水と地球の奇跡
041182 河野晴子
水は『無味無臭、無色透明で注目すべき特徴もなく、最もありふれた物質』であるように見える。地球の表面の70%は海であることは周知の事実であるし、1年中雨が降らないなんて事もないし、水道の蛇口をひねれば水はいくらでも手に入る。空気中にも、‘湿度’という言葉で表されるように、水蒸気という形で水が存在している。地球上に存在する「量」だけを見れば、水はありふれた、ごくごく一般的で平凡な物質であるようだ。しかし、本当に何の特徴ももたないのだろうか?ただの水素と酸素の化合物なのだろうか?
1. 物質の三態
誰でも知っている例のあれ、つまり、固体・液体・気体の三態のことである。このことを学習するとき、普通、水を例にとって学ぶ。なぜ水なのだろうか。一番身近にあるから?沸点と融点の値のきりがいいから?確かに、100℃と0℃というのは覚えやすい。しかし、アルコールや酢酸なbフだから、水である必要はない。ではなぜか?
物質でも三態に変化する。が、その沸点・融点は物質によってまちまちである。実は、我々の生活する常温で三態を観察できる物質はほとんく、1.4%程度しかない。その中にあの水が含まれているのである!
もし水の融点が0℃以下だったらどうなるだろうか。もちろん氷ができない。冬に雪が降ることもない。それどころか、生態系そのものも大きく異なるだろう。人類の進化を促したといわれる氷河期がなかったことになるからだ。逆に、沸点が100℃以上だったらどうだろう。そして、陸地のほとんどは砂漠のようになり美しい緑はおそらく存在し得なかったはずだ。つまり、水の沸点・融点が異なっていたら、人類だけでなく、生物全般が地球上に存在しなかったかもしれないのである。
2.蒸発熱と融解熱
蒸発熱・融解熱って聞いたことあるだろうか?1gの液体が気体になるときに吸収する熱量を蒸発熱、1gの固体が液体になるときに吸収する熱量を融解熱という。水の蒸発熱、融解熱はともに大きい。たとえば、夏の暑い日に冷たいカキ氷を食べているとしよう。冷たくておいしいのはいいけれど、突然キーンとすることがある。歯槽膿漏でもない限り、これは実は氷の融解熱のせい。口の中で氷を溶けるときに熱をたくさん吸収するから局所的に温度が急激に下がって頭痛がする。それから夏に汗をかいた時風にあたると涼しく感じるのは、蒸発熱を奪うからなのである。また、水の蒸発熱は葉の過熱を防ぐ。気孔から蒸散していくのだ。だから、木陰はただの日陰よりも涼しい。もし水の蒸発熱や融解熱が小さかったらどうなると思う?簡単に蒸発してしまうからおそらく渇水が起こるだろう。そして極地や高山の雪や氷が溶け、「ウォーターワールド」さながらに、陸地の大半は水没する。水のこの性質がなかったら、地球はまったく違う惑星になっていただろう。
3.温度による密度変化
物質は温度の上昇に伴って膨張する。これはイメージ的にわかる。だから、アルコールや水銀を使った温度計というものが利用できるわけだ。だったら水の温度計もあってもよさそうじゃないか?どうしてないのだろうか。
ご存知のとおり、氷は水に浮く。当たりまえの事のようだけれど、じつはこの性質はかなり異常なのだ。温度が上がるにしたがって物質の体積が膨張するのであれば、その質量は変わらないのだから、密度が小さくなるはず。だから、通常の物質ならば固体の密度の方が液体の密度より大きいので固体を液体に入れたら、浮くどころか沈んでしまうだろう。ところが氷は水に浮く。つまり、水の場合は、固体の方が液体よりも密度が小さいということになる。かといって、水蒸気の密度が液体の水の密度より大きいかといったら、それは大きな間違いで、水蒸気の密度は小さい。じゃあ、一体どこで密度が最大になるのだろう?それは4℃のときに最大となる。水というのは、固体のときは水分子が規則正しく配列し、六角形をなしている。だから非常に隙間が多く、結果として密度が小さくなる。氷は0℃で融けるけれども、実際は、融けた後も氷のような隙間の多い分子の配列構造が残っている。これをクラスター水と呼ぶ。クラスター水の隙間に他の水分子が入りこんで、0℃から4℃になる間に密度が増し、4℃を超えると他の物質と同様に密度は小さくなる。だから氷は水に浮くし、密度が不規則に変化するから水を温度計には使えない。
もし水が普通の密度変化をしていたらどうなるだろう。
氷山を考えてみよう。とりあえず氷山は海底に沈む。氷がたまって海が浅くなる。それだけではない。氷は、我々の生活する環境においては、0℃以下だから、当然海水温は0℃以下になる。つまり、生物は住めないということだ。冬に湖や池の表面が凍ってしまっても、魚が冬を越せるのは、氷の下の水が密度の大きい、0℃以上4℃以下の水だからである。とどのつまり、海から発生したと言われる生物は発生しなかっただろうし、したとしても氷河期に水中生物は絶滅しただろう。
偶然にせよ、驚くべき性質ではないか!
