温泉に行って病気になる
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1.温泉と人間と健康

日本では、およそ25000の温泉の源泉がこれまでに見つかっている。これは世界のほかの国々と比べたとき、いくら日本が火山帯の島国であると言っても図抜けて多いと言える数である。日本人は風呂が好きな国民であると言われる。それゆえ、温泉が日本人にとってなじみの深いものであるのはいわば当然だろう。日本人は神代から温泉と付き合ってきたと言われる。いつの時代でも、必ず温泉は日本人の癒しの場として親しまれてきた。古くから開湯されている歴史的な温泉では『眼の湯』とか『傷の湯』と呼ばれるものがあり、これは長い年月の何世代にも渡る経験からの実感として得られた効能で、十分に信頼が置ける。そして今日では、アルカリ泉が肌に良いとか、胃腸の調子を整えるのに良いとか、ミネラルを肌から吸収するとか、最近では抗酸化力があるなどと言う、ただ単に気持ちが良いだけでなく、実際に生化学的にも健康に良いものとして重宝されている。ところで温泉は浸かるのが一般的だが、時には飲むこともある。そのような温泉は「飲む野菜」とも言われ、普段不足しがちなミネラルなどを体に効果的に補給する事ができるらしく、まさに体全体で健康になることが出来る。

 

2.温泉に関する深刻な問題

さて、そのように日本人とのつながりが深い温泉だが、最近温泉に浸かりに行って、病気になる人が全国で現れると言う温泉に対する長年の信頼を揺るがすニュースが相次いだ。その原因はレジオネラ菌と言う、時に肺炎を引き起こし感染した人を死に至らしめることもあるアメーバ状の細菌である。感染した場合の死亡率は53%と、結構高い。実際に各地の温泉で、抵抗力の落ちた老人などが疲れを癒しに来て、逆にこの細菌に感染して亡くなっている事例が何件もある。この細菌は以前に24時間風呂などで、同じお湯を長時間使用すると発生する雑菌として問題になった。また、少し古い事例になるが慶応大学の医学部付属病院で赤ん坊のレジオネラ菌集団感染があり、新生児3人が気管支炎や肺炎を起こし、一人が死亡した。それも給湯機の衛生管理の不徹底により起こった事件だった。もっと遡ると米国フィラデルフィアで軍人の大量感染があり29人が死亡したため在郷軍人病とも呼ばれた。しかし、そのような雑菌が何故温泉で発生したのだろうか?地下からくみ上げる湯の中にもともと含まれていたのだろうか?実はそうではなく、人間の温泉の利用の仕方のほうに問題があった。次の章ではそれを見て行きたい。

 

3.2種類の温泉:「循環湯」と「掛け流し」

 そもそも、火山列島日本には上記のように数多くの源泉がある。しかし年々増加の一途を辿る温泉浴場の湯をすべて満たすことは実質的に不可能だと言われている。そこで、温泉の湧出量の少なくなってしまう浴場はどうするのか。水道水を加え、ハイテク制御のシステムで排水溝から流れ出た水をもう一度沸かしなおして使う。(一概には言い切れない。中には天然の温泉を加えて循環させているところもある。)これが循環湯のシステム概要である。他にも、湧出する時の温度が低い温泉(?)では一々沸かして補給するにはコストがかかるため循環湯を採用しているところが多いらしい。一方の掛け流し湯と言うのは読んで字の如く掛け流す、どんどん新しいお湯をくみ上げて、あふれたお湯はそのまま捨てる、という所謂昔ながらの天然温泉のシステムである。

4.「循環湯」が何故問題か

そして、レジオネラ菌が発生し、問題になっているのは前者の循環湯の方である。この場合、衛生管理が行き届いてないと言うことよりも、重要なのは循環させたお湯をすぐに捨てない、と言うところに問題があるようだ。しかし、問題が発生した浴場の中には1週間同じお湯を使っていたというところもあるくらいで、これでは、浴槽に1日何百人、何千人もの人が入浴すれば、レジオネラ菌が大量発生するのは当然な訳で、レジオネラ症が発生しない方が不自然だとさえ言える。最近では一般の塩素投入ではレジオネラ菌には殺菌効果がないという大学での実験結果も出ていて、(オゾン殺菌や紫外線殺菌を併用しなければ十分とは言えない。)しかも、循環湯にする際に塩素消毒をすると、温泉の泉質が変わってしまうこともあるので、扱いも難しい。

5.「正しい温泉」の見分け方

 さて、このように循環湯の浴場で、設備がしっかりしていないところではレジオネラ症に感染する恐れがあるわけだが、もちろん最近では多くの循環湯のシステムを採用している浴場で改善がすでに行われている。しかし、まだ問題が発生していないからと言って、問題のあるシステムのままの浴場もあるかもしれない。そこで、所謂『天然温泉』と言われる掛け流しの温泉の見分け方、または安全な循環湯の見分け方をまとめることにする。

 

・ まず温泉の定義

基本的に、温度が25度以上あって、自噴またはボーリングによって噴出したミネラル分が何かしら含まれていていれば温泉と認められる。一般的に自噴、またはボーリングを施しポンプによって汲み上げている温泉が殆どな訳だが、噴出量以上に湯を使用している温泉が多いのが実情。こういった温泉は、地下水や水道水をたして沸かしている訳だが、まだ沸かしているだけなら良いのだが、大浴場ともなれば、循環させない限り湯がまったく追いつかず、殺菌も必要になってくる。そして大量の塩素を湯に投入しなければならない。また、保健所もそれを指導している。しかしそうなってくると当然、本来の温泉としてのメリットは損なわれやすくなる。

