地球!ふしぎ大自然

知られざる沖縄@ 海面を花が走る

-西表島 海の神秘-

 

◇内容◇

西表島:沖縄の南西の端に位置する周囲130kmの島。日本最大のサンゴ礁が島を取り囲んでいる。サンゴの種類は400種にものぼり、世界でも最大規模である。また海水と淡水が混じるところには日本最大のマングローブの森が広がる。島には多い年には3000mmを超える雨が作りあげた亜熱帯の森が広がる。珍しい生き物の宝庫で、海にはマンタや様々な熱帯魚が生息している。陸には日本では西表島や石垣島に200羽ほどしかいないカンムリワシや、西表島の象徴であるイリオモテヤマネコが生息している。

 

ウミショウブ:サンゴ礁の内側の浅い海に広がる海中の草原の正体。すらっとした葉がショウブに似ていることからこの名がついた。日本では西表島と周辺のみで見かけることができ、背の高いものではおよそ2mにもなる。海中に生えているとはいえ植物であることには変わりはなく、光合成のために太陽の光が必要なため、浅いところでできるかぎり葉を水面へ伸ばしている。葉の中には空洞がたくさんあり、光合成によって作られる酸素が入っている。葉の先端にいくほど空洞は大きくなり、浮きの役割を果たすことによって長い葉を海中でも立てることができる。

 

  -ウミショウブの進化の秘密

     すべての生物が海から陸へと進化していったのではなく、クジラのように陸から海へと進出した生物もいる。ウミショウブもそのような生物のひとつで、かつては陸上の植物だった。およそ1億年前、サトイモに近い仲間とされるウミショウブは陸上に生えていた。恐竜の全盛期だったそのころ、植物の生き残り競争は激しく、ウミショウブはスペース、栄養共に豊富である他の植物には遮られることのない海を目指した。海で生き残るためには@太陽の光、A酸素・二酸化炭素、B水・養分をどのように確保するか、という大きな課題があった。@太陽の光は浅く透明な海を選ぶことで十分に得ることができ、A酸素・二酸化炭素は陸上の植物が持つような気孔は使わず、水に溶けた酸素・二酸化炭素を体の表面の細胞から膜を通して直接吸収しているとされている。B水・養分も根や葉の表面の細胞から細胞内にある塩分を押し出すポンプの働きによって塩分をなくして吸収しているとされている。このように、海中で生きていくためにウミショウブは約1億年をかけて特殊な進化を遂げていった。

  -子孫を残すために

     夏の大潮の日、引き潮の昼間にそれは起きる。潮が引き始めるとウミショウブの草原から泡が立ちのぼる。その泡は株の根元にあるさやから出てくる。そのさやのなかにはわずか3mmの雄花がたくさん入っている。雄花のつぼみは糸のようなものでさやとつながっており、それを切るために光合成によって作られた酸素の浮力を利用しているのである。小さな丸い雄花のつぼみは浮力によってさやを離れ、水面に上がった瞬間に花びらとがくが反り返り、てるてる坊主のような形になり水面を走り回る。花びらの裏側は水を吸い寄せ、表側ははじく傾向にある為、水面で反り返ったとき水を抱え込み、安定して立ち上がることができるのである。一方で雌花は潮が引くのを待ちつつ、水面を目指して伸びる。そしていよいよ潮が完全に引き、水面に現れたとき花弁は開き、雄花が流れ着くのを待つのである。雌花が咲き始めて約3時間、再びウミショウブの草原は海の中へ。このように同じタイミング、夏の大潮の日の引き潮のお昼間に雄花と雌花が咲くことで、ウミショウブは子孫を残していくのである。

  -どうやって大潮を知るのか?

     大潮の日に決まって花を咲かせるウミショウブ。一体どうやって大潮の日を知るのであろうか?満ち干の全くない水槽でウミショウブを育ててみても大潮の日に開花するということが実験からわかった。この結果からウミショウブは体内時計を持っているのでは、と考えられるようになった。サンゴやアカテガニも体内時計を持っているとされている生き物である。アカテガニは目の近くの神経で太陽と月の動きを察知し、大潮の日を計算しているとされている。ウミショウブも大潮の少し前からさやと雄花のつぼみをつなぐ糸を切るために、その細胞を溶かすための物質を分泌している様子も見られ、確実に計算している証拠と言える。

