2003NSIII 「自然の化学的基礎」 

 高校生に水を語る

「水と水に生かされている私達」

本郷寛実

 

1. はじめに

 君は水に対していったいどんなイメージを持っている?なになに、水は無味、無臭、無色透明で、物理・科学的に特に注目すべき特徴もない…ふんふん。そのうえ、地球上のどこにでもあるもっともありふれた物質だと。そう思っているんだね?確かに、今君は生活のうえで水に困ることがないかもしれない。水はそこら辺で手に入るありふれたもの、というわけだ。でも、一体の生物として生活していくうえで、これが水じゃなかったら困る、ということはたくさんあるんだよ。しかもそれは、水のほかの物質には見られない特殊な性質のおかげなんだ。じゃあ、今日は水がどんなに深く私たち人間の生活に関わっているか、水は生き物が生きていくのにどんなに大事な役割を果たしているのか話してあげよう。

 

2. ジュースに浮かぶ氷

 まず、とても身近で気づかないけれど、水のものすごく異常な性質の話をしようかな。君はジュースを冷やすために氷を浮かべることがあるだろう?氷はずっとコップの上のほうでぷかぷかやっている。君は氷が水に浮かぶのは当たり前のことだと思っているかい?でもこの性質はほかの物質では絶対あり得ない、水特有の性質なんだ。試しに溶けた鑞に固体の鑞を入れてごらん。ほら、沈む。ほかの物質も全部、固体は液体に沈むんだ。これは、水の密度は液体の時よりも固体の時の方が小さいということなんだ。いや、正確に言うと水は4℃のときに密度が最大になって、それ以上冷やすとどんどん密度は小さくなっていくんだ。こんな変わった性質を持っていたって何の役にも立たないじゃないかって?いやいや、この性質は水の中にすむ生物にとって、とても重要なことなんだ。じゃあ、もし水がほかの物質のように固体の密度が液体のときより大きかったらどうなるか考えてみよう。寒い日には池の水が冷えて表面が凍る。もし固体の方が密度が大きかったら凍ったときに重くなって水底に沈む。そうしたら、水中の生き物の食料である苔や藻が食べられなくなってしまう。さらに水底から冷やされていった水は、池全体の水を凍らせてしまうだろう。そうしたら、魚たちは池に住んでいられなくなってしまう。しかし、水の密度は4℃で最高になる。だから、水底には4℃の水が溜まって、なかなかそれ以上は冷えることがないし、夏にも暑くなりすぎることはない。この水の性質は、水中の生物たちの生活する場所を、生活しやすい温度に保っているんだよ。

 

3. 保冷剤としての氷

 さて、ジュースと氷の話をしたけれど、次は氷がジュースに浮かぶことではなくて、氷でジュースを冷やす、ということに注目してみようか。なになに、氷を入れたら冷えるのはあたりまえじゃないかって?いやいや、これも水の特殊な性質がかかわっているんだ。融解熱って聞いたことがあるかい?融解熱とは、固体が溶けて液体になるのに必要な熱量のことなんだ。まぁ、要するに氷が水になるときに、周りから熱を奪う力と言えばいいかな。あと、溶解熱が大きいということは物質が溶けにくく凍りにくいということなんだ。水はその値がアンモニアについで最高なんだ。そのおかげで水は優れた保冷剤としてよく使われているんだよ。もし、氷の融解熱の値が小さかったらどうなると思う?ジュースに氷を入れて冷やそうとしても、ジュースがひんやり冷たくなる前に氷がどんどん溶けていってしまって、ぜんぜん冷たくならない上に、ジュースが水っぽくなってしまうよ。君は熱を出したときにアイスノンを使うことがあるだろう?熱があるときに枕元にしいておくと頭がひんやりして気持ちがいいあれだ。もしあのアイスノンが水以外の物質でできていたら、君の熱が引く前にすぐ溶けてしまって全然役に立たないだろうね。それと、人間が60%は水からなっているということは何かで聞いたことがあるよね。水が凍りにくいおかげで、人間は霜焼けや凍傷になりにくくなっているんだよ。

 

