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小泉首相が議長を務める経済財政諮問会議が公表した経済財政運営草案、いわゆる「骨太」に盛り込まれた公共事業の抜本見なおしという方針を受けて、数多くのダムの建設計画が再検討され、中には建設事業そのものが中止となったものもあります。しかし、ダムの建設事業は少なくとも @工業用水/生活用水の確保 A洪水調節 等の人々の生命を守ることと直結する役割を果たすために計画されたわけであり、日本経済を立て直すことが目的の経済財政諮問会議の都合によって、その計画が中止されても良いのでしょうか。このレポートでは、平成14年10月に建設が中止となった、利根川の支流である栗原川に建設される予定であった栗原川ダムに焦点を当て、ダムの必要性、機能、そしてダム建設に伴う弊害について検討していきたいと思います。
公共事業の見直しは、対象となる公共事業を様々な側面から分析し緊急性や必要性を図る「事業評価」というシステムが基準となって決定されています。栗原川ダムの場合は、有識者によって組織される「国土交通省関東地方整備局事業評価委員会」による事業評価の結果を受けて、事業中止の閣議決定がなされたようです。
栗原川ダム調査所が管理するウェブサイトによると、栗原川ダム建設事業を不必要とする主な理由は「治水及び利水安全度の低下をカバーする対策の必要性は高いものの、現段階において利水予定者から事業参画の意志表示がないため事業中止が妥当」※ とのことです。ここに示されているように、栗原川ダムの必要性については近隣町村から疑問の声が上がっていたようです。利水安全度というのは、水を安定して供給するために常に保有しておかなければならないとされる量を示し、建設省が設定します。利水予定者とは、栗原川ダムの水を利用すると想定していた町村を示します。栗原川ダムの水を必要とするはずの町村が事業参加しないということは、建設省の定める利水安全度が実際の需要から離れたものであったといえるでしょう。
栗原川ダムの水を利用するはずの町村がそれを利用する意思を示さない。栗原川ダムの建設事業は、安定して供給できるだけの水を保有している栗原川周辺の町村に対する利水安全度を建設省が不当に高く設定して、余剰な水を確保しなければいけないように強いるようにして進められたものだと読みかえることができるのではないでしょうか。
以上から栗原川ダムは、その用水を利用する周辺の町村にとっては @工業用水/生活用水の確保 という役割を果たすに満たないものであることが確認されました。
次に栗原川ダムが果たす A洪水調節 の働きについて検討したいところですが、その前に、ダムが洪水調節の役割を果たすという必要性自体が揺らぎ始めていることを指摘しなければいけないでしょう。
2002年12月23日、長野県松本市の勤労者福祉センターでダムに頼らない総合的な治水を考える「脱ダム国際シンポジウム」が開催されました。このシンポジウムでは、熊本県の潮谷義子知事が荒瀬ダム(八代郡坂本村)の撤去方針を表明し、日本が「脱ダムから廃ダムの時代になった」という認識が示されました。基調講演では、オーストリア在住の環境管理コンサルタント、カール・アレクサンダー・ジンク氏が八月に中東欧を襲った大洪水を体験した立場から「欧州各国はダムなどコンクリート一辺倒の治水から、河川敷を拡張してあふれた水を滞留させ、自然の流れに近づける治水政策への転換を始めた」との報告をした模様です。また、「公共事業チェックを求めるNGOの会」の天野礼子代表は「アメリカでは五百カ所のダムが撤去された。小さなダムばかりでなく、高さ二百十五メートルの大規模ダムの撤去計画もある。政府や州が補助金を出してダム撤去を進めている」というアメリカでの一歩進んだ「廃ダム」の現状を報告しています。
以上から、洪水調整という役割をダムが必ずしも果たす必要は無い、それどころか洪水調整機能をダムに頼っていたがために大規模の災害を招いてしまったという例が報告されています。現在の状況では、栗原川ダムだけではなく、すべてのダムがその身に科されるべき「治水」という役割を失いつつあると言っても過言ではないでしょう。
以上から @工業用水/生活用水の確保 A洪水調節 において、栗原川ダムは必ずしも必要な施設ではないことが確認されました。この二点においては、栗原川ダム建設事業の中止は適切な判断であったということがいえるでしょう。
私達は、ダム建築事業は自分に直接関係の無いものとして、無関心な態度をとっていて良いのでしょうか。ダムは、私達が生活を営むための用水を確保し、水害から私達の財産や生命を守ってくれる働きをする、(少なくとも現在においては)現代生活にとって欠かすことのできない重要な施設です。その一方、ダムの建設には広大な土地が必要であり、それを確保するためには自然環境や特定の人々の居住空間、その地と共にある文化を犠牲にしなければならなりません。だからこそダム建設を建造する必要性と、それに伴うデメリット、両方を徹底的に吟味する必要があるのではないでしょうか。
また、ダムを必要とするということは、本来自然が果たしていた「水の供給」や「治水」という働きを失ってしまったということであり、ダムの必要性は私達が自然環境を如何ほど損なってしまったかを知ることができるバロメーターと見ることもできます。
ダム建設事業は人間の生命の保護、そして人類の共有財産である自然や文化の破壊と直接関係しています。だからこそ私達はダム建設を遠く離れた場所の事業として捕らえるのではなく、自分と「直接関係しているもの」として常に注意を向けておく必要があることでしょう。
栗原川ダムは建設の中止が決定されましたが、ダム建設を統率する団体である独立行政法人水資源機構(独立行政法人水資源機構が改組した団体)の平成15年度予算は、昨年度よりも150億円増額された3310億円であり、全体としてのダム建設事業は拡大の一途を辿っています。ダム建設に関する問題は解決の方向に向かっているのではなく、ますます深刻になっているといってもいいでしょう。私もこのレポートで調べた栗原川ダムだけに留まらず、問題が複雑になっている川辺川ダムなどの他のダムに対しても興味を失わないように心がけたいと思います。
参考文献
栗原川ダム調査所ホームページ
http://www.water.go.jp/kanto/kuribara/
毎日新聞社 Mainichi Interactive
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/article/koizumi/200106/02-3.html
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Environment/200008/25-1.html
熊本日日新聞社 クマニチコム(脱ダム国際シンポジウムについて)
http://kumanichi.com/news/local/main/200212/20021223000032.htm
国土交通省河川局ホームページ(関係事業における事業評価について)
http://www.mlit.go.jp/river/press/200101_06/010328/010328_3.html
Think Japan
http://www.thinkjapan.gr.jp/~omoigawa/rsch/Tokuyama/haraYokoSitsumonSyui021204.html