2003NSIII 「自然の化学的基礎」 課題 I

「川と人間生活」 那珂川(茨城県

 

 私が15年間を過ごした茨城県ひたちなか市は、那珂川に接している。那珂川は栃木県の5町1村と茨城県の2市5町2村を流域にもつ比較的大きな河川だ。今回Webページで調べてみて、「常陸国風土記」に書かれていたり、万葉集でも“中”と詠まれていたりと歴史が深いことを知った。また首都圏の河川の中では自然が残っているほうで、アユやサケなどの生息で知られているらしい。だが最も人々の印象に残っているのは、台風などによる水害ではないかと思う。私が生まれてからの19年の間でも主な洪水が昭和61年、平成3年、10年などにあり、特に昭和61年のものでは3500戸以上が浸水したそうだ。那珂川沿いに住む知り合いの農家に行ったとき、倉庫に古い木製のボートが備えてあるのを見てそのことを尋ねたら、昭和61年の洪水では実際にそのボートが活躍したことを教えられて驚いた。私が高校2年の夏にも、台風による那珂川上流の降水が一気に下ってきてかなり水位が上昇した。水面は河川敷ぎりぎりまで迫って、電車で橋を通過したときはその勢いに驚いた。上流から牛が何頭か流れてきたという話も聞いた。

 しかし最近の那珂川の景観はかなり変わった。水害を防ぐために1年ほど前に河川敷の拡張工事が行われて、さらに堤防が築かれたからだ。斜面もコンクリートで固められた。これまで周囲の農家がそれぞれに利用し管理していた河川敷は一定に平らにならされ、さらに外側に高い堤防ができていた。ひさしぶりに見た那珂川はそのせいか無機質な感じがして、私が小さい頃から接してきた川とはまったく別もののように見えた。

 私は実家に住んでいた間、ほとんど毎年のように那珂川沿いに住む農家が企画して開いていたカヌー体験に参加していた。いつも7月末から8月初めの一日に、カヌー教室を経営していて普段から那珂川でツーリングをしているインストラクターが数人で特別教室を開いてくれた。その後には農家のおじさんが、那珂川でとれたサケのちゃんちゃん焼きを作ってふるまってくれた。カヌーに乗れない小さい頃でも、友達と川に飛び込んでよく遊んでいた思い出がある。那珂川の水は緑に近いものがあるし、あまりきれいではないと思う。それは小さい頃からかわらないが、生息するアユやサケを守るためにもと那珂川のクリーン運動は常に行われていた。カヌー教室もその農家のおじさんが中心になって行っていたクリーン運動の一環で、市民に那珂川に親しんでもらって意識を高めようというのが目的だった。私の父の実家は那珂川上流の流域にあり、そこでも川遊びはよくしていたが、水の透明度はひたちなか市を流れる水とはまったく異なっていていつも驚かされる。それもあって最初に川を見たときにはさすがに腰がひけるが、友達と遊んでいるうちに、カヌーに夢中になっているうちに、いつもそんなことは気にならなくなって自分から水に飛び込んでいた。たった一日なのに日焼けのし過ぎで、その後一週間ほど肌が赤くはれ上がってヒリヒリしていたときもあった。

 去年の夏にそのカヌー教室が行われたかどうかは聞いていないが、おそらくなかったのではないかと思う。教室を企画していた農家は河川敷整備・堤防建設の工事のために市から要請されて川沿いを離れ、少し離れたところに母屋や倉庫、家畜小屋、畑などすべてを移動することになった。規模を縮小しなければならなくなって、飼育していたにわとりも3分の1を処分したと聞いた。もうみんなでカヌーをしたり、川岸で水面を見ながらサケを食べることもないのかと思うと、とても寂しい思いがする。

 那珂川は私にとっては、小さい頃から夏の楽しい一日を過ごす場だった。川には楽しい思い出ばかりがつまっていて、怖い体験をしたことはこれまで一度もない。だから川の景観はずっと変わらないであってほしいし、大人になって帰ってきたときにも楽しかったことを思い出させてくれるような川であってほしいと思う。洪水寸前の那珂川も橋の上からは見たこともあるが、私自身は川からはずっと離れた高台に住んでいたので、実際自宅が浸水の危機に瀕したこともなくていまいちその脅威を実感することはできていない。だから那珂川の堤防建設は、私個人には自然を壊して人々を川から遠ざける行為にしか思えない。しかし周辺住民の人たちの見方はやっぱり違うのだろうと思う。移動と規模の縮小を要請された農家の人も、そのことに対して不満はもらしていなかった。那珂川のもうひとつの一面として、水害の脅威を身近に感じてきたからだろう。だから堤防の建設をどうこうと言うより、それをふまえて昔のように親しめる川にしていくことの活動の方がもっと大切だ。工事からあまり時間が経ってないこともあるだろうが、現在の那珂川は周辺に住む人や、私のように思い出の場として親しんできた人にとってなにか違和感を感じさせるものだ。しかしいつまでもそのままでいるのではなくて、新しい景観に変わった川に新たに親しむ努力が必要なのかもしれない。そして、また違う思い出を築いていける場にすることができたら、それがいろんな面で人に調和した川の姿になると思う。

 

Works Cited

常陸河川国道事務所HP

<http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/2_now/3_tokimk/7_hanran/15_htchi/stage2/index.htm>

<http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/2_now/3_tokimk/7_hanran/15_htchi/stage1/nakagawa/index.htm>

 

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