海洋深層水――人間が水に求めるもの―

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 現在、世界中で水が店で商品として売られている。もちろん、水が希少であるとか、水道水をそのまま飲むことが出来ないといった国では、それはいたって真っ当な話だ。

 そのような国々がある一方で、わが国日本は非常に水に恵まれた国であり、水道水をそのまま飲むこともできる。それでも少し前から、店で売られている水を飲むというのが当たり前のことになってしまっている。水道水を使うにしても、浄水器やイオン整水器等を使用する家庭が東京都だけでも38.1パーセントに上っている。

 このように、簡単に安全な水が手に入る環境にいるにもかかわらず、わざわざ買ってきたり手間をかけた水を使おうとするのは、なぜだろうか。その最大の理由は、水道水の味である。水道水は、カルキ臭の為に不味いと言われている。このカルキ臭は、消毒に使われる塩素が水の中に含まれる細菌と反応することによって発生するものだ。塩素は、臭いだけでなく、近年さらに大きな問題を起こすことが指摘されている。水の中の有機物と塩素が化学反応を起こすと、トリハロメタンという物質を作り出す。このトリハロメタンを大量に摂取すると、中枢機能低下、肝臓障害、腎臓障害などを起こし、さらには催奇形性、発がん性までもがあり、痴呆や疲労、無気力の原因にもなると言われている。それゆえに、「おいしくて無害な水」を謳い文句にするミネラルウォーターの類に人気が集まっているのだろう。

 しかし最近では、人々は水においしさだけでなく健康までも求めるようになった。その良い例が、話題になっている海洋深層水である。この水は、人間だけでなく、動植物、さらには環境にまで良い水であるといわれている。では、そもそもこの海洋深層水とはいったいどのような水なのだろうか。

 海洋深層水は、その名の通り水深200メートル以深の深海を巡回している水のことである。北極グリーンランド周辺で、冷えて重くなった海水が深海2,000メートルから4,000メートルにまで垂直に沈み込み、海流が生まれる。この海流は、2,000年もの間大気と一度も接触することなく、光が届かず水温も低い深海を循環し、北太平洋で上昇する。

 この海洋深層水にはさまざまな利点があるといわれている。第一に、ミネラルが豊富であるということである。これは、表1を見るとわかるとおり、ミネラルウォーターの原水ともなる河川の水と比べて明らかにミネラル含有量が高い。海洋深層水の中には、表1に書いてある成分以外にも約60種類のミネラルがバランスよく入っているそうだ。第二の利点は、海洋深層水は非常にきれいな水であるということだ。

                      

表1

主なミネラル分

海洋深層水

河川

マグネシウム(mg/l)

1326

カルシウム(mg/l)

426

ナトリウム(mg/l)

11050

カリウム(mg/l)

419  

                   

 この水は2,000年間深海を循環してきたので、産業排水や生活廃水、大気からの化学物質によって汚染された表層と混じり合うことはなく、また光が届かないので光合成も行われず、表層よりはるかに細菌が少ないのである。微生物や病原菌も生活できない。第三に、水温が一年中ほとんど変化ないので、低温で安定していること、そして第四に、水圧30気圧以下の環境で長い間かけて形成された水なので、性質が安定していることが挙げられる。

 これらの利点から、海洋深層水はいろいろな分野で研究され始めている。以下にそのさまざまな利用分野の例を挙げていく。ひとつに、飲料水として飲めば、アトピーの症状を和らげられると言われ、医療分野でも高い期待が持たれている。ダイエットにも効果的だという話もある。次に、化粧品の原料にしても、その高いミネラル成分のおかげで肌に良い効果が得られる。さらに、魚の養殖や野菜の栽培でも、普通の水を使うよりも鮮度を保ち、発育もいいという結果を出している。また、表層と深層の水温差を利用した発電効果も、従来よりも4〜8倍の省エネ効果があると試算され、環境への負担も軽いと言われている。

 もともと深層水は、漁業の方面で利用されてきていた。季節風や貿易風、潮流、海底地形の影響で深層水が表層に湧き上がる海域では、栄養塩の豊富な深層水が光の届くところに運ばれるため、食物連鎖の源となる植物プランクトンが大量に繁殖し、良好な漁場を形成する。この海域は湧昇海域と呼ばれ、世界でもペルー沖、カリフォルニア沖、南西アフリカ沖など、全海洋面積の0.1パーセントに過ぎないが、そこでの漁獲量は世界の50パーセントを占める。日本にもいくつかの湧昇海域が存在し、そこでは海洋深層水をどのように開発し、地域開発に充てていくかを日々研究している。

 

 このように、海洋深層水は今後の水利用の分野において重大な役割を果たすことは間違いない。しかし、まだ未開発な部分が多いのに、情報ばかりが先走りしてしまっているような印象を受ける。人々の海洋深層水に対する期待が非常に高いため、企業や地方が必死になってこの分野の開発を推し進めるのも理解できる。特に資源の少ない日本においては、海に恵まれた国土を利用しない手はない。深層水は湧昇する場所によって成分が多少変わってくる。日本は、日本の独特な深層水を売り出そうとしている。加えて、深層水というのは地球の70パーセントを占める全海洋のさらに90パーセント以上を占めている。「無尽蔵」と言ってもいい資源なのかもしれない。

 しかし、ほかの資源同様、海洋深層水は有限で非常に長い時間をかけて形成されるものだということを忘れてはいけない。先に述べたように、2,000年もの時間をかけて深海を巡る深層水は、食物連鎖や地球の気象にも大きく関わっている。太古に起きた大規模な気候変動は、この海洋深層水の循環が停止したから、という説もある。現在、海洋深層水の活動は安定期にあるが、近年起きている地球温暖化が引き金となってその活動を停止させてしまわないか、という懸念もある。さらに、湧昇海域を人工的に作り出し海洋深層水を汲み出そうとする動きもある。それが深海の海流に何の影響も及ぼさないとは言い切れない。

 研究機関は、海洋深層水を利用しても、環境に影響の内容に還元する方法を研究しているが、前述したように未開発なままの大規模な利用は非常に危険だと思われる。自然界の動きに関与した結果は、今すぐではなく未来の世代に答えが出る。現在の水開発は未来に責任の取れるものなのだろうか。

 生物が生きていくうえで水は必要不可欠なものである。しかし進化を遂げた人間は、水道を整備していつでも簡単にきれいな水を手に入れられるようになった上に、もっときれいな水・ミネラルウォーターを求め、さらには健康のために海洋深層水にまで手を出した。水質が悪くなったという背景もあるから仕方がないと思いがちだが、そもそも水質を悪くしてしまったのも、人間の責任である。

 最近の海洋深層水ブームに対して、疑問を抱く人々ももちろんいる。中には、インターネット上で反対署名を募っている団体もいた。私は、海洋深層水を全面的に反対する気はないが、確かに少し騒ぎすぎている気もする。マスコミや企業は、ただ海洋深層水の良さだけを伝えるのではなく、環境にも関連した宣伝をして人々に認知させるべきだ。そして、それより前に本当に海洋深層水は人間が手を加えてもいいものなのか、手を加えることが可能だとしても、環境に負担をかけない処理が出来るか、それらの開発が不可欠である。

 

参考にしたインターネットサイト

1.http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/nature/topics/news/200102/1204.html 
 (毎日新聞 2001年2月12日付)
2.http://www.nhk.or.jp/sch/junior/arasuji37.html
  (NHKジュニアニュース 2001年7月11日放送) 
3.http://www2/health.ne.jp/library/3000/w3000493.html 

 

 

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