はじめまして。今日はこうして母校に来て、皆さんに水の話をすることになりました。なのになんで調理実習室なのかって? なぜかというとここがいちばん学校の中でみずをつかうところだからですよ。嘘じゃなく。それに、水なんかに興味は無い、という人も、これなら出席しそうでしたからね。科学で水の化学的な知識を得た人は、それをなんとなく思い出しながら、聞いてください。日本の水は軟水だといわれていますね。そのまま飲んでもおいしいし、その水で野菜なども煮炊きできます。これが硬水ではこうはいきません。野菜など茹でてしまおうものなら、ガリガリ・ザラザラとなってしまうんですよ。かといって、全く調理に向かないわけでもなくて、スープストックにするときは、あくを取るのに硬水を使ったほうがいいんだ。食文化は水に基づくのさ。今日は日本の水の便利さを認識しながら、じゃあ、はじめましょう。
1. だしとみず
さてまず作るのはお吸い物です。お吸い物には何が必要か。そう、だしですね。だしはみずととても深い関係があるんですよ。まず、だしですが、今日は昆布を使います。昆布は皆さんもご存知の通り、海にはえるものですが、近年日本近海の海は汚れており、良いものは取れなくなりつつあるようです。かなしいことに。水の汚染は人間の活動によるものですが、その多くは日常生活から出たものです。そしてその57%は炊事からなのです。まただしですが、だしはその素材のもつ、微妙な旨みを短時間で抽出するものですから、抽出力に優れた軟らかい水が向いています。あと和風だしの取り方には、大きく分けて2つの方法がありますが、乾物をみずでもどすのと、煮出すのがあって、昆布はにだすほうですね。戻す場合は、熱を加えないわけですから、水そのものの質がだしの味を大きく左右します、当然ですよね。煮出す場合も、硬水を使うと、旨みの元となるアミノ酸や核酸系の物質がカルシウムと結合して、アクとなって出てしまう。また、今日は使いませんが、かつおぶしに含まれるたんぱく質もカルシウムやマグネシウムと結合しやすく、昆布のグルタミン酸も水に溶け出しやすい特徴を持っているので、やはり軟水が向いています。日本の食は水質と深く関わってるんですよ。食だけじゃなく、まあ、文化全体ですが。たとえば、水琴窟とかね。さあ、昆布がふわっとしたら、取り出してください・・・・
さて、できましたか? どうです、すてたもんじゃないでしょう。きょうはまだつくりますよ、といっても今度はもっと難しい、さばの味噌煮です。まずは魚を下ごしらえしましょう・・・・
2.洗剤による汚染
さて、どう、おいしかった? うーん、失敗したか。教え方がまずかったかなあ? あ、そんなに失敗しなかった? よかった、おいしくないと、死ぬわけじゃないけどなんとなくいやなものだからね。 ところで、水質汚染の原因の殆どは家庭排水だというのはさっきも言ったけど、その割合は80%くらいらしい。そしてその57% はみんなが今いるような台所から来ている。例えば、米のとぎ汁を1リットル流した時、600リットル(600倍)の水で薄めないと魚が棲める水質にはならないという。てんぷら油は20万倍、マヨネーズにいたっては、何と24万倍の水が必要なんだ。しかも、これらは比較的汚染に強いといわれるコイやフナに対する数値であって、アユやヤマメなんかの清流に棲む魚が生きていけるには上表の何倍もの水量が必要になるんじゃないかって言われてる。河川の水の汚染は、飲用できなくなるという直接的な被害をもたらすだけでなく、その河川の生態系を破壊するという被害をももたらすことになる。たとえば、淡水魚の20%の種は水質汚染により絶滅の危機にある。
みんなが作るのに使ったなべやなんかも、おさらやなんかも、片付けるときには洗剤を使わなくちゃいけないけど、これも汚染の原因になってるんだよ。洗剤に入っている界面活性剤はとても分解されづらくて、浄化時に負担がかかるんだ。じゃあ、出来るだけ負担を減らすためにはどうすればよいかというと、洗剤を変えるのと、洗う前に汚れを拭き取ればいいんだ。今日は新聞紙を門で使ってみよう。ティッシュのようなものだと、パルプを使っていることが多いから、新しい環境破壊の原因になるしね。
さて、今日の授業はどうだったかな。わたしなりに、日常の中で君たちがどのように水に関わっているのかをかんじてほしかったんだ。まず、食だね。汚れた水、しかも化学物質などで汚れた水は飲めない。飲めても、まずいことが多い。現在、日本の汚水処置はその膨大な量のために高速濾過処理の方法を取っているけど、従来の濾過処理方法と比べて、早く・大量というメリットがある。けど、カルキ臭が付着しやすく、不味い水になる。おいしい水を取り戻すためにも節水意識をもつことは最低限かつ最も簡単に私たちができることだよね。
では、その淡水はどのようにしてできるのか。水の大循環の量を1年間で見てみると、海から蒸発する水は361兆トン、陸から蒸発する水は62兆トンで合わせて423兆トンになる。そして、蒸発した水はやがて雨や雪などとなり地上に 戻るが、このうち324兆トンが海へ、100兆トンが陸へ降水する。つまり、海から陸へ37兆トンの水が移動し、また100兆トンが陸から海へ河川などにより移動するだけなんだ。そして、雨水は淡水であるため、この淡水が海に戻り再び海水となるまでに、いかにうまく利用するかがポイントであるが、急流などによりすぐに海に戻ってしまう水も多いから、最大限に利用したとしてその限界利用率は100兆トンのうち20%なんだ。日本の場合、急流が多いため15%が限界利用率になってる。水は誕生以来、循環を繰り返しているんだ。海の水が蒸発し、雲となり、雨となって地上へ降りてきて、また海へと流れていくこの循環の繰り返しさ。そのために、限られた水量の中から分配しないといけないんだよ。この分配が日本のように水資源に恵まれた国や、中東、アフリカなどの水資源に恵まれなかった国との違いとなっている。
君たちは現在蛇口をひねれば水が飲める。でもそうじゃない人も多い。人間だけじゃなく、全ての生き物は海から生まれたから、生きてゆくには水がいる。君たちの体にとって水がどんな事をしているかを考えてみよう。例えば今は夏休みの真っ最中でとても暑いね。だから汗をかいてのどが渇く。人間の体ってのは7割くらいが水分だってのは聞いた事があると思うけど、その水分のうち2%が失われただけで脱水症状に陥るんだ。もしもこの暑さの中でスポーツをしたとしよう。例えばバレーボールをするだけで、君たちの体は3リットル、多いときは5リットルも汗をかく。これはあくまで極端な概算だけど、体重が60kだとしたらそのうち水分は42kつまり42lなわけで、5lも汗をかいたら失われた水分は12%だ。死んじゃいますよ、これは。なのに、それを手に入れられない人がいるんだ。このことを気にかけて、これからは水を使ってみて欲しい。
さて、料理を通して、少しだけ今の水の現状を知ってもらいましたが、どうでしょう、あんまり楽観できそうに無いですよね。今は簡単に手に入るけれど、これから難しいってことを少し覚えていてもらえると光栄です。そして、これからも水そのものを気にかけてもらえると光栄です。きょうは、どうもありがとうございました。