千代田区の九段下に、俎橋という橋がある。交通量の多い場所であるが、この橋と交差するように上を首都高速が走り、下には日本橋川という川が流れる。

三鷹の井の頭池を源流とする神田川の分流で、全長約５ｋｍ、日本橋を通って隅田川そして東京湾に注ぐ日本橋川は、江戸時代に造られた川である。日本橋川は江戸時代、江戸城の防衛としての役割のほかにも運河としての機能を果たし、物流の中心として栄え、江戸の市民の暮らしを支えた、歴史的にも重要な川である。しかし昭和３０年代、高度経済成長で交通混雑が増加すると、これを解消するため、東京オリンピックを契機に川の上には高速道路が建設され、日本橋川は川としての景観を失っていった。

私が８年前に千代田区に引っ越してきたとき、日本橋川は両岸をコンクリートで固められ、ビルと首都高で太陽を遮られ、暗く薄汚い川であった。川の水も緑に濁っていて、橋を渡るたびに下水のような臭いがしていた。川と呼べるような情景にはほど遠かったのである。

この川は清掃局のゴミを運搬するための船が利用するくらいしか今は人間生活に関わっていない。私は去年の秋、成人式の準備の関係で千代田区と関わっていた際に、このゴミの船に乗せてもらった経験のある人に話を聞く機会があった。船といっても川が浅いのでイカダのような船である。上をずっと首都高が川に沿って走り、両岸もビルで囲まれた景色だったという。

日本橋川は東京湾が近いため、潮の満ち引きが影響して水位が変わる川である。そのため満潮のときは水面と橋との間隔が狭まり、船が通れなくなる箇所もある。そのため船が通行できる時間というのも限られてくる訳である。

日本橋学生工房というインターネットのサイトには、この干満の差による特殊な環境が水質汚濁の要因であると説明している。これによると日本橋川の河口付近では海水の力が河川流よりも強いために汚染物質が溜まりやすくなっているという。そのため川底に堆積したヘドロと下水道から流入する汚水の混じった雨水が川の水を汚しているのである。

今までこの川に対する私のイメージや評価は暗い、汚い、臭いといった否定的なもので、この川を渡るときも、川を渡るというより高速の下を通るという感覚でいた。地元を流れる川であるにもかかわらず興味関心がなかったので、だから私はこの川を船で下ったと聞いたときは驚いた。なぜこのような見捨てられた川に魅力を感じるのか、そのときは分からなかったのを覚えている。

私も特別にこの船に乗せてもらえることになったのだが、本来は一般の人を運ぶ目的でないため、運行する曜日や潮の関係で予定が合わず、結局乗らずに終わってしまった。そのときはあまり気分も進まなかったので特になにもなく過ぎてしまったが、今思えば大学を休んでも乗っておくべきだったと思っている。

現在の日本橋川は、匂いもなくなり濁った緑色もしていない。川底が清掃され、以前より少し川らしい姿になっている。清掃していたことは知っていたが、改めて日本橋川を見て、川が変わったことに気づいた。岸壁にも工夫が施され、わずかであるが植物が生えるようになっている。首都高は相変わらず日陰を作っていて暗い感じは変わらないが、水が前よりきれいに感じられた。

この高速道路が川の景観を損なっているという問題は最近になって議論となっている。日本橋川の再整備計画が検討され、川の景観を取り戻そうという動きが地元や行政にも見られるようになった。しかし首都高は私たちの生活には欠かせない交通道路でもあり、簡単に撤去するようなことは出来そうにない。

そんななか隣国の韓国では、渓清川という川が同じ問題を抱えていたが、政府の方針で高速道路の高架を撤去して川が復活したという例がある。これは川と流域の風景というインターネットのサイトにも載っていて、他にもアメリカやドイツなどの事例が紹介されている。それによると日本橋川の場合、首都高速の地下化も検討されているというが、実現されるかはまだ疑問である。

私は千代田区に住む者として、この川がいつか本来の姿を取り戻してほしいと思っている。かつては市民の生活を支える中心だった日本橋川はいま、昭和３０年代以降ずっと首都高にフタをされたかのように陰になっている。江戸城のお壕が多い千代田区では、ほかにもっと景観のいい箇所がたくさんあり、日本橋川はもはや存在価値もなかった。しかしここ数年、千代田区はあちらこちらで再開発が進み、街と共に川も見直されはじめている。環境にも配慮して自然を取り入れた街整備の中、薄汚い川と首都高の高架が浮いていてバランスが悪いのが目立つ。

横浜市の港南区に大岡川という川がある。小さな川であるが、祖父母の実家があり幼い頃に時々遊びに行った記憶がある。そこは川に降りられるようにもなっていて、石の上を歩いて渡ることもできた。また通っていた東京杉並区の高校の近くには善福寺川という川があり、部活でよく川沿いの沿道を走っていた。このように川は生活に密着したものであり、いつも近くにあるから愛着が生まれるのだと思う。

千代田区の日本橋川に愛着を持つ人はいない。いても数少ないであろう。多くの人は川が流れていることすら気づいていないとも思う。それは日本橋川が高速の下を流れる汚い運河であり、川沿いはいつも薄暗いからなのかも知れない。ホームレスの寝床が点在する箇所もあり、人は近寄らないことが多い。

昔から人々の生活に密接に関わってきた日本橋川が、いまや見捨てられている状況であるのは本当に悲しい。私は大岡川や善福寺川のように、日本橋川も人々が親しみを持てるような川になってもらいたいと願っている。両岸をコンクリートで固められ高架でフタをされた自然のない人工的な姿が、明るく自然との調和が取れた景観になれば川は人間の生活の一部に戻ることが出来ると私は考えている。

　

日本橋川　（日本橋学生工房ＨＰより）

参考ＨＰ

http://n-kohboh.jp/river.htm

http://www.ne.jp/asahi/yoikawa/suikei/sub3-26.htm