Water
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参照する情報  Internet情報

http://www.sw.nec.co.jp/con/art/5  東京の下水道の写真を撮った写真家、畠山直哉のインタビュー

http://www.kt.rim.or.jp/~yami/tokyowater0.html 東京の水、川について

http://www.takashiarai.com  アイルランド、アラン諸島の海を撮った写真家新井卓のホームページ、写真はそこで閲覧することができる

 

今地球上に何が起こっているか/情報が伝えていることは何か?

 

 私はまずこの論で、写真家・畠山直哉について取り上げたい。彼は「Underground」という写真集で東京、渋谷川の暗渠を撮った。そして、そこで撮られた地下水路は不思議な美しさを孕んでいる。彼自身、インタビューの中で「下水の写真を見て美しいと思ってしまう。(中略)なぜ僕らはそれを美しいと思うのか。それを写真で問いたい。」と語っている。今、地球上の一部の地域では高度に都市化が進み、いわゆる「自然」を見ることができなくなっている。しかしながら東京渋谷駅の下にも川は通っている。それは私たちが「自然」という言葉から連想するものからはかけ離れている。多くの人はその川が美しいわけがないと思うかもしれない。しかしそういったものを含めて、自然なのではないか?写真はまなざしであり、光のない川、誰も見ようとしない川に畠山はまなざしを向けた。そしてそこに美を発見した。この事は都市という高度な人工物と自然というものが必ずしも対立するものではないという事を示しているように見える。また、自然との共存というテーマにも新たな視点をもたらす。自然との共存という言葉が示す自然とは緑の木々やきれいですんでいて昼には太陽の光が反射するような川であろう。しかし私達のそのようなイメージはひどく人間中心的であるのであるように思う。自然は人間のために存在しているわけではない、自然保護にはそういった視点も必要であろう。そして、どんな形の自然でもまなざしを向ければ美しい。人間は自然の恩恵を受けているからだ。そのようなことをこの情報は伝えようとしていると考えられる。

 そしてもう一人ここで取り上げたいのが写真家新井卓である。彼はアイルランド、アラン諸島で、その海とそこで暮らす人々をとった。その写真は美しくて優しい。海というのが人間を純粋に、優しくさせる事が写真を通じて伝わってくる。

 

人間は/人類は何をすべきか。

 

水は世界を表象している。人間は水との関わり無しでは生きることができない。私たちは毎日水との関わりを意識する。そして写真を撮るということは世界を切り取ることである。また重複になるが写真とはまなざしである。まなざしであるからこそ、ある人はまなざしを向けられるのを怖がり写真を撮られる事を嫌がる。そして優れた写真家は目だけでなく、目と心と頭を使って写真撮る。私は全ての人間が写真を撮るべきだと述べたいわけではない。ただ全ての人は「我々」の世界だけではなく普段意識しない、あるいは無意識に排除している世界にまなざしを向けなければならない。誠実に目と心と頭を使って見ようとしなければならない。その行為を行う上で写真は参考になる。前述の新井卓も世界を誠実に見つめている。海という人間にとって母なる存在と人間の深い結びつきについて写真という情報で残した。

 

私たちは、今いるところで何ができるか?

 

 理解しようとすること、感じようと努力することが私たちにできる事であろう。映画監督であるジャン・リュック・ゴダールはインタビューの中で、「映画監督という職業は簡単だ。スタッフがほとんどの仕事をやってくれる。監督は見て、聞けばいい。(中略)ただこの年になって、見て、聞くという行為が一番難しい。」と語る。しかし私達が普段気づかないような美しさ、年に流れる下水や、街の何気ない風景にまなざしを向け、感じようとすること、見ようとすること、聞こうとすることがこの世界をもっと優しくすると思う。 

今まで、水という自然に向き合った写真という情報を提示する事で、どうすれば人と自然がうまく関われるかを述べてきた。心の時代といわれる、高度に人間の心が重要になる時代で、このような認

 

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