水は、ご存知の通り地球上における全ての生物にとって、生命の基盤となっています。よく知られた話ではありますが、人間の体はおよそ60〜65%、その半分以上が水分で構成されています。子供は約70%、新生児は約75%、胎児では何と体重の90%もが水分なのです。水と睡眠があれば、食物がなくても2週間から3週間を生き延びることができる人間でも、水なくしてはわずか4、5日あまりしか生命を維持することができないようです。(サントリー株式会社HPより)
そのほとんどが水分で構成されている生物は人間だけではなく、植物にとってもそれは同じことで、そのおよそ70〜90%の重量は水で占められているのです。
太古の時代に狩猟から農耕へとシフトし、定住して文明を築いた人間にとって、食料となる植物を育てるには水は不可欠なものでした。地球上に起こった大きな文明の数々から例を上げると、世界最大の大河・ナイル川河畔に栄えた古代エジプト文明、中東の二つの大河に挟まれた地域を拠点としたメソポタミア文明、中国とインドに起きた文明も同じく大河に生まれました。歴史と伝統ある世界の大都市の中でも、テムズ川河口のロンドン、セーヌ川に沿うパリ、ライン川に沿ってあるストラスブールやケルン、ロッテルダムなど河川のあるところに築かれたものは本当に数多くあります。古代から現在にいたるまで、人間は水の中で生きてきたのです。
食料生産のみならず、広大な大陸においては、河川は交通・物資運搬の要としても利用されてきました。エジプトやメソポタミアに存在する、ピラミッドなどの巨大な建造物は大河を通して運搬された物資・巨石で建造されたものです。古代以降の時代においても、大陸の人々の暮らしは河川を媒介として発展してきたのです。四方を海に囲まれた日本に暮らす私たちにとっては、馴染みの薄いようにも思われますが、この国でも河川を用いた交通は明治からの発展以前には物資運搬の主な手段でした。
水がなくなって消滅した(滅びた)と考えられている文明もその中には存在しています。例としてあげられるのは、世界四大文明のうち、インドのインダス川に起こった文明です。かつて、インダス文明の大都市が栄えた地域は今ではその多くが砂漠となり、不毛不作の荒れ地になってしまっているようです。原因として考えられているのは、紀元前2000年頃に起こったとされる気候の変化で、もともと降水量が多く農耕に適した都市の多くはその降水量が減少し、インダス川がその流れを変化させてしまったことによって衰退し、西から来たイラン・ヨーロッパ系の人種により滅ぼされたといわれています。世界最古の発達した文明の一つであったインダス文明は、こうして、水の減少とともに滅び去ったと考えられているのです。
水がない世界で生活するとはどれだけ大変なことなのでしょうか。現在、世界でも最も水不足が進行している地域はアフリカ大陸であるといえるでしょう。住民約8億人のうち約4億5千万人は慢性的な水不足に苦しんでいるといわれています。人間が生活するのに必要最低限な水の量は一人につき一日に約7リットルだそうです。これは私たち日本人がトイレを流すために一回に使う水量の半分にもおよびませんが、砂漠化した地域に暮らす人々にとってはこれさえ手に入れることができないそうです。日本UNHCR協会(国連難民高等弁務官事務所)によると、アフリカでは6人に1人は安全な飲料水が手に入らず、水を原因とする病気により8秒に1人のペースで幼児が死に至っているということです。アフリカは高温でたいへん乾燥しているため、脱水症状や病気への免疫力低下を防ぐため世界の他の地域に暮らす人々より生活に必要な水の量は段違いに多くなります。その上、水不足は衛生状態の低下にもつながり、食料となる作物の栽培も妨げます。モノも食料も医薬品も、さらには、それらを買うための資金も乏しい最貧地域においては致命的なことだといえるでしょう。かつて滅んだインダスの文明のように、これらの地域でもまた不足する水を求めて人が去り、文明が消滅する日がやってくるのかもしれません。
現在、世界に誇る黄河文明を生んだ中国においても水不足が危惧されています。中国の都市のおよそ3分の2にあたる400ほどの都市が水不足の状態にあり、さらにその中の110都市は「深刻な状態」であるとされています。中国はもともと、地下水の絶対量が乏しく、その上、工業化による水質汚染で安全に使用することができる水資源が圧倒的に減少しているのです(具体的には、日本の26倍の面積を持つ国土にわずか日本の6倍の水資源しかないとされています)。そのため、中国は近年急速な開発を遂げ、発展を続けているにもかかわらず、今後、長期的な視点の開発には手をつけることができず、停滞する恐れがあるということです。(みずほ総合研究所PDFファイルより)黄河もまた断続的な水枯れ現象を起こしているため、中国政府は現在、早急な水資源の管理に追われています。
このように現在、世界には水の不足を深刻な問題とする地域が数多く存在しています。地球温暖化の影響を検討している「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によると急速な工業発展や大気汚染に伴う地球温暖化は今後、さらなる地球全体の水質汚染、水源減少を引き起こし、2025年には世界各地で水不足の被害に襲われる人が、現在の17億人から、約3倍の約50億人に増加するとの見込みです。人間によって作られた高度な文明が環境破壊の一端となり、その環境破壊によって、文明は脅かされる。私たちはいま、「自ら衰退へと至るサイクルにその第一歩を踏み入れてしまった」とも考えられるのではないでしょうか?
「水は無味、無臭、無色透明で、物理・化学的に特に注目すべき特徴もない。しかも、この地球上のどこにでもある最もありふれた物質だ。」
私たちのこれからが明るい未来へと続く答えは、まずは水との付き合いかたにあるのかもしれません。
Work Cited