水の持つ特異性に由来する「当たり前」の生活

と地球の諸問題

 

 

 水は、あまりにも身近にある物質であるが故に、最もありふれた物質であると捉えられるのかもしれない。しかし、実は水は物理・化学的に特異な性質を持っている。そして、水の持つその特異性が私達の生活や生命活動をあらゆるレベルで支えているのである。これから、水の持つ特異性を具体例を用いて解説していく。

 

まず、日常生活の身近な場面から水の特異性がわかる。例えば、飲み物を冷やすために氷を浮かべることはすっかり当たり前になっているが、実はこれは水の持つ特異性によって初めて可能となる現象なのである。まず、なぜ、飲み物を氷によって冷やすことができるのか。それは、氷が他の物質に比べて、融けにくい性質を持つからである。これは、氷の融解熱、つまり1gの固体を完全に液体に変えるのに必要な熱量が他の物質に比べて高いからである。氷の融解熱の高さによって氷は飲み物の中でもなかなか溶けずに、長時間冷却効果を持続することができるのである。もし、氷の融解熱が低ければ、固体である氷はすぐに周りの熱で液体に変わってしまうので、飲み物を冷やすことはできない。

 

次に、なぜ氷は、水の上に浮かんでいるのだろうか。それは、固体である氷の密度が液体である水の密度よりも小さいからである。通常の物質は、温度が高くなればなる程分子間のすき間が大きくなり、密度が小さくなるが、水は0℃~4℃では、逆の傾向を示し、4℃で密度が最大になる。つまり、0℃の氷の方が密度が小さく、水よりも軽いので、氷が水に浮く現象が起きるのである。

 

風呂に入ることも当然として捉えられているが、これも水のもつ特異性によるものである。水の比熱、つまり1gの水の温度を1℃上げるのに必要な熱量は大きく、温まりにくく冷めにくいからである。揚げ物を作る際、油の温度が急激に上がることや、火にかけた金属製の鍋がみるみるうちに火傷するほどに熱くなっていくのとは対照的に、水からお湯を沸かすのには時間がかかる。しかし、一旦、沸かしてしまえば、風呂のお湯はなかなか冷めない。その結果、私たちは風呂でじっくり体を温めることができる。もし、水の比熱が低ければ、冷えた体にお湯の持つ熱は奪われ、水温はすぐに下がり、私たちは湯冷めしてしまうだろう。

 

料理も水の特異性なしには成り立たない。なぜなら、味付けをする際に調味料を溶かすことができるのは、水の溶解能、つまり、他の物質を内部に溶かし込ませる力が高いからである。もし、水の溶解能が低ければ、塩や砂糖は溶けずに底に溜まってしまい、味のない部分と味が濃すぎる部分が偏ってしまう。

更に、食べたものが体内に入り、栄養として吸収される過程でも、水の溶解能の高さは必須である。呼吸器官から取り込まれた酸素や消化器官から吸収された栄養は、血液や体液に溶け、体中に運搬される。体の末端にまで、栄養が行き渡っているのも、水の特異性のおかげである。例えば、重力に反して体の高い位置まで水を登らせる際、水の表面張力による毛細管現象が活かされている。体の内部で起こっている現象を思い出すたびに、一人一人の生命活動を確実に支えている水の役割の大きさを感じることができるだろう。実際、人間の体の60%は水でできているのであり、1日2.5リットルの水を必要としている。

 

  また、人間は、水を取り込むだけではなく、溶解能の高さを利用した老廃物の排泄や、体温調節のための発汗によって、水を放出している。発汗によって体温調節ができるのは、水の蒸発熱、つまり、水1gを気化させるのに必要な熱量が大きいため、気化する際に、体温を奪うからである。もし、水の蒸発熱が低ければ、人間は効果的に体温を下げることができないだろう。このようにして失われた水分を取り戻すため、2%の水が不足すると人間はのどの渇きを感じる。人間にとって水ほど頻繁に補給と消費を繰り返す物質はない。消費量や補給頻度の違いこそあれ、あらゆる生物の生命活動にとって、水は必須なのである。

 

 次に、水が持つ特異性に由来して起こっている地球規模の諸問題について解説する。例えば、前述の水の溶解能の高さによって、大気中の水は化学物質と結合し、酸性雨となって降り注いでいる。酸性雨は、森林を枯らすので、地球の水循環に異常をきたし、二酸化炭素吸収能力を激減させている。その結果、大地の保水能力が低下し、土砂崩れが続発し、川の水質を悪化させている。同時に、地球温暖化も進展し、北極や南極の氷を融かし、海面上昇を引き起こしている。このような負の連鎖により水は直接的な脅威となって人間に襲い掛かる。実際、森林の荒廃や異常気象によるとされる大洪水が世界中で頻発している。また、南洋の島国国家は水没の危機にさらされている。

 

 更に、水の持つ特異性は人間を始めとする生物への間接的脅威にもなっている。工場などから流出した有毒物質がプランクトンから小型魚へ、小型魚から大型魚へ、そして大型魚から人間へと濃縮されて摂取されている。日本の食卓には、昔から魚が一般的であるが、健康上の懸念から魚が食卓から消える日がくるかもしれない。

 

 水はこうした脅威としての側面を持つ一方で、母なる地球を「生命を育む宇宙船地球号」にしている源である。太陽系において他の惑星には生命体が確認されていないのに対し、地球だけが多種多様な生命で溢れているのは、前述の水の比熱の高さによるものである。地球では、沿岸部、内陸部で程度の差はあるものの、昼夜の気温差が少ない。これは、地球の表面積の大部分を占める海のおかげである。太陽系の他の惑星には水が存在しないため、昼夜の温度差が激しく生物が生きるにはあまりに過酷過ぎる環境である。火星では、かつて水が存在していた痕跡があり、その頃には生命体が存在していたことが明らかになった。つまり、水が生命の存在の有無を決定付けているのである。

以上、日常生活のありふれた場面から地球規模の問題に至るまで水の持つ特異性に由来する現象を解説してきたが、近い将来、その生命の源である水を巡って争奪戦が起こることが考えられている。日本人にとって水は、確かにありふれた当たり前の物質であるが、アフリカや中央アジア等では人々が慢性的な水不足に苦しんでいる。そのような背景の下、水道を民営化し、水を商品として市場への流通を一層促進しようとする企業の動きがある。水は、特異性を持っているが故に生命を育み、生活を豊かにしてきた人類の共有財産である。来るべき未来の水不足に備えて、水資源には限りがあり、共有財産として守っていこうという認識を持たなければならない。