21世紀の水
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 今、21世紀は「水の世紀」と言われている。その理由は、エネルギーに代わって水を巡る争い、人口増加とは裏腹に水資源の減少が懸念されているためであろう。水はもはやどこにでも存在しているものではなくなってきているのに本当に貴重な物として水を扱っている人は何故か少ない。特に日本では、蛇口をひねれば水がどんどん出てくる。このような環境で危機感が生まれるはずもない。しかし水への軽視は確実に水だけでなく地球全体に大きな被害をあたえている。

 

 地球規模の問題を考えてみると、どの位思い浮かぶであろうか。地球温暖化、酸性雨、森林伐採、水質汚染…。多くの問題が水と関わっている。人間がもたらしたこのような問題は多くの人が認知しており、世界規模でこれらの問題に取り組む機関も数多くある。だが人間への直接的な影響がはっきり見えない部分もあり、人類が一丸となってそれらに対処する所まではなかなか至らない。しかし、21世紀へと突入した今、次第に取り組まざるを得ない状況が起こりつつある。地球規模での異常な現象が私達の目に見える形で各地で起こっているのである。特に地球温暖化は、海面水位上昇、豪雨、干ばつ、砂漠化、熱帯性の感染症発生数の増加(e.g. マラリア)、水資源への影響など、さまざまな形でその“姿”を表し始めた。

 

 南太平洋の島国、ツバルが今海面上昇による水没危機に瀕している。九つの珊瑚礁の島から成り、全土の平均海抜が2メートル以下のこの国は近年、沿岸の浸水が多発し、井戸水に海水が入ったり、主食のタロイモが栽培出来なくなる被害が出ている。ここ五年でサトウキビや米も栽培出来なくなり、土壌の塩化により作物の作れる土地が減ったため、農薬に頼るようになった。海水温上昇や、土壌から流れ出た農薬によって珊瑚や海の生態系に悪影響を及ぼし、漁獲量は激減している。こうした島の変化によって自給自足をしていた住民は輸入品に頼らざるを得なくなった。現在、ツバルは気候変動や海面上昇の影響で住めなくなった場合の予防的措置としてニュージーランドへの移住制度(Pacific Access Category)を設けており、移住を希望する人のうち自動抽選で年に75人までが移住出来るようになっている。しかし生まれ故郷をなかなか離れられない人も多い。また、ツバル政府は地球温暖化による海面上昇で国土が水没の危機にあるとして、温暖化対策に消極的なアメリカやオーストラリアを相手に、国際司法裁判所に訴訟を起こす方針を決め、準備を進めている。アメリカは温暖化対策のための「京都議定書」(二酸化炭素、メタン、一酸化窒素などの温室効果ガスの削減)に反対し、オーストラリアはこれを支持している。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は21世紀末の世界の平均気温は1.4〜5.8℃上昇し、海水面も9〜88センチ上昇すると予測されている。

 

 私達人間は何をすべきか?その答えはこの記事から見えてくると思う。水没危機にさらされている国はツバルだけではなく、モルディブ、フィジー諸島共和国、マーシャル諸島共和国など多数である。将来の地球の姿が懸念されているにも関わらず自国の利益だけを尊重するようなアメリカやオーストラリアの京都議定書に対する対応は傲慢である。実際、アメリカ国内でも、京都議定書から離脱したブッシュ政権に対する批判は強い。二酸化炭素を一番多く排出しているのは先進国であるにも関わらず、その被害を受けるのはツバルのような国々なのである。ツバルが海の底へ消えてしまったとき、アメリカ、オーストラリアの責任はどうなるのであろうか。人類がしなくてはいけないこと、それは人間のこと以前に地球全体のことを考えることである。そして人間が自然と共存して生きていることを再確認することである。一度壊れてしまった自然をもう元通りにすることは出来ない事はわかっているのにひたすら「人間世界」を作り続けているのは何故だろうか。それは、人間が自然に支えられて生きてきたことを忘れてしまっているからであると思う。そしてふと人間に踏みつぶされた自然を見たときにはもう遅いのである。様々な自然異常現象が人間に警告を発している今、行動を起こすことが出来なければ私達に明るい未来は無いだろう。

