水の癒しと音楽

   

 

 水は無味・無臭・無色透明でありふれた物質だ、とするのはある一面ではもっともなことかも知れません。しかし水はその中立性をもってあらゆるものを受け入れ、溶かし、また抱き込んでいるさまざまな生物や物質をもって自らを浄化する、偉大な物質だと私は思っています。そのことを伝えるために、水が人間に働きかけていることについて、ふたつのことを私は話したいと思います。

 

(1)水の癒し

身体や心が疲れている時のリラックス方法は何でしょう。人によって様々あると思いますが、「癒し」というカテゴリーに必ず含まれるものの中に、「睡眠」「アロマテラピー」「音楽」などと並んで、「入浴」があります。入浴によってどうしてリラックスできて、癒しのひとつにつながるといえるのでしょうか。それに対して、私は次の三つの要素があると考えました。

 

血行が良くなること

これは身体的な面での入浴の効果です。身体が温まることによって血管が広がり、血流量が増えます。毛細血管の活動も活発になるので、節々のこりや末端の冷えがやわらぎます。また、血行促進や発汗作用によって新陳代謝が良くなります。

 

胎児を囲む羊水

地球が誕生し陸地と海とができて、単細胞生物から生物が進化して水生生物、また陸へ上がる生物が生まれていったように、人間も生まれる前の、生命の最初のステージでは、母親のお腹の中で羊水に囲まれています。入浴によって心身ともにリラックスすることができるのはこのことによるのではないでしょうか。これに関連して、すべての生命の源となった海の水と、胎児を囲む羊水と、母体血液のミネラル成分が非常によく似ているということを付け加えておきたいと思います。

 

ミネラル

羊水

母体血液

海水

ナトリウム

127

137

97

カリウム

4

3.5

4

塩素

106

106

109

カルシウム

4

4.5 - 4.6

4.2

マグネシウム

1.4

2

13

リン

3 - 5

3 - 5

1.5

<羊水・母体血液・海水のミネラル濃度の比較> http://www.manmos.tv/life-shop/sinbi-sui/

存在量順位 1 2 3 4 5 6 7 8

人体    H O C N Na Ca P S

羊水    H O Na Cl C K Ca Mg

海水    H O Na Cl Mg S K Ca

H:水素 O:酸素 C:炭素 N:窒素 Na:ナトリウム Ca:カルシウム

P:リン S:イオウ Cl:塩素 K:カリウム Mg: マグネシウム

<主要元素存在量> http://swave.atlas.co.jp/swave/3_blue/soap/soap3_1.htm

 海水や羊水と、温泉などでは、成分はもちろん違いますが、自分の身体の周りを水に囲まれているという点では、同じ環境にあるということではないでしょうか。「入浴」によって心身のリラックスや疲労回復という効用を得られることは、人間の誕生する前の、羊水という環境に影響されていると思います。また、タイトルとした「水の癒し」の中でいちばん日常的で身近な入浴を挙げましたが、全生物の発祥の根元になった海が、私たちを取り囲む水の中で最も自然な状態に近いものだということも強調したい点だと思いました。

 

水の音

 水が静かに床を流れる音、勢い良く洗面器から流れ出る音、シャワーの水音、身体を湯船の中で動かした時の音など、どれひとつとして不快な水音はないと思います。また、森林浴でいうなら、滝の音、小川の音などに耳を澄まして、しばらくの間何もしないでいれば、心が洗われた人も多くいると思います。水の音というのは、聴覚を利用した「癒し」のひとつのカテゴリーに入るのではないでしょうか。「入浴」の効果について述べていながら、これは入浴時だけにとどまらない水の持つ「癒し」の力になりますが、実際、ヒーリングミュージックと呼ばれる音楽カテゴリーでは水音が大切な役割を果たしています。そのひとつの例を挙げると、宮城県立こども病院ではその設立計画の中で、「癒しの環境計画」のひとつのコンセプトとして、「癒しの音環境計画」を掲げました。その中には、耳を澄ませば水音が聞こえるように、小さな泉と水の流れを作るというものも含まれています。水はどこに行ってもある物質だと思っている人は多いと思います。水は人間の身体にとって最も基本的な物質のひとつです。水音を癒しのひとつの要素とするのは、人間が無意識にでも、精神的にも水に頼っているということではないでしょうか。その昔、自然により近いところに住んでいた人間には、水音は当然のBGMとして流れていたものだと思います。そこから本能的に水音を癒しの音楽と分かっていて、今や人工的にその音を作っているほどの人間は、水の力を侮れない者だと私は思わされています。

 

(2)水の音楽

 自然を音楽で表したり、また、自然への畏敬の念を音楽に託したりした音楽家たちがいます。先ほどの項目では「癒し」の水音ということについて話しましたが、ヒーリングミュージックではなくて、音楽的に水を表現することを試みた音楽家たちについて伝えたいと思います。絵画や写真にも雨や滝、川や池を描いたり捉えたりしたものを多く見ることができます。水は「流れる」「落ちる」というその自由な動きで、人間の感情に働きかけ、想像力の花開くオブジェクトとして捉えられてきたのではないでしょうか。

