1.はじめに
全ての植物並びに生物は水を摂取しなければその生命を維持することができない。例えば、人体の約7割は水で構成されているし、植物は水がなければ育たない。生命と水は不可分な存在なのである。しかしながら、注意するべき点は、生物はただ単に水を摂取すれば生命の維持が可能であるわけではないということである。摂取する水はキレイな水でなければならない。過度の有機化学物質、重金属等を含んだ水は生物から生命を奪う可能性すら持つ。生活排水により汚濁された水も同様である。こうした事実にも関わらず、日本における水質汚染及び水質汚濁は20世紀以降急速に悪化してきた。急速な工業化、乱開発がその主たる原因である。そして、その原因を抑制するために水質に関する法整備が進んだ。法律により水質の悪化を止め、浄化を図らなければ人間の生活及び生命が脅かされるからである。本稿では、日本における水質保全に関連する法律の変遷から、水質保全の重要性を明らかにする。
2.水質関連法の変遷
日本における最初の本格的な水質汚染防止の為の法律は1958年に制定された水質保全法と工業排水規制法である。これら二法は1950年代初期から顕在化した水俣病及びイタイイタイ病への対策として制定されたが、両法は問題水域を個々に指定し、「規制内容に徹底を欠いて」おり、鉱山や電気事業などの業種別に必要に応じて規制が定められるものであった(2、環境省環境管理局水環境部)。その為、工場排水に含まれる鉛やカドミウム、水銀を規制することが出来ず、1960年代の阿賀野川水銀汚染(第2水俣病)やイタイイタイ病の発生を容認する結果となった。これを受け、1970年に水質汚濁防止法が代替法として制定された。水質汚濁防止法はカドミウムや砒素を含む10の健康関連項目と生物化学的酸素要求量(BOD)や化学的酸素要求量(COD)を含む12の生活関連項目を環境基準とし、工場や事業場から排出される汚染物質を直接的且つ一律に規制するものであった。この法律により、従来の汚染水域であった河川や海域の汚染を抑制することが可能になった。水質汚濁防止法は、その後の1972年、1978年、1989年、1990年、1996年と計5回の改正を経る。1972年の改正では無過失損害賠償制度の導入により汚染原因の企業を告発する事が容易になった。1978年の改正では水質総量規制が制度化され、「閉鎖性水域の水質環境基準を確保するために、環境に排出される汚濁物質の総量を一定量以下に削減すること」が可能になった(島津製作所)。1989年の改正では地下水汚染の未然防止が制度化され、知事による水質の常時監視が義務付けられた。1990年の改正では、生活排水による汚染が制度化され、水質の悪化が懸念される地域を生活排水対策重点地域として指定することが可能になった。1996年の改正では地下水汚染の浄化対策や油による汚染対策が制度化された。これらの改正を経て、水質の維持及び浄化を目指すための環境が整備されたのは事実である。しかしながら、水質汚濁防止法は全産業業種約1,100の内、法律制定当初は約500業種、1990年の改正後は約600種にのみ規制対象を限定し、BOD及びCOD環境基準をそれぞれ河川、海域・湖沼に限って適用し、全汚染原因に対する徹底的な規制を現在も欠いている状況は否めない(12、環境省環境管理局水環境部)。その結果の一つとして、「ダイオキシン類、PCB、TCE、農薬による汚染」が後を絶たず、ダイオキシン類に関しては、1999年にダイオキシン類対策特別措置法が制定された(農業技術研究所HP)。尚、水質汚濁防止法成立以後も、湖沼などの閉鎖性水域の水質改善が見られなかったため、1984年には湖沼水質保全特別措置法が制定された。この法律は問題湖沼の水質保全計画の策定や汚染原因に対する規制を定めている。
(表)水質保全関連の主な法律の変遷
年 法律内容1958 水質保全法・工場排水規制法制定
1970 水質汚濁防止法制定
1971 水質汚濁防止法改正(無過失賠償責任の導入)
1978 水質汚濁防止法改正(水質総量規制の制度化)
1984 湖沼水質保全特別措置法制定
1989 水質汚濁防止法改正(地下水汚染の未然防止等を制度化)
1990 水質汚濁防止法改正(生活排水対策の制度化)
1996 水質汚濁防止法改正(地下水汚染浄化対策・事故時の油による汚染対策を制度化)
1999 ダイオキシン類対策特別措置法制定
(環境省環境管理局水環境部 「日本の水環境行政」より作成)
3. 見解
このように、従来の水質に関連する法律の制定及び改正は全て後追い的なものであった。各法律は公害病等の健康問題への対応策として制定、もしくは改正されている。水質汚濁防止法の規制対象業種が限られているのはこの理由に他ならない。経済活動よりも環境保全を中心に据えた法律であるならば、規制対象業種を限定するよりも、むしろ維持されるべき水質基準の遵守を基本原則とし、水質汚染の未然防止を心掛けるはずである。
しかしながら、後追い的ではありながらも水質保全のための法律が制定されてきた事は裏を返せば、必要に迫られたためであったと解釈することが出来る。経済活動が裕福で便利な暮らしにとりどれだけ重要であっても、水質保全はそれに優先するのである。これは、前述したように、生命と水は不可分な存在であるからである。確かに水は地球上で最もありふれた物質であるが、我々はその質の維持及び浄化のために法律を作る。
参考文献