生命の尊厳性・価値について  ---自然科学の立場から--- 
   3人の会話から 
          

    A: 正論実直型人間
   B: 同調受容型人間
   C: 批判真実追求型人間

      3人の会話から
                           構成:吉野輝雄

     はじめに (第1場)

A: 私の生命は、母親の胎から産み落とされた時に始まったのだ。母も祖母の胎から40 数
年前にこの世界に生まれ出た。そのことを思うと、生命の営みの尊さを思わされ、生命は
どのように始まったのだろうと考えてしまう。


B: 同感だ、母こそ生命の源だ。私のこの生命があるは、母の愛が今まで私を育んでくれた
おかげだ。生命を育むのは愛だ、と私は思う。


C: そうは言っても、母親だけで子どもが生まれるわけではないではないか。


A: 常識が教えてくれるように、男女の性交渉によって精子と卵子が結合し、新たな遺伝子
をもった生命が誕生するのだ。


B: そうだ、父と母という異なる性が合体して私が生まれたのだ。私の両親が愛し合った結
晶が私という存在だ。どんなに世の中が進歩しても、赤ん坊誕生の喜びと驚きは、立ち会
った者に共通している。一人ひとり顔かたちは似ていても指紋が異なるように、私は他の
人とも親とも違う存在only one として生れたのだ。そこに私の生命の価値と尊厳性の根拠
があると思う。


C: オス・メスの存在はサルにもあるではないか。サルの親も子ザルを可愛がり、群れ(家
族)をつくり、互いの絆を大事にして生活している。人間の生命がサルよりも尊いと言え
る根拠がどこにあるのか?

 

     第2場

A: ヒトは生物進化の頂点に立っており、サルと違った知能と言葉を持っている。それによ
って初めて会うヒトにも意思を伝達し、他の動物とは違って火や道具を使って文明を築い
て来た。霊長類と言われる理由がそこにあり、ヒトはサルよりも優れていると考えられる。


B: 確かにヒトは、言葉を使って科学を発展させ、その知識を利用してロケットを作り出し、
宇宙にまで飛び出ることができるようになった。宇宙に行ったサルは、スプートニク人工
衛星に人間に乗せてもらっただけだ。それだけでなく、宇宙の起源、肉眼では見えない万
物の根源物質が何かを追求し、その答えを発見している。3人の日本人物理学者が2008
年ノーベル賞を受賞した理由がそれだ。霊長類という呼び名には、生物学的意味だけでな
く、文明・文化を創り出す能力をもった存在であるという意味が込められているのだ。さ
らに、人間はこの地球の動植物を治める役割を創造主から与えられている、と考えている
人たちもいる。そのように他の生物と全く違う人間が、科学・医学の発展のためにラット
やサルを実験動物として使うことは、人間に課せられた役割を果たすための行為であって、
全く止める必要がない。


C: 人間は、解明した自然のしくみや技術によって戦争を引き起こし、人間同士が互いに殺
し合って来た歴史をどう考えるのか?自然科学。技術が高度に発達した現在も戦争が続い
ている事を見ると、ヒトがサルよりも優れているとは、とても思えない。生命を軽視する
ものがどうして霊長類と言えるのか。矛盾している。
人間がこれまで地球上に生存した時間(数100 万年)は、下等と言われている生物の生
存期間(数千から数億年)の1/10~1/100 にも及ばない。大昔と言われている古代エジ
プト文明ですら、その 1/1000 だ。200 年前の産業革命も他の生物発生の時期を比べる
とほんの一瞬前の出来事と言える。そんな人間が、宇宙の真理を解き明かしたと言ってい
る一方で、自分たちの生命を生み出し、育んで来てくれた地球を“一瞬の中に”滅ぼそう
としているではないか。この現実を考えると、人間の本性は生命破壊者、あるいは、地球
に間違って発生してしまったガン細胞のようなものではないかと思えて来る。霊長(知恵
に長けた)生物とはとても言えない。直ちにこの称号を返上すべきだ(これはもともと人
間が自分自身につけた名称で、ここにも人間の己を知らぬ不遜さが現れている)。「進化論」
も根本から見直す必要がある。少なくとも生物としての進化論と、人間の文化・文明の発
達進化論とを混同させてはならない。

 

       第3場

A: はたして、人間だけでなく、すべて生命をもつものに共通の起源があるのだろうか?生
命はこの地球にだけ発生し得たのだろうか?生命は他の星には存在しないのだろうか?そ
れが解明されれば、生命の尊厳性の根拠が見えてくるのではないか?


