〜高校生に水について語る〜 
“水の不思議:何でも溶かす性質”
北村 有梨沙

                  

 皆さんは“水”とはどんな物質だとイメージしますか?・・成程、“水は無味無臭、かつ何の特徴的な点もなく、実にありふれた物”と感じる人は多いようですね。でも、本当にそうなのでしょうか?今日はその辺りをとことん突き詰めてみましょう!

 

 まず、水を考える出発点として、水の味について考えてみましょう。一般的に水には味がないと言うけれども、水を飲んでまずいとか、これはおいしい!と思うことがあるでしょう。例えば、水道水はあまり美味しくないけれども、名水やミネラルウォーター等はおいしい。では、このように水に美味しい・まずい、があるなら、それは水に味があると言える?いや、それは少し違いますよね。水自体に味があるのではなくて、水の中に溶けているもののせいで違いが出るのですね。つまり、H2Oは無味であるが、塩素やミネラル等の物質が含まれる事によって味がつくのです。物質を含む性質、もう少し詳しく言うと、物質を溶かす力がとても強いというのが、水の沢山ある特徴のうちの一つなのです。具体例を挙げると、常温(20℃)で100gの水に約二倍、204gの砂糖が水に溶かす事ができます。気体も物質同様に水中に溶けてしまい、常温100gの水には1.9mlの空気が溶解します。水は物質も気体も溶かす性質を持っているわけです。また、290種ある化合物のうち、水は全体の49%に当たる141種を溶かし、アルコールは43%(124種)・エテールは29%(85種)となっていて、他の物質と比較するとより水が大きな溶解性を持っていることが分かります。

 それでは、この観点から再度、まずい水と美味しい水を検討してみましょう。まずい水には消毒のための塩素、工場排水や有機物が多く混入しています。一方、名水には、雨水が地中にしみこむ時、土中のミネラル、主にカルシウム・マグネシウム・ナトリウム・カリウム・鉄・マンガンなど、が適度に含まれています。また、岩にぶつかりながら水が流れていくうちに空気中の炭素ガスがそれに溶解され、さわやかな味になるのです。以前に話題になった海洋深層水などもミネラルをバランスよく含み、なんと表層の10倍以上の無機質栄養塩を包含しています。様々な物質を溶け込ませる性質、それがおいしい水を生み出す元だったわけですね。そして、この水の特徴を利用したのがコーラやサイダー、ビールなどのお酒といった様々な飲料水なのです。コーラは自然界で炭酸ガスが含まれておいしい水になる点に注目し、人工的に炭酸を入れたものです。もし、水が溶解性の低い物質だったら、名水もコーラもなかったかもしれません。

  参考:美味しい水の条件

・ 蒸発残留物:30〜200mg/P ―ミネラル含量
・ 硬度   :10〜100mg/P ―カルシウム・マグネシウム含量
・ 遊離炭酸 :3〜30mg/P   ―水中の炭酸ガス量
・ 過マンガン酸カリウム消費量:3mg/P ―水中の有機物量
・ 臭気度  :3以下
・ 残留塩素 :0.4mg/P以下
・ 水温   :最高20℃以下

 しかし、この水の性質にはまだまだ驚くべき点があるのです。この特質があるからこそ、人も動物も植物も生きる事ができるのです。そんな大げさなと思うかも知れませんが、本当の事なのです。はじめに、血液を思い浮かべて、そこにある水を探ってみたいと思います。血液の成分は、液体部である血しょう:55%、赤血球などの有形成分:45%となっています。この血しょう部分の90%を占めるのが水なのです。残りの10%はグルコース、たんぱく質、ミネラルといった栄養分です。様々な物質を溶かし込み、同時にそれらの物質や有形成分を運ぶ役割を担っているのですね。細胞でできた老廃物の包含・運搬も水の役目です。また、多様なものを溶かす水であるからこそ、生命活動に不可欠な生体反応の場になりうるのです。勿論、これらは人間だけではなく、動物にも、そして、光合成や土からの養分を水に溶かして枝葉に分配している植物にもいえることです。

 今度はマクロな視点で水を見て見ましょう。すでに述べたように、水は雨として地面に降り地中を通る時に成分を含んで川へと流れ込みます。川はさらに多くの物質を溶かしつつ海にたどり着きます。この過程で水は多様な生物に栄養を与えています。例えば、魚は水に溶け込んだミネラルや酸素を吸収し生きていますよね。このように見ると、水は地球の血液のようでもありますね。水は生体の中においても外においてもなくてはならない物質なのです。

 では、物質の溶媒としての水は人間社会の中ではどう使われているのでしょう?具体的な例としては、半導体の洗浄が挙げられます。ここで使われる水は、超純水と呼ばれるもので、水の溶媒性質を極限まで高めるためにできるだけ不純物を取り除いています。だから、別名ハングリーウォーターの名が示すように、少しでも汚れがあれはすぐに取り込んでしますのです。その上、この水は電気を通しません。通常、水に電気が流れるのはH2O自体が電気を通すのではなく、水中の不純物が電気を流す助けをしているのです。これらが、純水が半導体洗浄に適しているわけなのです。ちなみに水中内物質が限りなくゼロに近いこの水は−20℃ではじめて凍るそうです。一方で、普通の“水”も、身近なところで大活躍しています。人間は日々の生活の中で、風呂・トイレ・顔洗い・洗濯・洗車など、あらゆる所で汚れを落とすために水を使っています。これもまた、水の包容力の高さ、そしてどれほど私たちが水に頼っているのかを示しています。

