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環境ホルモンによる水質汚染 ―その影響と対策―

 

環境ホルモン

環境中には、人間が作った各種化学物質が農業や工業排水として放出されている。

ダイオキシン、ポリ塩化ビフェニール(PCB)、有機塩素系殺虫剤、界面活性剤の

ノニフェノール、プラスチック可逆剤のビスフェノールAなどで、これらは体内に

入り、女性ホルモンと同じような作用を及ぼす。また、抗アンドロゲン作用(抗男

性ホルモン)、抗甲状腺ホルモン作用を持つ化学物質も見出されている。このよう

なホルモン用の作用を持つ化学物質(外因性内分泌撹乱物質)のことを環境ホルモ

ンと呼ぶ。

 

世界各地での汚染状況

もとは船底の汚れを防ぐため船底防汚塗料として用いられたTBT(トリブルすず)

が、今、水中または水辺に生息する野生生物に生殖以上を起こす環境ホルモン(内

分泌撹乱物質)として問題になっている。トリブルすず(有機スズ)で汚染された

アメリカ西海岸、北海、東南アジア、日本では、雌の貝に生殖機能以上が見られる。

 

アジアの海は広く汚染されており、TBTがわずかに海水中に存在するだけで、巻貝

のイボニシのメスをオス化するなどの現象が起きている。また、日本の近海でとれ

るマグロやカツオ類の体内に、有害物質の有機スズ化合物(TPT)が高濃度で蓄積

していたり、スルメイカも感興ホルモンを体内に含んでいる、との結果が報告され

ている。

イギリスでは、ヨーロッパチヂミボラ(貝の一種)のインポセックスが海岸周辺

で確認された。メスがオスの性質を獲得していて、そのことがメスの産卵を物理的

に妨げる。さらに、北ロンドンのリー川で、広い範囲でローチ(雑魚の一種)の雄

の3分の1が、部分的にメス化するという間性状態が、下水処理場からの放流水に

関連していることが確認された。オスについては、精巣に卵をつくる細胞の存在、

精巣の成長速度や大きさの低下、メス生殖管の存在、肝臓の肥大、メスが卵をつく

るのに関係しているビテロゲニンという蛋白質の血中濃度の増加など、様々な異常

が報告されている。また、イギリスの河川では、環境ホルモンの影響で、雌雄両性

のコイ科の魚や、本来はメスしか作らない卵黄タンパクを作る、雄のニジマスが出

現した例が報告されている。

アメリカフロリダ州のアボブカ湖では、DDTやその代謝化学物質の影響で、ワニの

生殖器が通常の半分以下の大きさしかなく、体内のホルモン量、卵にも異常が見つ

かっている例などあり、これが農薬DDTの分解物による汚染と関連している、とい

う報告がある。また、アメリカでは、カモメやメリケンアジサシに卵が少なくなっ

た、メス同士のつがいが見られたなど、オスのメス化の証拠があり、農薬が環境に

存在していることと関連があると考えられる。海では、タイン川、マーシー川、ソ

ルウェイファース川の河口で、オスのヒラメにメス化の兆候がみつかっている。

世界中各地で、内分泌撹乱物質はそれぞれ色々な経路で環境に入り込んだり通過し

たりしている可能性がある。その中で特に強い影響を及ぼすものは、野生動物に多

くの生殖異常を引き起こしていることも明らかになってきた。こうした化学物質の

中には、下水処理場の天然ステロイドや合成ステロイドなどのように、水生生物が

長い年月さらされてきたものがいくつかあると考えられる。

 

ヒトの生殖・ホルモン系への心配

日本では、1997年に環境庁、厚生省、通産省などが研究班を作り、環境ホルモンの、

ホルモン様作用の解明、野生動物に対する影響調査、ヒトへの影響の調査を進めて

いる。これまで述べてきたような野生動物への影響を考えると、環境ホルモンによ

ってヒトにも何らかの影響が出る可能性があり、特に、胎児期から新生児期での暴

露が、成人してからの生殖、体内ホルモン環境等に影響を及ぼす可能性がある。実

際、ヒトでは、過去50年間に精子数が半減している報告乳がん、前立腺がんの発生

率が増加しているなどの報告がある。

 

環境ホルモンの分解微生物の発見

環境ホルモンの中でも分解されにくいとされるノニフェノールを分解する微生物が、

下水処理場の汚泥の中から発見された。この微生物は、数十種類にわたるノニフェ

ノール類をすべて分解でき、非常に高濃度のノニフェノールがある環境の中で、15

日間でそのうちの95%のを分解した。工場などからの排水に含まれているノニフェ

ノールの場合、この細菌をたくさん含む汚泥を通せば分解できる。さらに、この微

生物は何世代にもわたって培養可能なので、環境ホルモンの分解法として、排水処

理施設などで利用することが可能かもしれない。

 

検出法、及びスクリーニング法の開発

私達の環境で起きている内分泌撹乱の特性や範囲・原因を理解するため、国際協力

のもとで様々な研究が行われている。これらの研究により、化学物質の検出法は、

従来は1~2週間かかかっていたものが、約2時間で結果がでるまでになり、工業的に

使用されている数万種類の化学物質を迅速に調査する手段となりそうである。また、

内分泌撹乱の可能性を調べ、その程度を測定し、そのレベルによる、生殖と環境に

与える影響の大きさの違いを把握するためにスクリーニング・テストという方法も

開発されている。

 

