”水” ~『奇跡の人』を生み出したもの~

 

      (開演を知らせるブザーが鳴る)

 

アナウンス(私) 

「今日は、水をありふれた物質だと考えている高校生のみなさんにどうしても伝えたいことがあり、わざわざこの劇場へと足をはこんでいただきました。これから上演いたしますのは、視覚、聴覚、言語という三つの障害を共に生きたあのヘレン・ケラーとアニー・サリバンの物語、『奇跡の人』の一幕です。劇中の水の存在に注目してご覧ください」

 

(場内の照明がおち、静かに幕があがる。部屋のセットの中でヘレンとサリバンがもめている)

 

ヘレン 「(癇癪をおこして大声で叫び、部屋の家具を蹴飛ばしてまわっている)」

 

サリバン 「(ヘレンをとり抑えながら)ヘレン!!お願いだから、心を鎮めてちょうだい。毎朝レッスンを始めたとたん癇癪をおこすようじゃ、いつまでたってもあなたには“言葉”を理解することなんて出来ないわ!ああ、せめてこのわたしの気持ちだけでもあなたに理解してもらえたらいいのに・・・」

 

  (サリバンは、まだ暴れつづけているヘレンの手に“doll”(人形)と繰り返し綴りなが

   ら、もう片方の手にヘレンがお気に入りの人形を抱かせようとする)

 

ヘレン 「ウー!!(再び激しく叫びはじめ、人形を床に投げつける)」

 

サリバン 「(ため息をついて)・・・わかったわ、ヘレン。今日はもうレッスンをやめて、外にお散歩へ行きましょう」

 

  (サリバンは、ヘレンを連れて部屋を出る。屋外のセットに変わる。舞台の

   中央にポンプ式の井戸がある)

 

サリバン 「ヘレン、ここに井戸があるわ。私たちは井戸から“水”を汲むことができるのよ。“水”よ、ヘレン。あなたも水を飲んだり、水で顔を洗ったりするでしょう?」

 

   (サリバンは、ヘレンの手に“water”と綴ってみるが、ヘレンは反応しない)

 

サリバン 「さあ、ヘレン。自分の手で水を触ってみなさい」

 

   (サリバンは、ヘレンの片方の手を井戸の噴出口に近づけ、井戸の水を勢いよく

その小さな手に流し込んだ。そして、もう片方の手に“water”と綴った。ポンプ

    からは、水が流れつづけている。ヘレンが突然、何かに気が付いて動きをとめる)

 

ナレーター 「その瞬間、ヘレンは気が付いたのです。自分の手に流れ落ちてくるその冷たく、心地のよいものこそが“水”なのだということに。」

 

ヘレン 「ウオ・・ウオ・・・(興奮した様子でサリバンを探しながら)Wa・・・」

 

サリバン 「ヘレン?!あなたもしかして、“水”がわかったの?そうなのね?」

 

ヘレン 「Wa・・・(嬉しそうに)」

 

   (サリバンは笑顔になって、井戸のポンプから更に水を流しつづける。ヘレンはその水を愛しそうにすくったり、触ったりしている)

 

サリバン 「そうよ!ヘレン、これがwater、水なの。これは“水”というのよ。ヘレン、あなたは今、初めて“言葉”を覚えたのよ」

 

 

 

ナレーター 「こうして、ヘレンは“言葉”の存在を知ったのです。彼女は後に自伝の中でこのときの経験についてこう記しています。

“私の手を流れ落ちていくその水という生きた言葉が、私の魂に光と希望、喜びを与えてくれました。そして、魂を解き放ってくれたのです”と。」

 

        (静かに照明が消え、幕が閉じる)

 

アナウンス(私)

「みなさん、お分かりになられたと思います。ヘレン・ケラーは水をとおして“言葉”とは何かを学んだのです。目も見えず、耳も聞こえず、言葉も喋ることの出来なかった彼女と、その師であるサリバン先生が、『奇跡の人』と呼ばれるほど素晴らしい存在になるきっかけを二人に与えたのは、他でもない“水”だったのです」

 

(劇場内にざわめきがおこる)

 

「確かに、水は普段のみなさんにとってはありふれた物質かもしれません。今日の日本では、蛇口をひねれば一瞬にして清浄な水が手に入ります。また、みなさんの中には、この地球上の約7割が海で覆われ、人間の体の約7割が水でできているということを知っている方もいらっしゃるでしょう。みなさんの記憶の中にも、水にまつわる思い出は少なくないはずです。そう考えると、水の存在は一見当たり前のもののように思えます。

けれども、水は本当にありふれた物質なのでしょうか?考えてみてください。もしも水が存在しなければ、『奇跡の人』は存在しませんでした。いえ、それどころか、人類、そして地球上の生命そのものが存在しなかったのです。水がなければ、みなさんがこの場所でこのアナウンスを聞いていることも出来なかったということです。

思い出してみてください。みなさんの周りでも、水によって奇跡が起きているはずです。もしかしたら、その奇跡にみなさんが気付いていないだけなのかもしれないのです」

 

(場内が明るくなる)

 

「それでは、本日はご足労ありがとうございました。この上演がみなさんに水の素晴らしさを少しでも伝えられたのなら、非常に光栄です。もし水に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、劇場出口付近にて配布しております“ICU NS。自然の化学的基礎”のパンフレットをお持ち帰り下さいませ。水の奇跡を、じかに学ぶことができるでしょう。最後に本日のご来場を心から感謝致します。」

 

 

(閉演のブザー)

 

 

脚本 中井 守恵(ID 061357)

 

 

参考文献

 

Wepman, Dennis. Helen Keller. New York, Philadelphia: Chelsea House Publishers, 1987.

池上 洋史 映画の話その9『奇跡の人 

<http://www.clubvacance.com/wine/wine-eigakan/009/>.

 

 

 


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