 

 話はさらに奥へと進み、この性質と海や生命誕生・進化の関わりに今度は焦点を当ててみましょう。もう皆さんお分かりのように、海とは自然界で最も多くの物質を内包する液体です。どの程度かというと、イオン性物質から有機化合物、気体などが溶け込んでいて、地球上にある全ての元素、92種が海に含まれているのです。最近、CO2増加を主な原因とする地球温暖化がよく話題に上りますが、そのCO2の均衡を保つにも海が大変役立っていて、実に大気中の50倍もの量のCO2が海に存在しています。CO2は年間50〜60億t大気に放出されますが実際に大気に蓄積されるのは約半分の量になっているのは、植物の光合成、それと、海があるからなのです。

 そして、この、まるでスープのように濃厚な海があったゆえに地球に生命が誕生したのです。今から、34億年ほど前、原始海に溶けていたアミノ酸、糖、核酸塩基が高濃度になり反応し、たんぱく質等の生命の基礎ができました。その場所で、波が岸壁にぶつかってできる泡の中でこれらの高分子が濃縮され、生体反応がとても起こりやすい状態、つまり、原始細胞であるコアセルベートが生成されたのではないかと推測されています。海は、生命に必要な多様な物質の宝庫であり、生命を形作られた場であったのです。

 しかし、それゆえ、海から川、はては陸上へと生物が進出することは困難なことでもありました。海は3〜4%のミネラル水であり、川はそれよりも劣りますが栄養分を持っています。生物が栄養のない大気中(陸上)へと進出するには、いかにしてそれまで水から得ていた多くのミネラルや酸素を摂取するか、それを解決する必要があったわけです。そこで、生物は数百万年かけて、“骨”と“肺”という新たな構造を獲得していったのです。原初の骨はそもそも陸上の気圧に耐えるために生まれたのではなく、それ以前、海から栄養の少ない淡水の川へと移動した時にカルシウム等のミネラルを保存するために生まれたと言われています。これがさらに発達し、骨を壊してカルシウムを引き出す副甲状腺ホルモンが作られたりするようになります。現在、骨に存在するミネラルはカルシウムが人体全体の99%、リン88%、マグネシウム50%であり、名水と同じくミネラル一杯であることが分かります。骨=ミネラル貯蔵機ですね。一方、酸素吸収の方でも、鰓から肺へと移行する事で、大気からの酸素摂取を可能にしました。排出物もまた然り。魚類はアンモニアを捨てるのに多量の水を要しますが、水中であれば、水が運び去ってくれるので問題はありません。ところが、陸上は水が少ない環境ですから、生物はアンモニアを水が少量で済む尿素あるいは水不要の尿酸にかえ排出するようになったのです。こうしてみると、生物の進化とは溶媒である水に完全依存に依存した生態から、多少離れてみようと努力してできた産物の連続とも見えるでしょうか?生物進化は水のこの性質と深い関係が在ったのですね。水はその性質によって生命を誕生させ、生物進化(海→川→陸上)の主要要因でもあったのでした。

 

 さて、皆さん、今日の水物語はどうだったでしょうか?名水から始まり、血液、社会における水などを通って、最後には生命の誕生と進化という所まで来ました。これだけ多くの事柄がありましたが、今日語った事はすべて、“他のどんなものよりも物質を多く溶解する”という水に性質一点に結びついているのです。たった一つの特異な性質からこんなにも多くの事象が起こるのです。それを頭の片隅に置いてもらえればと思います。加えて、この特質は逆に言えば水とは汚染されやすく元に戻りにくいものである事を表しているのだということ感じてもらえたらと思います。もし、ミネラルではなくて化学物質が多く溶け込んでしまったら、水はこれらと混ざり合い、なかなか元に戻らないでしょう。だから、私たちは水をきれいに、そして、大切に使わなくてはならないのです。ところで“すみません”という言葉が日本にはありますが、これの語源には、水が澄んでいない状態にしてしまったということである“澄みません”からきたという説もあります。まるで、水の大切さや、汚してしまう事で取り返しのつかない状態になることの悲しさを示唆しているようです。これは、これからは水に“すみません”という事がないよう気を配ってほしいと言っているのかも…しれませんね。

 今日語った水の性質はたった一つだけでしたが、水にはもっと沢山の異常な性質があります。それは、皆さん自身が探してみてください。何か一つの性質に着目して、そして、その特質がどう自然と、社会と関係しているのかを考えてみてください。

 今日の語りが水に対する新たな視点発見の手掛かりになればと思います。

 

参考文献


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