川の流れのように〜水達の視点〜 

 

・・・ポツ、ポツ、ポツ・・・ザーッ・・・・・・

 

・・・サラサラ・・・

 あーっ、やっぱり川はいいよなぁ。僕といえば、“流れる”、“流れる”といえば、僕だよね。僕の仲間の中には一見その場に留まって動かないように見えるやつもいる。湖や沼にね。でも、ほんとは違うんだ。彼等は湖底から流出したり、水面から蒸発したり、その反対に新たに入ってくる仲間もいる。彼等が同じ湖に留まる時間はまちまちで、大きな湖にいる奴なんかだと、数百年も留まることもあるんだ。まぁ、スケールの小さい君たちの時間軸から見ると、そんなの動いていないのと一緒じゃないかと思うかもしれないね。でも、もっと短い時間でも彼等は動いているんだ。その一つは、湖水の逆転だ。でも、これは僕らの偉大なる大循環とは少し違うから、今回は省略するよ。

とにかく、僕は流れながらいろんなものを見てきたよ。河川にいる小さな生物とか、植物とか。でも、最近は随分と変わったもんだ。君たちが効率優先の治水、利水のためにどんどん河川を人工化したおかげで、生態系が壊れ、自然の循環がおかしくなったんだ。それだけじゃあない、君たちが自分勝手に環境を汚すせいで、僕達もとても迷惑してるんだ。僕らの循環を「毒の循環」と呼ぶ輩までいる始末だ。それも、いかに僕らの大循環がこの地球上で大きな役割を果たしているかを表してるんだけどね。そういえば、最近ホタルの奴に会わないな。僕らがあまりに汚くて臭いから敬遠されてるのかもね。まぁ、最近になってようやく君たちも反省し始めたみたいだね。これからも僕らと君たちの関係をより一層見直して欲しいね。

 あ、いつのまにか随分流されてきたな。もうすぐダムなんじゃないかな。これができてから随分と僕達の循環も変わったよ。下流への生態系への影響も問題になったし。ここでしばらく休憩するんだ。

・・・随分寝てたみたいだな、そろそろ放出かな。あれは何度経験しても嫌だな。高所恐怖症なんだ。

・・・ウーッ、ウーッ・・・・

サイレンがなり始めた。あ、流れ始めたぞ・・・・・。

う、う、うわぁーっっ!!

 

・・・・・ここは?真っ暗だ。そうか、あれから浄水場へ行ったんだ。今は水道管の中かな。

 

・・・キュッ、ジャーッ・・・

 うわっ、誰だ、蛇口をひねったのはっ。お、おいっ、何にもしないのか!?何のために僕を出したんだっ。ったく、ムダ遣いばかりしやがって。蛇口をひねればすぐに僕らが出るからって、何も考えてないな。節約ってことを考えろ。今だって皿を洗ってる間中僕らを出し続けないで、桶にでもためてからにしろよ。これだけでなく、風呂、トイレ、洗濯とかは、使い方によってかなり僕達を節約できるんだぞ。知ってるかい、僕はこの地球上に役14億キロ立方メートルも存在するんだ。ただ、基本的に水資源になるのはそのうちの2、5%である淡水だけだけで、その淡水の利用率の限界もさらにそのうちの20%なんだ。場所によっては水が不足して大変な問題になっている所もある。近ごろは、僕らを勝手に連れて行こうとする人間が出てきたんだ。まるで奴隷貿易みたいに。ブルー・ゴールドといってね。各国の企業がこの新しいビジネスに乗り出しているんだ。もちろん、賛否両論ある。僕らを大勢移動させる事は生態系に影響を及すとか、いや、余っているなら有効に使うべきだ、とか。僕らは循環しているから、石油と違って再生可能だ、というのが賛成派の主張みたいだ。んー、僕らの大循環を評価してくれるのはありがたいけど、過大評価には気をつけた方がいいと思うよ。ま、どっちみち、僕ら自身が決められることじゃないけど。なにしろ21世紀は水の世紀と言われているくらいだ、このことは益々議論を巻き起こしそうだよ。

あ、そう言ってる間に下水道だ。全く、何にも使われずにただ流されただけなのに、なんで他の汚いやつらと一緒に流れなきゃいけないんだよ。うわっ、油まで流れてやがる。500Nの油を捨てるだけで、魚が住める水質に戻すのに風呂おけ330杯分の僕らが必要なんだぞ。風呂おけだぞ、コップじゃないぞ。いくら僕らの溶解能力が高くて、いろんな物を溶かすからって僕達はゴミ箱じゃないんだ。大体油は僕らに溶けないんだから。ブツブツ・・・・。

