おいしい水 
〜ミネラルウオーターのもたらした問題〜
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 日本人は水道水を飲まなくなってきた。水道水はにおいがありおいしくないという理由と、水道水中の塩素などの科学物質が体によくないという理由である。おいしい水といえばミネラルウオーターで、近年の健康志向の助けも借りて、容器入り飲料水「ミネラルウオーター」の売り上げが家庭用を中心に増えている。その市場は年間1000億円の市場に膨らんでいるという(資料1)。水道水の代わりに飲むだけでなく、調理にも使われ、暮らしに深く入り込んできた。つまり、日本人の水に対する不信感と健康志向によってミネラルウオーターは人気を伸ばし、維持しているのである。

 水道水に対しては、水源となる河川などの汚濁だけでなく、浄水場で使う消毒用塩素によるカルキ臭や、発がん性を指摘されるトリハロメタンなどの生成、配水管や集合住宅の受水槽の汚れなどが不安の要因になっているようだ。

 ここで水道水の水質についての基準について見てみよう。基準項目は、水道水が必ず適合しなければならない項目で、「健康に関連する項目」と「水道水が有すべき性状に関連する項目」の基準値が「水質基準に関する省令」(平成4年12月21日付厚生省令第69号)で定められている(資料2)。基準項目及び基準値は、WHO(世界保健機関)等の検討対象項目を参考にしつつ、健康影響等に関する知見、諸外国の基準等の設定状況、検査技術等を総合的に踏まえて設定されている。また「健康に関連する項目」は、生涯にわたって水道水を飲用しても、人の健康に影響を生じない水準をもとに、基準値が定められている。さらに、「水道水が有すべき性状に関連する項目」は、水道水を生活用水として利用するのに支障のない、あるいは水道施設に対して障害を生ずるおそれのない水準として定められている。この資料からわかるように、水の味に関しての法令はないものの、日本の水道水は飲み水としてはなにも問題がないはずである。しかしながら、水道水はおいしくない。なぜなら、水の需要の高さに合わせるため、浄水場では大量により多くの水を処理しなければならなく、急速ろ過システムと多くの薬品を使っているからである。その結果カルキ臭や塩素臭のするまずい水になってしまうのだ。

 ペットボトル入りの水よりも家庭用浄水器のほうが安上がりでごみも出ない。家庭で使う水道用の浄水器の普及率は業界団体によると、4世帯に1世帯に達している(資料1)。浄水器を通した水を調理に使い、飲み水はミネラルウオーターとする消費者も少なくない。また、水道水はふろや洗濯、皿洗いなどの生活用水にしか使わない徹底派もいる。現在では技術が進んだおかげで、以前のように頻繁にカートリッジを替える必要がなく、軽量化され、味も市販のミネラルウオーターに近くなってきた。

 それにもかかわらず、ミネラルウオーターは人気をなくさない。特に近年では外国産の水が人気を博している。なぜなら、外国の水は日本の水に比べてカルシウムなどのミネラル分が多量に含まれているからであり、このことが日本人の健康志向を刺激しているのである。日本のミネラルウオーターは地下で火成岩にろ過されているため、ミネラルの低い軟水だが、外国の水は硬水で多少癖はあるものの、日本人に不足しがちなカルシウムが補えて健康によいともてはやされている。

 今の日本では、海洋深層水も注目されている。海洋深層水とは、海の太陽の光が届かない約200m以深で、水温が急に低くなる層にある海水のことである(資料3)。そこには未だ科学では解明されていない部分も多く残されているが、昔から人々は経験的に“海の神秘”を生活のなかにとり入れてきた。生命活動を終えた海の生物が、ゆっくり深海に沈んでいく過程で分解され、多様な無機塩類や微量元素となるが、深層には太陽光が届かず光合成が行われないため消費されず、そのまま海水に含まれている。深層水はマグネシウムやカリウム、カルシウムといったミネラル類も豊富に含まれた“肥沃な水”なのである。現在、海洋深層水を利用している企業は約110社にのぼり、それぞれユニークな商品開発が行われているという。

 ミネラルウオーターといい、海洋深層水といい、健康によくて明るいイメージがあるが、問題もある。まずミネラルウオーターをとるために企業が膨大な量の地下水を汲み上げてしまう。地下水は枯渇し地盤沈下も留まる所を知らない。海洋深層水をくみ上げることで、海の生態系を破壊する可能性もある。企業、そして消費者は人間は自然界の一部であり、支配者でないということを忘れてはならない。

 

 冷戦の終結とともに、東西の社会主義対資本主義という世界構造が崩壊し、資本主義、ないしは功利主義の思想が世界を丸呑みにした。ジェレミー・ベンサムの格言である「最大限の最大幸福」の名のもとに人々は己の欲求を満たすため、自然を破壊し搾取することを、やめなかった。その結果、現在では地球の温暖化をはじめ、さまざまな問題が浮上してきている。水に関しては地球は水に満ちている「水の惑星」であるが、97・2%は海水で、残りの2.8%のうち、90%は雪氷であり、残りの0.28%の流れる淡水の中で人間が飲料水や工業用水に使えるのは0.1%にも満たないという(資料4)。そして、その0.1%のきれいな水は森の浄化によってそのほとんどができる。森が健康であってはじめて、「人間の健康に良い水」が得られるからだ。しかしながら、その森でさえも人間の手により、どんどん縮小してきている。森がなくなれば、地球の温暖化が進み、きれいな水も飲めなくなるのだ。

