水の不平等な配分と人災としての「水危機」

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b. 今,地球上に何が起こっているか/情報が伝えていること

 地球温暖化や人口増大に影響され、旱魃や洪水といった水に関係する災害が世界各地で深刻化している。国連の自然災害と人道援助に関するホームページ (Reliefweb) に関係記事が整理されているものだけで、2001年に34の洪水と6つの旱魃が起こっている。中央アジア・アフリカで数年来続いている恒常的な旱魃はここに含まれていない。洪水が欧米、東南アジア、アフリカ、その他世界各地で大きな被害を生む一方、中央、南、東アジアやアフリカ、中米では深刻な旱魃被害が起こり、その多くは恒常的な水不足を生み出している。さらに、2001年11月のアルジェリアの様に、旱魃に見舞われた後に洪水に襲われる、という地域も少なくない。本稿は、この両極端にある災害の示す、水の不均等な配分という点に着目し、特にその人災としての側面に焦点を当て、不均衡是正のための方法を検討する。

 

 水は地球の3分の2を占めるが、そのうち淡水はわずか2.5%、うち3分の2は氷河に閉じ込められている。残された水のうち20%は人々が利用するには遠い地域にあり、また多くはモンスーンや洪水として望まない時期、量で訪れる。従って、人々が通常利用することの出来る水は、地球全体の0.08%以下ということになる。一方、今後20年間で水の需要は40%増加すると予測されている。現在、0.08%のうち70%の水資源が農業に使用されているが、人口増加に耐えるだけの食料を生産するには、2020年までに17%の追加的な水資源が必要とされている。さらに、産業用の水需要も莫大である。(BBC 2000年)

 水不足は、食糧生産、経済開発を阻害し、環境・生態系を破壊する。BBCによると、今日、世界の5人に1人が安全な飲み水へのアクセスを持たず、2人が適切な衛生・下水設備を持たない。また途上国における乳幼児死亡のほとんどが、飢え、若しくは不衛生な環境が原因の病気によるものである。他方で洪水は、インフラを麻痺させ、家財を台無しにし、衛生環境を悪化させる。このように、水は不足しても多すぎても人命を奪い、生活を破壊する。水配分の歪みが最も顕著なのがアフリカ大陸である。大陸全体でみれば豊富な水資源が存在するが、モザンビーク等で度々大洪水が起こる一方、ソマリア、スーダン等では旱魃が続いている。こうした現状は、有限である水が、人類の生存にとって不可欠であると同時に脅威であることを示している。

 

 このバランスを欠いた水の配分は、単なる地形や気候等の条件による自然災害ではなく、人災という側面が強い。水質汚染や、一時的な便益のために行われる干拓が、長期的にもたらす水資源の喪失は甚大である。さらに、地下水への依存傾向は代替不可能な資源の浪費を進め、空洞化した地下への海水流入や地盤沈下に結びつく。また地球温暖化による異常気象は、一方で旱魃を悪化させ、他方ではこれまでにない頻度、規模の大雨、嵐をもたらし、洪水を助長する。

 BBCは、アフリカ各国政府の水資源への投資不足と無関心を指摘している。川や湖の水位は長期間にわたって下がりつづけていたのに、今になって水位の低さのみを水不足の原因として嘆くとは怠慢だという主張である。さらに対策不足からくる不平等として、BBCは、水1リットルのボトルが石油1リットルより高価な程水が貴重で、裕福な者だけが水を享受しているケニアの例を報告している。日本でもボトル入りの水を買えば石油1リットルより高価だが、日本では飲用可能な水道水が豊富である。従って、アフリカにおける水の貴重さの対極に、嗜好品として高額で水が取引されている現実があり、絶対的不公平の存在を証明している。

 BBCによると、アルジェリアの首都アルジェでは、少なくとも750人の命を奪った洪水が起こったとき、3日間に1度、15時間のみ水道が使える消費制限政策が継続されていた。政府は旱魃も洪水にも対処できないとして、住民の避難をあびている。また都市化の進んだ先進国及び途上国の首都等では、治水管理が不充分なために洪水被害が拡大していることが多い。例えば朝日新聞は2000年に起きた名古屋における洪水を例に、道路が舗装されて雨水が染込まず、災害時に乗り捨てられた自動車が救助活動を妨げ、洪水に無防備な地下鉄・地下街が発達しているといった都市の洪水に対する弱点を指摘している。さらに、洪水被害が最も深刻なのは、簡易な住居に暮らす途上国住民やスラム化した都市周辺部に住む人々である。

