で水をとらえてみると、ダムは水を停滞させ藻類が発生しやすいから浄化という点ではマイナスなのです。ダム工事などは行政や建設業社などの利権問題と絡み、理由をつけて必要以上の建設が行なわれ、水質、環境を悪化させ、自然のサイクルの循環を狂わせる。水は、豊かな水量で絶えず流れて、微生物によって有機物が分解される、という河川浄化のシステムが本来の姿です。

  1986年に宮崎駿制作、高畑勲監督で作られた「柳川堀割物語」という、高度成長期に荒廃した堀割が再生していく過程を描いていくドキュメント映画が環境問題への取り組みとして話題を呼びました。一人の市役所都市下水路係長が、地域にとっての真の利益を考え、堀割の埋め立てよりも再生が良いと、具体的な調査と政策をもって訴え、住民への協力要請キャンペーンも強力に行い、住民参加の取り組みとなり、再生に成功しました。実際には、現在では行政の管理能力が落ち込み、再生された堀割は再び汚染されてきているのですが、これはきちんとした調査に基づいた科学的かつ具体的な政策を持って、住民一人一人の参加協力の基で取り組む事ができれば、堀割の再生という大きなことも可能であるという可能性を示しています。

  環境問題への取り組みとして、先に述べたように、地球規模で、などと難しく環境問題を捉える必要はありません。自分の家の水がうまいかまずいかからで良いのです。うまい水の家が増えていけば、それは環境が良くなってきたことを示し、水がうまい以外にも様々な影響をもたらすでしょう。難しく考えて、行動できないよりも、自分のため、地域のために何が良いかを考えて、無理をせず、できる範囲で、続けられる範囲で取り組んでみて下さい。無理のない節水などはその例でしょう。節水は集まると実に効果的です。日本では一日に一人当たり約400〜500リットルの水を使用しているといわれていますが、福岡市は渇水に見舞われたこともあり、節水には積極的で、一人一日当たり約50リットルの節水に成功しています。これを東京都民1200万人が行うとなると、合計60万トンの節水になり、東京都内の水道水の総需要量には一日焼く440万トン(排水量から漏水量を引く)だから、その14%に当たります。シャワーを少し短くしたり、お風呂の水を再利用したり、無理のない節水によりこれだけの効果が現れます。

 環境問題は自分達の目先の快適さを追及した結果として、快適さが失われつつある問題です。これからは目先に快適、つまり利益だけでなく、様々な角度からの、先を考えた上での真の利益を追求していくことが大切です。先にも挙げた、“地球規模で考え、地域で行動する”という言葉。これは環境以外にも様々な分野のことに当てはまる言葉です。水を含む環境問題の場合、これは“地域の水を見つめて行動することが、全国規模、地球規模の環境を考えることにつながる”ということができます。まずは、自分の生活の中で、自分のために、自分に影響があるところで、自分なりに考えて、環境問題と接してみましょう。その集まりが地域の、日本の、そして地球の環境を改善し、ひいてはみなさんの将来、みなさんの子供達の将来へと繋がっていくのです。

今日は、熱心に取り組んでくれて、ありがとう。今日の体験がみなさんの人生に生きてくるものになるよう願っています。」

 

※ 参考資料

「水」 松井覺進 朝日新聞社(1992年)

ビデオ「ホフマンの化学の世界」“水”(1989年)

 


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