021491 渡部 麻衣子
1水道水の危機
今年、7月25日、オーストラリア、シドニーでは、大変な騒ぎが持ち上がっていた。市の水道水から下痢や腹痛を起こす、ジアルディアおよびクリプトスポリジウム*などの寄生虫が検出されたのである。その後の調査で、市全域にわたり、高濃度の汚染が判明。水道局は警報を出し、市民に、飲料水はもちろん、歯磨きからうがいにいたるまで生水の使用を厳禁した。局はその後も調査を続け、10月8日時点では、寄生虫の検出は0である。ひとまず一件落着のようだ。
しかし、ここ数年、各国でこのように水道水が汚染されるという事件が相次いでいる。1993年、アメリカ、ミルウォーキーでは、クリプトスポリジウムという寄生虫に40万人が感染し、内40人が死亡するという極めて深刻な事件が起こった。日本でも、1994年、神奈川県の雑居ビルで、461人が同じ寄生虫に感染している。また、O157の発生に日本中がパニックした、1996年6月、埼玉県越生町でも、クリプトスポリジウムなどによる感染症が確認された。事態を重く見た厚生省生活衛生局水道環境部では、「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」を、同年10月に策定している。そして、今回の、シドニーの事件である。一体、今、世界の水道の安全を脅かす、寄生虫とは、どのようなものなのだろうか。そして、何か打つ手はあるのだろうか。ここでは、主に、クリプトスポリジウムに焦点を当ててみたい。
*新聞には、「ジアルディアなど」と出ているが、シドニー水道公社はジアルディアとクリプトスポリジウム、両方の検査を行っており、汚染源にクリプトスポリジウムが含まれることは明らかである。
2クリプトスポリジウム
クリプトスポリジウムとは、プランクトンの一種である。人間の体内では小腸に寄生し、高熱と下痢をもたらす。健康体の場合死に至る確率は低いが、AIDSなど、免疫不全患者にとっては、致命的な合併症の原因となると見られている。その発生源は、明らかでなく、シドニーでは、浄水場周辺で野犬や狐の死体が水に落ちたためとか、浄水場の殺菌装置の故障などが原因ではないかといわれた。しかし、何より厄介なのは、浄水に使われる塩素では死なないということである。そのため、対策が難しい。
大変小さく、顕微鏡写真にとらえるのも、一苦労のようだ。興味がある場合は、http://www.miki-net.or.jp/~motomu/crypto/j-tec.htm にリンクすれば、きれいな写真を見ることができる。
3クリプトスポリジウム対策
@試験方法
これは、厚生省生活衛生局水道環境部が、今年6月19日付けで、都道府県知事等に通知した、改正版暫定指針で示された、試験方法である。
A逆浸透法式ろ過装置
これは、Japan Safe Water Groupが、現在製品として売り出している、最新式ろ過装置である。アメリカ政府が資金援助し、アメリカで、開発された。現在では、クリプトスポリジウム
による汚染の防止以外でも、さまざまな分野で、利用されている。
(その他の利用法)
- 砂漠での農業
- スペースシャトルの宇宙飛行
- コンピューター技術 etc...
B煮沸
技術が一つもいらない、最も簡単な、クリプトスポリジウム対策である。ただし、徹底しなければ意味がない。シドニー事件の際は全ての飲用水に、1分間の煮沸が義務付けられている。例えば、魚を洗ったり、そばを冷やしたりする水も、煮沸されていなければならない。便利さに慣れた現代人が、果たしてこれに耐えられるかどうか。ある意味では、最も難しい対策と言えるかも知れない。
4 考察
人間は、快適と便利さを求める生き物だ。水道は、そんな人間が作り上げた、象徴的な技術である。その技術が、顕微鏡を使っても見えるか見えないか位の、小さな虫に脅かされていることは、いかに人間が快適で便利な人間だけの世界に生きようとしても、やはり、他の生物との関わり無しには、生きていかれないことの象徴として面白い。人間は、そのうちクリプトスポリジウム汚染を解決し、忘れてしまうかも知れない。けれど、また新たな生物が、きっと発見されるだろう。そして人間は驚き、戦う。
人間は、他の生物とは別格だという主張がある。けれど、人間とこの小さな虫の戦いを見ていると、別格なのではなく、単に、得意と苦手なものの違いがあるだけだということを強く感じる。ウサギは、苦手なフクロウから身を守るため、走ることを得意とする。人間は、考えることを得意として、苦手とする寄生虫から身を守っているのだ。それだけの、違いである。そして、ウサギが、時々フクロウのえじきになることから逃れられないように、人間もまた、決して寄生虫の被害から逃れることはできないと思う。それは、自然の摂理である。
水道管に発生した小さな虫、クリプトスポリジウムは、人間が自然とのかかわりを忘れないように警告しているのかも知れない。たとえ水道水という、人間が発明した管の中の水でさえ、様々な生物の生息する場なのだということを通じて。
参考資料