自然の化学的基礎 6/21/2000
水に内包されるもの
e021173 菊池 航
『水は無味、無臭、無色透明で、物理・科学的に特に注目すべき特徴もない。しかも、この地球上のどこにでもある最もありふれた物質だ。』という意見に対して一つ言えることは、この意見には水を『キャリア』として捉えた視点が欠落している、ということである。何故ならば、運び屋としての役割を持つ水というものを考えた場合、これほど注目すべき物質は他に例が無いからである。それではキャリアとしての水とはどういうことか。それはつまり、水は普段決して純水の状態で存在しているのではなく、常に何かしらの成分がその中に溶け込んでいる、ということである。そして水とは、それらの混合物によって大きくその姿や性質を変える物質なのである。
水という物質には何かを溶かす、というイメージがあまりないが、実は一定の条件と時間さえあれば、一部の例外(金など)を除いてほとんど全ての物質を溶かすことが可能である。これは意外と目立たないが、しかし非常に重要な性質といえよう。例えばもし水にこの性質が欠けていたとするならば、まず海が現在の状態では存在できなくなる。海水に含まれる様々な物質が水と分離し、沈殿してしまう。完全な淡水という環境ではまず多くの生物が死絶えるだろうし、第一悠久の時を経て行われてきた生物の進化というプロセスの場は海であったわけだから、その海がもし淡水であったならば、我々人間という生命が誕生する事は無かったであろう。なぜならば、海水には塩化ナトリウムやマグネシウムといった物質が溶け込んでいる。そしてこれらの物質が存在するからこそ、生物が海で誕生し、そして生き続ける事が出来たのだ。
さらにこれは水の溶解のシステムと深い関りがあるのだが、人間の血液も実はこの性質の恩恵を受けている。人類だけで無く、およそ全ての動物の血液にはいろいろな栄養源(鉄分、塩分、カルシウムなど)が含まれており、それらは水(この場合は血液の事を指す)に溶け込んでいるからこそ体の各部に送り込まれることが可能なのだ。もしもこれらの栄養源が体の隅々まで行渡らないと、たちまちのうちに手足の末端は壊死して腐り落ちてしまうだろうし、脳へも体に関する正しい情報が伝わらなくなり、やがては死に至る事となるであろう。
このように、この地球上に生物が誕生し、進化して、さらには現在の我々のように生きていくためには、水のもつ溶解のシステムが必要不可欠な条件であったことがわかった。この性質は確かに目立たない地味なものではあるが、あらゆる生命活動の根本であり、そしてこの性質抜きでは今日のような“命の星”としての地球は存在しなかったのである。
水は確かにそれ自体は無色透明でなんの変哲も無い物体に見えるかもしれない。しかしその水に含まれたものこそ、我々にとってかけがえの無い自然からの命の贈物なのだ。