2003NSIII 「自然の化学的基礎」 

 

日常生活から水の価値を見直そ

 

 みなさんが考えるように水は無味、無臭、無色透明です。そして確かに私たちは普段、とりあげて水について考えてみることがあまりないために“ありふれている”と感じてしまいますが、しかし私は、水は同時に物理・科学的に特徴のかたまりであり、ありふれていながらとても貴重な物質であると思います。ではどのように貴重なものなのでしょうか?これからある学生の一日を想定して、時間を追いながら、水の特徴や存在意義について考えていきたいと思います。

 

 ある冬の日、三鷹で一人暮らしをしながらICUに通っているAさんは、朝8時に起床しました。朝にまずすることといえば、洗面所に向かって、顔を洗い、歯を磨くことですね。早くもこの時点で大きな水の特徴が表れています。それは水が大きな溶解力をもつ、ということです。なぜ顔を洗ったり歯を磨いたりできるのでしょうか?これは洗顔料などに含まれる、油性物質など汚れを吸着する部分、つまり界面活性剤の親水基と水が結合すことによるものです。次にAさんは朝ごはんの支度を始めます。今日のメニューは、ちょっと時間がないのでパンと紅茶に決めて、お湯を沸かします。しかしお湯が沸騰するまでにはしばらく時間がかかるので、先に授業の用意をして着替えてくることにしました。準備を終えてキッチンに戻っていくると、やっとやかんから水蒸気がでていました。これは水の比熱が大きい、つまり温まりにくいためです。またH2Oという簡単な分子構造のわりには沸点が高いことも挙げられます。

 Aさんは朝食を手早く済ませ、家をでて三鷹駅に向かいました。電車で学校のある武蔵境に向かうためです。Aさんが乗った電車が動くのは文字通り電気のおかげですが、水は電力発電にも深く関わっています。日本の電力発電の10%は水力発電でまかなわれているほか、近年増えてきている原子力発電においても、水は冷却水などに利用されて重要な役割を果たしています。ぎりぎりで学校に到着し2限を終えたAさんは、のどが渇いて本館ラウンジでお茶を購入しました。人間の体の70%が水で出来ているというのは有名ですが、みなさんは人間が一日で摂取する水分量をご存知ですか?平均的に人間は一日で2.5Pの水分を失うため、これを補って水分をとらなければならないのです。さらにAさんが授業で使うシャーペンなどのプラスチック製品は、これらの製造過程で年間85000Pの水が必要とされているのです。

 さてランチの時間ですが、Aさんは友達とD館のラウンジで昼食をとることにしました。今日は売店で買ったお弁当ですが、冷蔵保存されていたため、電子レンジで温めてから食べました。ここでも水は重要な役割を果たします。電子レンジは、その物質に含まれる水分を振動させることによって物を温める仕組みになっているなっているためです。

 午後の授業は4限のみだったので、その後は所属しているアイスホッケー部の練習のため、部員数人とスケート場に向かいました。ここでなぜ氷の上で滑ることができるのかを説明しましょう。水には圧力をかけると融点(氷点)が下がるという性質があります。そのため、氷上では刃によって加えられた圧力でその部分が融解するため、スムーズに滑ることができるのです。いつものように練習はハードで、Aさんは大量に汗をかきました。この汗はつまり体内から発散される水分ですが、汗は体温の上昇を防ぐ点で非常に大切な役割をしています。体温の過度の上昇は、体内の大半を構成するアミノ酸が熱によって変性してしまうなど、恒温動物の人間にとって有害なためです。

 夕飯を部員と外で済ましてきたAさんは、夜部屋に帰ってくるととても寒かったのでストーブをつけました。ストーブの燃料になるのは石油ですが、その精製には年間22500Pの水が使われているのです。Aさんが暖まりながら読んでいる新聞では、100倍の年間250000Pの水が使用されています。そしてAさんは明日提出のレポートに取り掛かりますが、このとき脇においているコーヒーは、朝沸かしたお湯の残りをポットで保存しておいたものを使ったのですが、十分暖かくてAさんを温めてくれました。これも前述の水の比熱の大きさからくる、水の冷めにくい性質によるものです。

 やっと課題を終えて入浴しようとAさんは浴槽にお湯を張りますが、TVに気をとられているうちにお湯を入れすぎてしまいました。慌ててお湯を止めにお風呂場に駆けつけてみると、浴槽目一杯にお湯は入っているものの溢れてはいませんでした。これは水の非常に強い表面張力によるものです。こうしてゆっくりお風呂に入って暖まったAさんですが、髪を乾かそうとしたときに友達からかかってきた電話で長々と話しすぎてしまい、寒気を感じました。これは自然乾燥、つまり水が水蒸気に変わる過程において1gにつき540calの熱量を必要とするように蒸発しにくい物質で、そのための熱量をせっかく暖まったAさんの体から奪っていってしまったためです。

 Aさんは風邪を予防するために、塗らしたタオルを部屋に干して湿度を保ちながら寝ることにしました。冬に風邪やインフルエンザが流行するのは、空気が乾燥してウイルスが繁殖しやすい状態になりためですが、空気中の水分はこれを防いでくれるためです。こうしてAさんの一日は終わりました。

 

 このように、よく見直してみると私たちの生活と水は深く関わっていることが分かります。また、水の特性のおかげで可能になっていることも多々あることがわかっていただけたのではないでしょうか?水は確かにありふれている物質ですが、水がなくなった生活を想像することはできないほど、日常生活にしみ込んでいるのです。そして日本は幸いに水が豊富にある国ですが、中東など世界の多くの地域でこうした水をめぐる争いが起こっていることも事実です。また、地球の表面の7割を占める海も水の一部ですが、私たちが生活に利用することができる淡水は、地球上の総水量のわずか0.5%にしか満たないのです。このような事実をふまえ、みなさんには水の貴重さや価値をもっと理解していただきたいと思います。

 

 

<参考文献>

 

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