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河川の治水  伝統工法「聖牛」の復活

 

 朝日新聞,9月28日朝刊のトップ紙面『川を守る伝統工法復活ー丸太の「聖牛」

激流を制する』。聖牛は、川にやさしい河川治水工法だというので興味を持ち、今

回取り上げてみた。

 この記事によれば、「聖牛」は丸太を組み、網のなかに石を入れて、重しの役割

をする「蛇かご」と呼ばれるものをのせただけのシンプルな構造をしている。しか

し、その丸太の一部が、水の力によって川底に脚を突突っ込むことで、安定し、激

流に流されずに、”なだめて”水の洪水をおさえるしくみになっている。また、聖

牛のおかげで、水が直接、護岸に当たらなくなったため、砂が積もり、木が生え、

緑化が進んだ。

 「聖牛」など「伝統的河川工法」は、コンクリートなどど違い、自然の素材を用

いているので、材料そのものが周囲になじみがよく、その点で、環境に配慮してい

るといえる。それ以上に、すばらしい点は、構造上、隙間が多いため、時間のけい

かと共に、それぞれの地域、環境に応じた植物を生長させ、繁茂させ、エビ、ウナ

ギなどの穴居性のものの住処になりうり、自然の摂理にかなった生き物にやさしい

川づくりとなっている。

 この朝日新聞の記事にもみられたように、近年、河川の治水に、従来のコンクリ

ートによる河川治水工法以外の方法を用いるところが出はじめている。その背景に

は、平成2年に、建設省の河川治水の方針が、自然の木や石を使った”多自然型、

生きものがすめる川づくり”へ大きく変換したことが大きい。

 その建設省の河川審議会報告では、「21世紀の社会を展望」した河川整備の基

本方針が審議された。治水対策としては、近年欧米や日本各地で起った壊滅的な洪

水を回避する新たな治水方式の必要性とともに、従来おろそかにされがちだった自

然環境への配慮、さらに地域社会へ河川をとりこむことで、特色あるまちずくりの

推進がうたわれた。その全体を貫く基本法針として、河川に起こるさまざまな問題

を、河川より広い流域全体、水循環系全体の中でとらえ、解決策をとるべきである

という認識が強調されてた。

 このように河川をめぐるさまざまな意見が行政レベルでも活発に交わされており、

そのようななかで、朝日の記事にあるような実際の取り組みが行われ、成果をあげ

ていることは、河川治水を考えるうえでのよい例となり、今後、他の河川への応用

を検討するうえでのよい指標となる。

 このように伝統的河川工法に関心が高まっているが、それですべての問題が解決

するわけではない。「聖牛」に関していえば、植物が繁茂しすぎて、河川の有効断

面を犯したり、単一品種がはびこって植生の多様性を失わせるといった面ももって

いることが指摘されており、その維持管理には、生態系の専門家の調整が必要とな

ってくる。治水上必要な最小限の工事をすべきであり、その維持にもなるべく手を

加えない、加え過ぎないといったことが大事である。

 治水という面から考えると、まず懸念されるのは、洪水の心配と、その対策だが、

近年、大都市を中心に渇水現象が起きており、渇水に対する考策も治水も大事なも

う一つの面であることをことも忘れてはならない。渇水にたいして、私たちができ

ることは、、生活習慣のみなおしを含めた水をムダなく使う工夫をすることや、起

ったときの対応策として、水の貯えを各家庭でしておくこと、そのくらいである。

 しかし、河川の水について考えるとき、わたしたちが忘れがちなのは、川をふく

めた地域そのものについて考えるということであろう。そのような視点をもってみ

てみると、ダイオキシンなどによる水の汚染は、土壌とからんだ地域全体の深刻な

問題であり、水のかかえる複雑さの一端がうかがえる。

 なによりもそのような河川の水にとって、一番必要なことは、わたしたち地域住

民が川への理解を示し、愛着をもってもらえるかどうかであると思う。愛着は、人

々の関心をよせ、川に対する正しい認識を促し、それによって人々は、川を含めた

地域自然全体のことを考えて、行動するようになる。結果として、河川を含めた自

然全体、しいては地域全体が多様性に満ちた豊かな社会へと変化していけるのでは

ないか。

 


