「水は物理・科学的にも特に注目すべき特徴も無く、地球上のどこにでもある最もありふれた物質である」。面白い意見が出ましたね。ではここでもう一つ質問です。皆さんにとっての「水」とは一体どんな物質でしょうか?海に囲まれた日本で、蛇口をひねればすぐに飲める水が出てくる環境にいる皆さんにとって、水はタダ同然のありふれた物質でしょう。しかしまた、彼の言ったように、水は地球上のどこにでもあるということもある意味では真実です。ということは、世界のそれぞれの地域に住む人々は、それぞれ異なる水に対する姿勢や価値観、文化を持っている可能性も大いにあるというわけです。ここでは、「地球上のどこにでもあるありふれた」水を通して、それに関わる世界の人々の生活について見てみましょう。そしてその話の中で、冒頭の意見に対する私なりの考えも述べて行きたいと思います。
もしあなたが、この日本ではなくアフリカに生まれていたら、あなたにとって水とはどのような物になっていたでしょう。まず、アフリカのある村チェンベ村には水道がありません。薪も水も貴重品であるこの村においては、あなた達が毎日当たり前のようにしている湯の行水も「贅沢」です。蛇口がある暮らしができる人はアフリカではほんの2,3割で、あとは井戸や自然水を求めて女性や子供が水を家に運びます。井戸が近くにない地域では、子供が学校にも通えず一日がかりで遠方まで水を取りに行くことも珍しくありません。世界的にみても、60億の人口のうち、約2割、11億人が安全な飲み水が入手できない状態です。水は、他の物質と比べてより多くのものをその中に溶かせる、という特殊な性質を持っています。それは、生物の体や地面に必要な栄養分を溶かし込んで行き渡らせる、という重要な働きを可能にしていますが、一方で人体に有害な物質まで溶かし込んでしまうという事も示しています。大腸菌や砒素に汚染されている水を使わざるを得ない地域も多く、その水のために命を落とす子供いるのです。98年の国連の報告によると、8秒間に一人の子供が下痢や肺炎、寄生虫病など水関係の病気で死亡し、途上国における病気の80%の原因は汚水とされています。今まで聞いたことだけでも、そのような地域に住んでいる人と私達の間の「水」に対する価値観は、大分異なるだろうという事が想像できるでしょう。これが実際にどのような状況なのか想像できない人は、おじいちゃんやお婆ちゃんに尋ねてみるといいでしょう。日本でも、水道が一般に普及したのはそんなに昔ではありません。高度経済成長前(昭和30年頃)は、水道があるのは一部の大都市だけで、多くの農山漁村では井戸や湧き水、川水や谷水を直接飲料水に使っていました。下水施設も未整備で、赤痢などの病気が蔓延した時代もありました。わずか50年ほどで、日本人のみにとっても水の価値観はがらりと変化したようです。
さて、ここまでで「基本的に水は地球上のどこにでもある」という意見について皆はどう思ったでしょうか。本当に水は地球上のどこにでもあるのでしょうか。地球上に存在する水の総量は、約14億kGと推測されます。地球が「水の惑星」といわれ、実際に宇宙から見た地球が青い色をしているように、その量は膨大です。しかし実際、その98%は海水なのです。つまり、人間や他の生物達の飲む事ができる河川水、湖沼水や比較的浅い層にある地下水などの淡水のみを考えると、その量は約0.05億kGで、地球上の総水量の0.04%程度ということになります。一方、人口の急増、産業の著しい発展などによって水需要は確実に増大し続けています。現在、世界の水の需要は20世紀半ばと比べて3倍にもなっています。
20世紀は石油の世紀でしたが、21世紀は水の世紀になる、と言われます。2025年には48カ国で水が不足し、それが社会不安を引き起こすと見込まれています。村上雅博氏によると、ドナウ川やナイル川の流域など世界数箇所で、すでに現在、水問題で紛争中の地域があります。水をめぐって国家間で争いが起こるなんて、島国にすむ私達には思いもよらなかった事ですね。しかしこれからの21世紀、水が世界を脅かす大きな要因になることは紛れもない事実なのです。
「水は地球上のどこにでもあるありふれた物質である」。今一度、このことについて皆さんはどう思いますか。今の日本に住んでいると、まるで無限のもののように感じ、あまりその重要性に思い巡らすことはないかもしれません。しかし水は私達の生命に不可欠な物質であり、世界ではその汚染や不足によって苦しんでいる多くの人々がいるということを、今日の授業によって知ってもらえたと思います。今偶然にも幸運な立場にいる私達には、水資源の有効活用や汚染の防止について、対策を検討し実践していく責任があります。それは途上国の人々のためだけではなく、私達自身の未来に直接影響する問題です。「水の中にいる魚には水は見えない」といいますが、もし水がなければ魚は生きていく事ができません。最も身近な水。身近なところから自分の出来る事はなにか、ぜひ考えてみてください。