〜水枯渇時代における共生とは何か〜

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はじめに

 水紛争。聞き慣れない言葉である。限られた水資源をめぐり、人々の間で争いが生じるのだと言う。我々にとってなじみがないのは、水の豊かな日本に住んでいるからである。もっとも、日本でも特に農業用水に関する近隣住民との争いは、古来より絶えなかったのである。したがって我々の多くが農業を生業としていない、というのも水紛争という言葉がピンと来ない一因であろうか。

 しかし、ここで取り上げる紛争とは、まさに国家レベルの戦争をも含める。それだけ、水枯渇地域の人々は切迫した状況にあり、また、今この瞬間も必死にわずかな水を「集めている」。そして将来の水資源量に関しても、驚くべき予測がなされているのだ。

 1988年国連ガリ事務総長は、次の中東戦争はナイル川を巡って起こると断言した。また、1995年、世界銀行副総裁、イスマイル・セラゲルディン氏は「今世紀、石油をめぐって多くの戦争が起きたが、来世紀には水をめぐる戦争が起きるであろう」と言った。その「来世紀」はやってきた。彼等が盛んに警鐘を鳴らす「水紛争」の実態について、ここでは考えてみたい。

 

世界の水不足の実態

 水不足の根本的な原因は何か。それは地球における水循環の時間当たり総量や、降水量などは変わらない一方、人口が爆発的に増加し、それに伴い農業用水需要が激増したことである。石狩川水系流域学校ネットワークHP(http://202.252.174.36/jouhou/j2.htm)には、世界の現状を知るための様々な情報が提示されている。それによると、まず、世界の水利用は1900年から現在までに約六倍に増えた。これは人口増加のスピードの約二倍である。灌漑技術の向上とともに水需要も増えた、というわけである。飲むのではない。食料を作るための水だ。水と食は表裏一体であり、食い物を作るのには水がいるという、当たり前な事実を我々は忘れがちである。

 さらに、現在約80カ国で水不足が生じており、10億人以上が飲料可能な安全な水を持たず、年間1000万人以上が汚染された水に起因する病気で死亡している。これらの状況に将来の人口増加を重ねるとどうなるか。地球全体で必要とされる水は1年あたり約2.3%の割合、21年ごとに2倍という量で年々増加するが、供給はもはや追いついていけない。

 ・・・深刻そうではある。しかし、イメージができない。数字が論理として迫るが、思わず咽が乾いてしまうような切迫感に欠ける。それぐらい、自分の水に関する危機感は平和ボケしているのだろう。いや、というよりは、日本にいる限り、水に困るはずはないという絶対的な安心感によるものだろう。要するに、水の豊かな地域はいつまで経っても相対的に豊かなのだ。そして、そのしわ寄せはどこかの人達のところへ行く。

 ここでは、次にそのどこかの人達、すなわち「水を集める人々」の実際について、機関誌「水の文化」HP(http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/04_casefile/no4_10.htmlz)中インタビューを受ける国際雨水資源化学会の都市問題担当理事、村瀬誠さんの体験等、いくつかの例を見ながら考えてみよう。

 

ボツワナ

 アフリカ南部に位置するボツワナは、年間降水量250ミリ。日本の約15%しか降らない。しかもその降り方は極端で、一年のうち四日程度しか降らないのだという。雨水タンクには、雨水泥棒が出ないように、カギが掛かっている。またボツワナの貨幣プラは、雨水(Rain Water)という意味であり、それより小さい単位の貨幣テ−べは、雨粒(Rain drop)という意味なのだという。それだけこの国の人たちにとって、雨は貴重なものなのだろう。コインが雨粒だなんて、なんて美しく、はかない響きではないか。

 

ペルー

 南米の高地、ペルーでは、年間降水量がわずか2ミリ。水の一部はアマゾン側の支流から確保しているが、その他に、究極の雨水利用とでもいうべき霧利用/フォグ・キャッチメント・システム(Fog Catchment System)により、わずかだが貴重な水を確保している。これは山の谷あいにネットを張って、ネットの網の目を通った霧を水滴にして捕えるというものだ。1平方メートルのネット当たり、一日3〜12リットルの水が得られるという。まさに必要は発明の母である。

 

イラン

 砂漠である。オアシスの街以外は草木一本生えていない。地下水路、カナートで有名でもある。年蒸発量が降水量を遥かに上回るため、なんと、砂漠にアスファルトを敷き、蒸発量を抑えて植物を育てる実験をしていると言う。

 水がなければ雑草も育たない。雑草が育たないところは地味が悪い。表土層というものがない。夏、いくら引っこ抜いても、うっそうと繁るあの日本の雑草たちが貴重な物に思えてくる。

