「豊かな水」という幻覚

 

                ID#031395 佐藤 香奈

 

 水―「この地球上のどこにでもある最もありふれた物質」。その認識は間違っている。日本にいる限り切実な問題として感じられないが、世界では安全な飲み水の供給が受けられない人がたくさんいて、下水施設の不備、汚染や汚染が引き起こす病気も深刻だ。ここでは汚染については触れないでおくことにして、世界と、そして日本における渇水と水不足について少し説明してみよう。

 

 国連の報告書によれば、現在安全で清潔な飲み水の供給を受けられない人は25億人、そして25年後の2025年には、急激な人口増加のために、その数は40億人にまで膨れ上がる。つまり現在の人口が約60億人だから、総人口の40%が水を享受できていないことになる。この水不足の問題の深刻さを表すのにしばしば次の言葉が使われる。「21世紀は、石油や核に代わって、水が国際紛争の火種になりそうだ」。こんな身の回りに豊かに存在する水をめぐって戦争がおこる、なんて聞いても、まさか、と思うだろう。だが実際に中東やアフリカ大陸では水のための諍いが絶えない。パレスチナとイスラエルの確執がその一例として挙げられる。和平は進み、政治的安定には向かっているが、水の使用に関しては平等な配分がなされていない。依然としてイスラエルが水利権を握っているために、200万人のパレスチナ人は全体の80%の水を使う事ができない。(cf. 13万人のイスラエル人居住者は残り全体の80%の水を使う)。水を思うように使えないパレスチナ住民は、井戸から水を調達したり、洗濯のために雨水をためたりせざるを得ない。この不平等を目の前にして、パレスチナ住民の不満は高まっていくばかりだという。このような水利に関する反目政治的衝突につながっていくことも考えられる。水は紛争まで招いてしまうほど、貴重な価値のある資源なのだ。

 

 世界における水不足の話を聞いてもピンとこないかもしれない。私には関係ない、なんて思う人もいるかもしれない。ではそんな人にも自分の問題として身近に感じられるよう、日本における渇水の話をしよう。1994年夏、猛暑と降水量の減少のため、日本は全国的に異常なほどの渇水に悩まされた。水需要が増加する夏、7、8月の平均気温は平年よりも2℃以上高く、6〜8月の平均降水量は平年の50%以下であったことが、この渇水の原因だった。取水制限が実施された一級河川の数は28にまでのぼり、8月には木曽川水系の牧尾・阿木川・岩屋の三つのダム貯水量が0になってしまうほどだった。そこで、この渇水がもたらした市民生活・都市活動、農業、工業、漁業、水質、地盤沈下への影響をそれぞれ見ていこう。

 

市民生活・都市活動への影響

 「水は最もありふれた物質だ」と君が思うほど水は私たち人間の生活に密着し、そして身近に、必要とされている。だからいっそう、その大切な水が手に入らないとき、私たちの「普通」の生活は脅かされる。1994年1年間で、渇水のために給水制限(減圧・時間給水)、水道の断水などで影響を受けた人口はおよそ1666万人に達する。一般に給水制限20%だと、給水時間帯以外は断水、プール・公園への給水停止、地盤沈下の増大など、給水制限30%だと家事時間の制限、水洗トイレの一部閉鎖、消防活動に支障をきたす。1994年の渇水では、学校給食はパン食に切り替えられ、水を使わなくてすむ冷凍食品・缶詰・使い捨て紙皿、紙コップなどが使用された。病院への影響も多大で、手術ができない、人工透析のための多量の水確保に奔走するといった事態が見られた。飲食店でも営業時間の短縮、休業せざるを得なくなる場合もあった。アメリカの例ではあるが、1991年の時点で5年もの渇水が続いていたカリフォルニア州では、節水のために渇水時、庭の散水を禁止し、違反者には罰金$100を課したり、水道料金を引き上げたり工夫をしている。

 