 さらに、現在では産業廃棄物が海や河川に垂れ流しにされていることもある。これは飲み水として河川の水を利用する私たち人間だけでなく、河川の回りに住む動物、その水を浄化する木々、また、海に関しては全生命体が生命の危機に瀕するという問題にまで発展しかねない。特に、海の中では食物連鎖の中で毒素が濃縮する可能性があり、毒を抱えた魚を人間が食べてしまえば、水俣病のような恐ろしい公害病になってしまうのだ。

 人間が地球とともに生きていくためには、人間はただの消費者でしかないということを念頭におかなくてはならない。植物のように光合成をして酸素を産出することもできないし、微生物のように木々に栄養を与えることもできない。今までのような自然破壊・搾取をしていれば、あっという間に人間は死に絶えてしまうだろう。21世紀の地球と人類が持続可能な発展を遂げるためのキーワードは「共生」だ。

 

 では、私たちの身近でできることは一体何があるだろうか。ポイントは三つある。

 まず、産業廃棄物の海・河川への垂れ流しを今すぐにやめること。これは環境の問題である以前に、モラルの問題である。このようなことをしている業者を見つけたら誰かが問題にするのを待つのではなく、自分が第一に行動すべきであると思う。産業廃棄物の垂れ流しがなくなり河川の水がきれいになれば、その周りの生態系が活性化するだけでなく、水を浄化するために投与する薬品の量も減り、安全な水が提供できるようになるのではないだろうか。

次に、水道浄化施設の改善をすること。ミネラルウオーターが爆発的に売れている第一の理由は、水道水がおいしくないからである。水道水が十分においしければわざわざペットボトル入りのミネラルウオーターを買う人は多少減るだろう。ミネラル分の補給という意味でミネラルウオーターを購入するくらいだったら、食事生活を改善し、足りない分はサプリメントで補ったらよいのではないだろうか。水道水がまずいままだったとしても、家庭用浄水器があればある程度おいしくはなる。そのためには、家庭用浄水器の価格の低下が望ましい。高い技術で作られた安価な浄水器の家庭への浸透が望まれる。ミネラルウオーター会社を敵に回すつもりはさらさらないのだが、地盤沈下を起こす可能性が出てくるレベルまで水をくみ上げてしまうのはやはり問題である。海洋深層水にまで手を出してしまう健康志向もいかがなものかと思う。このようなさまを見ていると、人間は本当に欲深な動物であると再認識させられる。他の動物は必要最低限しか搾取しない。だから人間の手がかかわっていない自然界はバランスが取れているのだ。しかし、そこに人間の手が入り、必要以上に搾取されてしまうことで、自然界は崩壊への歩を進めることになってしまうのだ。健康志向自体は悪いことではないと思うが、近頃のそれは異常である。自分には関係ないこととして済ますのではなく、個人個人が自分はただ地球に住んでいる人間であるということを忘れないことが必要である。

 また、ペットボトル入りのミネラルウオーターであれば、ごみの問題にも目を向けなければならない。いくらリサイクルできるといっても、そのリサイクルにはお金がかかる。リサイクルする過程で、多くのエネルギーを使うので、新しいものを再び使うよりはましだとしても、地球の温暖化を助長するとも限らない。さらに、ペットボトル自体はリサイクルできるが、フタやパッケージに利用されているプラスチックは不燃化のごみである。外国産のミネラルウオーターのパッケージには紙製のものが多いが、紙も貴重な資源のうちである。消費者からしてみたら、たった一本のペットボトルについている紙のパッケージなんて微々たるものでたいしたことないと思いがちであるが、工場では同じようなパッケージが何億枚と刷られて世界中に出荷されているのだ。自分の生活をグローバルに見つめるということも大切である。

 以上、三つの点で共通しているのは、自分は地球民の一員であるということを忘れないでグローバルに自分の生活をとらえる、ということである。具体的な行動も、まずこの意識改革があってからこそ継続するのであり、世界全体に広まっていくのではないだろうか。私たちは自然界の消費者の一部であり、支配者ではないということを忘れてはならない。

 

参考資料

資料1 市民のための環境学ガイド書庫

http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/index.html

最近の環境問題を取り上げ、環境問題をいかに正しく理解するか、について簡単に解説を行っている。環境を考える基本思想から解説し、例題として、リサイクル問題、ごみ焼却問題、なども取り上げられている。

資料2 厚生省生活衛生局水質基準

http://www1.odn.ne.jp/~cby51820/koseisho.htm

厚生省生活衛生局長通知遊泳用プールの衛生基準について(平成4年4月28日

改正) 一般的なプールに該当する項目を抜粋し、基準値及び適用範囲について記

載してある。

 

資料3 健康をつくる生命の源泉 海洋深層水

美容と健康に優しい安全な自然水の驚くべき効用http://www.810.co.jp/book/ISBN4-89295-406-3.html

海洋深層水の本の紹介ページより。本の内容は海洋深層水の人体にもたらすよい効用のことについてが主である。

 

資料4 読売新聞2002年正月・北陸特集「森と生きる」http://hokuriku.yomiuri.co.jp/2002/2002-052.htm

工芸家・稲本 正のエッセイ。自らの体験談も交えながら、森とともにいき、自然を大切に生きることを訴えている。水は自然の循環には欠かせないものであり、循環を保つことがわれわれの目標になるのでは、と訴える。

 

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