2003NSIII 「自然の化学的基礎」
第4の選択課題 古代ギリシャの哲人・ターレスは、「万物の根元(アルケー)は水である」と唱えた。 a) ターレスの考えは真理か?人間が自然の本質を理解しようとする営みの歴史的観点と現代自然科学の立場から論じなさい。 |
匿名希望
ターレスの考えは今から見ると真理であると考えます。なぜなら、人間が自然の本質を理解しようとする営みの歴史から見ると、ターレスの考えが現れた当時の物質観においては、ターレスの考えが十分に妥当性を持っていること、もうひとつ、現代自然科学の立場から見れば、水の特異な性質が地球上に生物を誕生させ、そして、進化させることに貢献し、人間を含めた生物が生きることに貢献していることから、「万物の根元(アルケー)は“水”である」は真理であるといえます。
最初に、歴史的な立場から見ると、まずBC 600年にターレスが「万物のもと(アルケー)は“水”である」と唱えたことは、確かに、当時までの人間の基本知識や原始自然観を反映していると考えられ、そうした人間のまさしく直感に近い部分を多分に反映しているものだと言ってよい、と考えられます。現在の物質観から、ターレスの考えを普遍的なものとすることは無理があるかもしれません。しかしながら、当時の物質観から見ると、動物、植物、人間生活、文明から水を抜きにして語ることは不可能であったはずです。また、別の見方をすれば、ターレスの「万物の根元(アルケー)は水である」の言葉は、自然の本質を理解しようとした歴史の出発点であり、原始時代の知識と自然科学的な知識の分岐点であったともいえるのではないでしょうか。つまり、ターレスの物質観をきっかけにして、自然哲学者たちが「自然の本質とは何か?」ということに関して関心を持ったといえるということです。
その後、アナクシメネスが、万物の根元(アルケー)を、“空気”とし、そしてクセノファネスが、“土”、ヘラクレイトスが、“火”、エンペドクレスが、“4つの元素(水と空気と土と火)”からなるとし、最後に、アリストテレスが4元素仮説を提唱して、1700年もの間、信じられることとなりました。現代的に考えるとこれらすべての理論が間違っていると考えることはできます。しかしながら、むしろ、彼らの考えが演繹的論理(頭の中で作られた理論)であったということに注目すると、追い求めていたもの「自然の本質」というものに、それぞれの認識のずれがあった為に、これらの様々な物質観が出てきたといっても良いのではないでしょうか。そう考えると、それぞれの考えの最終的な正否の判断が不可能なことは明らかであり、それぞれの考えがある程度の妥当性があるといえます。
もうひとつ、現代自然科学の立場から見れば、水は温まりにくく、冷めにくい液体(比熱が非常に大きい)であること、水は簡単な分子構造のわりには沸点が高いことや、水は大きな溶解力をもつといった、様々な水の特異な性質が地球上に生物を誕生させ、そして、進化させること、そして人間を含めた生物が生きることに貢献しています。特に、講義中のビデオにあったように、液体の水の存在が、生物誕生の源であったことからも、「万物の根元(アルケー)は“水”である」は真理であるといえます。地球上に液体の水が存在していなければ、今の人間も地球上に存在していないわけですから。しかしながら、ここで言う「万物」は、「生物」といえるのかもしれません。
b) 自然科学・技術が発達し自然環境の仕組みと実情が明らかになる現在、ターレスの考えこそ“真実”を突いているという意見がある。あなたはどう考えるか? |
ターレスの考えは、真実を突いていると思います。ターレスの考えは、哲学の領域にありましたが、それと同時に、ターレスの考えは、「物質について、そして自然の本質について考える」という自然科学・技術の出発点であったといえるでしょう。そこから考えると、自然科学・技術が発達したからこそ、ターレスの考えの真実性が明らかになったといえるのではないでしょうか。
自然科学の具体例としては、宇宙物理学により、星の起源が解明され、そして、星に存在する原子の存在までもわかるようになり、生物学、生化学、分子生物学の発達により、RNAによる自己複製が生物の基本であることが明らかになったと同時に、海の存在(水)が、生命の誕生、そして進化の源であったことが、明らかになりました。また、こうした生物の誕生・進化、つまり、生化学反応にも、水の存在が大きく関わっていることも、明らかになりました。つまり、自然科学から見ると、水の存在が「生命の誕生・進化」の絶対条件であったことが、ターレスの考えの真実性を裏付けるものだと言えるのだと思います。
さらに、技術の発達という点から見れば、蒸気機関の発明に代表される産業革命という生産技術の発展によって、石炭、石油、天然ガス、鉄鉱石といった天然資源を利用した人間の大量生産、大量消費の社会が発達しました。また、化学の発達による農薬の使用の広がりが、農業生産を飛躍的に向上させました。こうした技術の発達による工業化が、大気汚染、水質汚染といった歪を引き起こしました。しかしながら、見方を変えると、工業化による大気汚染、水質汚染といった出来事が、世界の人々に「水の大切さ、貴重さ」を教えてくれています。
当時(BC600年)に、ターレスの考えを知っていた人は、どれだけ居たでしょうか?当時のギリシャの知識人だけだったに違いありません。現代では、自然科学・技術が発達し自然環境の仕組みと実情が明らかになり、もっと多くの人が、ターレスの考えを知り、そして、自然環境への意識の高まりが広がりつつあると共に、「水の貴重さ」「水が生命誕生の起源」ということを知っているはずです。そうした人間の歴史と環境への意識が、「ターレスの考えが真実を突いている」という意見が生まれる土壌を生んだのだと思います。
宇宙物理学の研究者の間には、宇宙の起源、空間、時間の始まりという研究を通じて、古代の東洋的な思想との共通性に興味を持つ研究者が少なくないとのことです。水の研究にかかわる自然科学者・技術者も、ターレスの考え「万物の根元(アルケー)は水である」という言葉に同じ気持ちを抱いているのかもしれません。