一般の人々の取り組み――環境モニタリング

一般の人々が環境ホルモンの問題に取り組む方法としてあるのが、環境モニタリン

グである。現在、数多くの環境化学物質について内分泌撹乱が報告されており、特

別に調査を行いデータがとられているところや、日常的に数種の物質について影響

のレベルが監視されているところもある。しかし、破壊に関わっている可能性のあ

る物質は膨大な数であり、

分析の技術的、及び費用的な問題がある。そこで一般の人達の協力により、環境モ

ニタリング計画という、有害物質が実際に排出されたり、その可能性がある場所を

リスクが高い地域として指定し、地域を特定して調査を行う方法が用いられる。こ

の際重要なのは、特に内分泌撹乱物質を高濃度に含むおそれのある河川の範囲を指

定することである。そのため、長時間にわたって河川水の大部分を下水道放流水が

占めるような地域を対象とし、内分泌撹乱が野生動物に及ぼしている被害の範囲を

と深刻さを測る生物学的指標を開発する必要がある。この指標を利用して調査対象

に指定する場所を選定すれば、直接の影響を測った結果によって場所を決めること

ができ、効率が良く、早期に潜在的な問題を明らかにすることにもつながるだろう。

的確な環境モニタリングが成されれば、将来の政策決定に役立つ科学的全体像をつ

かむことができるだろう。

 

産業界の取り組み――代替物

企業レベルで取り込めることは他にもある。実際に有害物質を排水する産業界は、

内分泌撹乱効果を生じるおそれがある各種の化学物質を識別し、このような化学物

質を、その工程や排水中で確認することはもちろん、代替物を見つけ出すのに必要

な措置を講じることが求められている。代替物を使用することは、環境ホルモンに

よる汚染をさし止めるのには重要である。ヒトの健康と環境に悪影響を与えるおそ

れがある生産物に代わって、毒性の低い製品を開発し、古い製品を使わないように

産業界が指導的な役割を果たせば、大きな効果が得られるだろう。すでに、洗剤の

ノニルフェノール・エトキシレートを自発的に使用中止にした羊毛洗浄業の例など

もみられる。

 

水道事業体の取り組み――汚染経路

工場の下水排出や下水処理に対して特別の管理責任を負っている水道事業体は、環

境ホルモンの環境排出量を減らす上で重大な役割を担っていると言える。まずは、

下水処理の過程や汚泥処分を通じて、下水道システム内の内分泌撹乱物質の発生源

と、そこからたどる経路、そして最終的な終着点を明らかにすることが差し当たり

の課題であろう。

 

まとめ

このように、環境にある内分泌撹乱物質には様々な問題がある。環境、そして生

態系を守るため、世界規模で、これらの問題を解決する方法の開発に取り組み始め

ている。環境ホルモンは、世界中の環境に影響を及ぼしており、未だ被害が確認さ

れていない地域でも、影響が及んでいる可能性は否定できないし、いつ環境ホルモ

ンが放出されるとも限らない。よって、引き続き、世界規模の共同研究と開発プロ

グラムを行い、それによってより高度で正確な科学的な知識を得、我々を脅かす環

境ホルモンの管理法を開発していくことに力を注ぐべきである。

 

まず必要とされるのは、優先的に問題解決すべき内分泌撹乱物質のを把握し、そ

れぞれの物質について、汚染防止、汚染管理の計画を作り上げ、環境への放出を減

らし、生態系やヒトに危害が及ばないよう、環境レベルを低く保つことを目指すこ

とである。さらに、その中でも汚染の度合いが高い物質について環境基準を作るこ

とにより、排出について合意する土台になるし、物質の拡散源を特定する方法を決

める土台にもなる。

次に、内分泌撹乱物質の排出に直接関わっている、上下水道事業、化学工業、農業、

ごみ処理のような特定の分野が、有害物質の放出を防いだり、できるだけ少なくす

る上で必要な対策を行うことが重要である。産業界は、代替製品を開発して、有害

のおそれがある現行製品の使用を段階的にでも中止していく必要がある。また、環

境モニタリングによって、環境にある有害化学物質の実体や生態系に与える情報を

うよりよいものにすることが、問題解決に大きな役割を果たすであろう。

生殖異常という、環境ホルモンによる野生動物への影響は、その当然とも言うべき

結果として、汚染された種の固体数の減少につながる。我々はまず、環境ホルモン

の問題をよく理解し、その上で我々に出来ることを実行していくことが、環境ホル

モンによる汚染から地球を救うことにつながるはずである。

 

参考文献

日経新聞 1999年4月3日

     1999年7月5日

朝日新聞 1999年9月22日

 

http://www.kcn.ne.jp/~gauss/info/consulta.html

http://www.mmjp.or.jp/musashi/97/food/kanhol.html

http://www.mmjp.or.jp/musashi/97/food/kaiwan.html

http://www.mmjp.or.jp/musashi/97/food/kinkai.html

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