4. 日本人大好き、お風呂の話

 水はこのように、保冷剤としても役立っている。他に、水が私達人間の生活に関わっていることといえば何が思いつくかな?まず、お風呂のことが思い浮かぶんじゃないかな。私たちがこのお風呂に快適に入っていられるのも、水の特性のおかげなんだよ。お風呂に入っていると、ずっと温かく、体もぽかぽかしてきて気持ちがいい。このお風呂の気持ちよさには、熱伝導率と、比熱が関係しているんだ。熱伝導率は熱の伝わりやすさ、比熱はその物質1gを暖めるのに必要な熱量のことだ。水はこの熱伝導率が全液体の中で最高なんだ。熱伝導率の値が大きいということは、水は温められたときに均一に温かくなって温度のむらがない、ということさ。つまり、湯船の中のどこも均一に暖かくて、しかも入っていると自分の体までじーんと温まってくるのはこの熱伝導率のおかげなんだ。比熱はアンモニア以外の全固体と液体の中で最高となっている。この値が大きいということは、水は温めにくく冷めにくいということなんだ。確かに、この性質はお風呂を温めるときにはもどかしく感じるかもしれないね。でもこの性質のおかげで君がお風呂に入っている間、お風呂は暖かいままでいられるんだ。もしそうじゃなかったら、お風呂に入っている間にお湯が冷えてしまって、風邪を引いてしまうだろうね。

 

5. お風呂の話と水の“清らかな”イメージ

 さて、お風呂の話をしたけれど、お風呂は温まるために入るだけではないよね。そう、体を洗って、体をきれいにするために入るだろう?お風呂は一日に溜まった汚れを洗い流す機能も果たしているんだ。これは、水の溶解能という性質が深く関わっているんだ。水は、この溶解能が非常に強くて、何でも溶かして取り込んでしまうんだよ。コップですら水に少しずつ溶かされているんだ。本当に少しずつだから、体感するのは非常に難しいけれども。ぜも、水を永遠に入れておく器はない、とまで言われるほどなんだよ。この溶解能のおかげで、私たちはお風呂に入ってシャワーを浴びると、体を石鹸で洗ってなくてもなんだかさっぱりときれいになったように感じるんだ。この性質も、私たちの身の回りのいろんなところで見ることができるはずだよ。例えば、半導体などの工場では、非常に小さい部品を洗うために水を使用している。水ならどんなに細かい隙間にも入り込んで、汚れを取っていってしまうからね。それに、ちょっと話は変わってくるけれど、水のこの溶解能の強さが、人々の体感として「水は清く、またわたしたちの穢れを吸い取って清らかにしてくれるもの」と捉えられている例をいくつか挙げたいと思う。まず、「水に流す」という諺。これは、「過去のことをとやかく言わず、すべてなかったことにする。」(広辞苑)だけれども、ここにも水がいやなことや、汚いことを拭い去ってきれいにしてくれる、というような意味合いが込められているよね。それに、清める・洗う・浄化する・濯ぐ・済ます・澄む、というような漢字の部首に注目してごらん。「きれいにする」というような意味合いを持つ漢字には、三水など水を表すものが使われることが多いようだね。宗教的な儀式の中にも、このような水の性質を表すものがあるんだ。例えば、日本では神道において、禊という儀式が行われることがあるんだ。禊とは「身に罪または穢れのあるときや重大な神事などに従う前に、川や海で身を洗い清めること」とある。あと、君は神社に詣でたことがあるだろう?神社に入ったところには、お清めのための水が流れている場所がある。神社に詣でる際にはそこの清めの水で手を洗って口を濯いでから行くんだ。そのことを手水という。また、水垢離(みずごり)という言葉を知っているかい?これは、「神仏に祈願するため、冷水を浴び身体の穢れを去って清浄にすること」をいうんだ。このように、日本の宗教の中でも水は身を清めるものと捉えられているようなんだ。

 

