高校生に水を語る

水でつながる命

 

 

皆さんは「水」と聞いてどのような場面を思い浮かべますか?家の近くを流れる川や毎日水道から出てくる水を想像する人は多いと思いますが、そのイメージは共通して「身近でありふれたもの」といったところでしょう。日本に生まれ育った私たちは普段、水の希少性や特異性に気付きにくいと思いますが、水は十分に特別な存在であり、あなたたちはそれを認識しておくべき高校生という人生の中で重要な岐路に立っています。というのも、恐らくあなた方の多くは大学に進学した後に社会に出て行くと思いますが、その際に日本に生きる私たちが水の重要性を意識し、その危機的状況を理解しているかどうかが大学での研究や社会の形成の仕方を変え、その結果として60億人の人間が共生できるかが変わってくるといっても過言ではありません。話が大規模になってきたので元に戻します。とにかく、今日の話から地球に生きる我々の生命活動のあらゆる面で水が活躍し、しかも稀有な存在であるということが伝わればうれしいと思います。それでは、普段意識しないけれども重要な水の性質を、主に私たちの生活を通して紹介します。

 

皆さんの多くは海やプールに行ったことがあると思いますが、浜辺やプールサイドは足の裏が焼けそうに熱いのに水の中では火傷せずに泳げることが不思議だとは思いませんか?これは水の異常性の一つ、比熱が大きいことで暖まりにくく冷めにくいという性質によるものです。もともと液体は固体よりも温まりにくく、石や鉄が10℃あたたまっても水は1℃しか上がりません。しかし他の液体と比べても、水は他の液体のほとんどが2℃上昇する間に1℃しか上昇しません。もし水が温まりやすければ、真夏の太陽で大地が熱くなるのと同じ速さで海水や湖・川が温度上昇して水中生物は全滅し、ついには地上の水分が蒸発しつくしてしまうでしょう。同じ地上でも、砂漠は日中の気温が40℃を超し日が暮れるとマイナス40℃以下となってしまいます。これに対し海沿いの地域の気温変化は内陸と比べて小さく、安定しています。このことから、水という物質があるから私たちが地球上で生きていられるということが分かります。この性質は地上だけでなく私たち人間にとっても重要なのです。人間の体は60%の水分で出来ています。そしてそのうちのほんの2.5%が失われただけで脱水症状に陥り、最悪の場合は死に至ります。体の6割を占める液体が急激な温度変化をしにくい性質を持つ水であることで私たちは真夏日も脱水症状を起こさず、雪の降る中でも凍傷になることなく日常の温度変化に対応して生きられるのです。

 

次に私たちに身近な性質として、気化熱が大きいということが挙げられます。皆さんが予防接種などでアルコールを塗った跡が冷たく感じると思いますが、それはアルコールが蒸発する際に皮膚から熱を奪うためです。しかも水の気化熱は物質の中でも特に大きいのです。気化熱が大きいとうことは蒸発する際に奪う熱量が多いということです。暑い夏の日や激しい運動の後には汗をかきますが、人間の体は汗が蒸発する際の気化熱を利用して体温上昇を避けています。また、風邪などで体温が上がりすぎたときも大量に汗をかきますが、氷枕を当てて頭の温度が上がりすぎて脳に影響を与えないようにもできます。これも氷が解けるときに頭の熱を奪う仕組みを利用しているのです。その他にもエンジンの回転や機械の熱を冷ますにも、原子力施設などでも利用されており、人間が作り出した熱を下げるだけでなく生活に必要なエネルギーをつくるのにも自然の水が利用されていて、これらは全て水の気化熱が大きいことで成り立っています。

 

3つ目に、最も大きな水の特性として、氷があります。普段の生活の中では外食の際に水に浮かんで出てきたり、冬になるとバケツの水が凍っていたりして目にする機会は多いでしょう。しかしこのあまりに見慣れておかしいと思えない「固体が浮かんでいる」という状態こそ、他のどの物質にも見られない異常な特性なのです。通常物質は固体のときがもっとも体積が減り、密度の高い重たい固体は液体に沈みます。しかし水は4℃のときに最も密度が高く・重くなり、それ以下になると軽くなります。この理由は氷の分子構造にあります。水は液体のときは水分子が分子の隙間に入り込み密度が高いのですが、4℃以下になると規則的に並びはじめ、氷になるとダイヤモンド構造と呼ばれる真ん中に六角形の空間の空いた分子構造になり体積が液体の1.1倍になります。この体積が大きくなるというのは地中の水分が氷になって出てくる霜柱や、急いで冷やそうとしてそのまま忘れて凍ってしまった缶ジュースを見れば分かると思います。もし水の温度が下がるに従って体積が小さくなり、氷が最も重たかったら何が起こるのでしょうか?北極と南極の流氷は全て沈み、海底が凍りつき、水中の生物は冬の間に死んでしまうでしょう。魚の居る海底や湖底にもっとも重い4℃の水がたまり、0℃以下になる冷たい水は全て水面近くへと上がっていきそれ以上気温が下がらないことで魚たちは凍らずに冬が越せるのです。この氷が浮いて4℃で最も重くなる特性のおかげで、水中生物が生きているのです。

 

