高校生に、水について語る。
春学期一番最初の授業のひとコマ・・・・・・・・
みなさん、今日は水についてお話しします。
といっても水は、私達にとっては当たり前のようにまわりに存在していますね。
あまりにもありふれた、水のありかたは、私達の気をそこに留めさせません。
そして、自分の存在を普段主張しない水は、私達にこう思わせるでしょう。
水の性質はなんら特別でないものだ。
けれど・・・実は、水とはとても変わった、特異なものなのです。
水の性質は、すべてが奇跡のように特別で、地球のリズムを刻む歯車になっているのです。
想像してください。そこに一本の“ある木”があります。夏には茂る葉で地に木陰を生み、秋には葉を落とし、厳しい冬を生き抜き、そして春には美しい花を咲かせます。
この木の美しい個々の現象は、実は水の変わった性質なくしては、存在しないのです。
ところで、その木が何の木なのか、みなさんにこれから予想してもらいたいと思います。
では水の特異性を説明しつつ、夏から“ある木”の季節を、旅していきましょう。
夏、その木はたくさんの葉を茂らせ、暑さに負けそうな私達に木陰をプレゼントします。その涼しさはビルの陰の涼しさとはなぜか違います。暑い夏に木陰に入った時の、あのスーッとするような清涼感は、みなさん感じたことがあると思います。それは天然の優しいクーラーですね。ではなぜ、木陰が爽やかに涼しいのでしょうか・・・。
それは、水の蒸発熱が大きいからです。蒸発熱が大きいとは、蒸発する時に、たくさんの熱を必要とするということです。みなさんも理科で習ったように、水は葉っぱから蒸発しますよね。その時に空気中の熱をたくさん吸収するので、空気の温度が冷えるのです。木陰の涼しさは、ただ太陽の光があたらないのではないので、日陰とは違った涼しさがあるのです。
秋、その木は今まで時をともにしてきた葉と別れを告げます。落ち葉です。では、なぜ木はわざわざ葉を落とすのでしょうか。それは、水の比熱が大きい、つまり熱容量を一定に保つ作用があるからです。木は樹液のなかにも、幹の中にも水分をたくさん含んでいます。木の内部を、これからくる寒さから守り急に冷えたりしないようにするために、水の、熱容量を一定に保つ作用が一役かっているのでしょう。木にとって水分はとても大切です。ところがそんな大切な水分も、葉がついているとそこからどんどん蒸発してしまいます。そこで、木は水分が逃げていかないように葉を落とし、蒸発元を断ち切ってしまうのです。
そして春、寒く厳しい冬を乗り越えたその木は、淡いピンク色の花を綻ばせ、春を彩ります。とても美しい花びらの色。どうしてこんなにきれいな色がつくのでしょうか。じつはそれにも水が関係しています。水は大きな溶解力を持つことと、大きな表面張力を持ち合わせていることです。ピンク色の花がその木に咲く前の、その木の中に流れる樹液で布を染めると、なんとピンク色に染まるそうです。つまり、樹液にピンク色の成分が溶け込んでいて、それが幹から枝へ伝わり、とうとう花に届くというわけです。ほかにも樹液はいろいろな栄養分を溶かし込んでいて、木に命の源を運んでいます。このように樹液がいろいろな成分を含むことができるのは、樹液を構成する水に大きな溶解力があるからなのです。水はあらゆるものを溶かし込みます。もしも水に溶解力がなかったら、根っこから栄養を吸い取ることも、花を彩ることも、困難になってしまうでしょう。そんな、大切な働きを持つ樹液ですが、花がピンク色になるには、樹液がピンク色の成分を含むだけでは足りません。その樹液が、花のある部分まで到達しないといけないのです。そして、それを実現しているのもやはり水の特殊な性質のおかげなのです。水には大きな表面張力がありますが、それはどういうことでしょう。水の分子たちは互いにとても強く引き合っています。周りに接している分子たちと手をつないでひとかたまりになろうとします。けれども、一番外側に並んでいる分子たちは、空気に触れている面だけ、ほかの水分子と手をつなぐことができませんよね。下の図のように空気に触れている面だけ、ほかの水分子と引き合うことができません。よって、引っ張る力は内側だけに大きく働きます。その結果、水は丸くなろうとします。これが表面張力の力です。
ここでは、水分子たちは非常に強く結びつくのだということを覚えておいてください。さて、そのことを頭に、樹の中をイメージしてください。
樹液の通り道の、筒状の管の壁と水分子が、まず手を結びます。すると水同士の結びつきは強いので、壁にくっついた水分子たちにつられて他の水分子たちもよいしょっと持ち上がります。この繰り返しで、どんどん高く樹液が移動していきます。
このことを、毛細管現象といいます。何メートルもの高さまで自分たちの力でのぼってしまうなんて、水はほんとうにパワフルですね。
さて、一本のある木をとってみても、水の特別な性質がいろいろなところに必要不可欠なのだということが分かりましたね。ではみなさん、この“ある木”とは、なんの木だか分かりましたか?
ええ、では、みなさん、ちょっと席を立って、外へ出てみましょう。
みんなで校庭にでる。そこにはたくさんの桜が満開に咲いている。
春のやわらかい風が、みんなのほおをそっとくすぐった後、桜の花びらを誘い、踊らせた。
そうです、“ある木”とは、日本の春の風物詩、桜の木に他なりません。
水は、無色透明でなんら特別でない物質ですか?
いいえ、それは、春の訪れをささえ、四季のいつの時も片時も休むことなく地球上の生命の源となる、大切で、貴重で、特別なものなのです。
みなさん、この桜の花に変身して私達の心を和ましてくれている水の素晴らしさを、
どうかもう一度考え直してみてください。
桜の花だけではなく、みなさんのまわりにあるものすべてに、実は変身前の水を探すことができると思います。
水の一番の特異性。それは、地球上のほとんどすべての物質や動植物の中に、いないようにみせかけて、いる、という術を持っている。ということでしょう。
参考文献
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NSオの授業配布プリント
■ 「水」をかじる 志村史夫 著 ちくま新書 2004年
■ 水の不思議-秘められた力を科学する- 松井健一 著 日刊工業新聞社 1997年
写真は、オガワナオキのフリー素材(http://www.goopunch.net/freesozai/)より。