ある卒業生からの便り (2006)

2007/03/11

先学期、先々学期と先生の授業を聴講させていただいた NS biol 専修のM. H.です。卒業する前にお礼をいいたいと思い、失礼ながらメールでさせていただきます。ずいぶん長い文章なので、時間があるときにでも読んでくださると幸いです。

先生の授業はどれも interactive で、thought-provoking とでもいうのでしょうか、クラスのたびに、いまここで聞いたこと、考えたこと、しゃべったことを忘れないようにしようと心に思っていました。倫理学1の同性愛や、2の原理主義も自分にとってかなり興味の深い問題だったので、先生が担当するクラスが見られて本当に感謝しています。

前にもお話したので覚えていらっしゃるかもしれませんが、僕が先生の授業をいくつも聴講したのは、3年生の夏から4年生の春までのカルフォルニア大学バークレー校での交換留学がきっかけでした。バークレーは公立の学校なので当然キリスト教との公的な関わりはないし、僕自身も生物の勉強に必死だった留学でしたが、逆にそのことで大学としてのICUを考えるようになりました。その中で浮かんできたのが、1年冬で取った先生のインクリです。あのとき、それまで持っていた宗教に対する感覚が大きく変わったことから、日本に帰ったら先生の授業をできるだけ見に行こうと決めました。いわゆる日本的な宗教理解以外の思想・学問を、さらに知りたいと考えたからです。

もっというと、前からバリバリの相対主義者だった自分の中でも、大学に入って以来は、どこかになにかの拠り所を持たない相対主義では、結局は思考停止しているだけだ、という感覚が生まれ始めていました。拠り所を持つ相対主義を目指したいと思い、そこで丁度よく目に入ったのが、自分の大学の持っているキリスト教という背骨、さらに思い出したのが先生の授業でした。

卒業前に思う僕がICUで学べたことは、自分はいまクリスチャンではないし、将来どうなるかも予定はないけれど、例えばクリスチャンの家庭に育ったら"普通"にクリスチャンになっていただろうな、という「普通の信仰」の感覚です。そのことでも、森本先生や、他の先生方、友達に感謝しています。本当にICUで4年間過ごせてよかったです。

多分覚えていらっしゃる通り、僕は4月から医学部の3年次に学士編入します。なんで学士編入かっていうと、受験のときは落ちたからですが。ここは笑うところです。

いま考えているのは小児科医ですが、僕が元々目指しているのは国境無き医師団のような国際援助団体です。なんで小児科医かいうと、かっこつけさせてもらえば、「戦争で一番虐げられるのが女性と子ども」 だからです。出産とか、赤ちゃんとかは自分には現実感がないので、産婦人科でなく小児科です。

医師として、僕が持っている一つのロールモデルの文章があります。元は朝日新聞に載った 「 医学生へ 医学を選んだ君に問う 」 というコラムです。僕は研究医になるつもりはありませんが、この文章を書いた先生が認めてくれるような医者になりたいと思っています。

長々とすみません。要約すると、「 森本先生ありがとう。ICUよかったです。医学部でも頑張ります。」 というメールです。abstract は最初につけるほうがよかったでしょうか。

本当にありがとうございました。
 M. H. 君

メールありがとう。
君は2学期の間、わたしの授業を全部聴講したね。
単位も要らず、生物学で卒論を書いている最中なのに、
別の授業にこんなに熱心でいいのだろうか、と心配したほどです。

君の存在はクラスの中でも非常に重要でした。
いつもわたしの問いを正面から受け止めた、考え抜かれたコメントで、
時にわたしよりも正確にわたしの言いたいことを表現してくれました。
ディスカッションのカウンター役も、さすがにこなれた4年生で、
君の発言でクラスの意見が大きく動いたのを、わたしは何度も見ています。
リベラルアーツの学びから、君のような学生を送り出すことができることを、
わたしはとても誇りに思います。

医学生や医学部志望者に向けた河崎一夫先生のメッセージも読みました。
後輩たちにこんなによいプレゼントはありません。
今後わたしの周囲で医学部編入を考える学生が現れたら、
君のこの一文が大いに役立つと思う。
医学部に行っても、きっとよい勉強を続けられることでしょう。
今後の活躍を祈る。
森本 あんり


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「キリスト教概論 質問表・コメント票」 (Winter 2006)

他に、今年の授業に提出された1年生の 「質問票・コメント票」 を2通掲載します。
掲載を許可してくださったおふたりに感謝します。
なお、お名前はどちらも授業内で使われたニックネームです。

 先生の授業にはいつもハラハラしています。
 というのも、
 普通の教会で言ったら絶対に非難の嵐になるようなチャレンジ発言が多いからです。
 (でも実際は皆心の中で思っていると思う。私もそうでした。)

 私も実は先輩に
 「あんり先生の授業は信仰から離れるから取らない方がいいよ」
 といわれました。

 でもこの授業を取って、神様の存在の大きさ、愛の深さをたくさん知ることができて、
 信仰が離れるどころか神様との関係がとても近くなっている気がします。
 質問じゃなくて感想になってしまいました、すみません。
 これからもよろしくお願いします。

 P.S.
 あんクリを受けていると
 使徒17章に書かれているパウロとユダヤ人の論じ合いを思い出します。
 教会のように信仰を持っている人だけの論じ合いではなくて、
 色んなバックグラウンド、信念をもった人たちと自分の信仰を論じ合え、
 自分の信仰にチャレンジできる、そんな気がします。
 これからも素敵な授業を楽しみにしています。長々と失礼しました。

 1月22日  とりこ (s10****)

わたしの授業は、どうやら熱心なクリスチャン学生には警戒されているようです。
より深い根拠に基づいた信仰を得る過程では、当座の確信がひとたび崩れる時があります。
わたしの願いは、彼らがその後の人生を責任をもって生き抜く力となる信仰を養ってもらうことです。
子どもには子どもの信仰があるように、大学生には大学生の、大人には大人の信仰が必要です。


 先生の授業を通じてイスラームに入信しました。
 以前ムスリムとの出会いでイスラームに触れてはいたのですが、
 信仰の対象として向き合うようになったのは、
 今まで考えていたのとはまったく違う宗教の面を授業で学んだからです。
 私の人生にこれからずっと関わっていく出会いをくださって、
 本当にありがとうございました。

 2月16日  まめっ子

これも、わたしにはとても嬉しい報せでした。
「キリスト教概論」だからといって、キリスト教だけを論ずるわけでもなく、
他宗教と比較するからといって、キリスト教の良い点だけを宣伝するわけでもありません。
わたしの授業が、イスラームを自分の信仰とする決断へのきっかけになったとすれば、
学生たちの実存へのチャレンジとして、この授業は大きな意味があったことになります。
イスラームは、ごく普通の日本人の日常的な生活にも根づくことができます。


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