さらに、水は大切な役割を担っているのですが、それは水の様々なものを溶かし込む性質によって成り立っています。水はどの液体よりも多くの種類・量の物質を溶かし込み、時間を掛ければ石や金属でさえ溶かしてしまうのです。この性質によって大気中の汚れが雨や雪により浄化されます。これは私たちの生活の中でも応用され、水から不純物を取り除いて電気を通さないハングリーウォーターとしてわずかな電気で壊れてしまう半導体や小さな汚れが感染症に繋がる危険のある医療器具の洗浄などに使われています。そしてこの多くの物質を溶かし込む性質と組み合わさって生命活動を支えているのが表面張力です。皆さんは蓮の葉の上で玉になった水やコップからこぼれずに盛り上がった水を知っているでしょう。表面張力とは水の分子同士が引き合う力です。ガラスの管を水につけると、ガラスと水は引き寄せ合うのでガラスと触れている部分の水の分子がどんどん上のガラスとくっつこうとし,触れていない部分は水同士の分子間力によりひっぱられて水位全体が上がっていき、管が細いほど高く上がります。これを毛細管現象といいますが、この性質のお陰で水が地中の石や土の小さな隙間を登り、養分やミネラルをたくさん含んだ水分が植物が水分を葉から蒸発させるときに生じる吸水圧の力を借りて植物の根・茎・幹の細い導管を通って何十メートルもある木の上まで行き届き、人間の体内では血液として心臓というポンプの助けで酸素や栄養を循環させているのです。川や海の生物が生きられるのも水中に酸素が溶け込んでいるからです。地上の全ての生物が生きるには、水溶液と運搬役としての水という媒体が必要不可欠なのです。

 

さて、これまでの特性は、全て水が私たちの生活や自然の温度変化の中で状態変化する事を前提にしています。しかし実は、その状態変化自体も特別な性質なのです。水の分子量は18と小さく、分子の中でも軽いのですが、軽いということは気体になりやすく、液体や固体には成りにくいということです。ところが水は自然界の温度変化の中で容易に状態変化を行うのです。その特異性を示すために、他のH分子を二つ持つH2Te130)・H2Se81)・H2S(分子量34)という水より分子量の大きいものの沸点とくらべてみます。その沸点は0℃・-40℃・-60℃と低くなり、さらに分子量の小さい水は-90℃程度が沸点になるはずが、反対に4つの中で最も大きな分子量のH2Teの沸点さえ超えて100℃で気化します。これは融点に関しても同様で、H2Teが-50℃以下で凍り、他の二つはさらに低い温度でないと凍らないのに対し、最も分子量の小さな水は0℃で凍ってしまうのです。水は一般的な「軽い分子ほど低い温度で沸騰し、凍らせるにはさらに低い温度が必要になるだろう」という予想をはるかに超えて独特の三態変化の温度を持っているのです。しかしこの独特の三態変化こそが地球における降雨・流水・命をはぐくむ大海と氷河の循環として生物が住みよい環境を作り、その環境の中では地上を覆う水に近い水分を含む人間が、これまた水によって体温調節をし、養分を循環させること生命をつないでいるのです。

 

生物と地球にとって水がその性質により必要であることはお分かりいただけたと思いますが、ここにきて問題なのはその貴重な水が明らかに不足しているということです。もともと地上の水分の97.5%は海水で残りの2.5%が私たちの利用できる淡水なのですが、その70%は極地の氷・29%は地下水で、実際に利用できるのはほんの0.01%に過ぎません。その水も蒸発する分を引くと0.01%の20%しかなくなり、その20兆トンを60億人と全植物、動物で分け合わねばならないのです。皆さんはもうお気づきかと思いますが、水資源は人間だけのものではありません。しかし人間の中でも先進国は他の動植物が利用するべき分を過剰に利用し、汚染し、そのサイクルを壊してきました。天然の川は水を抱えきれなくなると氾濫し、その後より環境に適した形になって静かに流れます。現在問題になっている地球温暖化による異常気象も、人間の出す有害物質が雨や川を通して水を汚し、天然のダムとしての森林を破壊し、水の循環が元に戻ろうと反動で荒れているのだと思います。先進国の中でも水に恵まれた日本の私たちは、海や川やきれいな湧き水によって産業を発達させることが出来ました。しかしその分世界の水問題について責任が大きいといえます。世界の水不足を悪化させるのも一人でも多くの命を救うのも先進国として世界の水の動きに影響を与える私たちの行動しだいです。たった今から、水を使うときにはそれがどうしても必要なのか、無駄に使っていないかを考え、工業製品1つ買うにもその製品の消費によって水質や環境の汚染がないかを意識し、水の循環がよくなる自然と社会のあり方を考えながら消費活動を通して環境に配慮した企業を育てることが、資本主義社会に生きる私たちが出来る最低限のことではないでしょうか。大切なのは、全体的な視野を持った複数の個人の活動です。それぞれの社会に生きる私たちが、持続可能な社会の実現のためにはどのような活動がひつようで、そのためには自分が社会の中で何を分担できるのかを考えて生きることが求められていると思います。

今日のこの出会いの中から自分たちの存在の貴重さに気付き・環境と水のことを考え・行動する人が生まれることを祈っています。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。