俺と水

 

 「あー。やべー、水道料金まだ払ってねえよ。このままじゃ水道止まっちまうな、まずいなー。」

俺のふとした独り言に、ちょうど大学受験で上京して居候している弟が答えた。

「そんなにあせることないじゃん、とまったってどうにかなるよ、ミネラルウォーターとかあるしさー、最近は。」

「まあどうにかなるか…」

いやまてよ、どうにかならねえよ!ちょっとまてよ、俺はいったい一日にどのくらい水を使っているんだろう…

まず朝起きるだろ、そしたら顔洗って、歯磨いて、朝飯は食う暇ないからそのまま学校だな。で、昼メシは学校で食うと。あー、メシ作んのにも水いるじゃん。米は水で炊くし、煮物にも使うよなー。味噌汁もそうだ。メシ食って、あ、そうだ、コーヒーとか紅茶も水が必要だよな。一日過ごしてりゃトイレにも行くわなあ。手も洗うし。家帰って、風呂だよ風呂。洗濯物がたまってるとかいったら、最悪だな。やっぱ夜食はラーメンだよな。うわー、お湯ないと作れねえよ、ラーメン。おいおい、こりゃやっぱ、水ないとやばいよ。そりゃ俺だって、水道の水はまじーとか言いつつエビアン買ったりするけど、さすがに風呂にエビアンためるわけにいかねえし。「人間は水がないと生きていけません」っつーのは、体から水分を失ったら死ぬっていうよりも、生活していけないって意味での「生きていけません」だな。

「そもそも水なんていっぱいあるのにさー、なんで金取んだよ。」

いろいろ考えてぶつぶつつぶやいていた俺に向かって、弟がまた口をはさむ。ん?何だって?そんなの、その辺のたまった雨水をそのまま飲むわけにいかね−し、きれいにしてもらってんだからしょうがないだろ。って、あれ?なんかおかしくねえか?水って、誰かの物なのか?たしかに水道屋は俺ら市民に水を供給してるけど、でも別に奴らが水を作ってるわけじゃないよなあ。そう考えると、水ってやっぱ、ただでもいいんじゃないの?だいたい、水道料金払えなくて、水道止まって死んじゃってる人がいるくらいだぞ。それって、水道止めるっていう行動は水道局のずいぶん勝手な行動だよなー。「俺らは水の製造販売やってんだから、金払えないんなら水やらないよ」っていうかなり思い上がりだよな。うわ、ますます金払う気なくなってきたし。大体きれいにしたっつっても、水道水はまじーんだよ。山の天然水はどんなに飲んでもただですよーっていわれても、ナントカ山の天然水とか取りにいくわけにいかねーし、こっちは払わなくていいようなもんの水道料金払ってんだから、せめて飲んで美味しい水出せよな。

「カルキだろ、カルキ。」

さっきから呪文のように「水道水はまずい」と言っていた俺に向かって、弟が珍しく責任ありそうな発言をした。

「おー、あれだろ、水をきれいにするために使ってんだろ。」よく祭りで金魚すくいして、金魚持って帰ったときに、親父が「水は一日置いてから金魚いれろよー、水道水はカルキ入ってるからなー。」って言ってたっけ。確か水の消毒剤みたいなもんだよな。

「でもさー、水道水がまじーのは、カルキのせいだけじゃないらしいよ。」

さすが受験生。でも、弟に教えられんのはなんとなくむかつくな。カルキのせいじゃないとすると…あー、なんか水道水って、カビ臭かったりどぶ臭かったりするよなー、浄化とかしてあるはずなのに。

「それって、ダムとか川とかで異常発生しちゃったコケとかがそういう臭いを発生させちゃってるらしいよ。生活排水ってあんじゃん、あれってすげ−栄養いっぱい含んでるから、そういうのが増殖するらしいよ。」

…弟め。増殖なんて言葉使いやがって。何だこいつは、物知り博士か?

「でさー、水道管がさびちゃってたりするから金属臭かったりすんだよなー。」

そうそう、水道水ってなんか鉄の味するときあるよな。俺の小学校なんかボロかったからさー、たまに蛇口ひねったら茶色い水が出てきたりしたぜ。って、おいおいすっかり弟に教わってんじゃねーか。年の功全くなし。まあ、受験生だから許してやろう。えーと、何だ、つまり、人間が出してる排水とか、人間が作ってる設備とかが、結局は水道水をまずくしてるってわけか?で、まずいからまたミネラルウォーターとかに無駄な金を使うことになるんだなー。人間ってバカだよなー。待てって、俺も人間じゃん。水道局を訴えてやろーと思ったのに、俺までバカってことになっちまったぞ。そうだなー、排水っていわれても普通あんま気にしないし。流してあたりまえって感じだもんなー。そうかー、水をまずくしてんのかー…

「兄ちゃん、洗面所の水止まってねーよ。」

またボーっとしていた俺のことはほっといて、トイレに行ったらしい弟が俺に向かって叫んでいる。なんだよ、うるせーなー。そんなこと、母さんに思い出せないくらいいつも言われてたし。たいしたことじゃねえよ。ってああ、今はそう思えねえよー。ぽたぽた落ちてる水にも金払ってんだ。あー、ムカツいてきた。確かに水道局にもむかつくけど、あー、俺にムカツクよ。俺に。こーゆーことしてっから水道料金は高くつくし、小言は言われっし。節約しりゃいいんだろー。節約っていってもなー、あーそーいや俺、顔洗うときも歯磨くときも水道出しっぱなしだよ、実は。こりゃだめだな、いちいち止めるのもめんどくせーけど、対して努力することじゃないし、止めればいいだけのことだよな。おー、俺、節約主婦じゃん、風呂の水は洗濯に使ってんだよ。これはエライよな。ちょっと待てよ、金とられっから水節約すんのか?

「おい、水って使いすぎたらなくなんの?」

逆に俺から質問してみる。

「水は循環してるから、なくなんないとは思うけどさー、人間が使える水は限られてるからやっぱ大切に使わないとまずいんじゃん?」

おー、なんかさえてんなー、わが弟。そうか、人間の使える水ねー、なるほど。限られた資源ってやつね。ってことは、その限られた量しかないヤツを汚したり無駄に使ったりしちゃだめだよな。じゃあやっぱ節約だなー、節約。蛇口もしっかり閉めてやるよ。

なんかあれだなー、あいつが「水道止まってもどうにかなんじゃん?」とかてきとーなこと言うから年上らしく「そんなことねーんだよ、大問題なんだよ!」って喝入れてやろうと思ったのに、いろいろ弟に教えられてんじゃん。俺最悪。まあ、わざわざまずい水作ってるバカな人間の一人だからなー。俺は今日そのことに気づいたから、バカ脱出するよ。

「兄ちゃん。」

あ?何だよ、おまえが物知りなのはもうよくわかったって。

「ガス代も支払期限切れてんじゃん。」

俺はやっぱり、バカかよ。

 

 


▲レポート一覧に戻る

▲元(講義資料)へ戻る