  -受粉後の変化

     茶色の葉が目立ち始めるなか、雌花はふくらみ、中では種が成長していく。不思議なことに、雌花の茎は株に巻きつくようにして巻き始める。これもまた、子孫を残すために重要な役割を果たしている。台風が訪れる時期、果たしてウミショウブは大丈夫なのであろうか。沖合の荒々しい波に比べ、島を囲むサンゴ礁のおかげで浜辺は少しのうねりしかない。また、ウミショウブは花を株に巻きつけることで新しい命を守っていたのである。台風は決して悪いものではなく、恩恵ももたらす。島に降った多量の雨は、土に含まれる養分と共に海に流れ込む。その養分の豊富な水はウミショウブの成長を促す役割を果たす。ウミショウブは亜熱帯の森に育まれ、サンゴ礁に守られ生きている。海と山のめぐみを精一杯受けて海に広がる草原を作り上げているのである。受粉後、1ヶ月近くが経つとウミショウブの実は直径5cmほどになり、中では10個ほどの種が成長している。さらに1ヶ月もすれば実ははじけて根が広げられるところへと種は飛び散っていく。そのように種が成長している傍ら、新しい雌花のつぼみの成長も見られる。ウミショウブは6月から10月ごろまで大潮の日に繰り返し花を咲かせるのである。

 

   *ウミショウブの草原の中の様々な生き物

      ウミショウブの草原の中では、ゴンズイ、カクレクマノミ、コクテンフグ、スク(アイゴの稚魚)などの生き物が見られる。特に小さい魚にとっては恰好の隠れ家で、ゴンズイは群れになって安全を確保している。スクはウミショウブの表面につく光合成を遮る藻を食べ、その恩返しとしてウミショウブはギンガメアジといった大きな魚からスクを守る、といった共生関係も見られる。なかにはウミヘビやベラといった器用に葉と葉の間を泳いでえさを探すものもいるが、そのような天敵から身を守るためにウミショウブの葉に自分の身体を擬態させて守っているフチドリカワハギ、ハタタテギンポ、ヘコアユといった生き物もウミショウブに守られて生きている。

      ウミショウブが子孫を残すために奮闘しているのと同じ頃、その他の生き物も同じように子孫を残すために必死である。逆立ちして泳ぎ、ウミショウブの葉に擬態させて暮らしているニシキフウライウオは稚魚が生まれるまで卵をかかえ続ける。アオリイカはウミショウブの根元に卵を産みつける。アオリイカは大きくなるとサンゴ礁で暮らすが、それまではウミショウブの草原に守られて成長していく。普段は海底で静かに横たわっているだけのナマコも少しでも多く子孫を残すために、立ち上がって精子を出す。このようにウミショウブの草原は新たな命のゆりかごの役割も果たしている。

 

 

◇感想と考察◇

  沖縄には3回行ったことがあるが、とても魅力的な場所である。もちろん、歴史や文化についても知りたいこと、知るべきことはまだまだたくさんあるが、自然の美しさやその自然の中で暮らす生き物についても知りたいことはたくさんある。大晦日の日、スキューバダイビングで見ることができたサンゴ礁とたくさんのカラフルな魚や他の生き物、また島で見かけた亜熱帯特有の様々な植物。何度行っても新たな発見をすることができるような気がする。竹富島に行って、星の砂を自らの手で採取したときの感動は一生忘れないだろう。

  今回、以前から行ってみたいと思っていた西表島についてのDVDを観て、さらに西表島に、沖縄に対する憧れが強くなったような気がする。海に生きる生物、とくに植物は全てもともと海で生まれた、と信じていたこともあり、クジラやウミショウブのように陸から海に進出した生物がいたという事実に非常に驚かされた。そしてウミショウブの進化には目を見張るものがある。生き残るために他の植物が選ばないような困難な場所を選び、見事に適応していったのだ。特に、大潮の日に決まって雄花と雌花が開花するということには関心を抱いた。雄花は雌花を求めて水面上を移動しやすいような構造になっていて、さらに雌花も雄花がたどり着いたら、まさに『飲み込む』といった様子で雄花を花の中へと誘うような構造になっている。そしてウミショウブはただ特殊な構造を築き上げただけではなく、大潮の日まで計算しているのである。その生命力にはただただ驚かされるばかりである。

  西表島の豊かな海と山がウミショウブの草原を育み、そしてウミショウブの草原もたくさんの生き物の命を守っている。ヒトと同様、すべての生き物が他の生き物と関わりあって生きているということを改めて感じた。もし、西表島周辺の海が汚れてしまったら、太陽の光がとどかなくなり、ウミショウブは枯れてしまうだろう。また、汚れなくても水質に何らかの変化があれば、ウミショウブの生態に影響を及ぼすことは間違いない。観光地化が進む沖縄だが、自然の美しさをいつまでも保護していけたらと思う。いつまでも美しい自然と、珍しい生き物の宝庫であってほしいと思う。