『天然温泉』:掛け流し

さて、天然温泉の見分け方だが、いくつかのポイントがある。大体下の項目を満たせば、昔ながらの天然温泉であると言える。

1. 浴槽の湯が常に溢れ出している。

 最近、オーバーフロー型の循環浴槽も出てきているので気を付ける。

2. 脱衣場に設けられている温泉分析表に記載された源泉温度が高い。

 源泉温度が最低45度以上ないと浴槽に注ぐまでに泉温が下がる為、沸さなければならない。

3. 飲用可能(保健所許可済)である。

 泉質(硫黄泉・硫化水素泉など)によっては飲用ができない場合がある。

 また、飲用時に冷たい湯であれば、そこの浴槽の湯は、沸かし湯である。

4. 塩素の臭いが全くしない。

 プールなどでよく嗅ぐ独特な臭いが浴場、脱衣場までするところは、完全な循環湯である。

5. 入り口のところに『天然温泉』(厚生省認可)とかいてある

とまあ、このようなところだろうか。この他にも、例えばこれは泉質にもよるけれど「湯の花」が浴槽のへりにたまっているのは「掛け流し」だ。循環湯の場合、消毒、ろ過の段階で湯の花の成分である硫黄などの各種ミネラルは失われてしまう。(もちろんすべてではないが)

・ 安全な循環湯

これは結局のところ、どの程度の期間で湯の入れ替えをしているのか、足しているお湯は水道水か天然温泉か、消毒の方法は正しいか、などを直に聞いてみるしかない。ただし、上記のように、問題が多く発生したため、そんなにずさんな管理のところは減ってきていると思われる。

 

6.まとめ:この事実から感じたこと、考えたこと

 このレジオネラ菌と言うのは非常に多くの浴場で多く検出され、感染症も多く発生しているのだが、それがそのように多く発生した原因は殺菌等の技術的な問題と言う問題だけでは、勿論ないだろう。それ以前に温泉の質のことなどを考えれば、また温泉に入りに来る人間のことを考えれば、そんな雑菌が沸くまで湯を入れ替えないような、そんなに雑な管理にはならなかったと思う。温泉場の経営者側も自分の事なら、常識的に考えて、一週間入れ替えていない風呂に金を払って入りに行く気はしないだろう。実際に調べていく過程で、経済効率重視の、そのような問題を軽視(もしくは無視)した温泉場開発が行われていた事実もあった事を知った。そしてそれを知るにつれ、悲しい気持ちになった。個人、国営、公営の違いにかかわらずどれだけ客を呼べるかと言うことだけを考え、その安全性などについてはほとんど省みずにその開湯が決定された温泉場は決して少ない数ではない。レジオネラ感染症という事件は、結局、そのツケが回ってきた、と言うことなのだが、そのツケを一番多く背負わされたのは経営者側ではなく、ゆっくりと休養を楽しみにきた客の方である事が問題一番の問題だ。健康になりたいと温泉に来て、病気になって、亡くなった方には本当に気の毒で仕様がない。被害者を出した後に、やっとそのような問題があった事に気付く、というのでは遅すぎる。もっと自らの利益以外の事(環境への影響・他人への配慮)にも目を向けなければならない。それは何も(当たり前だけど)温泉の問題に限ったことではない。

 

7.人間は何をすべきか?私達は今いる所で何をすべきか?

 結局のところ、僕の扱ったテーマは水問題の中の極狭い範囲のものだし、多分他の人のテーマに比べたら本当に地球環境などからは離れている。また水問題について扱ったとも言えないかもしれない。しかし、ここで扱っている問題を引き起こしたのは、他へ配慮の欠如であり、その点、地球の環境問題を引き起こしている原因と同一だと思う。違うのは、その被害の規模だけれども、双方とも命に関わった問題であることには変わりはない。

とは言うものの、やはり温泉の問題からそんなに大層なトピックに跳ぶのは無理がありすぎて何だかおかしい。だけれども、私達が今、普段の生活の中で出来ることは非常に限られているけれども、少なくともここで述べたように、温泉に関しては知ることで被害を避けることが出来るように、他の事に関しても知ることでよい方向に変えていけることはたくさんあるだろうと思う。まず知ろうとすること、アンテナを張っておくこと、それが大事なのではないだろうか。

 

 

宮崎県レジオネラ菌集団感染:西日本新聞

http://www.nishinippon.co.jp/media/news/0208/legionella/miya1217.html

<24時間風呂>6人がレジオネラ菌に感染 静岡県掛川市毎日新聞ニュース速報

24時間風呂で、温泉客七人がレジオネラ菌に感染――静岡県掛川市

http://www.i-kochi.or.jp/hp/terao/kanozo_news01.html

http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Medical/200004/05-1.html

レジオネラ菌集団感染 ずさん管理浮き彫りに:茨城県石岡市

http://www.ibaraki-np.co.jp/contents/news/2000/feature/kaiko/4.htm

レジオネラ関連問題ニュースのリスト:西日本新聞

http://www.nishinippon.co.jp/media/news/0208/legionella/index.html#list

北海道稚内温泉で規定の470倍のレジオネラ検出:朝日新聞ニュース速報・稚内温泉で基

http://www.med-apple.com/news/std/std2002.08_9/std08.27.02.html

 

その他日本各地で同様のニュースが多数であるため割愛。

 

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