* * ある1年生からの便り * *
Date: Wed, 22 Jun 2005 10:56:07 +0900 (JST)
Subject: ライオン丸です
From: T S ###@yamata.icu.ac.jp
To: ********@icu.ac.jp
だいぶ遅くなりましたが、先生がHPに載せたいと言ってくれたコメントシートの内容を送ります。

 今日は僕にとってキリスト教というものが何であるか少しわかった気がします。最近、自分の無力さ、自分の夢の無謀さ、世界の大きさにくじけていました。それでも僕には天命があり、それを実行することを神様は僕に求めていると確信しました、今日の授業で。またくじけそうになったら、不可能を超えて救いをもたらして下さるイエス様を再び思い出してがんばりたいと思います。絶対的な絶望を打ち破ったイエス様が僕にやれと命じ、共にいて下さるから大丈夫です。先生の授業はクリスチャンにとっては不評だと聞きましたが、たぶん凝り固まったキリスト教概念のせいで素直に先生の話を理解できていないからだと思います。僕にとっては革命的で興味深い内容です。だからといって鵜呑みにして今までの教会を全否定するようなことはしませんので。まただらだらと質問もなしですが、とにかくありがとうございました。

以上です。


* * お返事の一部 * *
Date: Thu, 23 Jun 2005 13:52:01 +0900 (JST)
Subject: Re: ライオン丸です
From: ********@icu.ac.jp
To: ###@gmail.com
ライオン丸君へ

 コメント・シートのウェブ提出ありがとう。しばらく返事がなかったので、もうどこかに行ってなくなってしまったのだろうと思っていました。

 君のテスト答案を見てはじめて知りました。アポジイ君と同一人物だったのですね。二人の授業への貢献は非常に大きかったと思います。事実、他の学生のコメントの中に、自分と同年代の学生がどうしてこんなに深くものを考えることができるのだろう、という驚きと恐れと感嘆と刺激との入り交じった声がいくつもありました。それはきっと授業効果調査の学生コメントにも出てくると思います。

  * * *

 君は、自分の教会の人々と本音で話し合えなくなった、と書いていますが、それは少し残念です。でも、信仰は一生の問題ですから、大学生としてこうした問題にぶつかっただけで揺らいでしまうような信仰では困ります。授業でも触れたように、信仰は、われわれが成長するに従って、かならず試練を受けます。そのとき、大人の試練に子どもの信仰では間に合いません。聖書は、試練を避けるのでなく、それを受けて立ち、乗り切る力を与えてくれます。

 でもね、いちばん大事なのは、信仰箇条や道徳教義のあれこれではなく、「信頼」としての信仰です。君にはそれがある。だからわたしは福音派の信仰を尊いものだと思います。それは、人間の与え得るものではありません。

 君も気がついている通り、あの授業は、10% のクリスチャンより、主として 90% のノンクリスチャンに語りかけるためのものです。もちろん、わたし自身の考えでは、クリスチャンの信仰も強められるはずなのだが。

 今後の学びの中で、君の信仰がいっそう成長し強められることを祈ります。

森本あんり

* * 追伸 コメント * *
 毎年 ICU に入学してくる学生のうち、およそ 10% が何らかの意味で自分を「クリスチャン」であると自認しています。わたしの授業は、その中で生まじめな福音派の信仰をもつ学生たちには、あまり評判がよくないようです。

 実は、ライオン丸君とは、その後もう一度別のニックネームで、授業内容に関するやりとりがありました。聖書の性倫理について、結婚前の性交渉は禁じられていない、とわたしが話すと、彼は『新改訳聖書』の第一コリント書 7:9 を手がかりに反論を寄せてくれました。

   わたしは、その訳文を他の日本語訳聖書や他言語の聖書と比べてみることを勧めました。ちなみに、上記箇所の意味については、ヴェントラント著『NTD 新約聖書注解』がわかりやすく説明を加えています。

 ライオン丸君は、以上の過程を経て、わたしの語ったことを理解してくれましたが、「だからといって鵜呑みにして今までの教会を全否定するようなことはしませんので」とも書いています。そのひとことが、わたしにはとても嬉しく、かつ頼もしく響きました。

   教会や牧師や聖書の欠陥をあげつらうことなど、他の連中にまかせておけ。日本は、そしてこの世界は、それにもかかわらず、なお何事かを信じて自分を賭けてゆく若者を必要としているのだ!  

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