2003NSIII 「自然の化学的基礎」 

 

温泉のすゝめ

 山田恵莉

 

『温泉にでも行ってゆっくりしたいなぁ…』

若い皆さんでも、忙しすぎて疲れたりするとそんな気分になるでしょう?

今日は私たちの疲れを癒してくれる温泉の魅力、そして温泉をうみだす「水」の性質について、少し考えてみましょう。

 

 《温泉ってなに?》

普段「温泉」というとき、どういうものを想像して言っていますか?漠然と「イオウ臭い温かいわき水」だと思っている人が多いのではないでしょうか。実は「温泉」の定義は、昭和 23 年第2回国会において制定された温泉法という法律によってきちんと定められているのです。

溶存物質(ガス性除く) 総量1000mg以上
遊離炭酸 250mg以上
リチウムイオン 1mg以上
ストロンチウムイオン 10mg以上
バリウムイオン 5mg以上
フェロ又はフェリイオン 10mg以上
第一マンガンイオン 10mg以上
水素イオン 1mg以上
臭素イオン 5mg以上
沃素イオン 1mg以上
フッ素イオン 2mg以上
ヒドロひ酸イオン 1.3mg以上
メタ亜ひ酸 1mg以上
総硫黄 1mg以上
メタほう酸 5mg以上
メタけい酸 50mg以上
重炭酸ソーダ 340mg以上
ラドン 20 (億分の
1キュリー単位)以上
ラジウム塩 1億分の1mg以上

  「地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で、別表(左)に掲げる温度、または物質を有するもの」                                

(第2条)

 @温泉源から採取されるときの温度が摂氏25度以上のもの

 A左表に掲げる物質のうちいずれか一つが基準値を上回るもの、が「温泉」です。

 つまり、湧出温度が25℃以上あるか、それ以下であっても表にある19種類の物質のうち一つでも含んでいれば温泉ということになります。冷たくても「温泉」、水蒸気やガスも「温泉」だなんて驚きですね。

 

また温泉は、どのようにできるかによって「火山性温泉」と「非火山性温泉」に分類されます。 

●火山性温泉

雨や雪が地下水となり、火山のマグマで温められ、湧出するもの。マグマのガスや岩石の成分が溶け込んでさまざまな泉質を作ると言われています。

●非火山性温泉

深層地下水型…マグマが冷えた高温岩帯の熱や、地下に行くほど上昇する地温によって温められ湧出。

化石海水型…古代の地殻変動によって地中に閉じこめられ海水(化石海水)が地温率で温められ湧出する。水温が低くても塩分が多く、温泉法の条件を満たす。

 

《温泉の成り立ち》

 

《温泉の分類いろいろ》

温泉には、温度、浸透圧、緊張度、水素イオン濃度やpHで分類する方法があります。温泉の分析表に記載されているので、今度温泉に行ったら読み解いてみると面白いかもしれませんよ。

そして大切な分類といえば、療養泉(医学的に治療効果のある温泉水)の泉質によるものです。療養泉の泉質は主成分によって、二酸化炭素泉(炭酸泉)、炭酸水素塩泉(重曹腺、重炭酸土類泉)、塩化物泉(食塩泉)、硫酸塩泉(石膏泉、芒硝泉、苦味泉)、鉄泉(含鉄、銅泉)、硫黄泉(硫化水素泉)、酸性泉(明ばん泉)、放射能泉、単純泉の九種類に分類されます。それぞれ、動脈硬化・高血圧・心臓病・解毒作用・リウマチ・神経痛や痛風など、さまざまな効能があります。

