DHMO:「カガク」の魔力

 小山奈織子

 

 DHMOについての引用を読んだ際に、最初に思ったことは「わざわざこんな問題を取り上げてくるくらいだから何か裏があるに違いない」だった。この時点で純粋にこの記事をつきつけられた時と同じ反応はできなくなってしまったが、それを踏まえた上でこの記事を読み解こうと思う。

 署名を求められた場合、直ちには応じないだろうと思う。最初にこの記事に違和感を覚えたからだ。まず、こんなに悪質な化学物質が世の中で騒がれないはずがない。「化学物質」という言葉はマスメディアで環境問題の重要性を訴えられ続けている現代社会において非常にネガティブな響きを持った単語だ。私たちは一行目の「化学物質の害」という単語だけでDHMOを水俣病における水銀のようなものだと無意識のうちに印象づけてしまいがちだが、本当にそれが正しいのだろうか(尤も水銀も単に「有害物質」と表記していいのかは疑問が残るところである)。また、ここに列挙された害についてだが、その影響を及ぼす範囲が広すぎる気がした。死亡した胎児の羊水や癌細胞に入っている上に、ジャンクフードとして供給され、おまけに農薬散布にまで使われている。そんな物質は果たしてあるのだろうか?そう疑問に思った時点で私は直ぐに署名をすることはしないだろう。

 以上の違和感を分析してみると、DHMOは地球上のほとんどの場所に存在する物質だということがわかる。だが、それ程影響力の高い有害物質で地球全体に分布しているものにも関わらず、何の騒ぎにもなっていないというのも不自然である。私はそんな物質はこの授業で取り扱った「水」くらいではないだろうか、という考えに辿り着いた。そこで、もう一度DHMOを水に置き換えて課題の文章を読んでみたところ、驚くべきことに一つの矛盾点も見つからなかった。だが、「不妊男性の精液や死亡した胎児の羊水」の表記のところで、では他の男性の精液や、生きた胎児の羊水には含まれていない物質なのだろうかと戸惑ったのも事実である。水、と考えるより、むしろ「水分」としてとらえる方がいいのかもしれない。どちらにせよ、H2Oであることに変わりはない。

 ウェブページにアクセスしてDHMOの由来がDihydrogen Monoxideであると知った時に、これが分かっていればもっと確信を持ってDHMOはH2Oであると言えたな、と少し悔しかった。そしてウェブページにも書いてあったが、この問題はいかに人間がだまされやすいかを身を以って体験させるのに非常に有効である。上でも述べたように、「多少語弊があるが、ぎりぎり嘘ではない」書き方をして、意図的に騙そうとしていることが伺えるが、それにしてもいかに自分の思い込みで真実が見えなくなるかがよくわかる。真実を知った上で再び読み返すと、この文章は「農薬散布」、「高濃度の水素ガス」、「金属を腐食させ」、「工業的」、「河川に投棄」など環境問題に即座に結びつくような、また、人体に悪そうな言葉を巧みに選んで読者を騙そうとしている。

 またこの文章は、人々の「化学」という言葉に対するイメージを二つの点で「巧みに利用している。一つは「化学物質」という言葉の響きだ。化学物質について体に害を及ぼすイメージを持っている人は多い。化学物質=有害という公式である。だが、水も、二酸化炭素も、基本的に世界に存在するものは化学物質である。そのことに気づかない人がいかに多いかをこの問題は指し示しているのではないだろうか。もう一点は「化学」に対する人々の信用度の高さである。よく、幽霊などを「科学的に証明されていない」から信じない、といわれるのを聞くが、そういう人ほどこの類のクイズにひっかかってしまうのだろう。「科学的」は「化学的」とは異なるが、その違いに着目する人が少ないのもまた事実であり、このことも今回のひっかけをより強力なものにする一因であるとすら言える。世の中の人々のほとんどは「化学」や「科学」なんて全く気にしなくても生活できる。つまりDHMO問題は「カガク」という言葉の響きが世界の多くの人間の思考をいとも簡単に惑わすことができるという事実を指摘しているのである。

 


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