 以上、人々がいかにして水を集め、そして水に執着しているかをみてきた。つぎに、これら水への人間の熱い気持ちをふまえたうえで、いよいよ、水紛争の臨界点、あるいはすでに紛争がおこっている地域について、「川と水」委員会HP中の「世界の水問題」(http://www.idi.or.jp/vision/wwv-02.htm)を参考にしながら概観してみたい

 

中東水紛争

 お手許に地図があるなら広げていただきたい。西はエジプトから東はイラクまでの地域である。この地域は御存じの通りの乾燥地帯で、年間降水量は世界平均の数分の一でしかない。また、国民の大部分が貧困にあえぐ国も多く、一方で人口の増加率は高い。そのため、ここには三本の国際河川、ナイル川、ヨルダン川、チグリス・ユーフラテス川があるのだが、それらはいずれも水紛争のさなかにある。それぞれどのような状況にあるのか、順に追ってみる。

 ナイル川はアフリカの実に10もの国を流れており、約8カ国がナイル川の水に依存している。そのうち、海への注ぎ口であるエジプトでは、ナイル川が同国の97%の人々に水を供給している。従って、ケニア、ウガンダ、タンザニアなど上流国でのダム建設などは、いかなる開発もエジプトの反発の対象になる。エジプト政府は(水資源相なる大臣まで存在するが)後述するヨルダン川の水紛争に巻き込まれないよう、また、ナイル流域諸国間で水紛争が起こらぬよう、各国と拘束力のある協定を結び、農業用水の節約・再利用を行うなど、対策を練っている。また、海水の淡水化プロジェクトも同時に進められており、あるいはエジプトの場合、今のところ、紛争回避の成功例であるといえるかもしれない。

 次に、レバノン、イスラエル、シリア、ヨルダンの4カ国を流れる、今最も緊迫した水紛争地であるヨルダン川とその付近について述べてみたい(「田中宇の国際ニュース解説」HP参照)。イスラエルはこの地における水獲得競争の完全なる「勝ち組」である。その水供給の40%を1967年、第三次中東戦争での勝利により占領した地域から確保している。イスラエルが占領した、比較的雨が多い地域、すなわち、レバノン南部のべカー高原、シリアから奪ったゴラン高原などは、ゲリラ掃討と平行して水資源の確保もその主要な目的だったのである。

 1999年は60年ぶりともいわれる、中東の水不足の年であった。中東の国々では、「水の確保」は安全保障上の死活問題であるということが、この時表面上にあらわれ、勝ち組であるイスラエルと、負け組であるパレスチナ人とヨルダンの日常生活における差は、歴然としたものであった。

 例えば、イスラエル占領下のヨルダン川西岸にあるパレスチナ人の町、ヘブロンやベツレヘムでは、水道の蛇口から水が出るのは2週間に一回、数時間程度しかない。市内全域に供給できる分の水がないため、日によって水を流す地区を順番に変えているためだ。残りの日は給水車を待つか、市内に散在する井戸まで水を汲みに行かなければならない。ところが、パレスチナ人居住地域から少し離れたユダヤ人入植地では、子供たちがプールで水を跳ね上げて遊んでいる。水をやらないと枯れてしまう芝生も青々としており、もちろん蛇口をひねれば、いつでも水が出る。イスラエル当局は、水を優先的にユダヤ人入植地に流しているだけでなく、西岸以外の国内の他地域にも、パイプラインを通して西岸の水を流している。すぐ近くに住んでいて、本来は真っ先に水をもらう権利があるパレスチナ人は、後回しにされているのである。パレスチナ自治政府によると、西岸のパレスチナ人は、イスラエル人(ユダヤ人)の3分の1しか水をもらっていない。

 同じく負け組であるヨルダンの状況も似たようなものだ。ヨルダンは1994年にアメリカの仲介でイスラエルと和解したのだが、その際の条件としてイスラエルから毎年5200万トンの水を受け取ることで合意した。しかし、水不足の1999年はイスラエルによる水供給は半分に抑えられ、隣国のシリアに同国内のダムの水を分けてもらうといことで、かろうじて危機を乗り切ったのである。

 そして、ヨルダン川の注ぐ死海は、流域国の人口増加に伴い40年前には80キロの長さであったのが、現在では30キロにまで縮小している。水がない。水が全く足りない。いよいよ咽が乾いてきた。水が外交の武器となるのもうなずける。ちなみにイスラエルはゴラン高原からの撤退プロセスに伴い(最近の様子ではどっちに転ぶとも言い難いが)、新たな水確保計画としてトルコからの給水用水中パイプライン建設計画を、両国の間で進めている。

 また、チグリス・ユーフラテス川であるが、ここでも水に関する各国の露骨な動きが見られる。この2本の川の流域には、トルコ、シリア、イラクの3カ国があるが、相互に友好的ではない。反トルコ政府的なクルド人勢力をかくまうシリア、イラクに対し、上流国であるトルコが、ダム建設等による流水量のコントロ−ルで、下流国のイラク、シリアを脅しているのだ。

