みなさん、こんにちは。私達が暮らす日本では、水は本当に安全で手に入れやすいものです。水道の蛇口をひねれば水が出てきますし、その水道水は飲み水としてそのまま利用できます。夏の水不足の時には「節水」という言葉をよく耳にしますが、水がほとんど無くなるようなことはありません。ですから、我々にとって多少の水不足が死活問題となることはほとんどありません。しかし、世界全体を見ると、安全な水に簡単にアクセス出来る環境がどれだけ恵まれているかということに気付きます。水は決して地球上のどこにでもあるありふれた物質ではありません。もし本当に地球上に水がありふれていたとしたならば、今ほど沢山の貧しい人々、農村、地域社会や国家は存在しないでしょう。これから私なりの水についての見解を述べたいと思います。
私の中で水に対する意識が変わるきっかけとなったのは、去年の夏にタイを旅行した時の経験です。タイでは水道水が飲料水として使えないことは事前に聞いていましたが、いざその環境に身を置くと自分がいかに「安全な水」の恩恵を受けてきたかを思い知らされました。蒸し暑い気候のタイで生活していると当然、のどが渇きます。しかし水道水を飲むことは出来ないので、ペットボトルに入った飲料水を買ってこなければなりません。ペットボトルは大きくても1.5リットル程のものしか売ってないので、頻繁に水を買うことになります。夜遅くにのどが渇いたけど外の店は閉店していて水が手に入らない、というだけで不便さを感じてしまいます。最近日本では「・・・の天然水」「マイナスイオンの・・・水」といったようなかたちでミネラルウォーターを買って飲む人が物凄く増えていますが、それでも水道水が飲めないわけではありません。飲料水を買うという行為は同じでも、それしか選択肢が無い場合とそうでない場合では全く状況が異なります。
タイでは水源地帯を安全に管理することが非常に重要視されています。それは何故かというと、水不足問題が単に人々の生活に影響を及ぼすだけでなく、一国の経済発展を妨げるという事実認識がされているからです。タイでは、1980年代以降の急激な経済発展による水需要の増大に加え、年降雨量の減少傾向が見られ、上流ダム群への流入量が減少してきたために、特に雨量の少ない乾季は水不足による稲作の中止などの問題が深刻化しています。国の作物の中心が水稲であるタイでは、河川の上流部で地方住民による開墾と水利用が無計画、無統制に行われています。そのため流出水は減少し、政府による貯水池の水管理が計画通りに行われません。下流部では海水の浸水が増大して土地の塩類化が激化するという結果を招きました。しかし、だからといって農作物を作ることを規制するのは、農民にとって死活問題です。さらに、農業全体がダメージを受けた場合にはもちろん、大量の農産物を輸出しているタイ政府も経済復興がさらに遅れるという問題を抱えることになります。何よりも水道水が飲めないということは、水不足問題が一般市民の生活に及ぼしている影響が草の根レベルで表れている証拠です。そしてそれは国が抱える水不足問題のほんの一面に過ぎないということがよく理解できると思います。
さて、水という資源を確保することがいかに重要であるかは分かったでしょうが、水をめぐって生じる国家間の紛争が世界の様々な地域で勃発していることを皆さんは承知でしょうか?タイの隣国であるマレーシアはシンガポールと水の供給をめぐって対立しています。1961・62年に、原水の供給に関する「The Johor River Water Agreement of 1961-1962」という二国間協定が結ばれました。それぞれ2011年・2061年まで有効なその協定の内容は、マレーシアが1000ガロン(約4540リットル)あたり0.03リンギ(約0.9円)で原水をシンガポールに供給するというものでした。それは何故かというと、シンガポールには河川や湖が少ないため、必要なだけの生活・工業用水の供給を他国に頼るしかないからです。シンガポールは現在も水の総消費量の約半分しか国内調達していません。残りの半分はマレーシアからの輸入でまかないざるを得ないのです。
問題の始めは、マレーシア側が水の供給価格の値上げを要求したことでした。1960年代に設定した価格では、物価が上昇した今の時代では割に合わないという主張がされたのです。これに対してシンガポール政府は反発していましたが、2001年9月に行われたマハティール首相(マレーシア)とリー・クアン・ユー上級相(シンガポール)の直接会談では、協定が更新される2011年に現価格の20倍の0.6リンギに引き上げることで合意しました。ところが、マレーシア側がこの合意を撤回したために、シンガポールとの溝が余計に深まる結果となってしまいました。さらに追い討ちをかけたのが、2002年7月にマレーシアが原水の供給価格を100倍にすることを要求したことでした。シンガポール政府は、国民の生活と国家の経済安定に必要不可欠な水の確保という問題において、不安を解消するために「ニューウォーター」という名のもとに、海水の淡水化と家庭廃水の再利用に取り組み始めました。「ニューウォーター」が衛生的に安全なものなのか、という疑問がシンガポールでは以前から指摘されてきました。しかし、WTO(世界保健機関)の安全基準を満たしていることや、不純物が少なく飲料水に適しているという評価を国際的な専門家から受けたことによって、いよいよこの「ニューウォーター」計画は本格化される見通しが立ちました。また、これに対してマレーシア側も供給価格値上げ案を取り消すことはないとする姿勢を明確にしているため、両国間の溝は埋まらないままです。まさに、水が政治問題にまで発展しているのです。これは日本ではちょっと考えられない話です。
水をめぐって生じた国際的な対立は他にも例を挙げるときりがありません。他の有名な例としては、ガンジス川の最下流に位置するバングラデッシュが水不足に悩み、水資源の配分に関して隣国のインドと激しく対立しています。韓国でも、首都ソウルを流れる漢江の上流が北朝鮮の水源地帯であり大型ダムがそこに建設されていることから、ダムの大放水による混乱を警戒して国境のすぐ下流に空の大型ダムを建設しました。「水紛争」はアジアだけの問題では無く、世界の各地で様々な水を巡る対立が政治問題に発展しています。私達が暮らす日本は「水」という資源に関しては大変恵まれていることは明らかだと思います。
では最後に、水が何故大切なのかという話よりも、いかに水不足問題が深刻であるかという事実を簡潔に述べたいと思います。国連の発表している資料では、世界で安全な飲料水を確保出来ない人は12億人もいるとされています。また、水が原因で死亡する人は年間で500‐1000万人にも上るという報告もされています。そして、人口が増加した2025年には約48ヶ国が水不足に陥ると見込まれています。つまり、水が決してありふれたものではないことは一目瞭然なのです。水は地球そのものが存在するために必要不可欠ですし、私達人間を含む全ての生命体の存在を作用するものです。ですから、我々は水を大切に扱わなければなりません。
参考資料
・地球環境キーワード事典 − 環境庁地球環境部 編集
・『水と社会』ウォーターネットワークHP
http://www.waternetwork.org/society/
・日馬プレスonline HP
http://www.nichimapress.com/news1/
・『Annual Report 1997』国連大学HP