参考資料

* 朝日新聞 

 掲載日:1999年09月28日 夕刊 ページ:001 面名:1総
■丸太の「聖牛」激流を制する 大井川などで川を守る伝統工法が復活
本州中部の暴れ川で、水流に立ち向かう「牛」が活躍している。江戸時代に発達
した伝統的河川工法のことで、水の勢いを弱め、砂をたい積させて岸を守る。三角す
いの丸太組みという形や水を制する働きへの敬意から、「聖牛」と呼ばれてきた。こ
こ数年、水辺の景観や生き物への配慮から見直され、大井川や富士川水系では、職人
たちの手で数十年ぶりに復活している。
(学芸部・森川敬子)
静岡県川根町の大井川中流では、五基の聖牛が一団となって濁流の力を受け止め
ていた。高さ四・五メートルはあるはずなのに、ほとんど水に浸って「角」だけを出
しているものもある。激流にあらがう牛の群れに見えないこともない。
 丸太を組み、網の中に石を入れて重しの役割をする「蛇(じゃ)かご」をのせた
だけの構造だが、簡単には流されない。「水の力を利用して脚を底に突っ込むことで、
むしろ安定度が増す。水に逆らわず、なだめる。先人が川から学び、改良を加え続
けたわざです」と、建設環境技術士の富野章さんは言う。
富野さんは静岡県島田土木事務所にいた一九九四年、台風でえぐられた本川根町
の護岸の復旧工事で、約四十年ぶりに木製の聖牛を復活させた。製作したのは、「牛
枠建て方衆」と呼ばれる四人。かつて出水時に急きょ、舟を出して聖牛を組んだ職人
たちだ。いずれも六十−七十歳代で、丸太の組み方や角度、勘を思い出しながら作っ
たという。
効果はすぐに出た。水がまともに当たっていた護岸のわきは聖牛がいるおかげで
砂が積もり、木が生えて、岸がえぐられる心配はなくなった。島田土木事務所はその
後も「建て方衆」に依頼し、すでに大井川の六カ所に計三十基を設置、今年度さらに
二カ所計十基を入れる予定だ。
  ■ ■ ■
 「木や石の構造物は生き物のすみかになる。伝統工法は、自然にやさしい川造り
そのものだということに気づいた」と富野さん。「牛は使命を果たすと壊れ、朽ちて
死ぬ。まさに生き物だ」
 聖牛は、治水に力を入れた武田信玄の時代に甲州で生まれたとされ、江戸時代に
発達した。富士川水系の山梨県の釜無川、笛吹川から静岡県の天竜川、大井川、安倍
川、そして全国に広まった。川の特性によって形や設置の仕方が少しずつ違ってい
たらしい。
 信玄ゆかりの山梨県石和町川中島の笛吹川右岸にも今年三月、木製の聖牛三十八
基がずらりと登場した。三つの川の合流点で、昔から難所の一つとされ、過去にコン
クリート製の聖牛も設置されている場所だ。
 山梨県河川防災センターの望月誠一常務は「昭和三十年代に組んだことのある大
先輩の指導で作った。八七年には釜無川でも設置しており、技術が消えない程度に受
け継がれている」と話す。「温泉街が背後にあるため景観上の配慮もあるし、間伐材
などの新しい用途にもしたい」
  ■ ■ ■
 川幅が限られている笛吹川では縦一列の配置だ。八月の豪雨による出水で、聖牛
二頭が流された。「洪水の力をまともに受けるのだから、ふんばれないときだってあ
る。江戸時代まで日本最大の動物は牛で、昔の人は力強さを期待して『牛』と名付
けたのでは。また、護岸側に砂をため、川側にふちを作って河道を確保する神秘的な
働きが『聖』の由来かもしれない」と望月さん。
 岐阜県から流れ出る木曽川、長良川、揖斐川でも、かつては聖牛が入れられてき
た。九五年には揖斐川水系の根尾川に木製の聖牛八基がよみがえっている。
建設省木曽川上流工事事務所の坂井惟行副所長は「コンクリートをなるべく使わ
ず、見せず、自然の木や石を使った『生き物がすめる川づくり』へ、建設省の方針
が変わったことも大きい」と話している。
 【写真説明】
 笛吹川に設置された聖牛。護岸側に砂がたまり、川側がえぐられ、傾いている。
出水時は「角」まで水が上がる=山梨県石和町で
*http://www.wbs.ne.jp/bt/shimada/seigyu/kaisetu.htm
概要:伝統的河川工法(聖牛)による、「いきものにやさしい川づくり」。その優
れた点と問題点。
 
*http://www.moc.go.jp/river/singi/index.html
 概要:建設省河川審議会報告:21世紀へ向けた「いきものがすめる川づくり」。
その基本方針と河川治水対策の方向。
  
*http://env.civil.yamaguchi-u.ac.jp/~sekine/etc/98sympo/proc/takahasi/index.htmka
 概要:建設省河川局治水課、高橋定雄氏のレポート:多自然型川づくりをめざした河川治水の現在の状況と
  今後の課題。

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