4.比熱と熱伝導率
水が熱しにくくさめにくい物質だときいた事があるだろう。ミーハーとは逆で、こういう性質を「比熱が大きい」という。比熱は役目を果たしているのだろうか。赤道直下の砂漠では、朝夕の気温差が激しい。これは砂の比熱が小さいからだ。だから、海の気候がそうなってしまったら、日中はものすごく暑いのに、夜は凍えるように寒くなるだろう。周りを海に囲まれた日本は、非常に厳しい気候の住みにくい土地になっていただろう。さらには、海に住む生物もほとんどいなくなり、温暖な気候を好む植物もいない、荒涼とした世界が広がっていたに違いない。このちょっとした性質が地球環境を豊かにしているのだ。
では、水は熱を伝えにくい、つまり、熱伝導率が小さいのだろうか?いや、そんなことはない。むしろ熱伝導率は大きく、他のあらゆる液体をはるかに上回って、ダントツ1位である。この熱伝導率が大きいゆえに、生体内での発熱反応を即座に周囲に伝えることができる。
人間の体の約6割は水からなっている。水の比熱の異常さゆえに我々は体温を一定に保つことができ、また、水の熱伝導率の高さゆえに凍傷やしもやけになりにくいのである。この点から、我々は水に守られていることが実感できるのではないだろうか。
5.溶解性
洗濯をするときには水を使う。これは万国共通に行われていることだけれbコ水を使うのだろうか?簡単に言ってしまえば、よごれをよく溶かすからなのだが、これは極めて重要な性質なのだ。水は、他のあらゆる液体よりも、多くの物質を溶かすことができる。無機化合物も有機化合物もまんべんなく溶かす。だから、川や排水の終着地である海には、実にたくさんの物質が溶けていることになる。しかし、海には様々な生物がいて、それらの物質を分解したり沈殿させたりするので、一種の浄化作用が働き、外洋では、溶けている成分の割合はほぼ一定になっている。魚が水中で生きていられるのも、水が空気中の酸素をよく溶かすからである。
我々の身の回りでも、水の高度な溶解能力が発揮されている。植物は根から水を吸い上げて動力源としているが、水そのものも必要なのだが、水に溶けた土壌中の栄養分を得る手段として水を利用している。また、我々を含む動物の体内でも、血液、体液として生体物質、栄養分を運搬している。細胞の核であるたんぱく質のまわりを三層の水が取り巻いており,たんぱく質の表面を取り囲む結合水と呼ばれる水の氷点は、−80℃。だから、氷点下でも人間は簡単には死なないのである。
究極的には、水の入ったガラスのコップも、水に触れている我々自身も溶かされているのだが、それはかなり長い時間をかけてじわじわと溶かされているので、目には見えない。ただし、慣用句にもあるように、油は水に溶けないが。
6.表面張力
『表面張力』と聞いて、いったい何を思い描くだろうか。コップからあふれそうであふれない水の姿だろうか。それとも水に浮く一円玉だろうか。日常生活で表面張力を実感するのはそんなときくらいだろう。しかし、この表面張力、生態系にとって欠かせない存在なのである。
そもそも表面張力とは何なのだろうか。
表面張力というのは、液体の分子が激しい熱運動をして絶えず動き回っているために起こる。液体内部の分子は、隣り合っている分子によって、前後左右、そして上下の方向に引っ張られている。つまり、その分子には、引き合う力、分子間力が均等に働いている。しかし、液体の表面にある分子は、内部の分子に引っ張られて、下向きの力を余分に受ける。すると表面の分子は液体の内部に引きずり込まれ、最終的には、表面の分子が液体内にこれ以上入り込めない状態になる。言い換えると、液体の表面積はできるだけ小さくなろうとする傾向があるということだ。子供が「おしくらまんじゅう」をしている状態を想像してもいいだろう。体積が一定の場合、表面積が最小になるのは球形のとき。雨粒も、目には細長く見えるけれども、球形をしているし、芋の葉上の水滴も球形をしている。すべて同じ理由だ。この表面積を小さくしようとする力を表面張力という。液体の凝集力と言い換えてもいい。分子間力、すなわち液体の凝集力のおおきな液体ほど大きな球形となれる。水は、液体の中で水銀についで大きな凝集力、表面張力をもっている。
仕組みが分かったところで、表面張力が働きをしているのかみてみよう。