6. 人間の体の話−血液

 ここでちょっと人間の体のほうに注目してみよう。まず、体内の水分といったら何を思い浮かべるかな?そう、血液だ。この血液の働きには、さっき言った溶解能が大きな役割を果たしている。この性質は、実は人間の体の外側だけをきれいにするだけではなくて、体内にまで大きな役割を果たしているんだ。血液はやはり水特有の溶解能によって、体に必要な栄養素を血液中に取り込み体中をめぐる。それで、体中に必要な栄養を配るのと同時に、体の中で必要のなくなった老廃物を貰い受けて排出する役目まで負っている。まさに血液は体内の掃除屋さんなんだね。溜まった老廃物は、肺の呼吸や、尿として排出される。その肺や腎臓までは血液がその老廃物を運んでいるんだ。血液がちゃんと老廃物を掃除してくれなかったら、私たちの体は老廃物だらけですぐだめになってしまうだろうね。でもこんなにすごい能力を持っていても、体中にまわらなければ意味がない。じゃあ、どうやって血液は体の隅々まで余すところなく行きわたることができるのかわかるかい?血管は本当に体中に張り巡らされているんだ。ほらまるで何かの網目みたいだろう?この血管に血液を送り出すのは心臓のポンプの役目なのだけれど、水分としての血液の性質もこの毛細管の隅々まで血液をいきわたらせることに一役買っているんだ。これには、水の表面張力の強さが役に立っている。表面張力が強いということは、分子間の引っ張り合う力が強いということを意味するんだ。ここで毛細管現象が起こる。君は毛細管現象を知っているかい?毛細管現象というのは、水の中に細いガラスの管を縦に入れると、水がその中を這い上がってくる現象のことをさすんだ。親水性の高い物質でできた管を入れると、水はその管の壁とくっつこうとして壁を登る。すると、水の結合の強さによって、水はどんどん這い出てきて上にあがるんだ。この現象は、血液の循環に役立っているんだよ。

 

7. 人間の体の話2−汗

 最後に汗の話をしよう。汗というと君は、べたべたしてなんだか気持ちの悪いものと思うかもしれないね。でも、これももちろん、人間が生きていくうえで大事な役割を果たしているんだよ。この汗を出すということは、人間の体温調節を行ってくれる大切な機能なんだ。この機能には、気化熱が関係している。水の気化熱は全物質の中で最高なんだ。気化熱の値が大きいということは、液体が気体になるときに大きなエネルギーを必要とするということ、つまり、気化するときに周りからたくさんの熱を奪う、ということだ。気化熱は人間の体温調節の役目を負っている。体温調節っていうのはたいしたことのないようで、実は重要なことなんだ。熱を出したり、運動をしたりして体が熱くなるとだるくなるだろう?人間はこのいらなくなった熱を汗などで排出しないとやっぱり体がおかしくなってしまうんだ。熱が出たときに、体を温めて汗を出させるのも熱がこもると良くないからなんだ。ちなみに人間の脳は43℃を超えると植物状態になってしまうんだ。人間は暑いときに汗をかいてその気化熱によって体を正常な温度に保とうとしているんだ。これは、車のエンジンと同じことがいえる。車のエンジンも熱くなりすぎるとヒートアップして壊れてしまう。だから、ラジエーターで冷たい水を当てて冷やしているんだ。人間もこれと同じさ。ほかの動物、たとえば犬だったら、毛に覆われていてなかなか冷えないから、舌を出してハッハッとしていることがあるよね。あれは舌を出して冷やすことで体を冷やそうとしているんだ。もし人間が汗をかくことができなかったら、犬と同じように舌をハッハッとさせていなければならなかったかもしれないね。それと、夏の暑い日に家の前に水をまくのもこの性質を利用しているんだ。水をまくことで、砂埃を抑えられるだけでなく、水の気化熱によって少しでも地面の温度を下げようとしているんだよ。

 

8. 最後に

 ほらね、水は君や君の生活、君の周りの生体系に大きな役割を果たしていることがわかっただろう?まだ水はありふれているなんて言える?何の特徴もないなんていえるかい?この話で、きみの水に対する認識が少しでも変わったなら嬉しいよ。さて、今日の話はここまでにしよう。最後に水の詩を紹介しようかな。

The greatest wisdom is like water.
(優れた英知は水に似ている。)
 
Water keeps everything alive, and does not quarrel.
(水はすべてを生かし、争わない。)
 
it flows to low places, and gives life without discrimination
(低いところに流れてゆき、分け隔てなく命を与える。)
 
It has no intention, but is simply where it should be, taking its instinctive shape.
(何も意図をもたず、ただあるべきところにあり、あるべき形をとる。)
 
Its function is natural, harmony itself.
(その働きには無理がなく、調和そのものである。)           作者不詳

 

 このように詩や文学の中にも水を命の源だと表現しているものはたくさんあるんだ。水はありふれたものに見えて、実際はとても重要なものだということに世界中の人がもっと気づくようになればいいなぁ。そう思わないかい?

 

参考文献

播磨裕・岡野正義編著「水の総合科学」(三共出版、2000年)

上記の詩は<http://www.botan.sakura.ne.jp/~tomo/trash/poem1.html>から抜粋

 

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