2003NSIII 「自然の化学的基礎」 

 

「水の世紀」

高橋康平

 

 1995年、世界銀行総裁イスマイル・セラゲルディンは水の未来について次のように予言した。「今世紀の戦争が石油をめぐって戦われたものであったとするなら、新世紀の戦争は水をめぐって戦われることになるだろう」。この予言は様々なところで現実のものとなっている。2001年4月16日付のニューヨーク・タイムズ紙には、モFor Texas Now, Water and Not Oil Is Liquid Goldモ (テキサスでは今石油に代わって水が黄金の液体だ)という記事で、テキサス州における水の奪い合いを報じている。また、パレスチナとイスラエル、シリアとトルコ、エジプトとエチオピアのように、水利権を巡る争いが実際に起こっている。国連の報告では世界人口の五分の一、約十二億人が安全な水を利用できていない。途上国の病気の八割は汚水が原因で、子供が八秒に一人死んでいるという。これらの現実を踏まえ、グローバルな視点から人間は何をしようとしているか、そして自分自身、一人一人がいま生きている場所から何ができるかを論じる。

 

 2000年の国連ミレニアムサミット、それを引き継ぐ形の2002年南アフリカ・ヨハネスブルクサミットで、「2015年までに安全な飲料水や衛生施設を利用できない人たちの割合を半減する」という数値目標が合意された。その中で登場したキーワードの一つとして、「民間資本の導入」がある。これはすなわち、政府開発援助(ODA)だけでは、貧困の撲滅、特に巨額のインフラ整備を伴う水問題の解決は不可能なため、代わりに先進国の民間企業に途上国への投資を増加してもらおうという考えだ。こうした水道事業の民営化を進める「世界水会議」側は、「安全な水を飲めない人口の増加に対応しなくてはいけない。公的サービスが十分でない今、民営化は有効な手段だ」と主張する。

  しかしながら、反対意見もある。民営化に反対するNGO「カナダ人評議会」は、「水は基本的人権。民営化は利益に基づいた決定を招く」と「水の商品化」に反対の主張をしている。例えばボリビアでは、1999年政府が水道事業から撤退し、民営化が決定すると、一ヶ月の最低賃金が百ドルに満たない町の水道料金が一ヶ月二十ドルになった。すると、「水と生活防衛連合」という市民連合が結成され、町をロックアウト、国中でゼネストが起こった。政府からの弾圧もあったが、2000年に企業は撤退した。同じように民営化後水道料金が跳ね上がり、抗議運動が起こるという失敗例がガーナ、フィリピンで相次いでいるという。

 これらは水に市場原理を導入したために起きた事件である。いいかえるならば、水に私的な所有権を主張した結果起きた事件といえる。しかし水はすべての人間、生命の基盤であり、共同使用の公的財産であるだろう。水源を持つものは下流の者のことを考えずに水を使ったり売ったりしてよいのだろうか。企業の水ビジネスが、水を人々の共有財産から売買の対象にしている。ここで水を単純に商品と考え、自由主義市場原理を導入して「神の見えざる手」に任せれば水問題は解決すると考えるのは、産業革命期に労働力を売買の対象として市場原理に任せた結果人間疎外を引き起こした愚を再び繰り返すことになるだろう。水が生命の基盤である以上、水は基本的人権であり、そこにはなんらかの公共性が必要とされるであろう。

 

 では、今私たち一人一人に一体何ができるだろうか。考えるに、ことがあまりにグローバルで大規模すぎること、また日本は水に囲まれ、水資源に関しては比較的豊かな生活をしているため、実感がわかず、「今わたしにここでなにができるか」という問題意識をもつ日本人は少ないのではないだろうか。

 しかし、水問題は我々日本人の生活にも大きな影響を与えるのである。第二回世界水フォーラムで公表された「世界水ビジョン」によると、2025年問題ぐらいに深刻な水不足が起こると予測されている。ところで日本は年間744億Gもの間接水を輸入している。間接水とは、日本が輸入する農業製品や工業製品を作り出すために輸出国内で使用される水のことである。つまり農産物を輸入するということはその農産物を作り出すのに使われた量の水を輸入することであると、考えた場合の水のことである。このように考えると、日本人は生活を支えている水資源の半分近くを海外に依存していることになる。そして食料の6割は輸入に頼っている。ゆえに、世界の水資源需給がどういう状態にあるかを常に気にかけておく必要があると考えられる。

 2003年春には第三回水フォーラムが京都など日本国内の各都市で開かれた。この際の一つの方針として、「開かれた」フォーラムを目指すというものがあり、そのため今まで水フォーラムに参加できなかった批判的なNGOのフォーラムへの参加が行われた。またこのフォーラムでは、「ヴァーチャルフォーラム」と名づけたweb上のチャットで草の根の市民の声を吸い上げようとしており、実際ヴァーチャルフォーラムの報告書を作り、公開している。日本で開かれたからか、新聞にも比較的大きく取り上げられた。水フォーラムが日本で開かれたのは、我々が世界の水問題について考えることへのよいきっかけとなっただろう。このような啓蒙的活動の持続と、それに気付いてみる目が必要とされていると思う。

 

 2003年2月、日本政府は水道民営化の方針を打ち出した。民営化の骨子は、「高い水道料金を抑え、経営を好転させ、サービスの向上をはかる」ためであり、すでに外資のヴィヴェンディとテームズウォーターと商社が動き出しているという。水不足と水供給への市場原理の導入は決して遠い外国の物語ではなく、今ここで我々に直接関係しているのだという視点で世界を見ていくことが大事であろう。

 

参考文献

 

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