 このように、旱魃・洪水共に、直接・間接に人工の要素によってその発生、被害が拡大している。言い換えると、自然のままでも不平等な水配分は、人の手によってさらに偏ったものにされている。

 

c. 人間は/人類は、何をすべきか

 自然災害を完全に防ぐことは不可能である。しかし、短期から長期の対策で災害の規模及び被害を最小にし、災害との共存を図ることは可能である。まず長期的には、環境問題及び人口問題への対策を強化することで、将来の災害の発生を抑制することができよう。より短期的には、技術の活用、及び行政の真摯な取り組みが重要である。

 短期的な気象・災害予測の精度を上げることと共に、長期的な気候変動、海水温度の観測も重要である。同時に、災害を想定した事前対策により、災害が起こっても被害を最小限に食い止めるという姿勢が各国、各地方の行政には不可欠である。これには、ハザードマップの作成等のリスク評価、河川管理、及び洪水、水不足双方の防止に役立つ貯水システムが含まれる。技術的には、水を直接植物に散布する干拓方法や、精密スプリンクラーが挙げられる。さらに、必要とする水の量が少ない植物や、海水の淡水化も、さらなる技術開発が求められる。特に淡水化技術は、大量の廃棄塩水の問題を解決する必要がある。さらに水の再利用技術の促進や、ダムの役割の再検討も重要である。

 こうした取り組み全般について、2つの重要な点がある。1つは、災害が起こった場合の一番の被害者である住民、弱者の視点を取りこむことであり、2つ目は国家間、さらに内外での関係機関同士の協力体制を確立することである。実際、国連を始めとする各機関は国際会議の開催等を通じ、環境問題対策の一環として水資源の問題に取り組んでいる。例えば、1996年に世界銀行、国際水資源学会等が中心となり、「世界水会議」というシンクタンクが設立された。また、1997、2000年に開かれた「世界水フォーラム」を通じて国際機関、学会、NGO等が協力し、「世界水ビジョン」が採択された。また個別の対策においても、途上国が上記のような対策を取るには、技術的、人的、金銭的支援を必要とする。日本のような土建・治水技術を持つ国による貢献が期待される。

 

d. 私たちは、今いるところで何をすべきか

 次に、日本に住む私たちは増発する水に関する災害に対し、何をすることができるだろうか。まず、上記のような水配分の不公平さを自覚し、世界で起こっている水不足、洪水の実態を認識すべきである。しかしより大切なのは、その知識を行動に活かすことである。まず自らの安全を守る点では、防災意識を高め、地元行政の対応を調べ、不充分であれば改善を要請することが必要となる。さらに自分の周囲以外で起きている、またこれから発生する水不足、洪水に対しては、緊急援助に物資・募金協力すること、NGO活動に参加すること、政府に行動を働きかけること、メディアがこの問題を多く取り上げるよう促すこと等が挙げられる。いずれにせよ、単なる庶民、住民ではなく、自覚ある市民としての行動が必要である。

 また、長期的ではあるがより日常的な対策としては、水を節約する、汚染物質を流さない、温暖化防止のため電気・ガス等のエネルギー消費やゴミを減らすという地道な努力も不可欠である。さらに周囲の人間に具体的な数字、映像をまじえて現状を伝え、議論を広めていくことも有効である。これらは地球規模の問題に対し、あまりにも微小な影響しか持ち得ないであろう。しかし、そうした一つ一つの積み重ねがメディアを通じ社会全体の流れを作り出す機会は、情報技術の進歩により大幅に拡大している。

筆者は2000年10月、英国南部で起こった洪水を実際に体験した。また現在は旧江戸川沿いに暮らし、毎日地下鉄を利用しているため、洪水が起きた場合に被害にあう可能性は高い。一方水不足に関しては、一時的な断水を除けば、ほとんど水を使えないという状況を経験したのはこれまででも数日程度である。多くの先進国の住民に同じことが当てはまるであろう。従って、いかにして自らがさらされている大雨・洪水の恐怖に気付き、それをその対極にある水不足の問題、地球規模の水配分の不均衡、そしてその人災という側面に結びつけて理解することができるかが、日常生活から政策までの各レベルにおいて真剣な対策が取られるかどうかの鍵を握るといえる。

 

参考記事

   

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