 

 私が次に水に関連した記事として、注目したのは「南極に眠る太古の氷」、そして「燃料電池乗用車」である。太古の空気や水を封じ込めている南極の氷は「地球のタイムカプセル」と呼ばれている。日本の南極観測隊は2006年までにこれまでで最も古い80万年前の氷の採取を目指している。氷を採取する「ドームふじ」の下、3000メートルをドリルで掘り進めることになる。観測隊は96年に32万年前までの各層の氷を採取し、現在より気温が8〜10度低い、約10万年間に及ぶ氷期が3回と、現在のような気候の間氷期(約1.5万年間)が2回繰り返されてきた事を確認した。この氷期と間氷期のサイクルは約70万年前に始まったと考えられており、80万年前の氷が採取出来れば、なぜ約10万年ごとに氷期が訪れるのかという謎に大きく迫れる。また、それと同時に氷の中の二酸化炭素濃度の変化を示すデータが取れれば、温暖化との関係がよりはっきりする。現在は間氷期の後半で、氷期に向かいつつあるという。現代に80万年前の空気が存在している事には驚いた。過去の二酸化炭素濃度の変化によって、温暖化現象は地球のサイクル上必然的に起こるものかどうかがわかる。

 

 日本の大手車メーカーのHondaが「燃料電池車」のFCXを開発した。動力である燃料電池は水素と空気中の酸素を化学反応させるだけで、排出されるのは水のみである。さまざまな環境問題に対応するためには、二酸化炭素や有害物質を排出しないことに加え、化石燃料に頼らないエネルギー源が理想であると考え、燃料として水素に着目した、というものだ。化学反応時に発生した電気でモーターを回して走るので、振動や排気音もない。また、一気に40〜50キロまで加速でき、ガソリン車に比べても違和感はない。仕組みも簡単で、二酸化炭素を排出しないという利点から、この「直接水素型」がそのまま業界標準になりそうである。ただ、この究極の無公害車と期待される燃料電池乗用車が普及するのにはまだ時間がかかる。その理由として、燃料の水素を補給する水素ステーションが少ないことと、コストの問題である。現在のホンダFCX一台の製造コストは2億円以上で、大衆車並みの200万円台になるのは20〜30年後になる。

 

 偶然にも、この3つの記事から共通して出てきた言葉は、「地球温暖化」というキーワードだった。地球温暖化に伴う海面上昇によっていくつかの島国が水没の危機にさらされており、南極では、過去の気候変動の原因を分析する事によって温暖化問題に取り組もうとし、ある企業では、直接温暖化の原因である二酸化炭素を排出しない画期的な車を開発した。環境問題を考えたときに、水はいつも人間から被害を受ける立場であったのが、燃料電池車の発明によって環境問題を解決する重要な役割を果たすことになった。私達の身体を潤すだけではなく、これからは様々な場面で応用され活躍する可能性は大きい。しかし優れた技術だけが発展していっても、地球規模の大きな問題を解決するには私達一人一人の意識が薄ければ地球は救われない。私達は、今いるところで何ができるか?やろうと思えば、毎日の生活の中で地球に優しい行いはいくらでも出来るのだ。水を出しっぱなしにしないだけで、何リットルもの水が節約出来るし、ごみを減らせば二酸化炭素の削減にもつながる。また、燃料電池車など、出来るだけ環境に優しい製品を積極的に選んだり、その技術の開発や普及に努める事も出来る。地球を壊すのも、救うのも人間一人一人の行為にかかっている。

 

<参考文献>

http://www12.mainichi.co.jp/news/search-news/869626/8ac28bab81409085-20-33.html

http://www.foejapan.org/pacific/issue/index.html

http://www.asahi.com/business/news/K2002111400158.html

http://www.honda.co.jp/FCX/

「朝日新聞」2003年1月15日(水)朝刊 南極に眠る太古の氷

 

 

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