NS-。 FINAL
〜もしもあなたが水だったら〜#041281 中川 芙美子
「水は無味、無臭、無色透明で、物理・化学的にも注目すべき特徴もない。しかも、この地球上のどこにでもある最もありふれた物質だ。」と考えている高校生へ。
あなたは今、水とはどこにでもあるごくありふれた物質であると考えていますが、本当にそうでしょうか?あなたがまだ知らない水の姿があるはずです。そこで、水になって水とはどのようなものなのかを、自分に置き換えて考えてみましょう。
プロフィール
- 名前:水
- 体質:固体、液体、気体のいずれか
- 体重:18g/1mol
- 性格:感情的でない。仲良くなる人とはとてもよくなじむが、そうでない人とは絶対に打ち解けない。友情に厚い。
- 特技:記憶
- 住所:不定
- 職業:不定
- 生年月日:不明
まず、あなたにはどんな態であるかという3つの可能性があります。冷凍庫の中や南極・北極にいるならば、固体かもしれません。空気中にいるならば、はるか上空で気体かもしれません。または液体で雨として地表に落ちてきているかもしれません。態について考えただけで、どのように存在するのか、何処に存在するのかという可能性がひろがっています。地球上どこにでもあるからありふれていると思うかもしれませんが、どこにでもあるということはどこにでも存在できるということなのです。人間はそうはいきません。冷凍庫の中は狭すぎるので明らかに無理ですが、何の装備もなしに南極・北極や上空で過ごす事は人間にはできません。ましてや海の中に生きることもできないのです。水になったらあなたはどんな所でも生きていけるのです。
次に体重(質量)ですが、18g/1molというのは決まっていて太ったからといって増えたりはしません。でも、気体になると体積が1600倍にもなるので、かなり太った感じになりますね。また固体ならば、体積は少しだけ増えて密度では1/11だけ小さくなります。これは水が他の物質と異なる、大切な特徴です。多くの他の物質は、固体よりも液体の方が密度が小さいのです。もし水が他の物質と同様に、液体と固体が存在するときに固体が沈んでしまったらどうなるでしょう?水になったあなたが海や湖で氷になったら、二度と日の目を見ることはないでしょう。冬に生じた氷は水の底の方へどんどん沈んでいき、夏になっても底の冷たい水にさえぎられて、氷は溶けることができないからです。そうすると、もちろん地球上に氷河は存在しませんし、流氷を見るという観光もなくなりますね。それだけでなく、いつのまにか湖も池も川も凍りついてしまい、やがては地球上の海洋全体が巨大な氷の塊になってしまうのです。そうなってしまったら人間も他の生き物たちも生きてはいけません。水のこの特徴によって地球の環境がつくられているともいえます。
また性格についてですが、かなり個性的です。感情的でないというのは、熱しにくく冷めにくいという性質のことです。これは水の比熱が1cal/gと非常に大きいためです。この数値はアンモニアを除く全固体および液体の中で最高です。また水は蒸発したり、融解したりするのにも大きなエネルギーを必要とします。(蒸発熱540cal/g、融解熱80cal/g)次に他の物質との関わりについてですが、あるものとは非常によく溶け合い、またあるものとは全く溶け合いません。水は極性分子で、同じ極性分子や塩類はよく溶かしますが、無極性分子は溶かさないためです。しかし多くの物質の中でも、水ほど多くの物質を溶かすものはなく、身近に見られる液体の大部分は水溶液です。それでは水どうしの関わりはどうでしょう?水になったあなたは友情に厚く、仲間との強い絆で結ばれています。水分子どうしには強い分子間力が働いているからです。ここでいう分子間力とは、水素結合と双極子モーメントによる双極子−双極子間引力をさします。(双極子モーメントとは、分子内で電荷+qと電荷−qがrだけ離れているとすると、μ=qrで表されるベクトル量のことです。)またこうした結びつきの強さから、有名な水の表面張力が生まれるのです。分子間力(液体の凝集力)の大きな液体ほど球を保とうとする力が強く、グラスなどの表面が盛り上がってすぐにはこぼれないのです。この液体の凝集力を表面張力といい、水はこの力がとても大きく、水よりも大きな表面張力を持つのは水銀だけです。この表面張力はグラスなどの表面だけで見られるものではなく、植物の茎の中や人間の血管の中でも大きな役割を果たしています。あなたが地中にいて木の根から吸い上げられたとき、あなたは高い木の先のほうまでぐんぐん上って行くはずです。そうでなければ木は枯れてしまいますね。この重力に逆らう流れを可能にしているのが、表面張力です。表面張力によって液体と管壁の間に付着力が生まれ、まるで這い上がっていくかのように、栄養分を溶かしこんだ水が隅々にまで行きわたるのです。
もうひとつあなたには個性的なことがあります。記憶という特技です。水は太古の昔からずっと地球上にありました。そこで、水の記憶を辿って地球の気候の変化を探ることができるのです。何によってわかるかというと、氷の中の同位体の比率です。グリーンランドの厚い氷河を1.5kmもの深さまで掘って、ボーリング調査が行われたこともあります。それぞれの層の同位体の含有率を調べて、過去の記憶を氷から取り出すことができるのです。
最後に、あなたには分からないことがたくさんあります。それはいつどこで生まれ、今何に属しているかということです。この地球が誕生してから、水は大循環を続けてきました。雨となって地上に降りそそぎ、地面に染み込み、川となって流れやがては海に注ぎ、蒸発して上空で雲となり、再び地上に降りそそぐ、という大きな循環をはるか昔からずっと続けているのです。あなたはひょっとしたら原始の海水の一部だったかもしれません。恐竜に飲まれたかもしれません。また、あのタイタニック号が衝突した氷山の一部だったかもしれないのです。それはもう無限とも言える可能性が広がっています。ひょっとしたら地球以外の惑星に存在したかもしれませんね。ただし、地球より太陽に近い惑星ならば水蒸気で、逆に遠ければ凍った状態で、生物に出会うこともなく地球の青さを見つめていたかもしれません。
最後に…
自分が水だったら…という想像は、水に対する新たな視点をあなたに与えてくれたでしょうか?また水の特徴というものに少しは気づいてもらえたでしょうか?水に興味を持って見てみると、ほかの物質には見られない水独特の性質が見えてくるはずです。身近にあるからこそ、もっともっと水に興味を持ち理解していくことが、水とうまく付き合うために必要なのではないでしょうか。理解を深めていく中で、今までありふれた物質として見ていた水の、異常性や生体との関わりが見えてくるかもしれません。
また、水というのは多くの例外的特徴を持っていますが、地球という奇跡の惑星に存在しなければ、それらは生かされなかったかもしれません。また逆に、水が存在しなければこの地球の環境は作られなかったかもしれません。固体、液体、気体のどれでも存在でき、海と雲があり、水が大循環し続ける地球。そしてこの地球上にいる限り、水となったあなたには多くの可能性が見えるはずです。そしてこの可能性を狭めることのないように、今我々にできることを考え、動き出すことが必要です。
<参考文献>
・ 「水の科学Q&A」 ペトリャノフ著、坂口 豁訳 (東京図書)
・ 「無機化学 基礎の基礎」 D.M.P.Mingos著、久司 佳彦訳 (科学同人)