農業への影響

 水が無くっちゃ作物は育たない。水をある程度飲まなきゃ生物は生きていけない。農業への影響は広範囲に及び、それも重大だった。猛暑と、農業関係ダム、溜池での最大10〜90%の取水制限がなされるほどの異常渇水のため、1994年の農作物被害総額は約1409億円、家畜被害総額は23億円だったという。稲の立ち枯れや野菜や果物の肥大不良、落果ばかりでなく、暑さに弱いブロイラーが大量衰弱死することにもなった(7月20日までの死亡総数、約107万羽)

 

工業への影響

 工業と水とはちょっと結びつきにくいかもしれないけど、工業において水は欠かせない大切な役割を果たしている。ボイラー用、洗浄用、冷却用などの目的で大量に必要とされているんだ。どれくらい多量かというと、例えば新日本製鐡名古屋製鉄所は一時間につき1万400m3の供給を受けている。だが、渇水のために工業用用水の取水、給水制限が加えられた。全国226の工業用水道のうち77が給水制限を受け、そのため工場は冷却水再利用の強化、海水の利用、他地域からの用水運搬などの対策を講じたが、なかには操業短縮、中止する工場もあった。1万400m3の供給を受けていた新日本製鐵名古屋製鉄所では、供給を55%削減した。ジャパンエナジー水島製油所では、冷却用水を韓国、香港、ベトナムから合計約12万t輸入した。水を輸入するんだよ。ありふれているはずの水を、運送費を払って、はるばる海外から。でもこの渇水のおかげで、企業が根本的な渇水対策、節水対策に乗り出すきっかけとなったんだ。

 

漁業への影響

 河川や湖沼を生活の場とする魚たちにとっても渇水は大きな問題だ。水不足に加え、高温により河川が酸欠となり、水質が低下したために、魚の大量死を招いた。養殖漁業ではきれいな水が大量に必要であるが、養殖池への取水量が例年の三分の一に減ったため、酸欠や最近病のためにアマゴや虹鱒が大量に死んだ。

 

水質への影響

 渇水(水不足)でどうして水質にまで悪影響がでるのかって、ちょっと私も不思議だったんだけど、それはこういうわけ。渇水のために川の流量が減って、その上高温。だからラン藻類や植物性プランクトンが発生して水質に影響を与えるんだ。福岡県では流量が少ないところに腐敗物や生活排水が流れ込み、有機物濃度が例年の約3倍になった川もあった。

 

地盤沈下への影響

 これも私は、はじめは水が大量に使われると地盤沈下すると思ってたから、水の使用が制限されると渇水時に地盤沈下が起こるというのは「?」だった。確かに水が大量に使われると地盤沈下が起こるというのは間違ってはないけど、ひとつ大事なことを見落としていたんだ。その水って言うのが「地下水」ってことをね。つまり、「水道水」の使用量が制限されるからこそ、渇水時、人は農業用水、工業用水、生活用水として利用しようとする「地下水」を過剰にくみ上げてしまうんだ。佐賀県杵島群白石町で最大沈下量16.0cmを記録するほど、人はいざというとき地下水に頼っているんだ。地下水は水資源である一方、地層の安定にも貢献しているってことを忘れちゃいけない。

 

 渇水のために国家官庁や地方自治体はさまざまな対策をとっている。自治体間で緊急支援輸送をしたり、海水を淡水化したり、生活用ダムの貯水量が0になった場合には発電用ダムから緊急対策用として放流したり、人工的に雨を降らせる、なんてこともしている。また、根本的な対策として、人々の意識を高めようとさまざまな節水キャンペーンが催された。

 

 地球上にある水の総量は約14億km3、そのうち97%が海水で、残り3%が淡水。そのわずか3%の淡水も、そのほとんどが南極と北極の雪と氷で占められ、私たちの身の回りにある使える水はほんの一握り0.8%にしか過ぎない。そのわずかな水が循環してくれているからまだいいものの、このままでは水が足りなくなってしまう。1950年以来、地球全体の水の需要は5倍増、一人あたりの使用量は3倍になったという。一人あたりの使用量の点で、世界の国家を並べると、アメリカ、カナダ、オーストラリア、CIS、日本、メキシコの順になる。またもし世界中の人がアメリカ人と同じ量を使えば、需要は供給を上回ってしまうことになる。水不足は深刻なのだ。

 

これでも「水は地球のどこにでもある最もありふれた物質だ」と言えますか?


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