あー、そろそろ下水処理場だ。工場や田んぼから来た奴も合流するんだな・・・・ゴボゴボ・・・・

 

・・・・ザーッ・・・・・

・・・・ん?・・あ、もう処理は終わったのか。やっと川に戻れた!懐かしいなぁ。やっぱり川を流れるのは気持ちがいいよ。ん?あ、あれは・・・う、海だ!海だぁーー!ついに戻って来たぞ!母なる海だ!君たちを含めた全ての生物の源だぞ!海こそ僕らの循環の始まりであり終わり・・・・・。

 

  氷「・・・ちょっと待てよ」

  水「え?」

  氷「これで僕達の紹介を終えたつもりか?」

  水「そ、そうだけど・・。」

  水蒸気「バカにしちゃいけないよ。」

  氷「おまえはちっとも僕達の個性を人間に伝えてないじゃないか。」

  水「そんなことはないよ。僕は偉大なる僕達の循環について語っていたん 

    だ。」

  氷「ただ流れていただけじゃないか。」

  水「それこそが僕らの最大の特徴、力、神秘なんじゃないか!」

  水蒸気「それじゃ、何故僕のことは言ってくれないんだ!大循環を語るのに、

    僕はかかせないじゃないか!地下を流れる君の仲間のことも触れてな

    いし。大体液体の自分ばっかが主役で、水にはそれしかないみたいじ

    ゃないか。」

  水「でも、ある意味そうじゃないか。普段人間が水といったらこの僕、つ

    まり液体をさすだろ。」

  水蒸気「う゛・・・。」

  氷「思い上がるなよ。さっき、水資源は淡水だけで、それは地球の水の総

    量の2、5%でしかないって言ってたみたいだな。そのうちの70%

    は極地にいる俺のことなんだぞ。」

  水「でも、君は循環しないじゃないか。僕は循環の話をしてるんだ。」

  氷「で、でも、俺だって長い時間かけてとけるんだから、循環してるんだ

    ぞ。全ての水は循環するんだ!」

  水「でもね、人間はそんなに長いスパンでは考えられないのさ。」

  氷「・・・・・。」

  水蒸気「ち、ちょっと、僕の話はどうなったのさ、もう。いいよ、僕が大循環     についてもっと詳しく説明するから。まず、太古の昔から、この地球上にある水の総量は変わらないんだ。ただね、最近は新しい仮説が出てきて、地球の水は少しずつ増えているとも言われているんだ。太陽系の外から、たくさんのスノーボールと呼ばれるほぼ純粋な雪の塊が降ってくるらしい。とりあえず、ここではそれは少しおいておこう。

つまり、蒸発量=降水量ってことにしておく。海から361兆トン、陸から62兆トンが一年に蒸発する。水蒸気としてね。つまり僕のこと。僕ね。そして、海へ324、陸へ100兆トンが降り注ぐ。ここで注目して欲しいのは、海からの蒸発量と海への降水量の差だ。36 1― 324=37、37兆トンが海から陸地へ移動している。水は戻ってくるのだからその数は陸地から海への移動量でもある。すなわち、37兆トンが水資源になるんだ。次に、注目して欲しいのは陸地から蒸発する62兆トンの水。ここで僕達水蒸気の役割がとても重要なんだ。まざ、僕達が雲となり、やがて雨、雪とになって降るから、汚れた水が浄化される。次に、僕達が生まれる時に、熱エネルギーを奪うから、地上が熱くなりすぎない。最後に、大気を動かすのはこの僕ら。地球の気象は僕らの意志次第ってことだね。どうだ。」