 

その他の地域

 中東以外にも、世界各地で水紛争の火種が燻っている。世界人口の22%を占める中国は、世界の水資源の8%しかもたない。人口増加と内陸の工業化のため水利用が進み、1972年には、黄河は3000年の歴史で初めて川を流れる水が無くなる現象(断流)が生じた。97年には、226日間も、川の水が海に到達しなかったという。インドでは、約600万機のポンプにより全国的に地下水を汲み上げた結果、大半の地域で地下水位が低下し、地下水をほとんど利用できなくなって深刻な水不足を招いている。「世界のパンかご」アメリカでは、全灌漑面積の2割が地下水に頼っており、その枯渇から実害が出始めている。テキサス、オクラホマ、カンザス、コロラド各州では、かんがい面積が減少している。井戸を中心に半径数百メートルにも及ぶアームを回転させながら散水する灌漑方式は、アメリカのグレートプレーンズ南部で次々と減少している。アラル海では、砂漠地帯の綿花栽培のために大量の灌漑用水を流入河川から取水したために、過去30年間で水面が14m低下して湖面積が約半分になった。スカンジナビアや中部ヨーロッパ、アメリカ北東部と隣接するカナダの一部においては、酸性雨によって湖沼が酸性化し、比較的小さな数万の湖沼では、魚がほとんど死滅している。また、6億人の人間が暮らし、地球上の人口の半分に貴重な水資源を提供している世界の山岳地帯、すなわち欧州のアルプスと、ヒマラヤ、カラコルム、ヒンズークシなど中国からアフガニスタンに至る各山脈地帯の生態系が、環境破壊や武力紛争などによって脅かされている。すなわち、「地球の水がめ」の保水力が大幅に落ち込む恐れがあるというのだ。

 もはや「水紛争」は、ある限られた地域の特異な紛争なのではなく、地球規模の問題といっても過言ではない。そして、それは近い将来、必ず起こる。

 

結論にかえて

 2000年6月3日の毎日新聞の記事によると、日本郵船が将来の世界的な水不足に備えて1〜2万トンの飲料水を特製バックに詰めて、海上輸送する事業化に乗り出すという。企業はさすがに早い。危機あるところに需要あり。需要あるところに儲けあり、である。統計によれば世界の降水量は何年も安定しているが、世界人口は今後40年で2倍になる。100億人のための食糧生産に必要な水源はどこにもない。そして、別の統計によれば、現在でも水関係の病気で、子供達が8秒に1人ずつ死んでいっている。

 日本は水が豊かな国だ。これは紛れもない事実である。日本語には「餓死」に相当する、水分の不足による死亡を表現する単語がない。また、「食」に関しては空腹、飢え、飢餓などの言葉があるが、「飲」に関しては、咽が乾いた、それだけである。この水欠乏に関する表現力の乏しさこそが、水の豊富さを象徴していると言えなくもない。

 その我々に何ができるというのか。蛇口をひねり、水を飲む。花に水をやりその美しさを愛でる。田に水をはり、収穫した米をまた水で研ぎ、炊くためにまた水を使い、出来た御飯に舌鼓を打ち、空腹を満たす。ずっとそうしてきた。これからもしばらくはそうするだろう。莫大なコストを度外視して、誰が善意で水不足の国に、タンカーで大量の水を運んであげるだろうか。我々が水を節約したところで、その節約した分が彼らのところに行くわけでもない。たとえ世界の水供給を均質化できたとして、日本人の誰が「今までより足りない」状況を容認できるだろう。しかし、それでもなお、彼らの現状を「知る」ということの重要性は薄れない、と思う。我々は知り、そして時々思い出さねばならない。夏場、咽がカラカラの時、そのまま水を飲めずに死んでいく人がいるということを。水が確保できないという恐怖心が増幅して、武器を取り、隣人と血を流しあっている人々がいるということを。

 さっき、罪深いと知りつつ、あえて、試しに蛇口から水を出しっ放しにしてみた。水がジャージャー音を立てている。なんだかだんだん恐くなって、すぐ蛇口を閉めた。人間として、水の有り難みを思った。

 

参考資料

・ 石狩川水系流域学校ネットワークHP(http://202.252.174.36/jouhou/j2.htm
 
・ 機関誌「水の文化」HP(http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/04_casefile/no4_10.htmlz
 
・ 「川と水」委員会HP中の「世界の水問題」(http://www.idi.or.jp/vision/wwv-02.htm
 
「田中宇(さかい)の国際ニュース」HP(http://www12.mainichi.co.jp/news/search-news/843512/90858e918cb9-0-20.html
 
・ Ilec Newsletter HP 「水戦争」 (http://www.ilec.or.jp/newsletter/jp/nl26j.html
 
・ 外務省HP(http://www.mofa.go.jp
 
・ 農水省(http://www.maff.go.jp)

 

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