 日本の「湯治」や、ヨーロッパ各地で古くから試みられてきた温泉療法、といった方法で人間は古来より温泉の持つ効能を活かしてきました。

《温泉の効きめ》

南フランス・セベンヌ山脈のふもとにあるアベンヌ村。1874年にはフランス政府が「皮膚科学と美容生理学的に公共の利益がある」と認定した有名な水どころです。日本でも缶入りのフェイシャル・スプレーが人気ですね。1990年に源泉の上に誕生したフランス政府の公認施設アベンヌテルマリズム(温泉治療)センターは毎年、アトピーなどの肌トラブルに悩む2000人もの人々を迎えています。アトピー性皮膚炎 (そしてより全般的に湿疹)はセンターを訪れる治療患者のうち最も多く、例年患者全体の55〜60%を占めます。そのうちの3分の2は15歳未満の子供です。アトピー性皮膚炎の発症には精神的なストレスが深く関わっており、ストレスを伴う治療では、かえって症状が悪化する場合があるそうです。このセンターではステロイド剤による治療はごく一部の例外を除いて行われず、アベンヌ水を用いて水流によって全身のツボを刺激するジェットバスや、強い水圧によるシャワーバス、霧状にした水を浴びるミストバスやマスクによる治療を行っています。

 

 それにしても何故水が皮膚の病を癒すのでしょうか?

その理由の一つと考えられるのは、この水に多種多様に含まれている銅、亜鉛、フッ素などのトレース(微量)ミネラルです。それらが相互的に作用して、免疫力を促し、自然治癒力を高めると考えられるのです。とりわけ主成分のひとつであるケイ酸塩という物質は、肌の表面に保護膜を作って、炎症やかゆみを抑える性質があり、皮膚病はもちろん一般の敏感肌の人にも効果があるそうです。

《水の力》

さまざまな成分が溶け込んでいるからこそ「温泉」なのだ、ということはわかりましたね?温泉だけではありません。私たちは日常的に、水にいろんなものを溶かして利用しています。水に砂糖を溶かしたり、食塩を溶かしたり、炭酸ガスを溶かしてソーダ水をつくったり…。あまりに日常的に行われているものだから、「当たり前」だと思っていませんか?本当は、『たくさんの種類の物質を大量に溶かすことができる』という水の性質は、ほかの物質にはない大きな特徴なのです。

   水の化学式はH2Oと表され、水素原子(H)と酸素原子(O)が2:1の割合で含まれています。水素と酸素が結びつくときには、この角度(104.5度)が量子力学的に一番安定するようです。図を見て下さい。原子のまわりをもやのように取り巻いているのは、電子(e-)の軌道がつくる雲(電子雲)です。電子雲の色の違いは、電子の存在度の偏りを表現しています。

水分子の形 酸素原子は負(-)の電荷を帯びやすく、水素原子は正(+)の電荷を帯びています。このように、分子の方向によって電気的な性質が変化する分子を「極性分子」とよんでいます。この電気的な極性は、イオンのような電荷をもっている物質を強く引きつけて、たくさん溶け込ませるのに役立っています。

水の溶解力のおかげで植物は土壌からの栄養分を水分と一緒に吸収・移動して葉や茎に運ぶことができます。動物だって血液・体液として生体物質や栄養分を運搬しています。

水にものを溶かす性質がなければ温泉はありませんでしたし、そもそも生命が地球に誕生することも不可能だったことでしょう。さまざまな栄養素が溶け込んでいたからこそ、生命は海から誕生することができたのです。

 


…これで今日の授業はおしまい。

 そうそう、入浴中や入浴後の水分補給を忘れずに!入浴すれば少なからず汗をかきます。それに伴って血液中の水分量が低下するので、長時間の入浴は血液の粘性が高くなり、血栓をできやすくします。冷汗やめまい、動悸などの危険信号が現れる前に湯から上がるよう気をつけましょう。

 ここでも「水」が欠かせませんね。何しろ私たちの体の60%〜70%は水なのですから。私たちは水の中から生まれて、今も水を内に抱えて生きている存在なのです。水への認識を深めることは、生命―いのちへの認識を深めることだと皆さんは思いませんか?

次の授業は『宗教と水の関わり』についてです。

それではまた来週お会いしましょう。

 

           《選択課題2「高校生に水のはなしをする」・おわり》

 

参考文献

 

 

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