  氷「・・・結局最後は自分の自慢か。」

  水「まぁ、どうせ僕達は同類なんだから、ひいては僕も偉大ってことだね。」

  氷「・・・。俺はその循環の中ではあまり重視されてないみたいだな。俺

    だってお前達の同類だぞ。態が違うだけで、同じH2Oじゃないか。」

  水「それはまあそうだね。そういえば、君は僕の中に浮くんだったっけ。

    なんでかな?周りを見回してもそんな物質は見当たらないね。」

  氷「それは、俺の方がお前より軽いからさ。」

  水「あ、つまり、君が変なんだね。」

  氷「・・・俺タチがな。」

  水蒸気「でも、なんで固体の方が液体より軽いの?」

  氷「それは、俺達の密度が変わっているからさ。水は4℃で一番密度が大

    きいから、俺は水の中で浮くんだ。」

  水蒸気「そうなんだ。」

  水「なんかさっきから聞いてると変だ変だって、僕達そんなにおかしい

    の?」

  氷「ああ、俺達は他の物質にはあまり見られない特徴を沢山持っているん

    だ。」

  水蒸気「そう。例えば、水が僕になるには、なかなか大変なんだ。僕が生まれ

    るには大きなエネルギーが必要だから。全物質の中で最高なんだよ。

    これは動物の発汗、植物の葉の過熱防止にとっても大切な事なんだ。」

  氷「俺が生まれるのだって大変なんだぞ。」

  水「ふうん。僕がさっき言った、僕はあらゆる物を溶かすってのも僕達の

    特性?」

  水蒸気「そうだよ。君達は、実に沢山の物質を溶かすんだ。どんな容器も永久

    に君達を閉じ込めておく事はできないんだよ。そして、君達の溶解力

    は、植物に土から栄養を運んだり、動物の体内で栄養分を運搬するこ

    とに重大な役割を果たしているんだ。」

  水「つまり、生物にすごい影響を与えているんだね!」

  水蒸気「その通り。あれ、なんか人間達が寝だしたよ。そんなに退屈だったか

    な?」

  氷「最近の高校生はできが悪いから、幼稚すぎるかと思うくらい簡単に話

    したのにな。」

  水蒸気「却ってそれが退屈だったのかな。」

  水「だから、今みたいに説明っぽくならない様に僕は流れについて語って

    たのに。」

  氷「そういうことじゃないだろ。要するに、関心がないのさ。人間の無関

    心が環境を破壊してきたんじゃないか。それを食い止めるためには、

    こうやって少し説明じみても、俺達の特性を教えて、“水”がありふ

    れたもので、注目に値しないという考えを改めさせる必要があるんだ。

    俺達こそ最も身近で、偉大なものだとわかれば、少しは人間も俺達を

    大切にしようと思うだろ。」

  水蒸気「そうそう。じゃあ、もう一つだけ、僕らの特性を言わせて。それは、

    水の表面張力のこと。これは水銀に次いで二番目に大きいんだ。」

  水「それが大きいとどうなの?」

  水蒸気「それのおかげで、高い樹木にも酸素や、栄養を運搬できるんだ。人間

    の身体の末端まで血液、体液が行き渡るのもこれのおかげなんだよ。」

  水「ほんとに僕達って献身的なんだね。」

  氷「・・・相変わらず寝てるやつがいるな。」

  水「じ、じゃあそろそろ僕に主導権をゆずってよ。また流れについて語り

    たいよ。僕は流れるのが大好きなんだ。」

  水蒸気「・・・どうぞ。ちなみに、流体といったら液体だけじゃなく僕のよう

    な気体も含まれるんだけどね。」

 

 えーと、“流れる”といえば、川がすぐ頭に浮かぶね。だから、ここからは、僕の大好きな川について語らせてもらうよ。さっき氷が、「人間は水に無関心だ」って言ってたけど、実は人間と僕、あるいは流れの代名詞としての川との関係は密接だよね。特に昔の人はそれを今よりもっと意識していたんだ。だから川は昔から人生の例えとして語られてきた。そして、人間はそれをする時、いつになく叙情的、感傷的になるんだよ。それだけ僕や川が彼等に及す精神的影響が大きいってこと。

 例えば、鴨長明の方丈記。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし・・・」この有名な冒頭部は、やっぱり僕らの“流れ”に注目しながら、鴨長明が人生を川の流れに例えた事を表しているね。僕らの大循環は、無常感を彷佛とさせるんだよね。この無常感故に人は僕のことを語るときに情感豊かになるのかな。

流転の人生とか言ったりもするよね。僕達は気まぐれで、人間の意のままにならないことも、川と人生をつなげる一因だろうね。人生もなかなか思いのままにはならないらしいからね。

 どう?さっき氷とか水蒸気が言ってた僕達の化学的特徴は確かに僕らの素晴らしさを君達に伝えるだろう。どこにでもあるただの物質じゃないってことも。でもね、今僕が言ったことは、もっと君達の心の奥底に訴えかけないかい?それはやっぱり僕達がこの地球が誕生した太古の昔から流れ続け、君達は僕から生まれたからじゃないのかな。そのことを考えたら、もっと僕らへ気を使うようになるよ、きっと。そうなってくれないと僕も困る。僕はいつも君達の周りにいるんだ。そして今までも君達を見てきたし、これからもずっと見ているよ・・・。

 

<参考文献>


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