B: とても的を射た指摘だ。高等・下等という価値観を排した、生命そのものの特性と発生
の起源が分かれば、人間は高ぶった思いを反省し、すべての生物に対する公平な見方を見
つけることができるに違いない。


A: 生命が発生した後の進化については、次のような仮説がある:今から46 億年前に地球
が誕生してから約10 億年後に最初の生命が海の中で発生した。その原始生命は極めて壊
れやすく、消滅と再生を繰り返している中で、やがて太陽からの強い紫外線にも、海の温
度変化にも、強い波浪によっても壊れない柔軟な外膜をもった細胞ができ、自己複製をし
ながら同一の個体(細胞)を増やしていった。そして、さらに14 億年後に、太陽エネル
ギーを巧みに利用して生命を維持するための物質系を作りだし、同時に酸素をつくるシス
テムをもった単細胞生物が出現した。これが光合成能力をもったシアノバクテリアだ。光
合成生物こそ地球にすむ生命の輝かしい姿(原型)と言ってもよいのではないか?


C: ヒトもサルもネズミも魚も植物も、はたまた細菌にまで下って生命の共通点を見つけ、
生命の尊厳性の根拠を探ろうと考えたところはおもしろいし、進化の過程もすばらしい。
しかし、これでは、今われわれが地球上に生活している人間の尊厳性やレッドカードが出
されている動植物保護の問題からかけ離れてしまった感がぬぐえないね。それは仕方ない
としても、起源に遡って考えるのであれば、もう一歩進めて生命発生を可能にした原動力
と、今なお生命の存続を可能にしている力が何なのかを考えてみてはどうか?


A: 珍しく建設的な意見だね。生命発生を可能にした要因は何か?それは原始の地球上にも
存在した大量の水(海)であり、太陽だ。太陽からの熱エネルギーによって海の水が蒸発
して大気中の水蒸気(雲)となり、雨→川(湖)→生物あるいは地下水→海へと循環する
システムが、地球創世以来、一瞬も絶えることなく現在まで続いている。だから、太陽と
水こそが生命発生と今も生物の生命を支えている最大の要因と言ってよい。ここに生命存
続の根拠がある。この地球上に棲む生物の中で水を含まない生物はおそらく存在しないだ
ろう。葉緑体をもつ植物は、水と二酸化炭素から有機物(グルコース)と酸素をつくり出
し、その有機物と水と酸素と窒素源を材料にして体内で化学反応させ(物質代謝)、生命活
動に必要な栄養源、エネルギー源をつくり出している。人間をはじめ動物は、その植物を
食物として生きている。人間は他の生命に依存しなければ生きていけない存在なのだ。

B: その通りだ。「地球は水と生命の惑星」と言われる理由がよく分かる。地球上の水が絶え
ることなく循環を繰り返して来たように、生命の糸も原始の海で発生して以来、度々の絶
滅の危機に遭いながらも、今日まで綿々とつながって来たという事実は、奇跡を越えた奇
跡ではないか。私は、畏敬すら感じる。生物は進化・分化を経てカエル、サル、ヒトと種
によって生命を担う体と組織の違う多様な生物になったのだ。そう考えると、どの生物も
同じ生命を起源をもち、数10 億年の年を経て相互につながっていることになる。私は、
これを“地球生命共同体”と名付けたい。われわれ一人ひとりもこの生命共同体の一員と
して親から生命を受け、今を生き、次の生命に引き継いで行く存在なのだ。この生命共同
体の概念を共有することが、生命の尊厳性の根拠になるのではないか?

A: われわれ人間は、一日約2.5 L の水を飲まなければ生きていけない。体重の2%の水を
失うとひどく喉が渇き、5%失うと幻覚が生じて正常に考えることができなくなり、12%
失う死ぬ。われわれ日本人は毎日300L もの水を生活水として使っており、水なしでは一
日たりとも維持できないし、農業だけでなくほとんどの産業は水を利用して成り立ってい
る。まさに水は生命の泉だ。


C: 生命を支えている根本が何かは分かった。初めの命題に戻ることになるが、生命の尊厳
性、今生きていることを肯定する意味は不明なままではないか?言い換えれば、地球とい
う特異な条件を備えた星だから生命の存在が可能になっただけで、生命(体)はいわば自
然の偶然の産物ではないか?地球外宇宙において生命が存在するかも知れないし、そうな
ったら人間を含めた地球生命の価値も変わってしまうのではないか。


A: 地球外にも生命(体)が存在するかどうかについての答えは、今の自然科学ではまだ出
ていない。生命体が巧妙かつ複雑な物質系であり、驚異に値する存在であることは自然科
学的に明らかであるが、その価値を議論することを、ここで中断せざるを得ない。ここか
らは、人間に関していえば、理知的に考え、感性を持ち、意志を持つ存在として、自由に
生き方を選べる個々の人間の尊厳性/価値観が問題となる。これは、明らかに自然科学の
守備範囲を超えている。しかし、生命の根源を知りたいと思うと同様に、生きる意味を知
りたいと思う人間にとっては重大かつ根源的な問題だ。
はてさて、生命とは何か?生命の尊厳性の根拠は?そして、生きることの意味はどこにあ
るのか?                         (2009/11/3 revised)

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