 水が音楽の中に間接的に登場するものはそれぞれの時代から代表的なものを挙げることができるのではないでしょうか。たとえばバロック音楽では、ヴィヴァルディの「四季」です。春・夏それぞれの中でヴァイオリンの激しい刻みによって雷雨が表されていて、また冬の冒頭では緊迫感をも伴って深々と雪が降る様子が描かれています。そして古典派のベートーヴェンもあの有名な「田園」の一部分で嵐を描いています。また、ショパンの「雨だれ」、ブラームスの「雨の歌」など、水にまつわるタイトルのつく曲もあります。しかし、同じ水をモティーフとしながら、それまでとまったく違った描き方をしたのはフランツ・リスト、モーリス・ラヴェル、クラウド・ドビュッシーという3人の作曲家でしょう。彼らは水にまつわる情景でもなく、感情でもなく、水そのものを描いたという点でそれまでの音楽家とは違います。では、彼らはどのような曲を書いたのでしょうか。

 

フランツ・リスト「エステ荘の噴水」

 リストがローマで過ごした一時期に身を置いた、エステ荘の噴水を描いた音楽です。水それ自体を描写した作品として、ドビュッシーやラヴェルに影響を与えたとされています。ところで、「標題音楽」と言って、その曲の性格や内容を示す題や文をつけ、文学的・絵画的な内容を音で暗示したり描写したりする音楽は、リストによって始まったそうです。これは、不定形で変幻自在な水に想像力をかきたてられ、水そのものに触発されてリストがこの「エステ荘の噴水」を作ったということと、無関係ではないと思います。エピソードとしては、エステ荘へ滞在していた時、リストがある女性と結婚しようとしていたことがあります。

 

モーリス・ラヴェル「水の戯れ」

 「水の音、噴水、滝、または流れの音楽」から感興を得て作曲され、「水に愛撫されて微笑む川の精」という題字を掲げています。彼のもうひとつの有名な作品「ボレロ」と同じく、ベースは同一リズムの反復ですが、肉付けによって徐々に訪れる変化を表し、水の動きを多彩に表しています。この曲によっては、泉から水が次々に湧き出る様子を頭に思い描くことができます。その点で、リストやドビュッシーにくらべて緻密に忠実に水を音で表す努力をラヴェルがしたということがうかがえます。

 

クラウド・ドビュッシー「水の反映」「海」

 ドビュッシーの作曲した水にまつわる曲では、ピアノ曲「水の反映」が最も有名でしょうか。「映像」という曲集の第1集に入っています。マネ、モネなどフランスの印象主義絵画の影響を受けた、音楽の中でも印象主義と呼ばれる種類の曲です。ドビュッシーの作品で水にまつわるもうひとつの有名なものは、交響詩「海」です。これは「3つの交響的絵画」などという副題があることからも分かるように、やはり印象主義の曲で、オーケストレーションを駆使して雄大な海、またさざなみなどの表情を豊かに描いています。

 

 紹介した3人の音楽家の他にも、水に関係のある音楽を作った音楽家たちはたくさん居ます。ヘンデルの「水上の音楽」、レスピーギ「ローマ三部作」より「ローマの噴水」、サン=サーンス「動物の謝肉祭」より「白鳥」、メンデルスゾーンの無言歌「舟歌」、スメタナの交響詩「わが祖国」より「モルダウ」、など思いつくままに挙げてもこれほど出てきます。このことが示すことは何でしょうか。

 ひとつめに、水が私たちの生活と深い関わりを持っていること、そして古人たちの生活とも深い関わりを持っていたことではないでしょうか。上に挙げた曲のどのひとつを取ってみても、人間生活を含めた自然界の日常的なある側面から水を捉えたものばかりです。この中では、水は主役ではないけれども、なくてはならない存在として作品の中に横たわっています。

 ふたつめに、水が人間の想像力、創作意欲をかきたてるものだということではないでしょうか。先ほど挙げた5つの曲では、水は主役ではないながらも欠かせない存在であると述べましたが、水が想像力に働きかけるものだということは、水を主役として水そのものを描き出そうとしたリスト、ラヴェル、ドビュッシーなどに当てはまるのではないかと思います。

 

 「水の癒し」「水の音楽」というタイトルで話をしてきましたが、この話は水について、新たな側面から見つめるきっかけになったでしょうか。水が人間に与えてくれる癒しの一部分と、人間が水により頼み生活していることを示す癒しの水音と水の音楽、また享楽的ともいえる、人間の心を豊かにしてくれる音楽というある面においても水がこれまで大きな影響を与えてきたことなどが、少しでも伝わっていれば幸いです。また、このような水を取り囲む側面的な話からでも、水に興味を持ってくれたらと願います。水は何の特徴もない単なる物質ではなくて、人間の生活そのものだけではなく、心にまで潤いを与えてくれるものです。

 

参考資料

◇医療法人 クリニックすみたhttp://www.c-sumita.org/note/whats.htm
◇ウォーターネットワーク 水の洋楽 http://www.waternetwork.org/culture/sound/classic.html
◇海、そして羊水 http://swave.atlas.co.jp/swave/3_blue/soap/soap3_1.htm
◇海洋深層水とは http://www.manmos.tv/life-shop/sinbi-sui/
◇熊野黄泉がえる通信 http://www.mykiss.org/kazura2/essay2.htm
◇ 幸せのホームページ 1月のテーマ「癒し」 http://www.din.or.jp/~honda/csltm1.htm
◇ 毎日インタラクティブ 今週の本棚 水の音楽 オンディーヌとメリザンド http://www.mainichi.co.jp/life/dokusho/2001/1021/04.html
◇入浴スタイルと身体への効果〜全身浴と半身浴 http://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20010605-5.html
◇宮城県立こども病院(仮称)実施設計 http://www.pref.miyagi.jp/child-iryou/jissitop.htm
◇ 水の戯れ http://mallkun.to/museum/ravel/composition/jeux_d_eau.html

 


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