「毛細管現象」を知っているだろうか。ビーカーに水を入れて観察してみると、ビーカーの壁のところで水が上がっている。水とガラスとは付着力が大きいので、水はガラスをぬらそうとする。ちょっと付け足しておくと、先ほどの芋の葉上の水滴の場合、水と葉は、はじく関係にある。それとは逆に、水とガラスは反対方向に表面が曲がって、表面積を小さく狐だからビーカーの船は水面がオボン形になる。ビーカーが小さくなるにつれて水平部分、つまりオボンの平らなところは少なくなって、管になると水平部分がなくなり、表面はU字型になる。管の下が空いていて水が入れるとすると、U字より平面のほうが表面積が小さいので中央の水が上昇するとまた管の壁が上までぬれて新しいU字型の表面ができる。するとまた中央が上がる。これを繰り返して、水柱の重さとつりあうまで上昇しつづける。管が細いほど水は高く上がる。これを毛細管現象といい、水の凝集力の大きさがよくわかると思う。では、この毛細管現象はどのようなかたちで生態系を支えているのだろうか。毛細管といえば毛細血管を思い浮かべる人もいると思うが、まさにそこで表面張力は威力を発揮してい私身体の組織の末端まで血液や栄養を行き渡らせる。高い樹木の頂きにまで栄養分を運搬できるのも大きな表面張力によって水の移動が可能だからである。水の表面張力が小さかったら・我々は生きていられないだろうし、地球上には砂漠が広がり、背の高い植物はなかっただろう。
「水と油」という言葉通り、水と油は溶け合うことがない。なぜかというと、両者の表面張力が大きいからなのである。水と油の接する面(界面という)でどちらも相手を自分の方に侵入させまいとして互いに凝集しているのだ。洗剤の界面活性剤は、両者の表面張力を低下させて溶け合わせる働きをする。これが汚れの落ちる原理である。遡こ、動物ま水と油がなじみにくいから生存できる、という面もある。たとえば、水鳥は羽毛が油で覆われていて隙間に水が入ってこないため、水に浮かんでいられる。また、昆虫の多くは体の表面が水をはじく油脂分で覆われているので、ぬれても呼吸する穴はふさがれることがない。もし、水鳥や昆虫に洗剤の界面活性剤を振りかけると、水鳥は溺れ、昆虫は死んでしまう。
このように、水の表面張力は、我々を含め、地球上のすべての生物の生命活動を維持するのに、欠かせない、大切な存在なのである。
以上のような水の異常性はなぜおこるのだろうか。それは水の分子構造に秘密がある。
水分子は誰でも知っているように、水素分子2個と酸素分子1個の共有結合からなる。共有結合している分子はたくさんあるが、不思議なことに、水分子の結合角だけが104.5度なのである(他のH2Xは90度)。なぜだろう。H2Oの電子状態の中で最も安定な形が104.5度なのだ。水分子の水素原子は電気的に+に偏り、酸素原子は−に偏っている。つまり、水分子は極性を持つ。極性分子間には大きな分子間力が働く。だから水の分子間力は大きい。また、水分子間には水素結合が働いている。HとOの水素結合は非常に強固なので、水はばらばらになりにくい。完全に方向性を持つ水素結合のある状態が、氷である。極性から生まれる分子間力と水素結合の相互作用によって、水は多くの不思議な性質を持っているのである。
今まで見てきたように、水は生命にとって絶対に欠くことのできない物質である。確かに量は多い。しかし、近年の急激な工業化と人口増加により、我々は深刻な水危機に直面することになるだろう。海には水が豊富にあるが、基本的に、水資源としては淡水のみが利用可能である。全地球上に降り注ぐ雨は年間100兆tといわれる。しかし、に技術が向上しても、利用可能な水は20兆tにすぎない。20兆tで生活できるのは、約68億人。2000年現在の世界総人口は約65億人。近い将来、水をめぐって紛争・戦争がおこることは避けられないだろう。そしてそれは今現実に世界で起こりはじめている。そうなったとき、地球はいったい姿になっているのだろう。想像するだけで恐怖すら覚える。
太陽系で水が液体のままで存在しているのは地球だけである。ほとんど奇跡といっていい。この水のおかげで我々はそれぞれの人生を送ることができるのだ。地球に生きるものとして、この奇跡の物質をどのように守り、後世へつなげていくか。それは我々人類に残された大きな課題である。
参考資料
NSIII 全講義プリント
「第7・化学のドレミファ 水−このふしぎなもの」 米山正信著