〜 日本から見る水問題と世界から見る水問題 〜
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1. 今地球上で何が起こっているか.

〜 日本から見る水問題と世界から見る水問題 〜

 

元来,地球という惑星は資源に満ち溢れた星であった.しかし豊富な水と豊富なエネルギーを蓄えていた地球は,最近の100年の間に,そこに住む人類の社会的活動の活発化によって,これら資源の危機に瀕してきている.エネルギーに関しては,これまで頼り切ってきた石油の埋蔵量が残り数十年で尽きるといわれ,それに代わるエネルギー源として天然ガスや水素ガスの採掘・流通インフラの整備などが急ピッチで行われている.

一方でもう一つの重要な資源である「水」にも枯渇と汚染の問題が注目を浴びている.

このことは日本で生活している分には“実感なし”というのが現状であろう.実際,経済急成長時代に表面化した公害問題も,その後の法規制や技術問題の解決によって今では大半が解決され,10年前に比べると河川などはキレイになったという報告もある.また元々日本は「水の国」とも言われ・周りを海に囲まれる島国である・狭い国土の割に高い山々が多く川が豊富,などといったその地形的特長から水が豊富な地域であった.しかしこの豊かな日本にあっても,水不足の問題は現実化してきている.

過去に10年に一度発生した規模の渇水は,ここ最近では4年に一度の頻度で起きている.また食糧自給率が40%を切っている現状では,世界の水不足の問題は輸入大国日本に深刻な影響を与える可能性があり,もはや他人事ではなくなっている.

世界全体を眺めるとより深刻な現状が見えてくる.

先進国の国々による,より文化的な生活を送ろうとする流れは,水の使用量を増加させ,発展途上国の人口増加は,水の絶対的使用量を増加させている.統計ではこのペースで水問題が深刻化すると2025年には28億人が水不足になるという予測も出ている.それに併せて,先進国から発展途上国へと移りつつある第1次産業,第2次産業も,途上国の工業化を促進させ,かつての先進国が体験した以上の大変な汚染に苦しんでいる.

では,人間は如何にしてこの水の枯渇と汚染の問題と向き合えば良いのだろうか?

 

2. 人類は何をすべきか? 3.我々は何をすべきか?

〜 世界では何ができるのか 日本では何ができるのか 〜

 

この設問に対してより具体的な議論を行うならば,この問題を,東アジアやアフリカなどの発展途上国家が抱える問題(世界全体ですべき事)と,日本のようや先進国が抱える問題(日本/我々がすべき事)とに分けて考えるべきであろう.この二つの枠組みでは,対処方法が全く異なってくるためである.

先に述べたように発展途上国が抱える問題として,急激な工業化による水汚染問題や,下水の安定供給問題などがある.これらにはまず基本インフラの整備が必要不可欠である.しかしこれには自国だけでは不可能であり,先進国の支援などを必要とする.現在途上国の工業化は,コストの削減から途上国に進出する先進国メーカーであることが多いため,それらのメーカーが先導となり問題に取り組むべきであろう.また,途上国ならではの対処方法として,「自然の力の最大化」を促す動きも重要であろう.これには例えば,現在の民間ベースの安易な乱開発から,計画性を持った国ベースの開発にシフトし,自然力を最大限保ったまま開発を進めるように,国家・地域規模で計画を立てる必要があろう.

また水利用の絶対量を押し上げている人口増加にも歯止めをかけていくべきである.

 

大規模集中型から小規模分散型への提案

さて一方で,我々先進国の人間が行えることとは何であろうかと考えると,大きく二つ挙げられる.一つに,大規模集中型の浄化から小規模分散型の自己浄化システムへの転換と,二つに,トップダウンアプローチによる意識改革である.

元来,水は人間を通過した時点で汚水となる.そしてそれは自然の自浄作用によって再び真水となってきた.しかしいつの日かこの自然の力を人間の破壊力が上回ってきたことにより,水質汚濁問題が浮上してきた.これに対し,人間は技術の力で再びこれを浄化させようとしてきた.これが汚水の浄化システムである.現在は,家庭や工場などから流れ出た汚水は,一箇所に集められそこで浄化されている.

ここで,冒頭で述べた「水」と共に危機に瀕している資源の一つである「エネルギー」に目を向けてみる.するとここでは,先に述べた新しい資源を探す動きの他に,様々な動きがある.その一つが,大規模集中から小規模分散の流れである.これまでエネルギー(電力)とは,大規模な発電施設から遠く送電線を渡り,各家庭・工場などにたどり着いてきた.分散化とはこれに対して,各家庭や工場など各々が発電(自家発電)するシステムのことである.太陽光発電や,熱を使ったコージェネレーション,また自家用燃料電池システムなどもその例である.

この考えを浄化システムにも利用できないだろうか,というのが分散型自己浄化システムの考えである.家単位やビル単位,または小さな地域単位(モジュール)で,独立した浄化システムを持ち,それぞれがInput→Outputの流れの中で汚水や廃物を作らない,または処理しやすい形に加工するような仕組みである.つまり自分のものは自分で処理する「自己浄化」ということである.この技術的見地はさておき(いずれはできるようになるのであろうが),こういった集中から分散への流れは,様々な分野で注目を浴びてきている.

次にトップダウンアプローチによる意識改革についてであるが,これはより堅固な法整備のことを示している.理想論としての,節水,シャンプーや石鹸の少ない利用などを呼びかけて,憂いて嘆いて文句を言ってみても,それは現実的な動きであるとはいえない.確かに自然を目指すNatural Life派も多少は増えるかもしれないが,全体では少数であろう.人間とはなかなか我慢などは出来ないものであるし,皆が豊かな生活を送れるのならばそれに越したことはない.その上で環境に配慮できるような仕組みにすればいいのである.例えばシャンプーや石鹸は,法で環境に全く影響を与えないものしか生産してはならないようにしてしまえばいい.メーカーは死ぬ気で新製品を開発するであろう.また節水に関しても,家族構成などから割り出した必要量を地域ごとに決定し,それ以上の利用に関しては水の使用料を上げるなどが考えられる.そうすれば例えば洗面所の蛇口の形も,現在のもののように,回して出るものから,押している間だけ出るものが主流派になることも考えられる.これらは極論かも知れない,が,つまりは社会システムとしてしっかりと確立させる必要があるということである.改革はボトムアップかトップダウンでしか起こらない.ボトムアップアプローチ(人の感覚・良心に頼る方法)で改革が進まないのであれば,トップダウンアプローチ(法整備など)から意識の改革を促すべきである.

 

参 考 資 料

・ 水の浄化を考える http://www.eigoplus.com/mizujyouka/mizumokuji.htm

・ 地球は今のすべて http://www.ecology.or.jp/earthnow/index.html

・ 世界各地で深刻化する水不足 http://eco.goo.ne.jp/pickup/files/pickup_011.html

 

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